PIECE2:建物
しばらくして画面でOKの文字が点滅した。
それを見てリーシャは嬉しそうに言う。
「やはりパスワードは"qeenbee"――女王蜂のことで正解だったようですねっ」
「うむ。すぐ先に進んでしまってはつまらない。少し説明してもらおうか」
「はい!」
リーシャの返事の良さは気持ちにいつも比例する。それだけでなく、表情・行動・言動、全てにおいて感情が表に出やすいところがあるのだ。
やがて、得意げに人差し指を上に向ける。
「まず前半の"PRの中"というのは、アルファベットの"P"と"R"に挟まれている"Q"のことを示しています。そして後半の"8のB"は、"蜂のbee"と解釈します。そして"Q"はトランプで"qeen"のこと。これらをくっつければ先ほど口にした答えになるわけです」
探偵は少し笑って頷いた。わざわざリーシャに説明させたのは、乗り気でない彼女に謎を楽しんでほしいという思いがあったからだ。案の定、解けた嬉しさで不安は隠れたようだ。
一見奇妙で不可解なことでも、事実がそうとは限らない。あまりに意外すぎる単純な答えほど人は思考がまとまらず、自身で迷って難しくしてしまっている場合もある。しかしその結果、答えを知った瞬間の脱力感でさえも気持ちがいいものだ。
「先生、見て下さい」
次に画面に現れたのは隣町の住所だった。
しかし調べたら、ここからそう離れてはいないことが判明した。車を走らせたら二十分程で到着するという。
リーシャは少し渋ったが、結局探偵の車に乗り込んで、二人は出発した。
狭い路地に入ると、何やら黙って考え込んでいたリーシャはやっと「先生」、と真面目な顔でつぶやいた。
「パスワードって普通、自分だけ意味が分かるような言葉や数字を使うと思うんです。今回の"女王蜂"という言葉が、"いつも大勢に囲まれて、その中心的な存在になっている女性"という意味だとすれば、少なくともこのパスワードを考えた人はそういう人――あるいはそういう人物と関わっているのではないでしょうか?そしてこの件には裏で複数の人が携わっているのではないでしょうか?……そんな私は考えすぎですかね」
探偵は少し迷ってから言った。
「もしも何か重大な事件のようだったら、君を巻き込むわけにはいかなくなる……。でも今のところ、その可能性は少ない。だから気楽に楽しもうじゃないか。我々は最初からそのつもりだったのだからね」
「そうですね。でも、これでただの悪戯だと分かった時も悲しいです」
「ははは、その時はドライブに来たことにしよう」
「あ、それはいいですね!せっかくなので買い物もしましょう」
「そうだね」
探偵は口では同意したものの、内心はこう思っていた。悪いがその気はないよ、と。単なる悪戯で終わらぬ何かがあるという、確信に近いものを抱いていたからだ。その動機が直感であるにしろ、とにかく真実を知るにはどうにもならない移動時間の中で不安を抱いた者と居るよりは、お互い楽しく待つ方がいいに決まっているのだ。
リーシャは器用に鼻歌を歌い始めた。
「――ここですね」
目的地に到着して、リーシャは妙に低い声で言った。
「そのようだ」
探偵は頷いて車を降りた。リーシャも後に続いた。
二人の目の前には、三階建てのコンクリートの家が建っていた。
「ここからでは見えにくいですけど、上に柵がありますね。きっと屋上があるんですよ。……それにしても、この通りは人が少ないですねぇ」
探偵は数分周辺を観察すると、ついにドアを叩いた。
ドアに耳を近づけて中の様子を探ろうとしたリーシャは、慌てて何かを倒したようなカランという音と、誰かがこちらへ向かって走ってくる足音を聞いた。
やがて建物の内側にいる何者かが声を発した。それは外にいる二人の所へ響いた。
「ミカンは一つ、レモンは二つ、リンゴは三つ――。この法則に従って、ナシを買って来てほしい。正しい個数を買ってきたならばドアを開ける」
リーシャはあからさまに嫌な顔をした。顔すら合わせていない他人に、どうして頼まれ事をされなくちゃならないのよ!、と思ったからだ。しかし探偵はその謎を考えている最中だったので、小声で小さな文句を言うだけにしておいた。
「バナナなら……安いのにぃ」
「それは問題外だ!」
地獄耳!、とリーシャは思ったが、口にしなかった。
「八百屋はすぐ右手に見えるだろう。さあ、入りたいなら早く買ってきてくれ」
とりあえず二人は、言われた通りの八百屋へと向かった。
「あのぉ、違うと思いますけど、一応……」
「ん、何だねリーシャ?」
「もしかしたら、駄洒落で……」
「いや、それは違うと思うな」
「ですよね」
すぐさま否定してくれた探偵に、リーシャは密かに感謝した。
「それじゃあ一体、ナシは何個買えばいいのでしょう?」
「それぞれの果物を変換してみて、何かに注目してみようか」
そうこうしているうちに、八百屋に到着した。
今にもつぶれてしまいそうな活気のない小さな店だったが、とりあえず今は目的のものを買うことにした。
「すみませ〜ん!」
そう言ってお店の人を呼んだのは、満足げな顔のリーシャだった。




