第四話 拙速が招く悲劇〜魔王開眼〜
前回ナデコの説得に応じ、魔王軍に加入することを決めた毒魔術師ニトロ。しかしナルコレプシ王国も一枚岩ではない。中には王女の勝手を苦々しく思うものもいた。ニトロの前途はまだまだ多難である。
「陛下ーっ!申し上げたいことがございます!」
玉座の間に、甲高い老人の声が響く。その声の主は、王国の宰相にしてガチガチの保守派、バルボラであった。
「何?またなんか面倒くさいことでも起きた?」
返答したのは、これまた王国の頂点に立つ第十二代魔王、スロウス・ナルコレプシである。
「陛下のご息女のことですよ!あの娘、また厄介ごとを持ち込みました!」
「えー、またかあ。でもさあ、どうせまた馬鹿でかい野良カエル拾ってきたとかでしょ。あの時もお前騒いだけど、今やヒーちゃんうちの人気者じゃん。ヒーラー指名No、1だし。」
(このマイペース魔王が……!)
興味なさげな魔王に、バルボラは苛立ちを隠しきれないようだ。
「いえいえ、今度は本物の悩みの種です!なんと人間をこの宮殿に連れ込んだのです。なんでも、魔王軍に加入させるつもりだとか。」
「えっ!?マジかよ!」
(しめしめ。流石にこれには食いついたか。前代未聞の暴挙だからな。)
「あ、あいつ……まーたワガハイの気を惹こうと!いやあ、可愛いことするなあ。人間の戦力とかユニークで斬新だし。いやぁ、オレなんかの子どもにしとくにはもったいないわ!」
「………。」
(ふざけろスカポンタン!誰もやらなかったことと、する意味ないと思ってきたことは違うんだよ!!呑気でいいよな腐れニートがぁ!)
「なっ、お前もそう思うだろう?」
「えっ、あっ、はい。まあ……。」
内心どれだけ腸煮えくり返っていても、決して口には出さない。バルボラの処世術である。
(まあいい。今に見てろ。ワシの弁論術は王国随一じゃ……。)
「ところで陛下、その人間とはすでに相まみえましたか?」
「ん?いや、まだだな。お前は見たのかそいつ?」
「ええ、見ましたとも。そして、背筋が寒くなりました。あの男はナデコ様にとって、間違いなく危険です。」
「……危険?どういう意味だそれ?」
「ナデコ様の貞操が、危機に晒されていると申し上げているのです。」
「はあっ!?」
魔王は驚愕のあまり、玉座から立ち上がってしまった。
「あの男、真性のネクラです。いい年してファッションセンス0のローブに、母親に散髪してもらったかのような残念な髪形。そして極めつけは、負け組オーラ漂うしけたツラ!間違いなく友達0!ましてや母親以外の女から愛されたこともなかったでしょう。」
「そ、それが貞操とどんな関係があるんだ!!」
「考えてもみてください。ああいった根暗が、ナデコ様にどういった感情を催すか。ナデコ様は相手が誰であろうと分け隔てなく接する方です。しかもパーソナルスペースがやたらと狭い。陰から様子をうかがっていましたが、息が吹きかかるような位置で歓談しておられました。」
「………………。」
「そしてこういった時、童貞という奴は勘違いしてしまうのです。こいつオレに恋愛感情があるのでは?こんな近い距離で話すなんて誘っているのでは?というか、手を出してしまった構わないのでは?……といった具合に。」
「…………………ギリッ!」
「陛下、今すぐ奴のもとに向かうのです。この国の未来のために。ナデコ様の貞操のために!!」
「言われるまでもないわ!!ワガハイ自ら消し炭にしてくれる!!奴は今どこにいるんだ!?」
「東の第二治癒室でございます、陛下。」
「第二治癒室!そうか!礼を言うぞバルボラ!殺す!娘に近づく害虫は、一匹残らず抹消してくれる!!」
(くっくっく。大成功じゃわい。)
魔王が飛び出していった後で、バルボラはその醜悪な顔を、いっそう醜く歪めた。
さてその頃のニトロらはというと、変哲の無いことを話合ったりしていた。
「という訳でさ、ある日突然解雇されたわけよ。オレに何の落ち度なかったのに。」
「それはひどいですね……。でもいったいどうして急に?」」
「それがさ、オレの代わりに入ってきた賢者さんが美人さんでさ、多分スケベなことしたいからパーティーに入れたんだろうな。でも予算とかの関係で一人抜ける必要があるから、一番いらなかったオレが捨てられたてわけよ。」
「うわぁ……やっぱり勇者って酷い奴なんですね。目の前にいたら、焼殺魔法打ってやるのに……。そう言えばおじいちゃんも生前こう言ってましたね。他人を評価するときは種族や出自でなく、本人の人格を見ろ。ただし勇者、あいつだけは別だ。何が何でも殺せって。」
「まあそれはちょっと違う話の気がするが……。でも確かに勇者って、幼少時から特別扱いされるから内面の歪んでる奴が多いんだよな。」
まあこんな塩梅でグダグダ話していたわけである。実はないが平和な時間。しかしそこに、安寧を乱すどころか全てを灰燼に帰さんとする者が一人。
「ナデコー!!大丈夫か!?」
それは唐突な出来事だった。部屋の扉を蹴破って、魔王が姿を現したのだ。
「な、なんだあのオッサン!?」
ニトロは驚愕した。魔王とはいっても、今の彼はランニングシャツに短パンという出で立ちである。面識のないニトロにとっては日曜日のお父さんにしか見えない。
「お、お父さん!?」
「ああ、なんだ。ナデコの親父さんか。」
(……ということは、)
「あれが魔王!?あんなうだつの上がらなそうなオッサンが!?」
「ええ、その通りです!」
「でもなんで血の涙流してるんだ?」
「それは私にもちょっと分かりかねますね。」
娘であるナデコも、流石にわけが分からないようだ。
「ナデコちゃん……なんでそんな奴と親し気にしてるんだい?」
「ひえっ!?」
低くドスの効いた声色だった。しかも血涙を流しながら、鬼のような形相で言うので、恐ろしいたらありゃしない。
(しかも……オレに向けてすさまじい殺気が放たれてないか……?)
ニトロの背筋に、脂汗が伝った。挙句魔王が、意味の分からないことを言い出すのだ。
「ねぇ、ナデコちゃん……汚されちゃったりしてないよねえ?ボクの知らないところで……大人になっちゃったりしてないよねえ?」
(こ、コイツ……ヤバい!錯乱してやがる!!いやな予感しかしない!!)
ここでナデコが、地雷を踏みぬいた。
「ま、また子ども扱いですか!こう見えても、私はもう大人です!継承権第一位として魔王軍に貢献することが出来るような、立派な大人なんです!いつまで経っても子ども扱いしないでください!!」
「えっ……?」
この世の終わりみたいな表情だった。それと同時に凄まじい魔力が、魔王の掌に収束されていく!
「子ども子ども子ども子ども子ども…………大人大人大人大人大人…………。」
「ま、待てっ!!イマイチよく分からんが、多分誤解とかそういうのだ!!」
「うるさああい!!言語道断問答無用!!ふざけた現実ごと焼け焦げろ!!!魔王奥義<邪黒戮魂掌>!!!」
「うわあっ!!?」
燃え盛る漆黒の炎が、ニトロに向かって放たれた。
「ニトロさん!!?」
(や、ヤバい!!……って、あれ?この技……もしや?)
「ドッカーーーン!!!」
凄まじい爆音が、部屋中に鳴り響いた。
バルボラの策略により魔王の必殺技を喰らう羽目になったニトロ。しかし、ニトロはこの技について何か発見したようだが……。彼の命運は、いったいどうなってしまうのか。次回に続く。