涼しそうだからまずは風がいい
「シドさんそっちですそっちー!!」
「おーう……」
「ぎゅー……」
俺の力無い一撃を受けた魔物は力無い悲鳴をあげて息絶える。
「なかなかすばしっこいものですね。でもだんだん目が慣れてきたような気がします!!」
「そうかー……」
……俺はとにかく今現在やる気がない。脱力状態だ。……それもそうだろう。どんな冒険になるかと待ち構えていたらあんな体たらくなのだから。
「あ!次が出ましたよ!」
「……」
変わり映えのしない流れ作業のような行為をひたすら続けて早一時間。……俺は何をやっているのか。
そもそもの事の起こりはタガールにある風の祭壇にいる精霊に会いに行ったところへと遡る。
・・・・・・
俺達はゴーバスを飛び出してタガールへと一路向かう。
「タガールか。ガエインの方まで行くとなると、まあまあかかるな。」
「乗り物を使えばもっと早く行けますか?」
「まあ、行けるだろうけどな……」
我慢できないほどではないが乗り物はクソみたいに揺れてはっきり言って居心地がよくないと言うか乗っていて楽しくない。後高い。よっぽどの緊急時などの有事では仕方ないがそうでもないなら冒険の基本は歩く事だ。
「楽する事ばっかり覚えてたらダメだ。どうしてもって時でもなきゃ乗り物なんて使うもんじゃない。精霊術師だからって甘えていてはいけない。」
「むむ。確かにおっしゃる通りかもしれません。甘えずに歩いて行く事にします!おいっちに!」
聞き分けのいい奴だ。……休憩時間も入れるとして、夕方前には着けるだろう。多分。
「ししししシドさん!ななななんですかあれは!!?」
「あ?……キッキッキか……」
木の下にキッキッキの集団がたむろしている。どこにでもある光景だ。
「危険じゃないんですか!?」
「ほっとけ。邪魔するとうっとおしいから無視するぞ。」
さっきからこの調子だ。俺からすればよく見るものなのだがこいつにとっては興味津々らしい。
「外とか出ないのか?」
「出ますよ。まあ出ても街の中までぐらいですけど。研究所にいる以上私がやる事はその名の通り研究ですから!外に出るのは私達のお仕事じゃないのです。」
「そりゃもっともだ。だから魔物が物珍しいと。」
「いえ、この日の為にちゃんと図鑑などを見て覚えてきました!大抵の魔物は頭の中に入っています!」
「じゃあなんでそんなに興味津々なんだ?」
「……事実は小説より奇なりと言いますか、実際に見ると、なんともおお!となったりするのですよ。……図鑑には動き方や泣き方なんて載っていませんから。」
……と、言う事らしい。
「しし……シドさんあれって……」
ブルブルと震えながら指をさす方向を見る。今度はなんだ……
「ほう。ゴラックスか。」
そこいらに現れる魔物の中ではそこそこの力を持つ。動きは大味だがその分太い腕から繰り出される攻撃はバカにできない破壊力を持つ。油断した冒険者が一番重傷を負わされやすいのがゴラックスとも言われている。
「一匹だけならどって事ないがな。」
「だ、大丈夫なんですか?……私も何かした方がいいのでしょうか?」
「いい、いい。黙って見てろ。」
こちらに気付いたゴラックスが向かってくる。その体は個体差もあるだろうが2m前後。見た目の迫力もなかなかだ。
「ゴーウ!!」
「おっと。」
剛腕から繰り出されるパンチ。直接くらったら結構キツイな。大振りなため躱すのは容易だ。スッとよけてみせる。
「さて、どうしたもんかね。」
俺は剣を抜き放ち目の前の魔物と対峙する。……にらみ合う。先に動いたのはゴラックスだ。……まあ、向こうは何にも考えず向かってくるだけだろう。
「ゴーウ!!!!!」
再び突進しながらその腕を振り鳴らしこちらへ攻撃を行う。
「ワンパターンな攻撃だぜ。」
ヒラリと交わしながら獲物を右腕に突き立ててやる。
「ゴゴゴッ!!」
痛がるそぶりは見せるもののこれぐらいでは倒れない。必ずとは言わないが体のデカい奴は大抵耐久力も高い。ゴラックスは典型的なパワー馬鹿なのだ。
「お次はここだ!」
右腕から剣を引き抜くとそのまま背中へと回り込み真一文字に背中を切りつけてやる。その一撃でゴラックスは大きくのけぞる。
「決めるぞ。そらっ!!」
最後は力任せに脳天を叩き斬ってやる。……ゴラックスは前の目めりに倒れた。
「こんなとこか。」
「シドさん大丈夫ですか!?」
「見てれば分かるだろうが。パーフェクト勝ちだぞ。」
駆け寄るソーラは不安そうに俺を見つめるが当の俺はピンピンしている。
「あんな大きな魔物にも勝っちゃうなんて、シドさん本当に強いのですね!」
「はっはっは!!当たり前だろうが!俺は無敵だ。」
「じゃあじゃあ、シドさんが今までで一番苦戦した魔物ってどんな魔物ですか?」
「……一番か。」
……何の気も無しの無邪気な質問なのだが、その質問でふと頭によぎるのはやはり……あの事。……別に忘れてなんかいない。忘れるつもりもない。……ただ振り返りたくないだけだ。
「苦戦なんかした事ないな。ま、俺にかかれば巨人だって相手じゃなかったしな。」
「巨人ですか!?そんな魔物居るのですか?」
「何十mもある奴だ。頭の悪そうな奴だったがな。」
「なんと!!世界は広いのですね……」
……
見立て通りに昼を回って現在午後2時過ぎ。俺達はタガールへとやって来た。
「ここがタガールなのですか。のどかそうな町ですね。」
畑なんかが広がっている。自然にあふれている。……と言えば聞こえはいい。
「風の祭壇だったな。とりあえずどこにあるのか聞いてみるとするか。おーい。」
歩きながら通行人に話を聞くことにした。
「おや、なんでしょうか?」
「風の祭壇ってどこにあるんだ?」
「ああ、お参りに来たのですか?風の祭壇ならここから歩いて10分くらいで着きますよ。」
「お参りですか?」
「ええ。きっといい御利益があることでしょう。」
そういうと男はまた歩いて行ってしまった。
「……お参りだとよ。」
なんかイメージと違うな。
……
「ああ、ここから東に行けば見えてくるよ。」
「最近はお参りに来る人もそんなには多くないけどね。だけどきっといい御利益があるはずだよ。」
「おにーちゃんおねーちゃん風神様の所に行くのー?気をつけてね。これあげるー!」
……草や花で作られた冠の様な物を渡された。……これでどうしろと。
「わー!ありがとうですー!可愛いですね。大事にしますねー!」
「……俺がかぶっても様にならんからお前が二個ともかぶってやれ。」
俺の分もソーラにかぶせてやる。……この上なく楽しそうだ。人間ここまで笑顔でいられるものなのか。
「なんか、あれだな。」
「なんですかー?」
「……いや、なんでもない。どうする?そんな遠くないみたいだがすぐ行くか?」
「はい!行きましょう!私はまだまだ元気です!」
「……じゃあ行くか。」
危険を求めているわけではないが……なんか拍子抜けした様な雰囲気が漂っている気がするのは気のせいなのか?
・・・・・・
「わー。結構たくさん人がいますねー!」
「……」
気のせいじゃなかった。風の祭壇と思わしき場所にやって来たのだが、前回の様な魔物達がいるような場所とは程遠く……言ってしまえばただの観光地だった。人が行ったり来たりしている。
「……精霊、居んのかな。」
「きっと居ますよ!リアンのデータならきっと居るに違いありません!」
「……だといいがな。とりあえずお参りしていくか。」
「はい!!」
……
「では参拝料をお支払いください。(ニッコリ)」
「……金払うのか。」
やっぱりただの観光地だな……
「私が払います!こういう時の為になけなしのお小遣いからせっせと貯めた貯金が……」
涙ぐましい気持ちになりそうだから俺は二人分の金を支払う。
「わあ!シドさん。私が払いますよ?」
「大した金じゃねえからいい。その貯めた金はもっと違うとこで使え。」
「シドさん優しいのですね……ありがとうございます!」
「……行くぞ。」
しょうもない事で感謝されるのが一番困る。俺はさくさく階段を歩いていく。
「あ、シドさんー!待ってくださいー!」
……
道順に沿って歩く。敷地内はなかなかに広くゆっくり見て回ると結構かかるのだろうと思った。
「そろそろ祭壇とやらに着くな。」
「そうみたいですね。」
そして看板にはこの先風の祭壇と書かれていた。階段を上るとそこには、とうとうお目当ての物が待ち構えていた。
「シドさんシドさん!これが祭壇ですか!?」
「みたいだな。」
壇上になっている大きな物がそびえ立つ。……風の祭壇か。看板には風神が祭られていると書かれていた。
「風の祭壇に風神か。いかにもって感じではあるな。」
「でも精霊は神様ではないのです。」
「違うのか?同じ様なもんじゃないのか?」
「私は精霊についてしか詳しくはありませんけど、精霊は魔力の集合体で多分神様はもっと違う何かだと思うのです。もっとも神様を見たって言う人なんて私は聞いたことが無いのです。」
「俺も無いな。」
居るんだか居ないんだか分からないようなものの事を考えても仕方ない。俺は見えない物は信じない派だ。
「お参りされる方はこちらへお並びください。」
「シドさん。並びましょう!」
「おう。」
何十人かの後ろへと並び自分の順番が回ってくるのを待つ。
……
「ではどうぞ。」
「……」
「……」
ま、叶ったら儲けもんだと思って適当に何か祈るか。
「(可愛い女の子可愛い女の子。)」
……
「あなた方に風神様のご加護がありますように。」
「ありがとうございましたです!」
お参りは終わった。
……
「お参りできてよかったです。」
ホクホク顔でそれは満足そうだ。
「で?」
「で?では、帰りましょう。」
「……お前……それ本気じゃ無いだろうな。精霊を探しに来たんだろ。」
「……」
「……」
「……!あー!!そうです!私精霊さんと契約しに来たのです!お参りしてそのまま帰っちゃおうと思っていました!」
……大丈夫かこいつ……あいつとは別の意味でちょっと残念だ。
「私はおっちょこちょいで困ってしまいます……」
付き合ってるこっちも同じくらい困る。
「けどもしかしたらここは違うのかも知れんな。」
「ううん。おかしいです……」
「微精霊とやらの声は聞こえないのか?」
「人がいっぱいいるせいか微精霊の気配も微弱なのです……確かにここには居ないのかもしれません。」
……なんだなんだ、一発目から外れか?幸先悪いな。
「あ、猫さんです。可愛いですね。よしよし……」
「にゃあ。」
ソーラが頭を撫でると気持ちよさそうにしている。人懐っこい猫なのだろう。
「よしよしじゃあ俺も。」
「にゃー!!!!」
「あ!!待ちやがれ!!」
人が撫でようとしたら一目散に逃げていきやがった!!なんて猫だ!俺は我を忘れて猫を追いかけていく!
「あーシドさん待ってください!!……あれ?シドさーん!!ストップですー!!ストップですーーー!!」
後方から聞こえるソーラの声に耳を傾ける……ストップ?仕方ないので俺は足を止める。……猫はもう見えなくなってしまった。……くそ。俺はソーラの方へと戻る。
「猫のやつ逃げちまった。……何だ?」
「見てください!この人、倒れていますです!」
「……この人?」
……どの人だ?……ソーラは何もない空間を指さしている。……ってこのパターン。俺はあの時の様に意識を集中する。……何かを感じるんだ。……女の子、可愛い女の子……むむむ……
「……すー……」
……これは、寝息?……感じるぞッ!!俺はその音を手繰り寄せて心を開く!
「……お、おおおお!!み、見えたぞ!!」
緑の薄い衣に身を包んだ細身の女の子がうつぶせに横たわっている!!
「こいつ、精霊じゃないのか!?」
「えー!!!……ちょ、ちょっと待ってください……ううん。なんだか魔力が散っちゃってよく分からないのです……」
「そうに違いない。おーい!!起きろー!!」
「……すー……」
「あのー、いいですかー?」
「……?」
ソーラの呼びかけに、寝息がおさまり、体がピクリと動く。
「……」
横になったままではあるがこちらへと体を向け、薄目を開ける……開けてるよな?……相変わらず微妙にはっきりとは見えない。……ただ女の子の姿なのは間違いない。
「あ、あの、精霊さんですか?」
「……」
「……」
「……すー……」
「起きろ!!」
「……起きるの、疲れる。」
……ようやく一言目を発した。……なんかだらしなさそうだが。
「あの、精霊さんですか?」
「……まあ、一応そんなところ……」
目は開けたものの左目だけは未だ閉じたままであった。右目も下手したら閉じてしまうのではないかというぐらい力が入って無さそうであった。その力無い瞳でソーラの右手を見つめた精霊はソーラがここへ来た意味を理解した。
「……精霊術師?」
「は、はい!!そうなのです!」
「……契約?」
「はい!!契約です!!」
「……」
「……」
「……」
「……すー……」
「寝!る!な!!」
「……そっちは精霊術師じゃない……スケベ男……」
「勝手に決めんな!」
俺の事など無視して再びソーラへと向きなおり、こう呟いた。
「……キャー……」
「……き、きゃー、ですか?」
悲鳴か何かだと思ったがそうではなかった。
「……私の、名前。」
倒れていたのは風の精霊キャー、その人に違いなかった。




