曾祖母襲来
誕生日の翌日から本格的な魔法の勉強が始まった。ミリアは母と一緒に魔法の指南書のようなもの、いわゆる教科書を使って勉強をしている。俺はと言うと魔法四割、武術六割といった具合で父から指導してもらっている。意外と父の教え方は上手く、少ない魔力での魔法の活用法等を教えてもらえている他、自警団の隊長を勤めている父が得意な剣術を中心に、たまにボロボロになりながらも充実した毎日を過ごしている。余談だがボロボロになるとミリアが覚えたての回復魔法で傷を癒してくれて、母は父をこっぴどく叱っている。
それからは特に大きな変化もなく、毎日が勉強と稽古とそこそこの休日と、繰り返される日々を送りながら月日だけが経過していく。気が付くと五歳の誕生日から早いもので三年が経っていた。ミリアと俺は八歳となり、妹のララが五歳の誕生日を迎える事になった。
ミリアや俺がやったように、ララも五歳の誕生日の今日、両親とミリアと俺に見守られながらボーリングの玉程の水晶に手をかざす。少しすると水晶は緑色に光始めた。緑は赤の下で、上から三番目となっている。
「ララは緑か、いやはやミリアもそうだったがウチの女性陣には太刀打ちできそうにないな。これじゃ俺とアルの肩身が狭くなるな。」
「パパとアルを一緒にしないで、アルだって凄く頑張ってるんだから。」
「そうよあなた、少なくともアルをボロボロにするような人と一緒にするのはアルが可愛そうよ。肩身が狭いのはあなただけよ。」
父の不用意な発言に、ミリアと母がピシャリと一刀両断。集中砲火を食らった父は多勢に無勢と判断したのか、直ぐに話の方向を別に向け始めた。
「じゃあララも明日からはミリアと一緒にママと魔法の勉強だ、アルは引き続き俺とだ。ただそろそろ剣術を中心にするから、魔法の勉強は少し減らしていくからな。明日からはまたビシバシ鍛えてやるからな、根性見せろよ。」
「分かったよ父さん、僕頑張るよ。」
「アル、無茶だけはしないでね。パパもやり過ぎないでね。」
「お兄ちゃん頑張ってね、ララも応援するね。」
ミリアとララの声援を受け、明日から頑張ろうと心に誓った。しかしこの三年の稽古で、特に強くなったと実感が有るわけではない。なぜなら適度にボロボロにされれば、その度にミリアが心配そうに俺の怪我を治してくれるからだ。ミリアに治してもらえるのなら、明日からの稽古もボロボロにされる覚悟で望むしかない。しかもララも母から魔法を教わるのなら、ララからも回復魔法をかけてもらえるかもしれない。何と言う俺得な展開なのだろうか。
ララの誕生日の翌日、父は宣言通りに剣術の稽古に力を入れ始めた。今までとは違う父の太刀筋にやられ、あっけなくボロボロにされてしまった。父は直ぐにボロボロになった事に焦るのと同時に、父の背後からは極寒の冷気に似た気配が父に向けられていた。父が慌てて振り向くと、そこには冷たい視線で父を睨み付けている母と、同じように睨み付けているミリアがそこにいた。ちなみにララは、母の背に隠れるようにしてこちらを見ていた。
「あなた、ちょっとお話が。ミリアはアルをお願いね、アルは今日はもう剣術はおしまいで良いわよ。この後はミリアとララと一緒に魔法の勉強をしててちょうだい。お母さんもお話が終わったら教えてあげるから。さっ、行きましょうか、あなた。」
「はい……。」
哀愁漂う父の背中を見送っていると、ミリアとララが駆け足でこちらに近付いてきた。近付いてきた二人に手を引かれ、稽古をしていた庭から部屋の中へと連れ込まれた。
「全くパパったら、ここまでやらなくてもいいじゃない!」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
ミリアは父に対して怒り心頭となっていて、ララは俺を心配そうに見つめている。二人にこれだけ想われていると分かるだけで、既に怪我の痛みなど忘れてしまっているほどだ。しかしこれだけで終わらないのが俺クオリティだ。
「うん、大丈夫だよ。…ごめんね、みっともなくて。やっぱりパパには勝てないや、剣術も魔法も。」
あれだけ一方的に負けていれば、剣術ではまだ勝てないのが分かっているだろうが、魔法も全然に成長していない。三年前の魔力保有量青から、全く進歩していないのだ。ちなみにこれは魔法の勉強をしている際に、たまに父が定期チェックと言って魔力保有量をその度に計測している。このことは母やミリアも知っている事なので、魔法の才能がいまだにないのも知られている。
「そんな事ないよ、アルが頑張ってるのは私もママもララも知ってるから。今日のは完全にパパが悪いから、あまり気にしちゃダメだよ。」
「お兄ちゃん頑張ってるの、知ってる。お姉ちゃんやママがいつもララにお話してくれる、お兄ちゃんはいっぱい頑張ってるって。」
ミリアとララが心配してくれているなか、ミリアが回復魔法を施してくれた。ミリアが両手を傷口に向けてかざしていると、薄い緑色の光が傷を包み込み、少しすると傷が綺麗さっぱり治った。ミリアの回復魔法は同世代と比べると、確実に並べる者はいないのではないかと思ってしまうのは姉バカだからだろうか。
「はい、治ったよ。どう?痛みはない?」
「ありがとうお姉ちゃん、もう全然痛くないよ。ララも心配してくれてありがとう。」
「うん、良かった。」
俺の怪我が治ったので、とりあえずは母が戻ってくるまではララを中心に魔法の勉強を進めている。基本的にはミリアがララを教える形で、俺は二人のやりとりを見ているくらいだ。そうして三人で勉強していると、ようやく母が戻って来た。父は残念ながら戻っては来なかった。
「お待たせ。ミリアとアルありがとうね、ララの面倒も見てくれて。アル、お父さんにはきつく言っておいたから安心しなさい。明日からは今日みたいなことはないでしょうから。もしまたボロボロにされたらお母さんに言うのよ?」
「ありがとう母さん、でもあまり父さんを怒らないで。父さんも僕を思って、厳しくしてくれてるんだろうから。」
「パパを甘やかしちゃダメよ、アル。さっきのはいくらなんでも酷すぎるわ、あんなの毎日やられたらアルが死んじゃうかも知れないもの。」
「お兄ちゃん、死んじゃう…。」
どうやら父を庇うのは無理なようだ、こればっかりは父に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。しかし父の犠牲のおかげで、ミリアとララからは心配の声をたくさん掛けてもらえたので、父にはもうしばらく可愛そうな目にあってもらうしかない。これも俺がミリアとララに愛される為、父には頑張ってもらおう。
ララの誕生日の翌日、つまり俺が父にボロボロにされてから半年が経った。あれ以降も頻繁ではないが、やはり父にボロボロにされる日がありつつ、その度に女性陣からは心配され愛されてを繰り返し、逆に父は三人から非難の声を浴びせられる日々を送っていた。
そんなある日ペンデュラン家に一通の手紙が届いた。使用人がその手紙を父に渡すと、父は差出人の名を見て表情を苦々しくさせた。父はあまり乗り気ではない態度で手紙の封を開け、中の手紙を読み始めた。だが読み始めたと思ったら直ぐに手紙から目を離し、頭が痛いのかこめかみに指を押し当てるような仕草をする。
「どなたから?」
「……祖母だ。」
「まぁ、サクヤ様から?…手紙には何と?」
「近い内に寄るとだけ。あの人はいつもこうだからな、少しはこちらの事も考えてもらいたいよ。」
父と母の会話からすると、どうやら近々父方の祖母が家に来るようだ。しかも父の態度からすると、父は祖母が苦手のように思える。苦手じゃないのなら、こうも手紙一つで不機嫌にはならないだろう。
「ねぇママ、サクヤ様って?パパのおばあちゃんなの?」
「えぇそうよ、サクヤ様はお父さんのお婆様にあたるお方よ。ミリア達からしたら曾祖母になるかしらね。」
「ひいお婆ちゃん、来るの?」
「あぁ、残念ながらね。全く、一体何しに来るのやら。」
完全に父は曾祖母を厄介者扱いしている、それほどまでに嫌がるのは何故だろう?昔何かあったのだろうか?そうこう話しているとまたしても使用人が父に近付いてきて耳打ちする、途端父は頭を抱えだした。
「いくらなんでも早すぎるだろ…。だから嫌なんだよ…。」
「あなた、まさか…?」
「あぁ、そのまさかだ。今屋敷の外にいる、とりあえず俺が出迎えに行くからお前達は広間で待っていてくれ。…できることなら直ぐにお引き取り願いたいがな。」
そう話して父は部屋を出て屋敷の玄関へと向かって行った。残った俺達は父の言うとおり、広間へと向かいそこで父と曾祖母を待つことに。しかし父が嫌うほどの曾祖母とは一体…。
「ねぇママ、何でパパはひいお婆ちゃんが来て嬉しくないの?」
「…お父さんとサクヤ様は昔から仲がよろしくないの。性格が真逆だからかしらね、言い争いが絶えなくて常に喧嘩をしていたわ。」
「ケンカ、良くない。」
父と性格が真逆。父の性格と言えば家族想いで、男らしく熱血漢の一面もあり使用人達からも慕われるような人柄だ。その反対の性格の人となれば、確かに言い争いがしょっちゅうありそうな感じがする。広間で待つこと十分程、部屋の外から言い争う声が聞こえてきた。どうやら早速おっぱじめているようだ。
「だから何の用だって言ってるだろ!?」
「うるさいね、用なんて何でも良いじゃないか。少なくともお前に用があるんじゃないけどね。」
「じゃあ誰に用があるんだよ!?」
父が珍しく怒声を発しながら広間へと近付いてきた。母はこのやりとりを聞いたことがあるのか、特に気にする素振りはしていないが、初めて聞く父の怒声を聞いたミリアとララは驚き、怖いのか母の服を両側から握りしめている。
「はいよっ、お邪魔するよ。おやクリアじゃないか、久しぶりだね元気にしてたかい?バカな孫が迷惑掛けてないかい?」
「お久しぶりですサクヤ様、迷惑だなんてとんでもありません。子供たちの面倒も見てくれますし、とても助かっております。」
「相変わらず良い子だねクリアは。それに比べ、バカ孫は私を見た途端帰れときたもんだ。やだねぇ、祖母に向かってそんな口を利くだなんて。」
「あんたが関わったら今までさんざんな目にあってきたからだろうが!頼むからさっさと帰ってくれ!」
曾祖母と母の間は特に仲が悪いわけじゃなく、やはり父と曾祖母の仲がかなり悪いというのは良く分かった。何があればあそこまで曾祖母を毛嫌いようになるのだろうか。
「全くうるさいったらありゃしないね、ならお望み通りさっさと要件を済ませて帰るとするかね。」
そう言うと曾祖母は広間で待っていた俺達の、もとい俺の方へと迷わず進んできて俺の目の前で立ち止まった。
「初めましてアルドラド。お前を迎えに来たよ、今日から私と暮らしてもらうからね。さっさと荷物をまとめてきな。」
自分勝手な考えと、常に上からの言い方で相手を圧倒する曾祖母。これでは父が嫌うのも無理はないだろう、俺だって極力関わりたくない相手だ。