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PIECE3:兄弟

前回の解説。バナナが問題外ということは、変換できないということ。果物を「漢字」に変換して、それぞれ共通する「木」の数だけ買うのです。

 二人は例の建物まで戻ると、再びドアを叩いて叫んだ。

「ナシを一つ買ってきました!」

 すると今度は、微かにトッ、トッ、という一定の短い音がしたかと思うと、それに続いてガチャッと重々しい鍵を開ける音がした。そして、中からゆっくりと顔を覗かせた人物がいた。 それは髭をはやし、片足に包帯を巻いて杖を持った男だった。青年と呼ぶには若すぎる気もするが、それほど老いてはいない。

「入ってくだされ」

 彼は片手でナシを受け取って、二人を家の中へ招き入れた。

「こちらのお嬢ちゃんは?」

 探偵が何か言う前に、リーシャは胸を張って自分から紹介した。

「先生の優秀なお手伝いさんです!」

「そうだったか……しかしお二人さん、先ほどは無礼な態度をとってすまなかったな」

 男の打って変ったような態度に、リーシャは少し戸惑った。

「もしかしたらここに、あまり年の違わない兄弟がいらっしゃるのではないですか?」

「確かに、私には弟がおります。しかし、どうして……」

「最初に僕がドアを叩いた時、戸口まで急いで走ってくる音が聞こえたのです。しかし迎えてくれたあなたは足を怪我していてそれが出来ない――そこで中に二人はいるのだと思いました」

「先生、ではなぜ兄弟だとお思いに?」

「リーシャ、君だって、最初の出題者と戸を開けた人物が同一だと思っただろう?なぜなら声や口調が似ていたからだよ。ここまで違和感がないのは、血のつながりがある者同士である可能性が高いと思ったからだよ」

「なるほど」

 そこでちょうど上から声がした。

「兄さん、どうした?」

「来客だ!」

 探偵とリーシャの傍にいる兄の方が返事をすると、すぐに上から慌てたような足音がした。

 降りてきた男が二人に気づくと、ぶっきらぼうに「早かったな」とだけ言った。

「わぁ、顔もそっくり!」

 リーシャが思わず叫んだのも無理はない。目の前には二つの同じ顔が映ったからだ。兄の方が足を怪我してさえいなければ、瓜二つである。

「私たちは一卵性の双子でしてな――こっちは弟のトレントで、私がデオット。見た通り、私の足は不自由で咄嗟の行動が出来ない。あんた方が来られた時、私が誤って杖を落としてしまったので、トレントが代わりに戸口へ向かったのだ」

「そうでしたか……。紹介が遅れましたが、隣町で探偵をしています、ヴェルナンドです」

「聞いたことくらいはあるんじゃないですか?私たちの町では、先生は名の知れた探偵なんですよ!あっ、ちなみに私は先生の優秀なお手伝いさんのリーシャです」 

 トレントはただ興味のなさそうに無表情でどこか違う所を見ていた。

 リーシャは即座に彼を睨んで、双子の見分け方を学んだ。愛想が悪いのがトレントだ。

「無造作に選んで実行した単なる悪戯ではなくて、僕自身に用がおありなのですね?」

「ああ、実はそうなのです。少し事情を聞いていただきますかな――さあ、こちらに座ってくだされ」

 二人は薄汚れたソファに体をあずけた。

 やがてトレントがやってきて、前のローテーブルに綺麗に切られたナシと、四人分の飲み物を置く。兄弟と探偵の分はコーヒー、リーシャは水だった。

「勝手に出したが、コーヒーで良いかね?」

「はい、もちろん」

 探偵だけにそう確認すると、そのまま椅子に座った。

 リーシャは何だか悔しかった。自分にコーヒーが出ないのが、子供を否定されているようで惨めだったからだ。

 そろそろ我慢するのも嫌になって、悔し紛れに水を一気に飲みほすと、探偵に小声で訊いた。

「先生、先ほどは突っ込みませんでしたが、あの時点でなぜ悪戯でないと言いきれたでしょうか?もしかしたら今も内心、私たちを嘲笑っているのかもしれませんよ」

 探偵はそんなリーシャの複雑な心は読めず、真面目に答えた。

「デオットさんが僕らを見た時、リーシャのことを訊いただろう?それは僕のことを知っていて、一人で来ることを予想していたからだよ。そして探偵だと知った上でわざわざ力量を試すためにこんなことをしているなら、本当に解決してほしいことがある証拠だよ」

「……すみません」

 どうして謝るんだい?、と探偵が訊く前に、デオットが咳ばらいをして注意を向けた。

「まず、ママの存在を話さなくてはなりませんな」

 そこで一度深呼吸をすると、また口を開いた。

「ママは私たちの本当の親ではありませぬ。親に捨てられたり、理由があって住む場所を失った者たちを施設にあずけて救ってくれた一人の女性のことを、皆"ママ"と呼んでいたのです。私たち兄弟も長いことその一員であり、産んでくれた母親の顔など知らぬ環境で子供の時からママに育ててもらったのです」

 トレントはそこでつけ足した。

「施設というのは、実はここのことで、一緒に暮らしていた"家族"たちは自立して社会人となったり、養子にもらわれたり、事故死した者もあり、今ではもう俺たち二人しかいないのだ」

「元々ママは普通の家庭を築いておったが、子供を産めぬ身だったという。だから夫が早くに不慮の事故で亡くなって莫大な遺産を相続された時、住んでいた夫婦の家を売って、わざわざこの目立たぬ町にひっそりと建てたのです。私たちは皆幸せに暮らしておりました。しかし五年前にママが病で倒れた後の病室で言いました。『あなたたちと過ごした毎日は本当に素晴らしかった。私が心を失くしても、忘れてはならない美しいものがこの世には残ります。屋上に行けば分かるでしょう』と……。それがママの最期でした」

 しばしの沈黙の後、デオットは「しかし困ったことがあるのです」と続けた。

「万が一辛くなった家族の誰かが自殺するのを防ぐためだったかは定かではありませんが、元々屋上は出入り禁止だったのです。鍵がついているだけでなく、三桁の数字を合わせなくては開かない厳重な仕組みになっておりました。屋上へ行くのにあたり、その鍵の在り処と暗証番号を示してくれました――これがそうです」

 探偵に一枚の紙切れが渡された。


『The early bird catches the worm.

 だが鳥を狙う隣の奴が鍵を隠し持つ

 

 暗証番号は本のしおりの孤独な数字』


「これは……!?」

「暗号のようなのです。ママはそういうのが好きな方でしたから」

 それから改めて探偵の方へ向き直ったトレントが声を出した。

「悪戯だと疑われても仕方がないような野暮なマネをして、本当に申し訳なかったと思っている。あんたがどんな方か知りたくてやったのだ――こんなくだらない私的なことに手を貸してくれるかどうか。しかし俺たちにとってはたいへん重大なことなのだ。どうか分かってほしい」

「それはもちろん、喜んでお力になります。しかし五年もの間、誰も到達できなかったというのは妙ですね。お二人のように誰かに相談しようと試みた人もいそうなのに」

「それは私たちが初めてです。それは多分、皆が心のどこかで他人に甘えっぱなしの人生を恥じていたからだと思います。私どもも『これ以上は頼めない。自分の力で』と、今まで遠慮してきました。しかしもうそんなことを気にしている場合ではありませぬ。ママの最後の言葉が無意味となってしまうのを避けるために、ようやく羞恥心を捨てて、こうして探偵さんに相談しようと決めたのです……本当にプライドだけは高くてこんなに遅くなってしまって。それともう一つ、知りたくない気持ちもあったからでしょう。ママの死を改めて肯定するようで、何だか怖かったのです。まあ、どちらにしろ情けない理由ですがね」

 トレントはフォローするように事実を口にした。

「無論、家族全員で協力して解こうと、まず怪しい"本のしおり"があるか探してみた。しおりは和紙製のものがところどころに本に挟まっていたし、本は三百冊は裕に超えていて、本自体についている紐のしおりも合わせると相当な量だった。しかしついに、私たちは裏に文字が書かれたこのしおりを見つけたのです」

 そういうと、トレントはまた探偵にものを手渡した。


『無意味な散策御苦労さん』


 これを見たリーシャは特に何も言わず、ただ二人の顔をうかがった。そしてすぐにデオットやトレントから真剣さを感じると、空気を察して笑うのは諦めた。

「きっとこれが重要な手がかりなのです」

「そうですね……何か分かりそうな気がしてきましたよ」

「本当ですか!探偵さん、どうかよろしくお願いします」

 よく知りもしない双子の男性二人にせがまれても表情を変えず、むしろ謎を目の前にして明るくなった気さえする。リーシャはそんな探偵の様子を見て、今まで馬鹿にしていた自分が恥ずかしくなって、うつむいた顔を少し赤らめた。

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