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4章 前編 ①

 トリマニア。

 技術先進国でありつつ、魔法に関しても強く、魔法と技術を組み合わせた魔術が発展した国。

 その国柄は独特、技術を発展させつつも文明ではなく伝統を重んじ、多くの建造物は古くからの木造を崩さない。また、その構造に関しても、釘や金具をほぼ使わない、組み合わせのみでの造形をすることが多い。

 そんか風変わりな建築が建ち並ぶ中でも、一際大きい建物がある。

 トリマニアの職人達の総本山。『連合』の本部である。その一室で待たされる事数分、俺は師匠に呼ばれて部屋を出た。エマには今エンヴィがついてる。きっと大丈夫だろう。


 師匠は背中を丸めたまま、キセルを口の端で揺らしながら俺の顔を見上げて言った。


「まずぁおめぇの身体を戻す。議会の連中から多少小言を貰うだろうが気にしねェでいい。問題はあの嬢ちゃん達の居所だ。この国に置いておくのもいいが、生活の保障はねぇぞ」

「…わかってる。しばらくは狩に出るよ」

「…戦争屋にでもなんのか」

「必要なら」

「………はぁ、おめェよ、結局なにがしてぇんだ?」

「それは…」

「目の前のやりてェ事に手をつけんのは良い。向上心にもなる。だが、先が見えちゃいねェ。この先どうやって生きてくんだ?そうやって抱えるだけ抱えて、こぼす可能性は考えてねえのか?お前のその生き方は模範的さ、実に人間的で理想的な生き方だ。だがよ、俺にゃそれお前の身を亡ぼす道にしか見えねェ。いいか、お前が手に持てる数はハナっから決まってんだお前は誰かを切り離す覚悟を持て」


 もうガキじゃねぇんだぞ。


 俺は言葉を返すことが出来なかった。

 俺はもう子供じゃない。護られるばかりではいられない。俺はもう、誰かを護る立場にいる。

 でも、だから、…エルブンを捨てたんだ。

 それに、何なら俺の居場所だって、ここにはありゃしない。


「今俺が取れる選択肢はひとつしかない。師匠はこれから世界で何が起こるかを教えてくれた。俺は、その流れに乗る。それであの子達が暮らせるなら、俺は何でもやる」


 師匠は俺を睨むように見上げると、勝手にしろ、と吐き捨て、俺の体が置いてある部屋の扉を開ける。コールドフリーズされたポッドの中に、自分とそっくりな顔が見える。周囲は生命を維持させるための装置がいくつも並んでおり、ポッドの向かいには魂を移し替えるための写し身が置かれている。


「そこに座れ」


 写し身の台座に座るように指示される。俺はそこに腰掛け、背凭れに寄りかかると、台座の上から蓋がされる。真っ暗闇の中、師匠の声が響く。


「戻すぞ」


 簡潔に伝えられ、俺は目を閉じた。


 虚脱、浮遊、光などは発されず、ただゆっくりと、闇を漂う。

 この感覚は嫌いじゃない。だが、ここに居続けると、俺は戻れなくなる。どこからか手を引かれるような感覚に身を委ね、吸い込まれるように穴の中に入っていく。暗闇の中だというのに、何かの中に入っていくことはわかる。不思議だ。

 やがて浮遊感だけが消え失せ、新たにズッシリとした重さがのし掛かる。数年身体を動かさなかったことによるブランクだろう。だがそれもすぐに戻る。プス、とコールドフリーズが解かれ、焼けるような空気の熱さを感じながら目を開く。

 ゴロゴロする。これも久々の感覚だ。


「まだ身体起こすなよ。さて、一問一答、名前は?」

「エンカードラック・アルバニスタ・サンフロスト」

「どうやってここへ?」

「師匠の青龍に乗って」

「誰ときた」

「エマ、エンヴィ、キャメロン、ルッカ、キレーネ」


 こんなもんでいいだろ。


 俺は身体を起こす。…重い。


 ぐっ、ぐっ、と二、三回拳を握って感触を確かめる。コールドも徐々に回復して、多少なりとも力を入れやすくなった。

 師匠から用意された一張羅を身につける。色は…相変わらずわからないが、波が描かれた着物だ。付け方はまだ身体が覚えている。帯を締めて、羽織の袖に手を通す。それから師匠に向き直った。


「どこに行けばいい?」

「いい、オレも行く。今回の顛末の報告をせにゃならん」

「わかった」


 大きく背の丸まった師匠に続いて部屋を…出る前に自分の身体に忘れ物が無いかを確認する。…酷使した結果である服の破れ方にはこの際目を瞑るとして、よく頑張ってくれた。

 流体金属であるこの身体も、じきにその形を失うだろう。可能であれば多少は持っていきたいが、許可が下りるかどうか…。


 エマからもらったリングだけ回収、特に持つべきものも無かったので改めて部屋を出る。何も言わずに待ってくれた師匠の数歩後ろを付いて歩く。辿り着いたのは、一見すれは普通の扉だが、師匠が扉の前に立つと音声を発した。


『認証、完了。マスター・ルーニーの到着を確認』


 扉が開く。ゆっくりとスライドした扉の先には、小さめの円卓に三人の老人が座っている。その他にも歴代の師匠達の写真が所狭しと並んでいた。もちろん、師匠の姿も見える。


「よぉ、ルーニー、随分と荒事になったじゃねえか」


 真ん中に座っていた、片眼鏡で頭身の低い老人が胡座をかいたまま身を乗り出す。頭の上のお団子が元気に揺れた。あ、畳だここ。


「ハン!オレのせいじゃねぇやぃ。あちらさんが勝手に落ちてったまでよ」

「相違ない。だが、我々も後ろ盾を失った。警戒するに越したことはないだろう。のぉ、若いの」


 胡座ながらに背筋をしゃんと伸ばし長い髪を後ろで結った老人が俺に語りかける。目は開いているのか閉じているのかわからないくらいには細い、が、こちらを見ているのは眉の動きでわかった。


「…戦争は…回避できないと思います」

「で、あろうな。とはいえ、若いの、お主の成果もかなりのモノだ。量産に足る素材な上に、その強度、更にはその使用用途の広さよ。やはり異国の考え方は面白い」

「その才能あるお前に頼みたいことがある」


 真ん中の老人が不敵な笑みを浮かべて俺にその頼みを言い渡した。


「六道になったとしても、亜人にならない手段を作れ」


 亜人に…ならない…?


「それって、可能なんですか?」

「さぁな、それも含めてお前に一任する。だがアーカイブトルムの言葉を信じるなら、光と闇は互いに排斥しあい、そのため同居するために魂の何処かに居場所を作るという。その言葉を信じるのであれば、最初から居場所を作ってやれば、六道に成ったとしても何も失うものはあるまい」

「居場所を…作る…」

「だが既に失った物が取り返せるわけじゃあねえ、この先の未来を見据えての策だ。個々の才能を見極めるのは難しい。お前さんが色を失ったのだって、俺たちにも責任の一端はある。派閥なんてもんに囚われてたお陰で、お前の道は頓挫したようなもんさ。そう言った若者を減らすためにもこの策は必要だと考えた」

「そんな…俺はここまで育ててくれただけでも十分すぎるほどもらってます。生きる道もその術だってある」


 飯も、知識も、技術だって、今の俺には十分すぎるほどだ。

 勿論、俺はトリマニアの看板を背負うことは出来ないけど、工房…、いや、この身体一つあれば、きっと俺は生きていける。それに、みんなを食わせられるくらいには稼ぎだって…。


「その道だって、楽じゃぁねェぞ」


 師匠は俺の肩に手を置く。シャンと伸びた背筋は、俺と目線が合う程、彼の身長が高いことを思い知らされる。俺に視線を合わせながら、口の端のキセルを揺らす。

 でも対等じゃない。そこに大きな壁があることはわかってる。


「ま、つってもどちらも厳しい事に変わりゃしねぇ。ここだって戦争に巻き込まれる事もある。今はもう安全なんざありゃしねぇのさ。それでも、俺たちゃこの火種を無くさなきゃなんねぇ。その為にも、お前にはこの仕事を、受けてもらいてぇんだ」

「…俺に…務まるでしょうか」

「不安か」

「………はい」


 そりゃあそうだ。わかってるならとっくに誰かがやっている。わからないからこそ、今の今まで、それこそ初めて亜人が存在した頃からそのままにされている問題だ。

 俺一人でどうにかなるとは到底思えない。


「けど」


 そういうものこそ


「燃えるってもんです」


 長老達が揃って大きく笑う。


「だろうな!お前ならそう言うと思ったさ!だからお前にした!お前を選んだ!いくらでも助けてやる、いくらでも協力してやる。お前の仕事はオレらの仕事だ!頼むぞボウズ!」

「やり方は全てお前さんに一任する。必要があれば物資の調達をしよう。だが人員は配置できない、申し訳ないが、この件に関してはお前さんには人を渡せない」


 まぁ、そりゃあそうだろうな。


 いわば、人体実験を行うことは許さないという念押しだ。装置を作ったとして、その検証には必ず人が必要になる。確証を得る為に他の人間を犠牲にすることは許さないと言っているのだろう。

 となれば、また別の方法を考える必要がある。

 大丈夫だ。きっと見つかる。やり方なんて腐る程転がってるはずだ。


「…いい顔じゃ。では頼んだぞ」


 長老の言葉に大きく頷く。師匠が俺を連れて部屋から出る。

 俺はそこで大きく伸びをした。


「できそうかぃ」

「やります」


 すぐに答えた俺の返答に、師匠はそうじゃねーだろ、と呆れながらも、まぁいいかと笑った。


「じゃ、お前さんに任せる。あの子らは、オレん所で預かるぜ」

「はい、お願いします。ちょっと出る用意だけしてくる」

「あ、おい!挨拶もしねえのか!」

「付いてくるのが目に見えてるのにそんな事しないよ」


 特にあの二人は絶対についてくるって言うはずだ。


 あ、でもルッカを師匠のところに預けられるならついでに頼んじゃおう。


「あの、師匠、預かるついでで…師匠の手が空いてる時で構わないんだけど、ルッカにマグの作り方を教えてやってくれません?」

「るっか? どいつだ?」

「片目が隠れてる少年です」

「ぁー、そりゃかまわねぇが、なんだって急に…」

「色々あるんですよ。詳しくは本人から聞いてやってください」

「…はーぁ、わーったよ。もう弟子を取る気も無かったってのに…」


 ぶつくさ言いながらも元来た道を戻っていく師匠を見送って、俺は一足先に師匠の工房に向かう。本部から出て少しだけ整えられた道を歩く。踏み固められた土、その端ではなんの草かもわからない雑草が伸びている。区画の仕切りは全て木と建物で行われており、雑然としているように見えてその規則性は単純だ。

 マス目状に伸びる道を往く。帯に指を引っ掛けながら、懐かしい空気とその景色を納める。あー、空気が良い。土の香りも程よく鼻につく。今の季節なら青々とした木々が並んでいるだろうが、モノクロにしか見えない事だけは残念だ。


 本部の施設が立ち並ぶ区画を抜け、工房街へ。チラホラと工房を出入りする人の姿が見え始めると、俺の姿を見るなり数人があ、と声を漏らす。


「なんだ帰ってたのか! 長い事空けてたじゃないか」

「おう、満喫してきたよ」

「テストは終わったの?」

「十分なデータは取れたよ。すぐに実用まで持ってけるレベルだ。使っても良いんだぜ」

「ハハハ、言ってくれるよほんとに。そういやルーニー師匠は一緒じゃあないのかい?」

「あぁ、師匠には一つお願いしてきたからな」

「お前のお願いかぁ…師匠も苦労しそうだな」

「どういう意味だよ」


 まぁ面倒というか、なかなかに大変なことをお願いしたことは間違いない。会話もそこそこに、俺は師匠の工房に入る。むわ、と熱気に体全体が包まれたあと、俺は辺りを見渡す。大小様々な炉が並び、それぞれが煌々と燃え上がり絶えず素材を溶かしている。

 うず、と弄りたい衝動を抑えてさらに奥に進む。師匠の他の弟子に挨拶をするかどうかを迷って、見つからないように進むことにした。これ以上は師匠があの子達を引き連れて戻ってきてしまう。それでは黙ってこっちにきた意味がない。

 修行中の弟子たちが通るルートは把握している。俺の目的はそのルートとは外れた、ほとんど人が寄り付かない場所にある。


『第二保管庫』と書かれた部屋の前で、俺は小さく深呼吸をする。

 キィ、と扉が軋む音と共に、普段光の入らないその部屋に光が差す。


 ここは、俺の作った『流体金属』の保管庫であり、俺がテストから帰ってくるまでは解放禁止とされている部屋だ。だからこの部屋には俺の欲しいものしか置いてない。


 なんでこの部屋が隔離されているのか、その理由は俺が作った流体金属の性質にある。

 俺が新しく作成した印は作ったマグそのものの性質を人体構造に限りなく近づけるというものだ。当然ながら人体に近づけるためにはそれ相応の素の性質が必要だ。具体的に言うと、なんでも取り込んで指示された性質に変換する性質がある。

 つまり下手にこの部屋に他の人間やモノを出入りさせてこの金属に触れる可能性を作ってしまうと、なんの指示も受けていない流体金属は、触れたものを自身と同じモノに変換してしまうのだ。これは人間が食べた食物を血肉に変えることとおんなじで、これが出来ないとどうしようもない。


 まぁ当たり前の話だが、反物質は作ってあって、これはすでに印を刻まれた金属だ。他の何モノにもならないという性質になる印を組んだ金属であれば、取り込まれないという結果も出ている。

 因みにこの流体金属に印を結ぶ方法は焼き鏝しかないが、中途半端な温度だと印が付く前に取り込まれてしまうので注意だ。


 俺は八十センチ立方の箱を開けて、その中に半分程入っている流体金属を見て、我ながら作りすぎたなとため息を吐く。

 言ってしまえは無限に供給出来る金属なのだ。ぶっちゃけ1ccでもあればいくらでも増産出来る。

 まぁここまで増えてしまったものは仕方ない。印を結んで別のモノに使ってもらえばいい。それよりも俺が欲しいのは工具箱だ。トリマニア謹製の工具セットはなんと10センチ×5センチの極小サイズ。なのにその種類は十数種類にも対応することが出来る優れものだ。


 まぁ、この流体金属で作ったからここに有るんだけどね。自分で自分の作った道具を褒める事ほど虚しいものはない。


 工具であれば何にでもなれるこれは、使用者のイメージ、つまり手先から流れる魔力を元にしてその形状を作る。

 だから何にでもなれるし、どんなサイズでも合わせることが出来る。

 今までは流体金属自体が国外への情報漏洩禁止のため持っていけなかったが今ならイケるだろう。


 そいつを懐に仕舞ってこっそりと工房を抜ける。羽織の内ポケットに何かが入っている事に気づく。それを取り出してみると、そこには、俺の名前のライセンスが有った。しかも、いつ撮ったのか、俺の顔写真まで付いている。

 あ、これ五年前の顔じゃね?


 ただ、見慣れない名前もある。ライセンスに記載された俺の地位は、六仙。六仙は…聞いた事ねえな。新しく出来たのかも知れないが、聞きに戻ることも叶わない。


 まだ師匠達はこちらには戻ってきていないようだが、いつ戻ってくるかもわからない以上はここに長居するのもあまりよろしくない。となれば、ありがたく頂戴してここからトンズラするのが一番いい。

 第二保管庫を出て勝手口へ、誰もいないのを見計らって、俺はその場で伸びをした。


 ロクに挨拶もできなかったけど、でもこれでいい。エマもエンヴィも、ここならうまくやっていけるだろうし、キレーネさんにとっては技術の宝庫だ。 ルッカは師匠に頼んだから…キャメロンだな、あいつに見つかるのが一番めんどくさいけど、ここに残してっても絶対にめんどくさい。

 どっちにしろめんどくさいなら俺が面倒を見るべきなんだろうが、それをしたらエンヴィは絶対についてくるだろうし…。うん考えるのやめよう。


 さてと、ここからどうするか、だな。


 受けた仕事は、六道になるための受け皿を技術でカバーすること。

 となれば、まずは魔法大国に行かないとな。六道を目指すのは魔法を心得る奴らだけだ。となれば、行き先は決まったも同然。


 第一の魔法大国、クリスタリア。アーカイブトルムが光を擁し、統一と伝統を重んじる国だとするなら、クリスタリアはその対を成す国だと言えるだろう。どの国の人間も入り混じってカオスになっている国だ。普通の人間もいれば亜人もいる。むしろ亜人の方が多いと聞いたこともある。


 人種差別もなければ亜人だって受け入れるいい国だ。ただ、魔法大国なだけあって、やはり技術は少し遅れているらしい。まぁそれは目で見たほうが早い。


 道端の雑貨屋で地図を広げる。路銀も寝床もありゃしねえが死ぬこたぁねえだろ。えーと、クリスタリアは、と。


 ここから北東、海を越えた港町がクリスタリアの一都市であるサージェス。そこからは徒歩でもどうにでもなるな。とはいえ、海を越える手段は飛空挺か青龍の背中かの二択だ。青龍に乗るのもやぶさかでは無いが、バレる。確実に、バレる。


 んー、クリスタリアを巡回ルートにしてる工房もあったと思うんだけど…問題は乗せてくれるかどうか。飛行艇だってタダじゃあないし、確かあそこはうちの師匠と折り合いが悪かった気がする。まぁダメ元で行ってみるか。


 地図を戻して、少し離れた区画にある工房に向かう。雑貨屋を出たところで、背筋に凍りつくような寒気を感じて、出来るだけ目を合わせないように立ち去る。


 タタタタッ!

「何故逃げるのかな」

 チャキ

「首元に剣を当てるのは良くないと思います!」

「君の方こそ、私たちを置いていくのは良くないと思うのだが?」

「だって絶対付いてくると思ったんだもん!」

「よくわかってるじゃないか大正解だぞ」


 キャメロンに捕まった。それはもうすごい速さで、喉元を掻き切らんとばかりに俺の首に剣を押し当てている。


「待って俺今生身だからねマジで死ぬからね!?」

「それは良かった、安心して子作りできる」

「しなくていい! いいから離してくれ、怖くてたまらん」

「離したら逃げるだろう?」

「もう見つかってんのにそんな事しねえよ、いいから、頼むよ」


 少し悩むそぶりを見せつつも、俺がキャメロンの手を引き剥がせないのを見て、小さなため息とともに剣を下ろした。周囲の騒めきを苦笑いで収めながら、キャメロンに向き直る。きた時と変わらぬ格好で、ワンピース姿のキャメロンは、町の風景からも一つ浮いている。


「ラック!」


 キャメロンとは別に遠くから呼ばれてそっちに目を向ける。エンヴィに連れられて、エマが俺の所に走ってくる。


「いい眺めだな」

「わかる」


 たゆんたゆんと揺れる其れをじっくり堪能して、息を切らすエマが少し落ち着くのを待つ。


「また、行っちゃうの?」

「…あぁ」

「そっか」


 エマは俺に手を伸ばし俺の羽織をキュッと掴んで、俺の胸に頭をコツンと当てた。


「…うん、わかった。行ってらっしゃい。気をつけてね」

「………。ありがとう。気をつけるよ。エマも、元気でな」

「うん。あたしは、ここで待ってるよ」

「あぁ、ちゃんと、帰ってくるからな」

「うん」


 それだけ言って、エマは俺から離れると、パッと笑顔を咲かせる。今まで、どれだけこの笑顔に助けられたか、甘えてきたか、もう一度心に刻んで、俺は、よし、と声を出した。


「行くかぃ」

「師匠。うん、行ってくる。まずはクリスタリアに向かうよ」

「そうかぃ。それ、お前の駄賃だ。今度の仕事の前金だよ。道中お前ならいくらか稼げるだろうが、それでもちったァ持ってけよ」


 放り投げられた麻袋を受け取って、俺はそれを袖に仕舞う。ズッシリとした重みに、今回の仕事の重さが伺える。


「んで、ここまでバレてんだ、お前さんたちは着いてくんだろ?」


 大きくうなづいたエンヴィとキャメロンに、俺は小さくため息をつく。エマは二人を交互に見てから、俺を見て、小さく手を振った。


「ハン、良い奥さんを持ったな。普通だったらとっくに逃げてらァ」


 奥さん、というワードにキャメロンとエンヴィが反応するが、俺は小さく肩を竦めた。


「あたし奥さんじゃないよ?」

「いいんだよ、お前さんは気にしなくて。んじゃ、俺ァ戻るぞ」

「わかった。行ってくる」


 俺は師匠とエマに軽く手を振って歩き出す。勝手に着いてくる二人は知らん、好きにしろ。俺の両脇から挟み込むように俺の顔を覗き込む二人に出来るだけ目を合わせないようにして歩を進める。


「着いてっていいのかい?」

「ダメだって言ってもついてくるんだろ?」

「まぁ、それはそうなんだが、ここは残念ながら国外で、私達の常識は通じない。どうあがいても触れてはいけないものはある。そういう話だ」

「んなもん気にするようなタマじゃあるめぇよ。別に秘匿とは言われちゃいねえから安心しな」

「…なんか、ちょっと別人みたい」


 エンヴィの言葉に、俺は顎をさすりながらあー、と思い当たる節を口にする。


「そりゃあれだ、身体のせいだろ。入れ物の方には少なくとも設定が必要なんだ。割りかし温厚にしてたもんだから、その影響じゃねえかな」

「じゃあ、ラックは元々こんな感じ?」

「ま、この身体の記憶を信じるならそうだ。魂の概念も確立できてるわけじゃねえからな、少なくとも身体の影響が出る事はデータとしても残ってる。平たく言やぁ、身体によって人格は変わり得るって事だよ」

「なるほど、じゃあもう君は甘くないのかな」

「さぁな」


 俺は街の外にある港へ歩み出る。巨大な壁に囲まれたこの国は、一つしか街を所有していない。それがこの国の在り方だ。地上は工房が立ち並び、地下には食料を生産する施設がギッシリと詰まっている。

 一人一人が職人であり、戦士であり、国民。その国民たちを囲むのは、見渡す限りの海。元よりここに逃げ場なんてものは用意されていない。ここから出れるのは一人前のみだ。


 港は行商に出ていた師匠たちと、その先で買い付けた商品たちがどっさり並んでいる。もちろん師匠たちが買い付ける品はどれもマグの素材になるものばかり、あとは弟子に頼まれた品と、研究材料になる魔種の素材だ。

 俺は小さく息を吐いて青龍を呼ぶ。三人乗るなら、それなりの大きさが必要か。


「青龍、出番だぞ、クリスタリアまで行く」


 風を巻き起こしながら現れた青龍は、師匠のものよりかは幾分かサイズを落としたものだ。


「お?久しい奴がいるじゃねえか、いつ帰ってきたんだ?」


 青龍の風に吹かれて、頭にバンダナを巻いた無精髭の男が声をかけてくる。港を管理するおやっさんだ。名前は忘れた。前に見た時よりもちぃとばかりシワが増えたように見える。まぁ五年もたちゃそんなもんか。

 俺はさっきだよ、と答えつつ少し周りを見渡しておやっさんに尋ねる。


「虎の連中は今いないよな?」

「いねえけど、どうかしたのか?ってか後ろの別嬪さんは誰だい?お前の連れか?」

「連れに違いねえがそっちの連れじゃねえ、一人はファミリア、一人は血の気の多い追っかけさ。虎の連中がいねえなら気にしなくていいや、通行証くれ、飛んでいく」

「へーへー、うらやましいこった。ほいよ、あんまり他のシマに迷惑かけんじゃねえぞ」


 もうやらかしてんだよなぁ。


 わかってるよ、とだけ答えて、おやっさんから通行証を受け取ると、キョロキョロと落ち着かない二人をサッサと青龍に押し上げる。


「乗った乗った、虎の連中が来ると面倒くせえ」

「虎?」

「後で話す、そうら行くぞ青龍!ヨーソロー!」

「船乗ってから言いやがれ!」


 おやっさんのお叱りを受けつつ大空へと飛び立つ、ウチの師匠よりも扱いが激しいせいか二人ともしっかりと青龍の毛並みに捕まって風に耐えている。雲を抜け、宇宙と空の境界に出ると、勢いも落ち着いて来る。

  俺は胡座をかいたまま、懐の万能工具を手元で弄りながら、二人を振り返る。


「へばったか?」

「ちょっと…運転が荒いんじゃないか?」

「気のせいだろ、落やしねえよ。落ちても拾うさ」


 俺の軽口に、キャメロンは少しムスッとした様子で、青龍に座り直した。逆にエンヴィはいつもよりも強い陽射しに少し眩しそうにしながらも、雲の様子に興味津々といった様子。まぁ、さっきは俺とエマがあんなんだったからゆっくり見れなかっただろうし、気分も紛れるだろう。


「それで?さっきの虎とはなんのことだい?」


 少し機嫌の悪そうな口調でキャメロンが俺に尋ねてくる。俺はキャメロンに向き直って、そもそもトリマニアの現状を話すことにした。


「昔にあった派閥みたいなものさ。中心にある職人連合本部から、トリマニアを護る聖獣をモチーフにした派閥があってね。東が青龍、北に玄武、西に白虎、南に朱雀と四つの派閥があったのさ。昔から派閥がある事によって競争が激化して、お互いを刺激し合ういい仲だったんだけど、最近はその競争の仕方が幼稚になってきちまってたんだ」


 やれあの作品はここが悪い、やれこの作品はあそこが悪い、相手を蹴落とす事が主体になっちまって自分の向上心が薄れちまってた。

 そんな中、俺がトリマニアに来ちまった。


「師匠のいる東の派閥は大バッシングさ、余所者に技術をくれてやるとは何事だ、ってね、俺が来てしばらくは外に出歩くことも危うかった。それでも、俺はこの技術が学びたくしょうがなかった。だってこんなに面白い事はないだろ?技術と魔法を組み合わせて、何でもできる、何でも生み出せる。だから俺は必死に勉強した。環境なんて気にしなかったさ。けど、一つだけどうしても越えられない壁があったんだ」


 青龍が盛り返すためには俺がどうしても匠になる必要があった。それは他の派閥を納得させるためでもあったし、これからの青龍の立場を考えてもどうしても必要な事だった。ただ、俺にはそれになる資格はなかった。

 生まれた時から持ち合わせてなかったんだ。


「五行になるには、光の聖獣である麒麟を呼び出すことが条件だった。けど、俺にはそれができなかった」

「…君の性質は闇だったんだな」

「その通り。いくら頑張ったところで、麒麟は呼び出せず、かと言って麒麟を呼び出せば俺は何かを失って結局匠への道は閉じちまう。八方塞がりってやつだな。でも俺はやった。無理矢理ではあったけど、麒麟を呼び出した。その後のことはどうにでもなるって信じて、呼び出した」

「ってことは君は…六道なのか…?」

「おう。幸い、エンヴィみたいに見た目に出るところじゃあ無かったからしばらくはバレなかったんだけどな。結局公に晒されて俺は匠の道をやめる事になった。勿論、連合は荒れに荒れたよ。俺が六道になった事で、俺を責めていた連中が逆に責められる立場になって、結局派閥は解体、形だけを残して、その意味は消えたんだ。その時はちょうど、流体金属を作って、テストするって話が出てた頃で、ほとぼりが冷めるまでは外に居ていいって事で、俺はトリマニアから出た」


 約束もあったからな。


 エマに会いたくなかったかって言われりゃ、そりゃ会いたかったけど、できれば一人前になってから会いたかったな。


「結局そのあとはどうなったんだい?」

「派閥解体のあと?見ての通りさ、トリマニア変わってない。職人たちが相変わらず切磋琢磨する街のままさ。ただ、俺を叩いてた筆頭の虎の連中は、少し居心地が悪いみたいだぜ」

「だから、か」

「そういう事」


 キャメロンは少し俺の顔をジッと見つめたあと、四つん這いで俺の所に寄ってから、俺の頭に手を乗せた。

 思わず工具を落としそうになる。

 キャメロンの表情は、とても柔らかくて、優しかった。


「頑張り屋さんな所は変わっていないようで、安心したよ。君も大変だったんだな」

「………、急にそういう事すんのやめろよな、心臓に悪いぜ」

「ラック撫でられるの好きなの?」

「いや、そういうわけじゃねえよ。単純にびっくりしただけだ」


 いつのまにか俺の膝に滑り込んで来たエンヴィが下から俺の顔を覗いている。あー、うん、隠せてないな、多分俺の顔が赤くなってるかなんかしてるんだろう、エンヴィは意地の悪そうな笑みを浮かべながら、俺の頰に手を添える。


「甘えてもいいと思うよ?」

「バカやろう、十分甘えてんだろ。三人も預かってもらって、しかも一人は仕込みも頼んでんだ、これ以上の甘えがあるかよ」

「そうじゃなくて。というかそれはラックのためじゃなくてみんなのためでしょ?そうじゃなくて、ラックはラックのために、他の人に甘えていいと思うよ?」

「うむ、そうだぞ、幸いここには君を甘やかす存在しかいないからな。存分に甘えたまえ、何なら私は第二夫人でも可だ」

かせ」


  俺は二人のおでこを小突く。


「俺ばっか甘やかしてねえで、お前らも俺にちっとは甘えろ。不公平だろ」


  そういうと二人はにんまりと笑顔になり、揃ってはーいと返事をした。

  先が思いやられるぜ。

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