最後の総力戦
それから1ヶ月ほどが過ぎていった。2日おきほどの頻度でよその国へと赴いては戦争を止めて行った結果、成果は出た。大国の殆どは世界から姿を消し、跡地には焼け焦げた荒野だけが残った。
国の数もこれまでの半分以下に減少し、表立っての戦は起こらなくなった。……その分今まで以上に陰湿で醜悪な戦いが水面下で繰り広げられるようになってしまったが、ベルズにとってはそれもどうでもいい。争いが見えなくなれば目に入った所から破壊していくようにするだけだからだ。
そんなことよりも、ベルズはまたカトレアと一緒に泳ぐ練習をしている。
「最近、水に浸かっても体が普通に動かせるようになってきた、かもしれない」
「えっ……!? すごいじゃないですか! その調子で頑張ったらきっとすぐ泳げるようになりますよ、あなた!」
「いやあ、それはまだ先じゃないかな」
四方を海に囲まれた絶海の孤島。その2人以外住む者はいない(最近は増えてきたが)島の唯一の接岸可能地帯である砂浜で、ベルズは妻に両手を握られながら海に沈んでいる。
浮けはしないため腰までの水位の場所で歩いているだけなのだが、以前よりは進歩している気がする。
今までは歩く事すらまともにできなかったのだから、これは大きな一歩だと思う。否定したものの、ベルズは心の中でカトレアともうすぐ泳げるようになるんじゃないかと密かにワクワクしている。
「そんなことありませんよ、ついに自由に動けるようになったんですもの。むしろもう泳ぐのだって簡単にできちゃうかもしれませんよ! ええ! どうでしょう、何なら今からチャレンジしませんか?」
褒めて伸ばすということなのか、カトレアはとにかく絶賛をベルズに送る。お世辞の類でないことは輝くその瞳を見れば一目でわかることだろう。
「そ、そう、かな……?」
「そうですとも、行ってみましょうよ、あなた!」
「……ははは、そこまで熱心に言われたら、仕方ないなあ」
おだてられ、なんだかいけそうな気がしてきたベルズはカトレアに手を引かれるがまま更に深い場所へと進んで行く。
5歩ほどしてカトレアの体が肩まで沈む。そこから先は水深が一気に深まっているのだ。ベルズも、あと1歩でそこへ足を踏み入れる。
躊躇いもあったにはあったが、海から顔を出すカトレアの期待のまなざしを向けられては勇気の方が前に出てくる。
そのまま、更に進むと、
「ほら、やっぱり大丈夫ですよ! その調子でがんばりましょ、あな」
崖に向かって飛び込んだかのようにベルズの体は水底に引きずり込まれていった。手を握っていたカトレアも引っ張られ、一緒に沈んでいく。
ベルズの体はまったく浮かなかった。金属鎧を着こんでいるかのように、底へ底へと沈んでいくばかりだ。やはり気分だけで泳げるようにはならないのだろう。
なんとか足をバタつかせるが、むしろ沈む速度を上げているだけにしかならない。カトレアもどうにか浮上しようと片手で水をかき分けるが、ベルズの手を握ったままなせいでまるで意味を成していない。
手を離せば自分だけは浮き上がれるだろうに、まったくそうはしない。意識がないわけでもなく、むしろ手を握る力を強めてきた。
見開かれ、ベルズをしっかりと見つめるその目は「解決策はあるから心配しないで」ではなく「引き上げられないならいっそ一緒に沈むとこまで沈みます」と言っているようにしか見えなかった。
不死である以上はまあそれでも死ぬことはないのだが、苦しいものは苦しいのだ。カトレアに苦しい思いをさせないためにもベルズはどこか掴まれるような場所はないかと探すが、手の届く範囲では見当たらない。
このまま海底へ沈むより他ないかと諦め始めたその時、突如グイっと引っ張られた。
カトレアがどこか手をかけられる場所を見つけたのかと思ったが、彼女自身も驚いた顔をしているのでそうではないようだ。
引っ張られるのは一瞬だけではなく、継続的なものだった。体のどこかに縛り付けたロープを機械で巻き上げられているような感覚。
そのまま水面から引っ張り上げられた2人の前に現れたのは、碧に輝く巨体だった。
「げほっ、ごほっ! ……た、助けてくれたの?」
碧の玉座だ。どこかで見ていたのか、沈んでいくカトレアを発見して、その足に触手を巻き付けて救出してくれたらしい。
玉座に座る人間の上半身は何も語らないが、玉座の後ろの無数の触手をゆらゆらと揺らし、それが返事をしているように見えた。
砂の上に2人を下ろすと、そのまま碧の玉座は坂の上へと戻っていく。
その姿が見えなくなると、カトレアはベルズに向き直り頭を下げた。
「……申し訳ありません。私が余計な事を言ってしまったせいで、このような……」
「そんな、悪いのは俺だって。最終的にいけるって判断したのは俺なんだから」
謝罪の言葉にベルズはそう返したが、カトレアはまだ頭を上げはしない。自分に全面的な責任があると思っているのだろう。
そんなことはないとベルズは思うのだが、それをいくら説明したところで平行線のような気もする。
どうしようか、と視線を海の方へ逸らすと、思わずベルズは二度見した。
「……? どうしました?」
急に静かになったベルズを不思議に思い、カトレアは顔を上げる。その視線が自身から外れていることに気付き、視線の先に何があるのかを目で追う。
その先、海の彼方に木造船があった。複数の大砲を積み込まれているそれは戦艦とでも呼ぶべき代物だ。
しかも1隻2隻ではなく、視認できる範囲だけでも300は越えうる数のそれが、この島を目指して進んでいる。
「あら……」
居並ぶ艦を見て、ベルズは溜息を吐いた。
あれらはきっとベルズがカトレアと共に破壊して、全てを焼き尽くした国の残党だろう。
「世界中を回って、もう戦える力も残ってないって思えるぐらいには物も人もズタズタにしたつもりだったんだけどな。まだどこかに隠してたのか」
ベルズは海の向こうの戦艦を睨む。よく見れば、それぞれの艦の構造は違っているのが目立つ。各国の艦を寄せ集めたようだった。
いや、実際に寄せ集めなのだろう。彼らはきっとベルズへ総力戦を挑みに来たのだ。ベルズの住居は「ここには俺が済んでいるから危害を加えないように」という名目で襲った国へと言いふらしているので迷う事もなく辿り着けたらしい。
おそらくこの浜辺から見える個所だけではなく、島全体を取り囲むように無数の戦艦が進軍しているに違いない。
いずれこうなるだろうとは予想していた。まあ本当に来るとまでは思っていなかったが。
「お、お兄さま! 大変です、島の周囲にたくさんの船が!」
「中止ー! 水泳中止ッスー! アタシらは家に隠れてるから早く何とかするッス!」
「最近いない日が多いなーとは思ってたけど何してたの2人とも!? よくわかんないけど私絶対知らない間に巻き込まれてるでしょー!!!」
崖際にいたリギアとイガリスも事態を察知してやって来た。イリスは……ベルズもちょっぴり申し訳ない気持ちを抱いた。
「うん……、まあ、対処するからどこかに隠れててくれ。あとイガリスは出来るだけ目立つところで的になれ」




