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第十四話 せめぎ合う意志―強者の証明―



 「さて、この辺りだったはずだが…。」

 その頃ディバイスはニトロを追い、薄暗い路地裏へと来ていた。

 「…見つけたぞ。」

 ニトロはボロボロの状態で、道端に横たわっている。気を失っており、動く気配はない。

 「全く、何が生け捕りにするようにだ。死んでるんじゃないか?」

 その時、ディバイスはあることに気づいた。

 (……むっ?)

 目の前に、誰もいないのだ。自身の直感はそう告げている。しかし目の前の光景には、ニトロの姿が映っている。

 (まさか!!?)

 心音の鼓動が、二つ脳裏に響く。一つは自分のもの。そしてもう一つは……。

 「トキシゲルテ<毒殺魔法Lv4>!!」

 「貴様ァ!!」

 後背からの一撃が頬をかすめる。

 「流石に素早いな…!」

 (幻覚に騙されるとは…。ええい!どれだけ失点を重ねる気だオレは!?)

 「呆けてる暇はねえぜ!トキシマム!!」

 「黒麗障!」

 黒い瘴気の壁が、猛毒の礫を弾いた。

 「ちっ!」

 (やはりさっきの不意打ちで仕留めきれなかったのは痛いな!スピードならコイツはオレに勝る…。)

 「…はあああ。」

 黒い気が、今度はディバイスの左手に収束していく。

 (来る……!)

 「黒華斬!」 

 「くっ……!」

 ニトロは身をよじり、振り下ろされた切っ先を捌いた。 

 「かかったな。」

 「何!?」

 「ゼルスドン<電撃魔法Lv4>!!」

 (電撃魔法!!?)

 右手から放たれた青い稲妻の筋が、ニトロに絡みついた。

 「ぐああああ!!」

 「左は囮、本命は右だ。気づかなかったのか?」

 「くっ!」

 痛恨の一撃である。一気にニトロは体力を奪われた。

 「気づいてたさ!何か魔力を集めていることは…!しかし、かわせるはずだった。攻撃魔法最速の、雷系統じゃなければな!」

 「ほう、ではどうして予測出来なかったのだ、ニトロ・パンプジンよ?お前は歴戦の冒険者のはずだ。勇者シグから受けた薫陶はどうした?」

 ディバイスはせせら笑った。

 「アイツは人に何か役立つものを与えることなんてねえよ。そもそも、『歴戦』だからだ。経験があるからこそ分かる。Lv3以上の電撃魔法を使えるのは、ほぼほぼ勇者だけだ。しかしお前は外見も戦術も、明らかに勇者のそれとは違う!だから考慮しなかったんだよ!!」

 「…しかし、何事にも例外はある。そうだろう?」

 「ああ!実は勇者以外でも、その血縁ならごく稀にLv4までの電撃魔法を習得できることがある。そしてその憎たらしい笑い方…。お前の正体はおそらく……。」

 「ご明察。その通りだよ。俺の名はディバイス・マドセン。勇者シグの実弟だ。」

 「……やはりか!」

 ニトロは断ち切れぬ因縁を感じ武者震いをした。

 「ククク、まったくもって幸運だよ。毒魔術師に賢者、恨みを持つ相手が二人そろってやってくるとはな。」

 「恨み?」

 ニトロは困惑した。

 「恨まれるべきは、お前の兄じゃねえか?奴のせいでオレたち含め、いったいどれほどの人間が人生狂わされたと思ってんだよ。」

 「確かにそうかもな。しかし、それは兄上がゆるぎない強者だからだ。勇者とは運命に選ばれし者。この世界の主人公と言ってもいい。主人公中心に全てが回っていくのは、当然のことだろう?」

 「じゃあもしも、モブの立場で満足できない奴がいたら?」

 「報いを受けるだけだ。俺はそれを知っていたから、強者にしか興味を示さぬ兄上に認められるべく、血のにじむような努力を積み重ねてきた。しかし五年前いよいよ兄上が旅を始めた時、パーティーの一員として俺は選ばれなかった。」

 「……むしろ幸運だったと思うぜ。」

 本心からの言葉だったが、どうにもディバイスの耳には届いていないようだった。

 「幸運だと?痴愚かお前は?どうしようもない不幸だよ!!理由は分かっていた!俺に才能がなかったからだ!!あのパーティーを見て納得したよ。戦士も武闘家も、そしてお前も、優れた才能を感じさせた!惨めだったな!!あまりにも手ひどい挫折だった!!そして、その日からオレは手段を選ばなくなった。強さを追い求め続け、禁術にすら手を染めた。例えば…脳をいじくってみたりな。」

 「お前…中々にイカれてやがるな……。」

 脳に関する禁術など失敗すれば廃人確定である。排泄すらままならない、動物以下の存在として余生を生きることとなる。

 (なるほどな、恨みってのはつまり、「嫉妬」のことか。兄も弟も業が深いぜ……。)

 「そしてようやく、『俺だけの強さ』を手に入れたわけだ。この力をもってして貴様ら二人を討てば、兄上も俺のことを認めてくれるだろう……。」

 「そんなの仮初の力だろ。」

 「黙れ!弱者の言葉に意味などない!強者のみが、正しさを語る資格を持つのだ!今からそれを証明してやろう。貴様という弱者を血祭りに上げてな!」

 ディバイスの動きはこれまでとはまるで違うものだった。

 (速い!)

 「ガキィン!」

 かろうじて杖で斬撃を受け止めるが、勢いは止まらない。むしろ尻上がりに鋭さを増していく。

 「ぐっ……。」

 「ハハハ!防戦一方じゃないか!」

 「ええい、トキシマム!!」

 踏み込みに合わせた絶好のタイミングだ。ゼロ距離から放たれる猛毒の礫。

 「無駄だ!」

 しかしディバイスは、いとも容易く片手で弾いてしまった。

 「何!?」

 (いくらなんでも反応が早すぎる!)

 まるで、次に来る技をあらかじめ読んでいたかのように。

 (くそっ!これが奴の、力ってことか!?)

 (――そう、「心音」さ。お前のような熟練の手練れは、心音も一定のリズムで奏でられる。滑らかで淀みがない。しかし、だからこそ俺にとっては読みやすい。攻防の切り替えのタイミングが手に取るように分かる。そしてもう一つ、コイツの心音は少しずつ、『弱くなりつつる』。)

 「畜生ー!トキシゲルテ!!」

 「黒華斬!」

 渾身の一撃だが、あっさりと切り裂かれる。

 (また弱くなった。コイツ、ゼルスドンの直撃が相当効いているな。もう体力がない。好都合だ。じわじわと削り、体力を枯渇させてやる!その後生け捕りだ!!喰らえ!)

 「ぐほっ!」

 手先ばかりに気を取られていたニトロのどてっ腹に、ディバイスの膝がめりこんだ。

 (ククク、反応が遅いぞ?あともう少しだな……。)

 (マズイな…。一方的すぎる。戦いの呼吸が完璧に読まれてやがる。この状況を打破するには…捨て身にならなきゃいけねえ!!)

 「どうした!もうヨレヨレじゃないか!!」

 焦らすような浅い斬撃のラッシュ。

 「うるせえ!」

 杖を振り下ろし、切っ先を防ぐ。

 (よし、ここだ!イチかバチか……。)

 「死にかけの雑魚が!痛がれ!!」

 大振りの斬撃が振り下ろされる。

 (防御をとる際の際の静かな心音…。ここは、「つなぐため」の一撃でいい。)

 ディバイスの思考は極めて合理的だった。しかしここで、異変が起きた。

 (……なっ?)

 それまで弱まりながらも淀みなかったニトロの流れが、完全に停まった。

 (コイツ……!)

 反撃も防御もない。一瞬だけ、完全に静止した。そして、切っ先はそのままニトロを切り裂く。しかし、ひどく浅い。致命打には至らない。

 (ダメだ!離脱できない!!)

 防御前提の大振りだ。当然振りかぶり、隙が生まれる。そして……。

 (今だ!!)

 ニトロの反撃は迅速だった。

 「おのれええ!!」

 「トキシゲルテ!!」

 回避も防御も間に合わない。そのまま直撃する。

 「グハアアア!!」

 「ふう……なんとか上手くいったぜ。」

 あの時ニトロは、自分の「流れ」が読まれていることに勘付いていた。だから敢えて、流れを自ら断ち切ることで、相手の読みを破綻させたのだ。かなりの賭けである。失敗すれば致命的な隙を晒すだけだ。しかし、相手はまんまとハマってくれた。イチかバチかの賭けに、勝利したのだ。

 「貴様……。何故だ!?何故そんな無謀なことを……!!」

 まんまと策に乗せられたディバイスは激昂していた。予想外の行動に、優勢な状況もそれまでの余裕も吹き飛ばされたのだ。

 「経験だよ。」

 「経験…?」

 「オレは元々ビビりでな。冒険者になってからも、魔物との戦いが怖くて怖くてしょうがなかった。しかし、逃げ出すことはできない。オレには財産も、身の寄せ場もなかった。だから死に物狂いで、恐怖と戦った。そして何度も戦い経験を積み重ねるうちに、自分の弱さを克服できるようになってきたのさ。斬られると分かっていても、動かないという決断が出来るくらいにな。」

 「ぐっ…!経験だと!?そんな地味なもので、俺の特殊能力が……。」

 「だからこそだぜ。オレはお前と違い、邪道に走らず1Lvずつ積み重ねてきた。そうして得た力が、今オレを救ってくれたんだ!!」

 「貴様あ……!!」

 「さあ、御託はもういい!!決着をつけるぜ!!!」

 「ぐううううっ!!後悔するなよぉ!!!」

 お互いに全身の魔力を結集させていく!

 「ヴェノミ・トキシゲルテ!!!」

 「華黒霊照波!!!」

 二つの巨大な魔力の塊が激突する。

 「見ろ!この火力に勝てるか!!」

 「勝てるぜ。」

 ニトロの言う通りだった。ディバイスは徐々に押され始めていく。

 「な、何故だあ……!?」

 本当はもう、その理由は分かっていたのだ。あの捨て身の一打を喰らったディバイスは、既に気持ちの面で押され始めていた。しかし彼は、それを認めることができない。劣勢を受け入れ、次の策を立てることなど思いもよらない。それこそが、彼の弱さなのだ。

 「オレがどうして負けるんだ!どれだけ多くのものを犠牲にしたと思ってるんだあー!!」

 猛毒の塊は、もうすぐそこまで迫っていた。

 「もらったな。」

 「ギャアアア!!」

 遂に、とどめの一撃が炸裂した。ディバイスの全身が禍々しい魔力に包まれ、破壊されていく。

 「ど、どうして……。」

 異常に高い治癒能力も、ニトロの全力の前には無意味だった。精魂尽き果て、その場に倒れこむ。決着がついたのだ。

 「彼岸を渡る前に兄に伝えとけ。首洗って待ってろってな。」

 今までにない手ごたえを、ニトロは感じていた。勇者の尖兵の一人を、直接打ち破ったのである。勇者への逆襲という目標に一歩近づけたのだ。

 (だが、余韻に浸る暇はねえな。)

 ニトロはすぐに振り返り、次の戦場へと向かった。刑場にはもう一人、倒すべき敵がいる。

 (見てろよダルマルアー。今度はその余裕綽々な態度を打ち崩してやるからな!)

 荒々しい闘志を、ニトロは心の奥深くで燃やしていた。

 




 辛くもディバイスを倒したニトロ。しかし今度は、真打ダルマルアーが暴威を振るう。震撼するニトロたち。繰り広げられる凄惨な戦い。絶望的な状況下において、スイカの見出した勝機とは?次回、「揺るがぬ思いは全てを穿つ―終盤戦―」に続く。

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