第十六話 内憂概観
南の窓から降り注ぐ陽ざしが、白い埃を照らしている。
「うーん…?」
オレはフカフカのベッドに横たわっていた。その横にはクリーム色の大きな機械が存在感を放っていた。そこから延びる幾つもの管が、オレに繋がっている。似たようなものをどこかで見たことがある。確か病院だったはずだ。ただし、一回りサイズが小さかったが。
「生命維持装置か……。」
まだ頭がぼんやりとする。思考がぐちゃぐちゃで、焦点が定まらないのだ。そもそもオレは、何をしていたんだっけ。ぼんやりと考えていると、耳をつんざく歓声が、窓の外から響いてきた。
「何だ?」
ギョッとしたオレは窓から身を乗り出し、外を覗く。そしてそこから見下ろす景色に、オレはまたもや驚いた。膨大な数の群衆が広場に集まり、興奮しながら歓声を上げているのだ。
「……この光景、どっかで見たような。」
謎の既視感にオレは戸惑っていると、しゃがれた声色が観衆に投げかけられた。
「えー、これより人間、スイカ・リービッヒの処刑を行う。罪状は大逆罪によるものである。このものは先月魔王城に侵入し……。」
「スイカ・リービッヒ……?」
また聞き覚えがある名前…。もう少し、もう少しで全て思い出せそうだ。そして刑吏に引き出されてきた人物を見た瞬間、電流が走る。
「ちょっと待った!その件については反省してるって言ってるでしょ!!というか、裁判くらい行いなさいよ!!」
(思い出したぞ!!)
そうだ、オレはあの賢者と一緒に、アシタバさんを処刑から救うべく戦っていたのだ。そしてオレたちは勝利し、あの憎きディバイスとダルマルアーをうち倒したのだ。だというのに……。
「何やってんだアイツ!!?」
どうして今度はスイカの方が処刑されそうになってるんだ!?全くもってわけが分からん!
「ふん、やかましいわ!この宰相バルボラと、魔王陛下がお前の罪状を認めたいるのだ!国のNo.1とNo.2がだぞ!?裁判なぞいらんわ!!」
「いや、だから!ナデンカ王女が事情を知っているんだってば!!」
「ナデコなちゃんなら砂漠を往復してきた疲れがでてグッスリだ!よく眠れるよう催眠薬も飲ませてあげたぞ!!」
豪奢な椅子にふんぞり返ってわめいているのは、無能な魔王スロウスである。
「なお、迅速な処刑に協力してくれた魔王様に敬意を込め、この不肖バルボラ、特殊宮廷運営費にいくばくかの寄付をさせていただきます!」
宮廷運営費といえば聞こえはいい。しかし実態は魔王の晩酌代である。前ナデコが9割削減していた。
「というか、あのアホ魔王また懐柔されたのかよ!!」
流石に怒りのボルテージが上がってくる。
「という訳で、これより処刑を執行します。久々の大逆罪ということもあり、残虐さ3割増しとなっております。存分にお楽しみください。またその後は、罪人の祖母アシタバの公開処刑も控えておりますので、最初の処刑が終わってもどうか刑場から離れないようお願いします。」
「ふざけんじゃねえ!オレの命がけの努力をムダにする気か!!」
大声を上げて、オレは窓から刑場へと降り立った。
「な、なんだお前は!」
「ネバージェ<強催眠魔法>!!」
刑場の連中が、次々と昏倒していく。ただ一人を残して。
「ニトロ!」
「とっとと逃げるぜスイカ!」
こうしてオレたちは、骨折り損のくたびれ儲けせずに済んだ。
「本当にすみません!まさかこんなことになるだなんて!!」
ナデコが何度も頭を下げる。
「いえいえ!もう大丈夫ですから!面を上げてください!!」
そんなナデコを、必死でスイカが取り直す。
「……そう言えば次期国王が平謝りするって、本当はすごいことなのか。」
ここの常識に、どうもオレは慣れ過ぎていたようである。
スイカを助け出した後、オレたちはナデコのもとまで向かった。睡眠薬を飲んだナデコはものすごく気持ちよさそうに寝ていたが、背に腹は変えられない。たたき起こしてしまった。あと途中でアシタバさんも救出したが、疲労が激しかったため、今はアイリスさんに心身のケアをしてもらっている。
「しっかしいきなり処刑しにかかるとは……。あのバルボラって爺やっぱり老害だな。」
「うーん……。事前に、『あの賢者』が来るかもしれないと、女官づてでお父様に連絡しておいたはずなのですが、どうにもバルボラさんに握りつぶされたみたいですね。」
「流石に問題行為だろ。処断すべきじゃねえのか。」
「……難しいですね。あの方には大貴族のまとめ役をしてもらっています。現国王であるお父様の求心力が低すぎる今、貴族を刺激したくはありません。」
「世も末だぜ。」
オレはため息をついた。
「……まあバルボラという男の暴走を抜きにしても、国王を私が殺しかけたのは事実ですから。」
スイカは伏目がちで呟いた。流石にへこんでいるようだ。
「確かにそれは問題ですね。かつて王家と戦ったあなたが、どうして今ここにいるのか、相応の理由がなくては皆納得しないでしょう。というわけで、バクトリアで何があったのか教えてもらえませんか?」
そう言えば連絡石の性能上、ナデコには最低限の情報しか伝わっていない。事情を知ろうするのは至極当然である。
「じゃあ、一から順を追って話すぜ。いいよなスイカ。」
「ええ、頼んだわ。」
オレはこれまでの出来事をかいつまんで説明した。
「なるほど……。魔術書よりも賢者さん本人を連れてきた方が国のためになると……。」
「オレとは得意分野が全く違うけど、異常なほどに博識ってことくらいは分かるな。同年代で実用的な空間魔法を使える奴なんて、オレも含めてまずいないし。」
「……なるほど。単独で魔王城を陥落させかけただけありますね。」
ナデコが何度もうなづく。
「しかし、一つ分からなかった点があります。結局その、ダルマルアーという男はどうやって倒したのですか?」
「あー、それは……。」
「……疲労ですよ。」
スイカが助け船を出してくれた。
「疲労?」
「はい。急速に熱した後、一気に超低温の息吹にさらされたため、鎧の強度が低下したのです。ドラブル鋼は魔力に触れるとその組成を分解し霧散させます。しかし熱は、空気を媒介として、鎧に伝導します。故に熱魔法だけは完全に防ぎきれないのです。それでもドラブル鋼は耐熱性もかなり高いのですが。しかし圧倒的な温度差の前に、いくらなんでも熱疲労を起こしてしまったのですよ。だから私と違い、炎系魔法をサブに使うニトロの到着こそ、勝利の鍵だったんです。」
「なるほどなあ……。」
「装備学の基礎的知識を流用したわけですね。」
(ん?基礎的……?)
「ええ、冒険者学校の初年で習う事柄ですね。やはり基礎が最も重要ですよ。」
(初年……基礎……。ちょっとバツが悪いぞ……。)
「とりあえず話をまとめると、逆恨みから勇者に濡れ衣を着せられ、連座で処刑されかけた祖母を救うべくニトロさんと手を組み、この国へと亡命してきたのですね。」
「ええ、まあそうなりますね……。」
「なるほどなるほど。」
ナデコは腕組をしながら考えを巡らせた。そしてしばらくすると、表情をパーと明るくさせてこう告げた。
「それだけ理不尽な理由があれば、あなたの帰順を認めてくれる人も少なくないはずです。私もあなたが王国から受け入れられるよう、尽力しますよ。」
「えっ……本当ですか?」
意外にも好意的な返答に、スイカはキョトンとしている。
「はい、もちろんですよ。嘘をつくわけないじゃないですか。」
(ほうほう……。)
「で、でも……私はつい先日あなた方の……。」
「もう済んだことじゃないですか。それに、亡くなったおじいちゃんもこう言っていました。『昨日の敵は今日の友』と。ぜひとも今後は魔王軍のために、その能力を生かしてください。」
「あ、ありがとうございます……。」
今のナデコの言葉は、心細さを感じていたスイカの心によく響いたようである。ナデコの純朴で、正々堂々した性格がいい方向に働いたみたいだ。
「分かりました。これからはこの王国を守るため、全力で戦います。」
「ええ、よろしくお願いしますよ。」
ナデコはスイカの手を取り、力強い調子でそう告げた。
「……一時はどうなるかと思ったけど、ナデコがそう言ってくれて良かったよ。命を張った甲斐もあったってもんだ。」
「そうですねえ。ただ、この三人だけでは少しもの足りないかも……。」
「……というと?」
オレはキョトンとした表情で尋ねた。
「今のままではバルボラさんを相手するには、心もとないと思うんですよ。」
「ああ、もっと宮中での発言力を高める必要があるってことか。」
「……でも、王女様はこの国の正嫡ではないですか。宰相といえども無視できないのでは?」
スイカが尋ねる。そう言えばオレもまだ、そこら辺の力関係はイマイチ理解できていない。
「残念ながら、バルボラさんの方が明らかに強い権力を持っています。三年前の内乱が終結して以降、この国の復興を推し進めてきたのはバルボラさんです。実はあのお方も、内政に関しては高い能力を持つのですよ。あと、ナデコでいいですよ。」
「分かりましたナデコ様。しかし意外と有能なんですね、あの男も。」
「そうですね。繊細なバランス感覚の持ち主です。(『様』つけなくていいのになあ……。)」
「正直ただの老害だと思ってたぜ。魔族は『個』の力が強い分、謀略や政治力の面では人間に劣ると聞いていたのにな。」
「それは間違いではありませんが、あの人に関しては例外みたいです。ただ、弱点がないわけではありません。彼は決して上昇志向が強いわけではなく、カリスマ性の類にも欠けます。先王の死によって権力の空白が生まれなければ、ここまでの地位を得ることはなかったでしょう。そしてもう一つ、重要なポイントがあります。」
「……何だ?」
「もしかして、まだ言及されていないことですか?」
「……どれだ?」
「内政と貴族の統括、確かにその二つを支配しているのは強みよ。ただ国にもよるけど、もう一つ巨大な権力が国家には存在するわ。そう、軍事力よ。」
「あっ……。」
「流石ですね。この国の軍事を統括する男、カニス元帥、彼はバルボラのような政治背景を持たず、しかも筋金入りの機会主義者です。」
「能力主義とも言い換えることが出来ますね。」
「ご明察です。要するにあなた方が優れた軍事魔法を発明すればするほど、軍はあなた方を高く評価し、その分発言力も上がるのですよ。」
(ちょっと面白くなってきたな。オレたち三人の目標が一致したことになる。軍の強化と、居場所の確保。これなら一丸になることが出来るぜ。)
「分かりましたナデコ様。全力で研究に専念させていただきます。」
「オレもそうさせてもらうぜ。今回活躍した毒魔法兵器だが、まだまだ発展の余地はありそうだし。」 「ええ、どうか頼みましたよお二人とも。」
「はい!」
「おうよ。」
スイカも引き込み、また一歩前進である。やはりナデコのために働くのは悪くない。勇者の下にいた頃と比べると、天と地の差である。この調子で頑張ろうと思えてくる。
おまけ
「あっ、あともう一つ……。」
「……なんですか?」
「いえ、スイカさんもニトロさんも疲労が溜まっておると思いますし、今日は治癒室にでも行ってゆっくり休んだ方がいいと思うんです。」
「確かにもうクタクタだな。ちょっと前まで死の淵をさまよってたくらいだし。」
ここでふと、意地の悪い考えが浮かんだ。
「じゃあ、スイカは効き目のいい第二治癒室の方使えよ。オレは第一治癒室の薬草風呂で十分だし。」
「……分かったわ。でも優しいのね、私に譲ってくれるなんて。」
「まあお前にもあの素晴らしい快感を味わってほしいんだよ。」
オレは白々しい顔で言った。
「確かにそうですね。あの舌捌きはとても素晴らしいです。極楽に行ける気持ちよさですね。」
「……舌捌き?極楽?」
スイカはいかがわし気な表情をしている。
「まあたっぷりと舐め回されてこいよ。きっと天にも昇る心地だぜ。」
オレはスイカの背中をグイッと押した。
「あっ!ちょ、ちょっと待ちなさい!いったい何されるのよ!!」
「何って……ひーちゃんにペロペロされるだけですよ。」
ナデコがキョトンとした表情で答える。
「えっ……ひ、ひーちゃんって何者よっ!?」
「くりんと可愛い目玉をした舌がとっても長ーい女の子だよ。好物は砂漠オオミルワーム。」
「ふ、ふざけんな!やばい雰囲気がしかしないじゃない!!」
「まあまあ遠慮しないでください。確かに最初は嫌がる人も多いけど、終われば誰もがあの感触の虜になるんですよ。」
ナデコもスイカの腕を掴んで、グイグイと引っ張った。
「おばあちゃーん、助けてえ!!」
乙女の悲鳴は届くことなく、哀れスイカは第二治癒室にぶちこまれるのであった。
「いやーあ、素晴らしいですねえ。確かにあれは天にも昇る心地でしたね。ナデコ様たちが言ってたこと、よく分かりましたよ。」
「そうでしょう!本当にあの子を連れてきてよかったです。女官たちの間でも人気なんですよ。」
「確かにけっこう愛嬌のある顔してますよね。それにサービスもいいし。愛を感じますよ。」
(……なんか思ってたのと違うなあ。)
たまたま二人の会話を聞いていたオレは首を傾げた。




