心、交わして
「暗いから足元気をつけろよ。」
「はい!足元気を付けます!……おわっ!!」
……言った矢先からか。
「……痛いです。」
「……ほら。」
「す、すみません。」
手を貸して起こしてやる。
「怪我無いか?」
「なんとかノープロブレムです。」
洞穴の中は見渡す限り岩だった。道もそこそこに入り組んでいるし手当たり次第に進んでいくのは骨が折れる。だが、こちらには手があった。
「次はどっちだ?」
「……分かりました。こっちですね。」
微精霊とやらが精霊の所まで案内をしてくれているようで俺達はその指示通り進んでいる。
「その力があればどこ行っても道に迷わずに済むな。」
「いえ、この場所は魔力に満ちているから微精霊の力を感じやすいだけです。街中ではこうはいきません。」
「そうか。精霊との契約ってどんなことするんだ?」
「調べた限りでは、その精霊さんによって違うと思います。ただお話しするだけで契約できる精霊さんも居れば、一戦交えて力を示したり、何らかの条件を出してくる精霊さんなど様々みたいです。でも多分ここの精霊さんは難しい条件ではないと思いますよ。一番最初に契約する精霊さんですから、きっと大事な大事な心構えを説いてくれたりするのではないかと思っています!」
……そんな甘く見ていいものなのか?
「あ……近いです。多分、もうそろそろですね。」
「分かるのか?」
「……はい、この先、凄い魔力の集まりを感じます。きっと精霊さんに違いありません。」
俺にはあんまり感じられないのだが、緊張した表情になっているのを見るとそういう事なのだろう。そのままさらに進むと開けた場所へと出た。
……そしてその奥にはそれっぽい台座の様な物が設置されていた。明らかにこれは人工物だった。
「……ここか。」
「……はい。……えっ!?」
神妙な顔つきで台座を見ていたその顔は突然驚きの表情へと変化する。……何だ一体?
「っ……」
と、思ったその時。……ほんの少しだが、空気が変わったのを感じる。……なるほど、精霊か。確かに今この瞬間、ここにもう一人別の存在の気配を感じる。……近寄れば俺でも分かるぐらいにはなるって事か。
「は……初めまして。あなたが、精霊さん……ですか?」
おずおずと第一声を精霊に向かって投げかける。……俺にはその精霊の言葉を聞くことは出来ないが、彼女の耳には確かに届いているのだろう。
……
「……あなたが精霊としている存在で問題は無いわ。」
「……」
ソーラの目に映っていたのは、自分とあまり背丈の変わらないぐらいの白い髪の少女だった。……白い服に透明なヴェールに身を包んだ姿は人に非ざる美しさをそこに表していた。
「私はリムル。」
「……わ、私はソーラと言います。……精霊術師の卵です。」
全てを見通したようなその顔。その神々しさに流石のソーラも圧倒されていくばかりだった。
「……そのようね。……でも、卵は卵でもとても大きな素質を秘めた卵。……そして今日、この時、あなたの卵は孵化するわ。」
「……私の、卵が……」
「契約を、しましょう。……その為に来たのでしょう?」
「は、はい。……契約を、お願いします。」
「心を、開いて。」
ソーラはその言葉に従うように、意識を集中し、心を開く。
……
……
「私を、受け入れて。」
「……はい。」
……
……
心と、心が、ふれあい、溶け合う。
……
……
「……終わりよ。これで、契約は終了。」
「あ、ありがとうございました。」
「なんだ?どうなったんだ?」
蚊帳の外になったシドが隣から声をかける。
「あ、はい。契約は、終わりました。」
「……精霊術師なんて、本当に久しぶりね。……何十年ぶりかしら。」
「……あの、あなたはずっとここに、独りで……?」
「……そうね。」
「……寂しく、なかったですか?」
「……精霊に身を落としてからもうあまりにも長い年月が経ちすぎてそんなこと感じなくなったわ。」
「身を、落として?」
その言い方が少し気になった。精霊は初めから精霊として生まれてくると思っていたが、精霊に身を落としてと言う言い方は元々は精霊でなかったように聞こえてならなかったからだ。
「……あなたには関係のない話ね。忘れていいわ。」
「……」
「これからあなたは他の精霊達と契約をしに行くのでしょう?」
「そのつもりです。」
「貴方の右腕に刻まれたその印。それは契約の資格。そして精霊術師の称号。それは一目見れば誰もがあなたを精霊術師と認める証。」
「……誰もが私を。」
「でも、その印は出来る事なら人の前では見せない方がいいかも知れないわね。……老婆心ながら一つ忠告をさせてもらうわ。」
「……」
……ソーラはその言葉の意味をよく理解していた。でも、彼女は茨の道を往く。
「いえ、この印は、立派な精霊術師になるための第一歩。しっかり腕に掲げて私は立派に成長してみせます!」
「……若いわね。」
後ろめたい事など何一つない。だから堂々とする。忠告に背くソーラをリムルはうっすら笑顔で返す。でも嘲笑ではない。それは、激励の微笑み。祝福のそれだった。
……
結構話が弾んでいるように見えるのだがはたから見ていると一人で虚空に向かって話しかけているようにしか見えない。……見てるだけなのはつまらんな。
「おい。精霊ってそこに居るんだよな。」
「……え?あ、はい。今こちらにいらっしゃいますよ?」
「可愛いのか?」
「え?え?……そうですね。見た目は可愛い……かなって感じですけど。」
「おお!!なあ、俺にも見えるようにならんのか?」
「どうでしょう……基本的には見えな……え?あ、はい。この人はここまで私を連れてきてくれた方です。……じーっと、ですか?……分かりました。シドさん、あのですね。この場所じーっとよく見てみてください。」
「……」
相変わらず虚空だが、この場所に居るのは間違いないのだろう。俺はそこを凝視する。
「声、姿、気配。五感を研ぎ澄ませてください。……そして、何か一つでも感じたら、それに身をゆだねてみてください。」
「……」
俺は言われるがままに何もない空間に目を凝らす。……耳を研ぎ澄ます。
「……きっと鈴の様に綺麗な声に違いない……ぬぬぬ……きっと花の様に可愛い子に違いない……ぬぬぬぬ!!…」
俺は意識をとにかく集中する!!!
「……雑念に塗れた言葉をつぶやきながら私を感じようとするなんて……」
「……おお!!?」
その声は、隣に居るソーラの声ではなかった。……ハッキリと聞こえた!という事は即ち……
「あ!!……う……うっすらだが……見える……?」
その声が聞こえるやいなや、何もなかった空間が僅かに歪んだようになり、そこに人の形らしき?……はかなく消えそうな体が見えるようになった!!……気がする。……集中してなきゃ見失ってしまいそうなほどだ。
「……聞こえる?」
「……む、む。い、一応……聞こえる……気がする。」
「……この子が開放的な純真な心の持ち主なら、あなたはきっとオープンスケベね。今回ばかりはそのオープンが幸いしたみたいだけど……」
「精霊にまで罵倒されんのか……」
「シドさん、ちゃんと聞こえてるんですね!?」
「い、一応な。」
……悲しいかな。確かに微かに見えるし微かに声も聞こえるのだが……何か微妙だ。声も可愛い感じだし、薄ら見える体も華奢そうだが女性のそれなのは間違いない。……ただ、肝心の顔が……完全に見えない。
「……ぐうううううう……」
「……何をそんなににらんでいるのかしら?」
「顔が、どうしても見えん……」
「……きっと、可愛い顔よ。あなたが思っているぐらいに。」
「み……見たい。」
「諦めなさい。ここまで見れただけでも上等でしょう?」
く……くそう。あと一息の所なのに……
「……精霊術師に必要な物。それは、心。自分でないものの存在を受け入れ、それと一体化する事。だからこそ心を開くと言う鍛錬が必要なのよ。……貴方の様な純粋な心の持ち主は、きっと素晴らしい精霊術師になれる事でしょうね。」
「……わ、私がですか……なれるでしょうか。」
「……きっとね。」
「俺も純粋だぞ。じゃあ俺もなれるのか?」
「……あなたはそれ以前に煩悩を祓ってから来るといいわ。そんな気持ちじゃ精霊の方が心を開かないわ。」
「シドさんそんなに煩悩塗れなんですか?……でも私はシドさんを信じています。」
……と言いながら、少し距離をとられてしまう。
「……お前は、何の精霊なんだ?お前と契約したらソーラは何が出来る様になったんだ?」
「何って言われても、他の精霊と契約できるようになったぐらいよ。私はただの始まりの精霊。精霊術師にとってのスタートラインみたいなものよ。」
「なんだ、いきなりすごい魔法とか使えるわけじゃないのか。」
「そんな甘くは無いわ。精霊術師の道のりはここからが果てしなく長く険しいのよ。」
「……」
「……不安かしら?」
「え!?は、え……はい……不安、です。」
ソーラの表情を見て胸中に抱える気持ちを言い当ててみせる。
「……あなたは、何の為に精霊術師になりたいのかしら?」
「……私は、私を拾ってくれた大切な親友の役に立ちたいから、だから、すごい精霊術師になりたいのです!」
「……その気持ち、忘れないようにね。その気持ちが心の中にあり続ける限り、あなたはきっと何度だって立ち上がることが出来る。辛い時、苦しい時、その気持ちがきっとあなたを支えてくれるわ。……頑張りなさい。」
「……は、はい!!」
その微笑みは、まるで、母親が子に向ける様な母性に溢れた優しい笑みだった。……もっともシドには見えてはいないのだが。
「せっかくここまで来たんだから俺にもなんかくれないのか?」
「……空気壊すの好きね。……空気が読めないってよく言われないかしら?」
「んな事言われんわ。」
「……何が欲しいの?」
「!!くれるのか!?」
「……」
これは思っても無いチャンスだ!なんでも言って見るもんだ!精霊直々にくれるものなら凄い物に違いない。
……
……
少し考えた結果俺は貰う物を決めた。
「可愛い女の子をくれ!!」
「……」
「……」
「……空気壊すの好きね。……空気が読めないってよく言われないかしら?」
「んな事言われんわ。」
「……何が欲しいの?」
……ループした。女の子は貰えないらしい。……くそっ。
「あー……そしたら、俺に似合う良い剣をくれ。」
仕方ないので第二候補のものを要求する。
「剣?そんなものないわ。」
「何も持ってねえじゃねえか!」
「何か持ってるように見える?」
……とほほ。
「……剣が、欲しいの?……剣そのものはあげられないけれど、手がかりなら教えてあげてもいいわ。」
「手がかり?」
「そう、私は始まりの精霊。だからここであなたに剣を手に入れるまでの始まりを与えるわ。今ここより、あなたの剣を手に入れる道が開いた。」
「……よく分からん。」
「よく分からなくてもいいわ。でも、そのまま思うように進みなさい。その先にあなたの望む剣はきっとあるわ。」
……予言っていうか、占いって言うか、そんな類の話だった。……一応精霊の言う事だ。信用性はあるのだろうが、曖昧すぎてなんとも……
「闘技大会で勝てばいいって事なのか?」
「多分そういう事じゃないでしょうか?思うように進んだ先って言ったらそれですし!」
「……ま、いいか。」
思うように進むなんて当たり前だ。誰に言われるまでも無い。
「とりあえずこれで用は済んだか?」
「はい!オッケーです!」
「……気を付けていくといいわ。帰るまでが旅よ。」
「お前がソーラについていくわけじゃいのか?」
契約って言うぐらいだから常に付きまとっているのかと思ったのだが。
「私はこの場所から動くことは出来ない。精霊は皆そう。だから自分の魔力の一部を彼女の体に貸し与えてその力を行使するのよ。」
「……また、寂しくなっちゃいますよね……」
「……言ったでしょう。そんな感情は忘れてしまったわ。」
「……」
「気が向いたら、また来るといいわ。」
「は、はい!!きっとまた来ますね!!」
「俺もまた来るぞ。」
「……そう。」
否定はしなかった。どれだけの時間ここに居たとしても、やはり寂しいのかもしれない。言葉の端々にそんな事を感じた気がする。そんな気持ちに手を振って俺達は洞窟に別れを告げて山を下りていくのだった。
……
……
「新たな、精霊術師、ね。」
精霊術師になろうと言う人は決まっていい人が多い。……そしてそんな人達には相応しくない最期がいつも待ち受けているのが定めだった。
「……今度は私達のような悲劇が繰り返されることのない事を、願うわ……」
リムルが言う私達とは、これまでの精霊術師全体、そして……自分と、その妹の事をさした言葉だった。
「……あの子は、どこで、どうしているのかしらね。……せめて、元気でいてほしいものね……」
自虐的にそうつぶやく。精霊術師として悲劇的な結末を辿っていなければそれでいいと思っていた。
……再びリムルは、眠りにつく。
次に目覚めるときは、再び精霊術師が訪れた時。その時はいつになるのだろう。
いつであったとしても関係は無い。自分にとって、時間なんて概念、あってないようなものなのだ。
自分は、この無限に続く時間の檻の中に閉じ込められているのだから。




