正義の生まれた日
「そうだ、俺やりたいことができたんだよ」
島へと戻り、舟から降りる直前にカトレアの手を取りながらベルズはそう言った。
日が沈み始め、空は本物の夕焼けに染まっている。そんな中で、ふと思い出したように零す。
「やりたいこと、ですか?」
「ああ。前から考えてたんだけどな……少し前までは自信がなかったんだけど、今はやれそうな気がしてるんだ」
舟から飛んだカトレアを抱くように受け止めながら、自信に満ちた声でそう言う。
ハイソファスを支配した今、もうベルズを操るものはいない。だから、ここから先の考えも行動も、全てベルズだけのもの。
誰に強制されるでもなく完全に自分の意思で何かができることの素晴らしさをベルズは噛み締めていた。
「ふふっ、そんなに嬉しそうな顔しちゃって……。それで、あなたがそんなにやりたいのって、何なのでしょう?」
カトレアに指摘され、ベルズは自分の顔を触る。気持ちが顔にまで出てきてしまってたようだ。
それはともかくとして、続きを話す。夕日が水平線に消え入り出すのが見え、折角なので座って話す事にした。カトレアがベルズの隣の砂上に腰を下ろすのを見て、話を再開する。
「少し前置きがあるんだけどな。……俺のこれまでを振り返って見るとさ、スケールが小さかったんだよ」
「スケールですか」
「うん。ほら、俺って平和主義だからさ、基本的には俺自身が危害を加えられないと何もしないじゃないか」
「そうですね」
「つまり、これって受け身なわけじゃないか。いくら平穏を求めてるからって自分の目の前に来た奴だけに対処してたら、一時的な平和しかやってこないと思ったんだよ」
相槌を打っていたカトレアは、そこで少し返事を遅らせた。何かを考えているようだ。
数秒の間を置いて、カトレアは口を開いた。
「それじゃあ、これからは逆に攻めに回る、ということでしょうか?」
「そう! さすがは俺の妻だ、理解が早いな」
「ふふん」
褒められて、カトレアは誇らしげ口角を上げた。それから、カトレアの言葉を繋げてベルズは続ける。
「それで今言ったように打って出ようと思ってる。2人っきりでいる時にビスクみたいな邪魔が入らないようにな」
「なるほど! つまりあの子を何度も殺しに行くんですね!」
「いや……ちょっと違うかな。それも並行してやっていくとは思うけど」
カトレアの言葉に首を振る。やらないわけではないにせよ、ベルズが考えているのはそういった個に対してのものではなく、多数への攻撃だ。
「大事なのは「関わってはいけない」と思わせることなんだよ。だから、そういう少数じゃなくて、もっと大規模な……軍とか、1つの国単位にそう思わせるのが効率的だと思うんだ」
「……ということは」
もしや、という顔で問いかけるカトレアに、ベルズは頷いてみせた。
「今まではあんまりやってなかったが、今後は国を潰していこう!」
楽しそうに笑いながら、ベルズはそう言った。
以前ビスクに兵士を貸し与えた国を文字通りに全滅させた時、ベルズは思ったのだ。こうすれば禍根を残さず済むし、便利だなと。
不死となるより前であれば考えもしなかっただろうが、今となっては死など恐れていない。だからこそやろうと思ったのだ。
少数の個人の力だけで国を地図から消せるような力を持つ者など相手にしたいと思う国家は無いに等しいだろう。あったとしても、それも幾度か戦えば考えを改めるはず。
そんな思いつきも人型生物の全排除を目論んでいたハイソファスの手の平の上だったかもしれないと思うと実行には移せなかったが、今は違う。支配から逃れた今ではそれが自分だけの考えであると自信を持っていられるのだから。
そして、ベルズのそんな言葉にカトレアは、
「いいですね! 楽しそうです! 賛成です!」
嬉々として提案に賛同してくれた。成り行きは色々とあったが、彼女が妻になってくれて良かった、とベルズは思う。
「じゃあ、明日にでも早速行こうか」
「はい、行きましょう! うふふっ、楽しみにしてますからね、あなたとのデート」
「ああ……これもそういうのの内に入るのかな……?」
流石にデート気分でいては怪我をしないか心配だが、その時は自分が守ればいいだけだ。
そろそろ話も終わり、立ち上がって家まで戻ろうとした時、カトレアがベルズに質問する。
「ところで、最初はどこの国に行くんです? やっぱり一番手近な所からですか?」
「いや、優先するのは争いを起こしてる所からかな。根っこから戦いの原因を無くしてやりにいこうと思ってる」
「いいですね、なんだか正義のヒーローっぽいと思います!」
「だろー?」
笑い合う2人は砂浜を上り、楽しそうにこれからの予定を話しながら家へと戻っていく。
この次の日、話していた通りにとある2つの国の間で起きていた戦争が国と共に消えることになる。




