7話
翌朝。王城の朝食会場は、どこか奇妙な静けさに包まれていた。
父アルベルトも、長男レオハルトも、次男ジュリアンも、どことなくぎこちない視線をルシアンに向けている。
昨夜、あの二本の「規格外な付与剣」を巡って大真面目に話し合っていたことなど露知らず、当のルシアンは「今日のスープも塩味が控えめだなあ」と呑気に考えていた。
「ルシアン」
父アルベルトが、重厚な声をかけた。
「は、はい、父上?」
「お前が昨日レオハルトたちに渡した剣だが……なかなか見事な付与だったな。あの技は、一体どこで覚えたのだ?」
家族全員の視線がルシアンに集まる。ルシアンは5歳児らしい無邪気な笑顔を浮かべ、あらかじめ準備していた「言い訳」をスムーズに口にした。
「図書室の本に書いてあった古代のルーン理論と、市井の職人さんの作業を物陰からじーっと見て真似してみたんです! 金属の性質を魔力で固定するイメージを強く持ったら、うまくいきました!」
「……見ただけで真似できたのか?」
ジュリアンが言葉を失う。専門の付与師が何年も修行して体得する技術を、「見て真似した」の一言で片付けられたのだから無理もない。
「うん! 魔法ってすごく面白いですね! 僕はもっと色んな魔法の使い道を知りたいです!」
無垢そのもののキラキラした瞳で答えられ、父アルベルトは苦笑いするしかなかった。
「……そうか。まあ、怪我だけはしないようにな」
(よし、上手くごまかせたぞ!)
ルシアンは心の中でガッツポーズを作った。
朝食が終わり、自室に戻ったルシアンは、今日こそ新境地へ挑戦するべく素早く動き出した。
「ルシアン様ー! おやつの時間の……あ、あれ!?」
専属護衛のギルバートが部屋に踏み込んだときには、すでにベッドの上は空っぽだった。
「またですかーっ!? ルシアン様ぁぁぁ!!」
城内に響き渡るギルバートの絶叫を背に、ルシアンは隠し通路を駆け抜け、軽やかに城外へと脱出した。完全記憶で覚えた脱出ルートと、限界突破した魔力による「気配遮断」の組み合わせは完璧だ。
「さて、今日は市井の【調合・調味料工房】と【建築魔導師の作業場】を観察してみよう!」
ルシアンがまず向かったのは、王都の食を支える調味・保存食の工房街だ。
工房の中では、職人たちが大きな樽に魔力を流し込み、発酵を促進させたり、塩漬けの肉の防腐処理を行ったりしていた。
(へえ……! 微弱な雷魔法の波長を使って菌の繁殖を抑えたり、温熱魔法で発酵スピードを通常の10倍に早めたりしているんだ。なるほど、科学的な微生物の知識がなくても、魔法の感覚で同じ現象を引き起こしているのか!)
前世の現代知識と照らし合わせることで、職人たちの「勘」の裏にある理論がルシアンの頭の中で完璧に構造化されていく。
続いて足を運んだのは、建設中の巨大な石造りの商家だ。
そこでは「建築魔導師」と呼ばれる強面の大工たちが、両手を土や石にかざしていた。
「——【土石軟化】! よし、隙間に押し込め!」
「——【構造硬化】! 固まれ!」
土魔法で石材同士の継ぎ目を一時的に泥のように柔らかくし、寸分の狂いもなく噛み合わせた瞬間に硬化魔法で固める。重機もないこの世界で、魔法によって地震にも耐えうる頑丈な建造物が一瞬で作られていた。
「すごい……! 戦闘で人を倒す魔法より、こういう『誰かの暮らしを豊かにする魔法』の方が何倍も格好いいし、役に立つじゃないか!」
ルシアンの目は興奮で爛々と輝いていた。
強大な魔力で魔物を倒して英雄になることになど、微塵も興味はない。
だが、土魔法で一瞬で快適な家を建て、生活魔法で料理を美味しくし、付与魔法で道具を長持ちさせる——そんな「生活魔法の極意」を極めることには、無限のロマンを感じる。
(よし、僕も自分で試してみよう。誰もいない森の奥で、自分だけの『極上スローライフ基地』を作る実験だ!)
将来、大きくなったら世界中を旅して各地の美味しいものを食べ、様々な魔法を見て回る。
その未来の「世界旅行」に向けて、5歳の第三王子はまた一つ、新しい魔法の実験アイデアを胸に膨らませるのだった。




