風→火→水→大地→闇→?
炎の精霊に別れを告げて次なる契約の地へと向かった俺達だった。……のだが……
……
ここはアンフォームの国にある命の泉という場所だ。そこに水の精霊は佇んでいた。
「私はレイエール……」
「水の精霊さんなのです。」
なるほど、水のようにおしとやかそうな姿だ。……また女の子か。嬉しいけど、偶然なのだろうか。
「契約をしにきたのですね……?」
「はい!お願いするのです!」
「……少し荒療治になりますが、覚悟は、いいでしょうか?」
「……」
初めて脅迫めいた言葉を聞く。……いや、炎の洞窟での試練だって並の力ぐらいだったら通用しなかっただろう。それを思えばここまでうまく言ったのはソーラの努力が間違っていなかったという事の証明でもあるのだ。……ならば今回の試練だってきっとうまくいくに違いない。
「覚悟は、出来ているのです!!」
「……頑張ってください。」
精霊がそう言うと突然何もない空間より水の球体が現れ、ソーラを包み込んでしまった。
「っ!!!……っ……」
「ソーラ!!」
「……これが、私の試練です。」
「試練、だと?」
こうしている今でもソーラは水の中でもがき苦しんでいる。……おいおいこれシャレにならないんじゃないのか……
「大丈夫なんだろうな……」
「……万が一、死の間際になったならば救出します。……ですが、その場合は試練には失敗したことになります。」
「……どうすればいいってんだ。」
「……彼女が本当に精霊術師としての資質があるならば、その答えに必ずたどり着くでしょう……」
……
く、苦しいのです……
目も開けられない。……水の中に閉じ込められて息も出来ない。……こんなパニック状態で冷静に考える余裕も無い。ただひたすらにもがき続けるしかない。次第に抵抗する力も抜けていく……体が、力が、入らない……
……これが、試練。
……
違うのです。これは……
自分を包むこの水は、決して命を奪うようなものではない。……むしろこれは、私を包み込んでくれている暖かい水なのです……
こんな気持ち……ずっと昔どこかで……
まだ私が人としての形を成す前のずっとずっと前にも……
違うのです!もっと最近の事なのです!!
こんな暖かい気持ち、いつもリアンと一緒に居る時にリアンがくれていたものと似ているのです……
いつもこうして、ぎゅってしてくれていたのです。
……
……分かったのです。この水は。自分にとって大切な人のぬくもりと同じなのです。
どんな時でも、大切な人の事を思う気持ちを持つ事。……それを私に教えてくれていたのですね。
……でも、私はどんな時だって、リアンの事、忘れてなんていないのです!!
この水がリアンのくれた暖かさなら、私だって、リアンの事を抱きしめてあげるのです!!
……
「……!!」
苦しんでいた表情だったが、ソーラの顔からいつしか苦しみは消え……笑顔すら浮かべるまでに変化した。
「……まるで……」
その姿は、人でありながら、精霊達のようだった。……人に非ざる神秘的な微笑み。……ソーラは立派な精霊術師へとなる為の階段を真っ直ぐ駆け上がっていた。……その果てに人ではなくなってしまうのではないかと言う不安が、ほんの少しだけよぎった……
「……これほどまでとは……試練はクリアです。」
精霊も納得した様子を見せ、ソーラを包んでいた水の球体は飛散した。ソーラはその場に倒れこんでしまった。
「大丈夫か!!」
「……シドさん、なのです。」
「試練はクリアだ。よくやったな。」
「……えへへ。……きっとリアンが、手伝ってくれたのです。」
「……そうだな。」
シドにはそれが何をさしているのかは本当には分からなかったが返事は肯定だった。
「……よく頑張りました。あなたの心は、精霊術師にとても相応しい。……契約を行いましょう。……心を、開いて。」
「……はい。」
「私を、受け入れて。」
「……」
……
……
……心と心がふれあい、溶け合う。
……
……
「……これで、契約は完了です。」
「ありがとうございますなのです。」
「……ソーラ。あなたはこれからも精霊との契約を行うつもりですね?」
「もちろんなのです!私はもっともっと立派な精霊術師になるのです!」
「……」
その目は、なんだろうか。暖かい物を見守るようでもあるが……何か、悲しそうにも見えるのだ。
「なあ、たくさんの精霊と契約するのってデメリットとかないのか?」
「デメリットですか?たぶん大丈夫なのです!」
「契約についてはいくら行ったとしてもそれに関して直接不利益が生じる事はありません。契約をすればするほどその人が出来る事は多くなります。……そう、それは人知の力を越えるほどに……」
「……何だ。お前らが不安に思っている事っていったいなんなんだ?」
「?」
「……」
ソーラは俺が何を言っているのかはてなマークと言った感じだが、俺の言わんとすることはなんとなく精霊には伝わっているようだった。それゆえ言いよどむ仕草へと変わっていくのだ。
「……精霊術師とはとても、とても大きな力を有する者の証明。……悲しい事にそれが時に悲劇を生む事があります。」
……
「ソーラ、あなたが心から素晴らしい精霊術師になろうとしているのを私は強く感じます。……そんなあなたの行く手を阻む様な事をしていいものなのかどうか……」
「……」
「精霊だってのになんだかいやに人間臭い悩み方をしてる気がするぞ。なんでもかんでも分かるもんじゃないのか精霊ってのは。」
「……精霊と言っても貴方達と、ほとんど変わりません。ほんの少しだけ人に出来ないことが出来て……人が簡単にできることが出来ない。……それが精霊です。」
……その言葉には、諦めと言う感情が込められているようだった。……だが、何に対する諦めだと言うのか。……今の俺には皆目見当もつかなかった。
「……すみません。私から貴方達にこれ以上深く語る事は出来ません。……許してください。」
「……何の話だか実はよく分からないのです……でも、私はどんなことがあっても前に進むのです!精霊さんが話せない事があるならそれでも構わないのです。どんな辛い事があっても、どんな困難が立ちふさがってもリアンの事を思えば私はいくらでも前に進めるのです!!」
「……強いですね。あなたは。」
……彼女もまた、これまで同様にソーラへと警告をし、そして慈母のようなまなざしを向ける。
……確かに俺だってそうだ。目の前に危険があるから引き返せと言われても引き返すなど絶対にしない。決意を持った人の前ではどんな障害があろうと関係などないのだ。
「悪かったな。色々問いただして。」
「……いえ。悪いのは、全てを語ることが出来ない私の方です……あなたは何も悪くはありません。」
「で、話は変わるんだが、俺にも何かくれないか?」
「何か?……たとえばどのようなですか?」
「剣だ。最強の奴な。」
「……分かりました。これを差し上げます。」
今度の剣は……不思議な感触だ。
「この剣はカチュアスと言います。この剣は形無き者ですら切り裂くことが出来るものです。無形であろうともこの剣の前にはひれ伏す事でしょう。」
「形無き者か……」
これもまた一つの最強には違いないのだが……違う……
「これも駄目なのですか……」
ソーラはがっかりしたようにつぶやく。……せっかく契約が順調に言っていると言うのにガッカリさせっぱなしなのはいい事ではない。……本来俺の都合はあくまでオマケに過ぎないのだから……
「……俺が、高望みしすぎてるだけなのか。」
……普通に生きていればこんな剣にお目にかかる事などまずありえない事だ。精霊から剣を与えられる。それがどれだけの幸運なのか。……それで満足できない俺がいけないのだろうか。
「……あなたの、名前は?」
「俺は、シド。」
「……シド。どうやらこの剣もあなたの気にいるものとはならなかったようですね。……ならば、私から与えられるものは言葉ぐらいです。……聞くも聞かないもあなた次第です。」
「……」
「自分自身が間違っているなどと思わないでください。時には自分の過ちを顧みることは確かに大事です。ですが、それでも絶対に曲げてはならない物もあります。それを大切に持ち続けなさい。……険しい道のりを進むうちに心が諦めてしまいそうになる事は必ずあるでしょう。ですが、それを乗り越えた先にきっと、あなたの本当に望む物はあります。……他ならぬ貴方自身を信じてあげてください。」
「……」
……俺には親はいない。……だから想像するしかないが、こういうもんなのか?親の温もりってのは……
って、俺はガキか。
「……そうだな。その通りだ。俺に相応しい最強の剣は、きっとどこかにある。そうに違いない。」
失敗したからなんだと言うのか。次、そしてその次、この世界がどこまでも広いように次の機会だってどこまでも広がっているのだ。気落ちするなんて俺らしくも無い。
「うーん。しかし……精霊ってのは皆美人なんだな……」
「……客観的にそう言われると、あまり悪い気はしません。」
「もしかしてあんまり男慣れしてないな?」
「……見た通りです。」
「シドさんシドさん!いつものシドさんに戻るのはいいですけどセクハラトークは駄目なのです!!」
……年下の女の子にたしなめられる俺ってどうだ。
精霊からありがたい?お言葉を貰うと俺達は泉を後にした。
……
大地の心臓にて。
クノッサルにあるここは地図で見た時に人で言うところの心臓に位置するためそんな風に名づけられた(らしい)。
……しかし実際に地図で見てみると全然そんな事はないんだよな。でも上下逆さまに見ればまぁそうとも言えなくはない気もするが……
多分この場所の名前をつけた奴が無理矢理大仰な名前をつけるためにこじつけたのだろうと推察する。
「これで契約完了じゃな。しかし良く探し出してくれたものじゃ。」
見た目に似合わぬ老人の様な言葉を話す女の子の姿をした精霊だった。
「いえ、シドさんが一生懸命探してくれたのです!」
「ふむ。なかなか男気のある奴じゃの。それでこそという奴じゃな。」
言わないよりマシだと思って俺は剣を要求してみた。
「剣か。斧はどうじゃ?どちらかと言えばワシの力をより活用できるのは斧なんじゃがの。」
「……いや、斧はあんまり使い慣れてない。」
「残念じゃ。ならばこのエドルバルドになるかの。この剣は結構重たいでな。扱うにはかなりの力が必要じゃ。」
「……重いが、その分とんでもない破壊力がありそうだ。」
「その剣の一撃ならばどんな巨体でも打ち倒せるじゃろうな。」
「……」
やっぱ違うか。……ただ実はこれが一番俺の求める理想には近いかもしれない。比類なき破壊力。これは俺が求める物のそれにとても近かった。……だがそれを求める代わりに他の部分は通常の剣とあまり変わらない。……このイメージを忘れないようにしよう。
「こんななりじゃがそこそこにはこの世界に生きておる。何か困ったことがあればこのアナの元に来るといいぞ。」
頼もしい言葉を土産に俺達は地の精霊アナの元を去る。
……
続いてヤシャマ帝国にある深淵の果てと言う場所にやって来た。名前はこの世の終わりのようだが普通の洞窟だ。……めちゃくちゃ暗いけど……
「ククク……契約成立だ……」
口が三日月の様になっているこの精霊は闇の精霊らしい。まあ笑顔が可愛いんだが、暗い所にずっといたせいかちょっと陰気っぽい気もしないでもない。
「このクファマトに要求とはな……いいだろう。くれてやろう。闇の魔剣、アイヴァンズ!新たな持ち主へと宿るがいい!!」
「……ふう。」
結局この剣も何か違う。……せっかくだが返すと精霊は笑顔のままだがしゅんとした気がする。……悪い事をした気分になる。
「俺の力を拒むとは、何たる奴め!」
また来る約束をしてこの地を後にする。……ちなみにこの場所を見つけるのには少し苦労してしまい更にはこの洞窟の攻略にも一日費やしてしまったのであった。
……
「そんなにこの剣魅力ないかなぁ……グスグス……」
シド達が居なくなった後クファマトは一人でさめざめと泣いていたのであった。
・・・・・・
「後、5日……いや、もう今日が終わったら4日か?」
闘技大会の日が差し迫っていた。……そろそろ戻らなくてはならないだろうか。……次の精霊との契約がどの程度かかるか分からない。……これまでのケースだと2日あれば大体大丈夫だろうが……ちょっとギリギリな感じもしないでもない。……明日ソーラと話し合ってみる事にしよう。
……その夜、俺は夢を見た。……その夢の中で彼女はあれを唄っていた……
顔が見えない……夢だからか、顔がぼやけている。
どうにか見ようと努力するのだが結局知らぬ間に気がつけば朝を迎えてしまう事になった。




