父のために
その美しさから繰り出される剣技にシノは目を奪われていた……とても洗練された、流麗な舞のようであったからに他ならない。
……心なしかシドの顔には苦戦の色が露わになっていた。……いや……どうだろう。少なくともシノの目には押されているように見えたが…
「どうやら……口だけではなかったようですね、シドさん。」
「ロミネこそな。そこいらの有象無象のボンクラなんかより遥かに強い。貴族とは思えんぐらいにな。」
「この力は、お父様のための力です。」
「なら、今度からは俺のための力だな。」
「ふっ……ご冗談を!!!」
「お……らぁぁッッ!!」
……何度も重なり合う刃、そしてまた離れる……
その折、剣を交えるシドだけは、ほのかに違和感を覚えていた。
確かに強い、だが。強すぎる。
強さとは目に見えるものと目に見えないものの二つが存在する。
目に見えるものは拳であったり刃など、物理的な力に影響を及ぼす。
反対に見えないものは魔力に、精神的な部分を基礎とする力に影響を及ぼす。
このような剣戟の行方を支えるのは間違いなく前者。
相手に攻め入る隙を与えたり、弱気になり腕が鈍るという精神的な部分もあるが、それは極々局所的なものである。
手練の者であるほど戦う前より勝負は始まっている。
相手の体格、身のこなし。それらを推し量り、互いの力が交差する度にそれらを確信付けていく。
いかに鍛え上げたといっても細腕から繰り出される力には限界がある。あらゆる部分が同じであるならば、細腕と豪腕、強いのは質量を持つ豪腕だ。
今感じている違和感はまさにその部分だった。
「どっ……りゃああああ!!!」
その手の剣を一気に振りかぶり、叩き落ろすッ!剛の一撃ッ!
「ッ……!!」
ロミネはその一撃を受け止めてみせる。無論無傷ではすまない。手がビリビリするような握力へのダメージ。しかし……その程度の衝撃で彼女の想いは止まらない。
「はぁ……ッッ!!!」
受けた刃を置き去りに一度後方へと下がると、すかさず素早い突きを繰り出すッ……!体ごと相手へと向かう一陣の風の如き一閃ッ!
「うぉあっっ!と!……危ねえ……」
「……」
素人目に見て、どちらが優勢かなど、分かりようがなかった。互角、なのだとしたら、後は精神面が戦況を左右するしかない……
一方シドの胸中の違和感は強さを増した。
今の攻撃は殺すためのものではなかった。相手を推し量る為の一撃。それ故に相手のカウンターにも即座に反応出来たわけだった。
「本気で、やっていますか?」
「あ?」
「シドさん、私を殺すつもりで戦っていないですね。」
「当たり前だろが。お前みたいな美人だれが殺すか。」
「……」
シドが違和感を感じるようにロミネもまた、感じていた。手を抜かれていると……
甘く見られたものだと思わずにはいられなかった……
「お前の親父もさっさと懲らしめないといけないからな……よっと!!美人は助けるが男は殺す!!だりゃあああ!」
「ッ……お父様に、手など出させません!私が必ずここで食い止めてみせますッ!」
「言っとくが本気出したら俺の圧勝だからな。まぁ、だからお前は本気で来い。」
「……くっッッ……!たぁぁッ!」
……一転、またしてもシド様は防戦一方、ただ攻撃を受けつづけるだけの形になる。
攻撃側は自分のやりたいように攻められるのだ。隙を突こうにも攻撃の後にまた攻撃。怒涛の勢いで攻撃の手など伸ばしようがなかった……
しかし、シドは目に見える部分、戦況やポジションを犠牲にする代わりに、精神面で優位を得ていた。
攻め続ける事が必ずしも利点に働くわけがないのは戦う者の常識だ。
攻めながら次の手、更に次の手を考えること。それをいつまでも繰り返す事は、攻めの単調さを招く。
冷静にそれを見極めれば、多くの攻撃はパターン化されているものだと分かる。
ましてや、ずっと攻め手に回ることで頭に登る血が冷める事もない。
気付かずの内に、攻めているのではなく、ワザと攻めさせられていることになる。
だがそこで余裕を持って相手の攻撃を受けるのではなく、もう少しで倒せる、という優位感を与えながら凌ぐ。相手が冷静さを取り戻すのを少しでも遅くするために。
「くぅ……はぁッ……」
……攻めている自分の息があがってくる。後少しというところまで来ている手応えはあるのにッ……
「これでっ……たぁぁぁぁッッ!!」
回らぬ頭が、遂に大振りな一撃を繰り出す。思考を放棄した、愚直な一撃を。
繰り出した本人にとっては必殺の一撃だが、それは自分自身へと戻ってくる事となる。
「へっ。これで……頂きだぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!」
「……う……くっッ……ああぁっ!!!」
さっきの攻撃とは違う、全力の剣が、炸裂した。もっとも、それを向けられたのは手に持っていた細身の剣へである。流石にと言うか、心身ともに疲弊したところで隙を突かれたのだ。いくら強靭な握力を有していたとしても堪ったものではなかった。
剣は宙を舞う。
この戦い、決着はついた。
……
とりあえずロープで腕を縛り身動きが取れないようにする……あんまりきつく締めてしまうといけないからちょこっとだけゆるめて……
「……」
「見え透いた挑発に乗っかってくるとは、素直だな。けど素直なのは可愛い証拠だ。」
「……未熟でした……。」
「親父の事がそんなに大事か。」
「……当たり前です……私の命は、お父様の為に……」
「そればっかりだな。いいか、お前の親父はお前の事大事になんて思ってないぞ。」
「……だとしても、そんなことは関係ありません。私はお父様が大好きで、お父様の役に立ちたいのです。それは変わりません。イミルも、トゥリエも。」
……愛とは、強固なものだった。一度それが敵に回った時の恐ろしさ……説得など、聞き入れる耳を持たないといったようだった。
「親子の、絆。ですか……」
「私たちは……親子です……親子なのです……たとえ認めてもらえずとも……私にとってのお父様は……」
私たちに誇示するように……自分に言い聞かせるように……言葉を紡ぐ。
「にしても、あいつ来ねえな……ほんとに忘れてるんじゃないのか?」
「もし忘れていたらこうしてロミネさんが来ているのはおかしいと思いますが……」
「大体、自分の娘に行かせるなんてやはり悪いやつだな。とんでもないやつだ。」
「……お父様に頼まれたわけでは、ありません……私が勝手に来たのです。ですから、お父様は悪くありません……」
「……ロミネさん……どうして、こんなことをしているのですか。あの寝かされていた人たちはいったいなんなのですか。どうして人を攫う必要があるのですか……?」
「……答えるつもりはありませんし、答えたところで、きっと……理解などされるようなことではありません。」
「……そう、ですか……」
「じゃあ道案内してもらおうか。」
「……おそらくもう出口から出ることは出来ません。一生この地下を彷徨い続けるだけですよ……」
「一生ですか……」
「シドさん達が入ってきた地下へ通じる階段。地上へと戻れる道はあそこだけですから。ですが、あなた達が死なない限りはその道は二度と開くことはないでしょうから。」
……一生……出られない。そうなんだ……ここが、私の死に場所。
少し、安心したかもしれない……私は、なんだかんだこんな終わり方を望んでいたのかもしれない。私に相応しい……悲しい死に方を。
……
「出口なんかどうでもいいから可愛い子がいるところに道案内してもらおう。」
「……はあ。」
久しぶりにさっきのような優しい雰囲気のロミネさんの声だった。少々(?)拍子抜けしたような声ではあった。
「……そうですか……」
私は私で、呆れたような感心したような……いや、やはり呆れてしまった。二度と出られないという部分が聞こえなかった可能性もある。……うーん……
「あの、シド様、地下にかわいい子は、居ないと思うのですが……」
「いいや、いる。ロミネだって俺に引き寄せられてここに来たのだろう?」
「……シドさん、本当に都合のいいように解釈するのですね……」
「待てよ……そうだ!イミルとトゥリエだっているかもしれないだろう!」
「あの子たちはいませんよ……」
「分からんだろうが。ロミナみたいにこっそり俺に逢いたくて追いかけてきたかもしれん!」
「……シノさん、私、頭が痛いのですが……」
……私もだった。
「……では頭を撫でますね。なでりなでり……」
とりあえず頭を撫でさせてもらった。なでりなでり。
「よし、作戦は決まったな!まずイミルとトゥリエを見つけ出して合流する。そしてあの親父をぶっ飛ばす。」
「……シド様、地下からは、どうやって出るのですか。」
「うーん……まあ出られないならその時は5人でここに王国を作ろう。はっはっは。」
「……そうですか……」
……とりあえず居るかどうかも分からない二人を探すことになった。(居ないと思う。)
……
すたこらすたこら。
「……」
すたこらすたこら。
「……ロミネさん、ロープきつくありませんか。」
「……お気遣いなく、大丈夫です。」
「よし、俺がおんぶしてやろう。」
「……それは本当にお気遣いなく。」
「ロミネ、俺にキツくなってないか?」
「……そんなつもりはありませんが……」
すたこらすたこら。
「……?ロミネさん、どうしましたか。」
ロミネさんが、ふと立ち止まってしまった。どうしたのだろう……考え込んでいる。
「お、やっぱりおんぶか?」
「……私は……お父様のお役にたてない、駄目な娘、ですね……大切だと思われなくても、仕方がないですね……」
「……ロミネさん……」
「分かっては、いました。私がお父様の大切な存在になれるわけがない、と……でも、それでも役に立ちたかった。私が居る理由、いえ、そんなものよりなにより、私自身の心がそうしたかったのです……」
……誰かの役に立ちたい気持ち、私にもそういう気持ちは、あった。それは相手からの感謝が欲しいからではない。
ただ、その人に幸せであってほしいという気持ち。……献身の心。ロミネさんが抱いている気持ちは、きっとそれなのだろう……
「……ふふ、それにしても、あなた方は、不思議な人たちですね。私を生かしておいてもあなた達に何も良い事なんてないのに。」
「かわいい子がこの世から一人いなくなるだろうが。最悪だ。」
「……私も、ロミネさんに、死んでほしくありません……」
敵だとしても……この人を殺そうなんて言う気持ちは微塵も湧かない。たとえそれが巡り巡って私の命を奪うことになったとしても、後悔もない。
「……お父様のお役にたつどころか、足を引っ張ってしまうなら、いっそ、ここで死んでしまおうかと思っていました……」
「……今は、違うのですか?」
「……そうですね……なんだか、シドさんを見ていたら、バカバカしくなりました。生きるか死ぬかと言うときなのに口を開くと可愛い女の子の事ばかり……なんだか呆れてしまいました。」
「じゃあ俺は命の恩人だな。」
「もう……ふふふ。なんでもいいですよ。」
さっきまで命のやり取りをしていた敵ではなく、いつものロミネさんが戻っていた。
知り合ってたった2日程度だけども、やっぱりこのロミネさんが、本当の彼女なのだと、私は確信に至っていた。
「でも、お父様と出会ったなら、私は何があろうと、お父様の味方になりますよ?本当に分かっているのですか?」
「おお、分かった分かった。大丈夫だからさっさとおんぶさせろ。」
「……あなたと言う人は……」
結局おんぶはさせはしなかったが、まんざらでもないような顔に見えたのはきっと気のせいではないだろう。
……
「……ロミネさん、私たちはどこへ向かっているのですか?」
「……シドさんのリクエスト通りの場所ですよ。」
「何!?可愛い子がいるのか?!」
「……ええ、かわいいですよ。」
……こんな地下に……?
……考えてみると、この地下の存在意義は、なんなのだろう。攫ってきた人を隠すだけの場所なのだろうか。
……いや、ならこんなに広くする必要があるだろうか。隠すだけならあの部屋一つあれば事足りる話だ。
こんな巨大な迷路のような地下……まだ、私たちはその一端を覗き見ただけに過ぎないのかもしれない……
……
「ここは……」
炎の魔法によって壁に開いた大穴……そして、扉が3つ……
「さっき来たとこか。」
「シドさん達が入ったのは、あの部屋ですよね。」
……鍵のない、部屋。あそこには多くの人たちが容器の中に横たわった状態で入れられていた。
「残りの部屋は、鍵がかかっていました。」
「……これを、そちらの部屋の鍵穴に挿してください。」
そう言うと鍵を一つ手渡してくれた。
……私は鍵を受け取り、言われた通り鍵穴に挿しこみ、回す。
ガチャリという音と共に鍵は開いたようだった。
「どれどれ、可愛い子とご対面だ。」
シド様がさっと扉を開け放つ。
……
……真っ先に目に入ってきた人物……
驚きを隠せない。
……ベレストラン家、当主の姿が、そこにあったのだから。