真面目な女
辺りはすっかり夜だ。山を下りてきてゴーバスまでひた歩いてきてようやくリアンの元へとたどり着く。まあ、何事も無くてよかったのが本音だ。……思いがけない事が起こるのが最近多かったからこういうのは喜ばしいことだ。
「ただいまです!!」
「おかえりなさい。……大丈夫だったの?」
「はい!無事に精霊さんと契約できたのです!!」
ソーラは右腕に浮かんだ印をリアンへと見せる。
「……精霊術師の印ね。……おめでとう。」
「えへへ……」
照れくさそうにソーラは微笑む。契約できたのがよほど嬉しいと見える。
「道中危険は無かった?」
「魔物達が襲ってきたりしたけどシドさんが倒してくれました!シドさんって強いんですよ!」
「……ふーん……」
めっちゃ疑わしい目で見られてるな。
「ふふん。そんなに俺を見つめて惚れたのか?」
「……どうやらしっかり護衛を務めてくれたみたいですね。……感謝します。」
「おう。」
「それでは、お礼の方を差し上げます。……これを。」
そう言ってリアンは幾ばくかの金をよこした。
……
……
「お礼って、これか?」
「ええ?他に何か?」
「……」
「……少ない、って言いたいんですか?」
「……物理的なお礼って……ハグとか、キスとか、もっとそういう直接的な……うごぁっ!!!」
手早い動きで耳を引っ張られる……
「つーか痛ぇ!!加減知らないのか!!」
「まだ物理的なお礼は足りませんか?(にっこり)」
初めて自分に向けられる満面の笑みがこれか……痛ててててて!!
「もういい分かった分かった!!分かったから離せっての!!」
ようやっと離してくれた。……どんな達人だって耳とかは鍛えられない故痛みは壮絶だ。
「おー痛……お前普通に魔物と戦えるんじゃねえのか?」
「……こういう依頼事の相場が分かりませんから、報酬としては不適当かも知れませんけれど……」
「……いや、別に十分だ。互いが了承すれば問題はない。」
「そうですか。ありがとうございます。」
「ふああ……」
ソーラの欠伸が響く。……旅慣れしていないであろう彼女が疲労していないはずが無かった。むしろここまでよく音をあげずについて来れたものだ。……そんな彼女を誰が妨げられるだろうか。
「今日はもう、寝ましょうか。……一日中頑張ったのだもの。」
「はい……流石に羊が群れで押し寄せつつあるので抗えないのです……くぅ……」
おぼつかない足取りで自室と思わしき部屋へと吸い込まれるように入っていく。
「あなたはどうするんですか?」
「ああ、まあ今から宿にでも行くさ。」
「……もし、良ければ、ここへ泊っていきますか?」
「……」
「……」
「……マジか……!?」
ソーラに気を使って控えめに、だけども興奮を抑えきれずに俺はそう答える。……何だこの展開。まさか速攻で俺に落ちたか!?……意外とちょろい女だな……うひひ……
「……変なこと考えてませんか?今すごくだらしない顔してますよ?鏡で見てみるといいです。」
「そうは言うがな、一般的には考えない方がおかしいぞ。俺は男でお前らは女なんだぞ。」
「違いますよ。間違ってもそんなんじゃありません。ただ、宿を取ると言うのもお金がかかりますよね?」
「まあ、タダではない。」
でも普通の人間がずっと宿住まいってんならともかく冒険者としての稼ぎがある自分にとっては必要経費と言うかそこまで負担になる程のものではない。
「闘技大会までまだだいぶ日にちがありますし、ずっと宿住まいよりかは、ここで泊まって行く方がお金もかからないでしょう?」
「……お前らはいいのかよ。」
「……あの子からここを紹介されて来たのでしょう?何のおもてなしもしないで返すわけにもいきません。……それに、ソーラを守ってもらった恩返しもあります。……まあもちろん、あなたがこんな所に住んでいられるかって言うならそれでも構いません。」
「住むに決まってるだろう。秒で決めた。」
「……じゃあ寝るときはこの場所を使ってもらえますか?今寝る場所を……」
「いい。適当にシーツでも敷いておけばそれで十分だ。」
「……それで大丈夫なんですか?」
「冒険者だからな。非常時に寝方や寝る場所なんて拘っていられないだろ?」
少なくとも俺はそうだ。座りながらだろうが立っていようが眠れる。まあ、もちろんベッドとかで寝る方が気持ちいいのは確かだが。
「……常識の範囲内でこの部屋は使ってくれて構いませんから。」
「あいよ。……ぐふふ。」
「……一般的な人の常識の範囲内ですからね?あなたの常識の範囲内じゃないですからね?」
「……分かった分かった。」
寝る場所を用意して貰っといてあまり好き勝手やるのもちょっとアレだし。ここはおとなしくしとくか。
……もっとも向こうから寄ってきた場合はその限りではないが。
……ヤバい、楽しくなってきた。出会って間もない女の子二人と屋根の下だと?何も起こらないはずが無い。
「お風呂は向こうです。トイレはそこです。」
「何!?俺と一緒にお風呂に入ってその後トイレも一緒にだと!?」
「……頭の中で何をどう変換したらそうなるんですか……」
……その日は特に何事も無く終了した。
……
「お口に合いますか?」
「ああ、美味いな。」
テーブルに並べられた朝食を一口一口食べていく。……家庭的でスタンダードな朝食だが、素朴な味わいだった。毎日食べても飽きない。それが素朴というものなのだ。豪華な料理にはないもの。冒険なんかをしてるとその素朴な味が堪らなく楽しくなってくる。
「今日は私がご飯を作る番なのです。明日の料理はきっともっと美味しいですよ。リアンの料理はすっごく美味しいのです!」
「そんな事ないわ。ソーラの料理だってすごく美味しいわ。」
「えへへ……」
……こうして眺めていると、本当に仲がいいんだな。時間をかけて築き上げて行かなければ作れない関係性がそこにはあった。
「そういや、リンカスターとはどうやって知り合ったんだ?」
「あの子とは子供のころから一緒でしたから。一緒によく遊んでいたものです。今でも手紙でやり取りしたりしていますよ。ただ、あの子も副隊長ですから、なかなか今では自由な時間を作る事は難しいでしょうけれどね……」
……結構普通に依頼受けたりして自由に走り回っていたような気がするが。まあ、それ込みで忙しいって事か。
「だから私は私のやる事を一生懸命やって、あの子はあの子の一生懸命をやって、それが互いを繋ぐ一番の報せなんです。」
「精霊術か。」
「……そうですね。」
ちょっとだけ言葉に曇りがあるのを感じた。……一生懸命、その言葉と決意はきっと確かな物なのだろうが、リアンは表立ってではなく陰で精霊術の研究をやっていると言っていた気がする。……何か後ろめたい部分でもあるのかもしれない。
「ん。ごっそさん。」
「はいー!お粗末さまでした。たくさん食べてもらえてうれしかったです!」
……
ソーラは洗い物をしている。テーブルには俺たち二人が居る。特に会話があるわけでもないが何となく離れる気分ではなく、しばらくするとリアンの方から言葉を発した。
「あなたは、どうして旅を?」
「ん?どうしてって、なあ……」
えらくフワッとした質問で返す言葉も難しいが……どうして、か。
「まだ見ぬ可愛い女の子達と出会うためだ。」
ちょっとふざけたトーンではあるがそれが本音だ。包み隠さず言ってやる事にした。
……呆れられるかと思ったがその表情にはそんな感情は見えない。彼女は続いて次の言葉を紡ぐ。
「出会って、どうするんですか?」
「遊ぶんだ。ゲームしたりしてな。」
「……そうですか。」
……最初にあった時の見立て通りだな。こいつは物凄くクソ真面目だ。……自分で言うのもなんだが俺の言葉一つ一つをしっかり受け止めてたら支離滅裂な人間が出来上がるだけだっての。
「闘技大会に出てくる奴らって可愛いのか?」
「……まずこのゴーバスと言う国の体制ですが、物理的な武力に加え魔法的な力の研究を行っているのはご存知ですよね?」
「あ、ああ。まあな。」
……ふざけた質問したつもりがまためんどくさそうな方向に……
「この国は通常の部隊と別枠で専門の魔法部隊が存在しているのです。また通常部隊に属している人はほぼ大半が男性の方です。逆に魔法部隊に属している人は大半が女性です。そして今回行われるのは闘技大会。魔法を得意とする方が出るのは魔術大会です。」
長々と言われたが、ようは闘技大会に出る男は少ないってわけか……
「リンカスターとかは参加しないのか?」
「特に参加資格などがあるわけでは無いから参加する事は可能だと思いますが、あの子は出ないみたいですね。あの子にとって自分の力は誰かに見せたりするためのものではなく、大切な人を守るためのものですから。その時間があったら一人でも多くの人の為に戦いたい。きっとそんな風に言いますね。」
流石に親友と言うだけある。その想像は的を得ている。……しっかし女の子はあんまり居ないのか……
「……あの子は、自分が副隊長と言う任を務めていることも本当は分不相応だと思っているんです。」
「そうなのか?」
戦場で見ている限り皆リンカスターを慕ってついて来ていたように見えた。何も知らなきゃ副隊長じゃなくて隊長に見えるぐらいだったが。
「本当の副隊長とは、隊長を補佐し、兵士達の士気を上げて戦いを優位に進めるために存在する。……だけどそれを全うする事で自分が安全な位置に居る事が心苦しいと言っていました。」
隊長および副隊長ってのは基本的には後方に居るのが定石だ。……ああ言うデカい奴相手では定石もくそも無いんだが、一般的にはだ。視野を広くもって状況を判断して指示を出すのが仕事だからな。
……まあ隊長クラスが突出するパターンもあるがあれはほんとに例外だ。そいつがよっぽどの猛者でない限りはそんな事はしない。最前線で隊長が哀れ戦死なんてしたらその部隊は当たり前に混乱する。
ただリンカスターの性格を思えば、後方で見ているだけってのが辛いのは俺でも分かる。
「あいつは人が傷つくならその分自分が傷つきたいって思うタイプだからな……」
「……強くて、優しい子です。だけどある時、思い悩んでいるあの子にシンクレスさんが声をかけたそうです。君は、仲間が大切かい?と。あの子はもちろんだと答えました。その言葉に続けてシンクレスさんは、君が仲間を大切に思うように、彼等も君の事が大切なのだと。でも、本当に大切に思うならば、仲間達を信じてあげて欲しい。大切だから傷つけたくないと思うのではなく、大切だからこそ共に傷つきながら進んで行く事を選んで欲しい。今君が抱いているその苦しみを、仲間達を分け合ってほしい。彼等もそれを望んでいるのだから。なぜなら彼等もまた、君の力になってあげたいと思っているのだから、と。」
「……確かにな。言ってる事は、正しい。」
……かも知れん。かも知れんが……ただ、くっせえな……男だからかもしれんがもし本当にそう言ったんだとしたら吐き気がしそうな甘ったるいセリフだ。
「仲間を信頼し、仲間が危険ならば身を挺して守る。それはあの子だけならず、誰もがそう思っている事でした。それからのあの子はそれはそれはたくましく成長していきました。自分は誰かを守る存在だけど、そんな自分を守ってくれている仲間達が居る事がきっとあの子を強くしたんですね。」
「人が変わる瞬間なんて、結構そんな些細な言葉だったりするもんだな。」
「ええ。本当に。だから仲間達に任せて自分はエイスの町へ行って依頼を受けたりなんかしちゃってるんですね。」
「仲間を信頼してるからか。」
「そうでしょうね。シンクレスさんもあの子のそんな気持ちを後押ししてくれていたみたいです。君がやりたいと思う事ならきっとそれはみんなの幸せに繋がる事なんだろう。だから一生懸命やるといい。って。」
あの人助けにはそういう経緯があったわけか。……ほんとにまっすぐな奴だ。
「でも、そんなあの子が一時重傷を負ったと聞いた時には、心配で仕方がありませんでした……」
「あん時か……」
「あなたが助けてくれなければ私はここに居なかったかも知れないと……あの子が言うぐらいです。きっと本当にそうだったんでしょうね。」
……助けはしたが、恩着せがましくなるのはあんまり好きじゃない。
「で、シンクレスって誰だ?」
「……あの子の居る第三軍の隊長の人です。」
「覚えてない。男の顔や名前なんて覚えたところで何の足しにもならん。
「……はぁ。」
ため息と共に頭を大きくうな垂れた。
平和な朝はこうして過ぎていく。




