人質
「……」
私が三度出逢ったその人、一度目は地上の廊下で、二度目はさっきこの部屋に通じる大部屋で……
「……」
こちらをじっと睨みつけている……
「……なぜ、ここにいる?」
「お前が来ないからだろうが。こっちから来てやったんだ。」
「……お前たちではない。」
……ロミネさん、か。
「……私は会食に行けなくなったから後は頼むと言ったはずだが……?」
「……確かに後を頼まれました……でも、会食に行けとは、言われませんでしたので……お父様の助けに、参りました……」
「……お前はそんな屁理屈をこねるか?」
「……すみませんでした……」
「そして敵に捕まった、と。お前はそんなに使えなかったか?」
「……返す言葉もありません。」
自分が言われているわけでもないけど、この身が、歯がゆい……
お父さんの為に、その行動なのに……伝わらないことが歯がゆかった……
「ふん、やっぱり噂通りの悪党だな。自分の娘に自分の無能さを押し付けるとは。気にするなロミネ。お前は今から俺のものだ。俺がこいつをサクッと倒すからな。」
「……言ったはずです。私はお父様の為に……と。」
「……ふん。敵に捕まったその様でどう役に立つというのか……全く、お前はバカだ。」
「……あの、ここで、何をしていたのですか?」
明らかに話の腰を折るようなタイミングと分かっていて私は質問をぶつける。
大部屋からつながるこの部屋の中にも扉が見える。
この部屋にはただの空間以上の意味があるようには見えない。扉以外、何もないのだから。
そうなると、あの奥の扉から出てきてそこに出くわしたと考える方がどことなくありそうなことだと思った。当たっているかどうかは別。
「……関係ないことだ。さっさとこの部屋から出ようではないか。私を倒しに来たのだろう?」
「……そうですか。」
……
「……さっきも、そうでした……?」
「なるほどな、そういうことか。お前、この部屋に大切なものがあるんだな?」
「鍵をかけるぐらいですし、そうかもしれません。」
「……」
「さっきの部屋の鍵のかかってない部屋にいた時もそれとなく追い出したな。よし、あいつら全員殺すか。美人を除いて。」
「……その前に私がお前たちを殺す。」
その手に再び炎のエネルギーを宿す。
「おいおい、こっちには人質がいるんだぞ。お前の可愛い娘が。」
グイッと、ロミネさんを盾にするように前に突き出す。
……もっとも、これまでのやり取りを見るに、人質としての用を為すかどうかと言われると……見込みは薄そうだった。
「……私は、お父様の為に存在しています。その邪魔になるぐらいなら、ここでこの人たちごと私を、殺してください。お父様。」
一片の恐れもない凛とした態度、心底父親を想っている人の矜持そのものだった。
「……ぐぅぅぅッッ……!!!!!」
……その手の炎の如く、顔には怒りの表情がこみ上げる。それは娘への怒りなのか、それとも私たちへの怒りなのか。……後者だろうけれど。
……その手から熱源が放たれることは、なかった。その怒りとは裏腹に、立ち消えた。
「このッ……悪党が……」
「へっ、勝てば官軍だ。」
「お父様ッ!殺してください!そうしなくてはお父様が!!!」
「うるさいッ!!!!大体お前が捕まらなければッ!!そうだろうが!?」
「その通りです!!!!ですからここでッ!!!」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れええええッッ!!!!!!くそくそくそくそぉぉぉッッッ!!!!」
……どうして……どうして、本当に憎いなら……
「黙るのはてめえだ。動くんじゃないぞ。今殺してやる。」
「……クッッ!!!!!」
本当に憎いなら……私たち諸共消せばいい。
じゃあ……本当は……
「シド様……」
「あ?なんだ。」
「……その……その人を、殺すの、ですか。」
「当たり前だろうが。こいつが黒幕だ。こいつが諸悪の根源だ。」
「……本当に、それでいいのでしょうか……」
「……チッ。何が言いたいんだ。」
「……その、事情を聞いてみませんか?どうしてこんな事をしたのか……」
「さっき話すつもりはないって言ってたろうが。」
「そう……ですが……」
「おい、何か言い残すことはあるか?」
「ふざけるな……貴様みたいな下郎に話すことなど何もないッ!!!!」
「この通りだ、気は済んだか?」
「……でも、それでも……」
でも、納得がいかないことがあるような気がする……ここでこの人を殺してしまったら、取り返しがつかなくなるような……
「……いいか、相手を説得するんなら、根拠を出せ。感情で殺したくないだ、殺したいだ、言うなんてのは何の意味もない。」
「……はい。」
「こいつは明らかに人を攫っていた。そして俺たちに攻撃を仕掛けてきた。そしてやましいことがある。これがこいつが黒幕である根拠だ。」
「……」
「怪しいやつは全部斬ればいい。こいつは怪しすぎる。」
「そんな、やり方……違うと……思います……」
「……いつもみたいに、そうですかって言ってればいい。」
「……言え、ません……」
「いいか、こいつを生かしておくことでまた俺たちに襲い掛かってくるかもしれん。そうだろうが。だから殺すんだ。それが、この世界のルールだ。」
「……この世界の……ルール……」
私のいた世界とは全く違う……あちらがぬくぬくだったのか、こっちがひたすらシビアなのか……
……
「納得したか、じゃ……」
「お父様を……殺さないでください!!!私が何でも代わりになります!ですからお父様だけは!!!」
「……シド様……」
「……殺す。」
「……シド様……」
「……」
「シド様……」
ほとんど懇願のように私は、名前を呼び続けた。その言葉に自らの想いを乗せて。
「……お願いです。」
「……」
今は言葉にする事しか出来ないが、心に響くと信じて……
「……いいか、今回だけだ。」
「シド様……」
「もし、次同じような事言うときはしっかり根拠を言え。じゃなきゃ誰にも通じんのだからな。分かったか。」
「……はい。」
「ちっ……おい、お前は生かしてやる。だからさっさと洗いざらい喋れ。じゃなきゃロミネにいたずらするぞ。」
「……喋ることなど……ないと言っている。」
「……奥の扉には、一体何があるのですか?」
「ふん、何かあるじゃなく、誰がいるんだ?」
「ッ……」
少し、動揺した?誰か、居る?
「ロミネがかわいい子が居るところに案内するって言ってたからな。あの扉の向こうには誰かが居るってことじゃないのか?」
「……どこまでも足を引っ張ってくれる。」
「お父様……私は……」
「もう口を開くな……いいな。」
「……」
「おっし、鍵よこせ。」
「……あの……鍵を……渡してくれませんか。」
「ふん……何をする気だ。」
「決まってるだろう。可愛い子は俺が連れて帰る。」
「……ええ、こう言っていますが、分かりやすく言うと可愛い子の味方なので困っている子が居れば絶対に助けると言いたいみたいです。」
「……その割にさっき女を人質にするようなことをしていたようだが?」
「あれは……シド様の、お茶目です。てへ。」
……
こんなところでおちゃらけてしまう悪い癖だった。
……
「……確か、シノさん、と言ったか?」
「……?はい、シノです。」
スッと、手を伸ばす。開かれたその手には、鍵が握られていた。
「……私に……ですか?」
「見たければ、勝手に見ろ……だが、そちらの男は入るな。」
「なんだと貴様、やっぱ殺す。」
「……シド様……私が見てきます。あの……」
「……さっさと戻ってこい。その後は俺の番な。」
「……そうですか。」
……
すすす……
ドアを開け、部屋に入る。ぱたりと、ドアを閉める。
……見覚えのあるものと、無いものがあった。
見覚えがあるものは、あのたくさんあった容器、その容器の一つ一つに人が大勢横たわっていた。
……見覚えがないものは、この部屋。
「女の子の、部屋……?」
まず入った感想はそれだった。花やぬいぐるみや色とりどりな装飾、それは私と同じ性別の人が持つような部屋だった。広い。
……容器にふと近づいてみる。
容器があるが、それぞれがケーブルか何かで繋がれているのかなんだかよく分からない(機械音痴)。
「この人……」
……その3つの容器に入っている子達に目を引かれた。みんな女性……いや、女の子と言った方が適当かもしれない。
……私ぐらいしか身長ない?いや、下手したら私よりも……?
……でも、私よりも数十倍は可愛らしかった。
間違いなく生きてはいるのだが、誰も目を開けない。
ただ、時折顔をしかめたり、苦しそうな顔をして微かに呻いていたりする……
……
「……戻ってきました。」
「おお、来たか。どうだった。可愛い子はいたか?」
「……そうですね。可愛かったです。」
「何!たまらん!次は俺だ!!」
シド様は扉に一目散に駆け寄る。
「……鍵を……返してもらおう。」
「……はい、ありがとうございました。」
「ぬお!!鍵閉まってるぞ!!」
「すいません。閉めちゃいました。」
「おい!!鍵よこせ!」
「お前は入るな。」
「てめえ!!!!」
「……あの……間違っていたら……すみません。」
何の確証もない。ただ、思いつき。
「……何だ。」
「あなたの……娘……さんですか?」
「……」
もし間違っていたなら、笑い飛ばされるか、鼻で笑われるか、きょとんとされるか。
しかし、少し目を見開いて、私の方をじっと見つめる……この反応は……
「……なぜ、そう思うのか?」
「……私の、お父さんも私の事、心配してくれました。でも、ちょっと心配し過ぎって思うくらいに……」
……きっと、大切で大切で仕方がなかったから、だと今は思う。
「シド様をあの部屋にいれたくないってあのやり取りが、なんとなく、それと似ていました。」
「……そうか。」
「はい……」
根拠なんて呼ぶには薄くて何にもならないけれど、なぜか、私たちの中で、何かがつながったように思えた。
……
「……ロミネ、イミル、トゥリエ。私に残された大切な家族……それを守るためならば、私はなんにでもなろうと心に誓った。」
「ロミネさん……」
ちらと、私はロミネさんに視線を送る……さっきから黙りこくったままのようだった。
「違う。それはロミネではない。」
「……?」
「は?どういう事だ。」
「……本物のロミネは、あの奥の部屋にいるのだから。」
「……あの女の子達が……本物の、ロミネさん達ですか……?」
本物とか偽物とか、よく分からない。人に本物も偽物もあるのだろうか。
「あの子達は……呪いにかけられているのだッ……」
「呪い、だと?」
「そうだ。それはそれは、性質の悪い、な……」
呪い……私の世界でもあった概念だが、そんなもの実際には何の効力もない、それが私の中での常識だった。だが……世界が変われば常識など、軽く覆る。
「日に日に衰弱していき、最後にはその命を奪い去るのだ。」
「ッ……そんな、事が……」
「ふっ……恐ろしい呪いがあったものだ。だが、それを防ぐ手段があった。他者の生命エネルギーを使う事で、衰弱を抑えるという方法がな。」
「……では、攫われた人たちは……そのために……?」
「そうとも、だからまだ娘達はどうにか生き永らえている。」
……誰かの命を救うために、他の誰かの命を使う……それが正しいのか、間違っているのか。私には……正直決められなかった……私が同じ立場だとしたら、やらないなんて断言できない……大切な子供の為ならば……
「じゃあなんだ。これからもずっと人を攫い続けるのか。」
「……生命エネルギーと言っても、同じように衰弱はするが、死に至ることはない。」
「弱ってしまうだけ、ですか。」
「そうだ。だからいずれは回復する。人数が多ければ多いほど、一人から分けてもらう生命エネルギーは多くできる。今は、一日に、一人ずつに一人のエネルギーを宛がうしかできないが、いずれは十人からエネルギーをいただき、ゆくゆくは百人からという事だって出来る様になる。そうすれば生き永らえるどころか、呪いにかかる前の元気な状態に戻ることだってできるやもしれんのだ!!!」
……狂気、と笑い飛ばすには、重い真実だった。
「……ふん、そんなことしなくても呪いをパッと解いてしまえば一件落着じゃねえか。」
「……シド様、呪いと言うのは、簡単に解けるのですか?」
「解けるわけがない……できたら当の昔にやっている……」
……まさにその通り……この人だって様々なことをして今に至るのだろう……つい何日か前に来ただけの私が浅はかな事を言ってしまった。
「よし分かった。なら俺が呪いを解いてやる。だからお前の娘は全部俺によこせ。」
それが妄言なのか……はたまた、絶望に打ちひしがれる行き止まりに射す希望の光となり得るのだろうか……
……
私は、誰かを救える手立てがあるなら。それを信じたい。
自分の命など、どうでも良い……それは私のやってきたことへの報いだから。
けれど、そうでない人達がそんな仕打ちを受けるのは、見たくない。私のわがままだけど、そんなの止めたい。
……だから、私はこの人を……シド様を、信じよう。




