第1話:真実の愛(笑)を見つけたそうなので、喜んで国を出ていきます
「──エレイン・ウォーカー! お前のような無能な偽聖女との婚約は破棄する!」
王宮の大夜会。きらびやかなシャンデリアの明かりが、私のボロボロのドレスを容赦なく照らし出す。
母から譲られた唯一の青いドレス。
長年使い続けたせいで刺繍はほつれ、シワもできていた。
反して高らかと宣言した声の主は、私の婚約者であり、この国の第一王子であるカイル。
金色の髪と青い瞳で正装の彼は、天井からの照明を受けて堂々としている。
そして彼の隣には、私の妹であるルリナが、これ見よがしにカイルの腕にしがみついていた。
可愛らしいピンクのフリルがついたスカートに、ベリーローズの二つ結びが似合っている。ただ、浮かべている笑みがわずかに蔑みを帯びていて、歪に見えた。
そんな彼女に気付きもしないカイルが続ける。
「お前が『聖女の力』と偽って、ルリナの功績を横取りしていたことはすべて調べてある! 真の聖女であるルリナを虐げ、身代わりとして のうのうと聖女の座に居座りおって……見損なったぞ、悪女め!」
カイルの言葉に、周囲の貴族たちが「やはり」「見かけ倒しだったか」と、ひそひそと蔑みの視線を投げかけてくる。
(……はあ。またこれね)
私は内心で深いため息をついた。
この国を覆う「魔獣の呪い」を、毎日寝る間も惜しんで命を削りながら浄化してきたのは私の方。
ルリナはただ、私が浄化し瘴気が消えた後の綺麗な祭壇で、お祈りのポーズをして微笑んでいただけ。明らかなパフォーマンス。
それが許されていたのは、妹を溺愛する継母と父が「ルリナの功績」として王家に報告し、私も国の平穏のためならと黙っていたから。
だがその結果が、これである。
「お姉様、ごめんなさい……。でも、カイル様と私は真実の愛で結ばれてしまったの。どうか、私達を許して……っ」
ルリナが嘘泣きをしながら、カイルの胸に顔を埋める。丁寧に巻かれた髪が揺れて華奢な体が震えている。
カイルはそんなルリナを愛おしそうに抱き寄せ、私を忌々しげに睨みつけた。
「フン、言い訳もできないようだな。ウォーカー公爵家からも、お前のような偽物は勘当だと連絡が入っている。今すぐこの国から出ていくがいい!」
思わず視線を動かして、人だかりの奥を見る。すると、実の父親であるウォーカー公爵が、私から冷たく目を逸らすのが見えた。
誰も、私の味方はいないみたい。
毎日ボロボロになるまで、この国のために祈りを捧げてきたというのに。
たった一つ残ったドレスの裾を握りしめ、力を込める。
唇を噛み締め承諾を口にした。
「……分かり、ました」
私は一度、静かに呼吸をして、ドレスの裾を軽く持ち上げると、完璧な一礼を返す。
「カイル殿下、そしてルリナ。お二人の『真実の愛』とやらに、心からの祝福を。──それでは、失礼いたします」
「なっ……!?」
カイルが、私のあまりにもあっさりした態度に目を見開く。もっと泣き喚いて縋り付いてくると思ったのだろう。馬鹿らしい。
私は素早く振り返り、堂々と大夜会の会場を後にした。
◇◇◇
国境近くの深い森。
大夜会のあと、両親に恥さらしだと着の身着のままで追い出された私は、冷たい雨に打たれながら歩いていた。
(さすがに、魔力の使いすぎで体が限界ね……)
親にも婚約者にも捨てられた私は、もう未練の欠片もなかった。
だから国を出る間際、私はこの国に施していた「結界」の魔力をすべて引き剥がしてきた。私が張った結界なのだから、私が持っていくのは当然の権利だ。
今頃、あの王宮は呪いの再発で大騒ぎになっているかもしれないが、知ったことではない。
ただ、無理やり結界を解いた反動と、連日の疲労で、私の意識は急速に遠のいていく。
引きずるようにして歩いていた重い足に、段々と力が入らなくなっていく。
視界が揺らぎ、ついに膝をついてしまった。
「ここまで、か……。せめて最後は、静かに眠りたいな……」
泥の中に倒れ込み、泥水が跳ねるのを最後に視界が真っ暗に染まる。
──その時だった。
ザッ、ザッ、と激しく草を踏みしめる音が響き、その音が近くで止まる。
直後、動揺した様子で「まさか」と聞こえた。
それから私の体に、暖かいものがかけられる。わずかに肌に触れたのは柔らかい布の感触。
「おい……! おい、 しっかりしろ! なぜこんなところに……すぐ助けを呼ぶ! 」
低く、ひどく焦ったような、だけど耳に心地よい男の人の声。
残った力を振り絞り、瞼を開ける。薄れていく意識の中で最後に見たのは、夜の闇よりも深い黒髪と、燃えるような緋色の瞳をした、息を呑むほど美しい男の人の姿だった。
(……ああ、死神様が、迎えに来てくれたのかな……)
私はそのまま、深い眠りに落ちていった。




