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シドとシノの大冒険  作者: レイン
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たとえあなたと違っても

手に、足にと同時に攻撃を加えている。……さしもの魔物と言えど、もう一手までは気など回らない。……そしてその一撃こそ、最大の攻撃。


……リーナには狙うべき場所が分かっていた。結晶にはっきり覆われていない箇所が一つ、目だ。……それをつぶせば間違いなく状況は更に変わる。……後は魔力を充填しながらその瞬間を見計らうばかり。……咄嗟に短い時間で放つ魔法とあらかじめ準備して放つ魔法でも威力は異なる。


「リーナ!!今だッッ!!!」


そして、リーナは魔力の矢を、解き放つッッ!!


「……トリニティッッッ!!!」


その一撃は、弾丸の様な速度を保ちながら竜の右目を……射抜いたッ!!!


「ッッッ……!!!!ォォォォォオ……!!!!」


その威力は紛れも無く今までで一番の物だった。収束させ速度を上げた魔法はトリニティとはまた異なる物だった。この窮地に置いて更なるアレンジ魔法がリーナの中で生まれた瞬間でもあった。


その攻撃に竜は悶えうち、うめき声をあげながら巨体は大地へと横たわる……


「ッ……」


そして左目に近い場所に居たのは、シノだった。シノは倒れこんだ竜のもう一つの目をめがけて杖で攻撃を行う。


「ウウウオオオオグォッッッ……」


……これで両目を潰した。いかな生物であっても視界を奪われてしまってはまともに戦う事も出来ないはずだ。竜も傍目には虫の息と言った感じだった。……これで勝負ありだ。


「シドさんー!!シノさーん!!」


「……助かったぞ。」


「いいえー。……もしかしたら当たらないんじゃないかって思ったんですけど、良かったです……でももう……流石にきついですけどねー……」


……先の戦いで皆疲弊している状態が継続しての戦いだった。だからこそ速効で終わらせなければならなかったというのもあった。……戦闘継続可能という点で言えばもう皆ほぼ限界に近かった。


シドは止めを刺すべく竜の眼前へと向かっていく。


「……っ……おおおおおおおおッッ!!!」


一瞬の躊躇いの間の後……その眉間へと剣を振り下ろすッ!!


「ッ……!!」


その刃は深く深く切り刻み食い込む……血飛沫が吹き上がる。


……シドは手ごたえを覚える。


終わった。……終わったと。


「……ん?……っぐ……な、なんだと……?」


……否、終わってなどいない。


食い込んだその刃が、抜けない。抜けないのだ。……力任せに引き抜こうとしたが、逆に刃をその体に残し剣が折れてしまった。そのパキンと言う音に呼応するように、竜は口を開けて咆哮するッ!!!


「ウウウウウ……ウォォォォォッッッ!!!!」


……怒りとも悲しみとも取れるその慟哭が響くと、竜の体は再び新たに変化を始めたッ!!


「そ……そんな……」


「ま……まだ、終わらんのか……」


……戦いの中でわずかながら私達がつけてきた傷跡は全て結晶によって新たに塞がれ、魔法と攻撃によって穿った目は結晶に覆われたかと思うと再び新たなる目が現れたのだった。……それも四つ。それまであった既存の目に加えて新たに二つの目が竜の顔へと顕現する……


「……」


シドは、初めてどうしようもないと感じた。……どんな状況にあろうとも必ず道はある。そう、思っていた。……そして今、自分の前に生き残る道が、見えない。


「……っく……逃げろッ……」


「……シド様……」


「さっさと逃げろッ!!……くそがッ!!」


「ウウォォォ……!!」


「なっ!!……ぐあああああッ……!!」


シドは折れた剣を手に単身立ち向かうが、荒れ狂う竜の攻撃によって吹き飛ばされる。……その速度は、先ほどまでより更に加速していた。……狼の形をしたモンスターのそれと殆ど変らない勢いでシドは叩き付けられる……


……これらも全て魔結晶によるものなのだとしたら、どれほど恐ろしい物だったというのか……戦うほどに強くなり、弱点は消えていく。……行きつく先はもう、死しかない……


「……どうして、それでもそんな顔を、するんですか。」


……それは、シノのつぶやきだった。……再び自分が優位に立たされた状況であるというのにもかかわらず、竜の表情は相変わらずに、いや、さっきよりも更に悲しみに満ちていた。……今にも泣いてしまいそうに……それは、エルニの心が少しでも残っているせいなのだろうか。……いや、そうではなかった。


魔結晶はそれに触れた人間と一体化し、その人間をベースとして魔物と変化させる。そしてその感情の深さがそのまま強さでもあった。


一早く誰よりも早くエルニを救いたいと願ったスクリムの体はその身を怒りと決意の狼の魔物へと姿を変えさせた。


エルニは後悔と悲しみと絶望に包まれたまま魔結晶へと触れた。その深い負の感情は魔物の中でも最強種に属する竜の姿を与えた。その姿のままどこまでも強くなっていき、最後には自らをも滅ぼしてしまう。それが竜へと姿を変えたエルニの辿るべき結末として運命づけられた。深い悲しみから逃れるために、全てを失くして、最後には自らをも無くしてしまえばいい。


そんな深き悲しみの竜。それが新たにエルニの体に与えられた力だった。その力はやがてあらゆるものを葬り去るために。


……だがエルニはそんな事を望んでなどいない。結局は魔結晶が自らの役目を全うするために無理やりに理由を託けたに過ぎない。そんな悪意に満ちたアイテムがこの魔結晶なのだ。


……


「……そんな顔、してんじゃねえぞ……くそが……」


「オオオォォォォォォ……」


どうして、こんな辛い戦いを、しなくてはならないのか。……勝っても負けても、何にも良い事なんてありはしないのに。


「……シノさん。」


「……」


「シノさんはー、逃げちゃってくださいー!!」


「……何を、言ってるんですか……」


「フリじゃないですよー?……一人でも、多く助かった方がいいじゃないですかー……?」


……どうして、そんな事を、そんな笑顔で言うのか……どうして……


「……だったら、リーナさんが逃げてください。……リーナさんを見捨てるなんてしたら、ラナさんにも、ルーナちゃんにもヤマさんにも、ロミネちゃんにもイミルちゃんにもトゥリエちゃんにも……申し訳ないですから……リーナさんには、待ってる人がいます。……皆、リーナさんが居なくなったら、寂しいに決まってます。」


「……うふふ、じゃあ、皆に言伝、お願いしてもいいですか?……ほんとは直接言いたかったですけどね。……皆ここでやられちゃったら、それすら伝えられなくなっちゃいますよー。……たくさんお世話になったのに、言葉一つしか残せないなんて、私って親不孝、姉不幸、妹不幸ですねー……」


「……嫌です……嫌ですっ……!!」


「……みんな大好き。今までありがとう。って伝えてくださいね。……シノさんも、今までありがとうございました。……絶対、生きてくださいね。」


私の言葉など聞かずに笑顔でリーナさんは再び竜へと向かっていってしまう。……どうして、みんな、みんな私を置いていってしまうの……私はいつも見送る側でッ……


……


「っぐぅぅっ!!!!……ちく……しょうが……」


もはや戦う形にすらならなかった。……竜の攻撃をかわすことも出来ず。吹き飛ばされては起き上がり、その繰り返し。……戦意が無くなったその時が命の終わりか。……時間が解決してくれるなんてそんな甘いこと考えても仕方がない……どうにか突破口を見つけるのだ……たとえ存在しなくても……最後まで諦めるな……


「ウウッググオォォォォォ……!!」


何か……何か……


「トリニティッ!!」


次第に意識が途切れようとするその瞬間だった。彼女の声が耳に響いたのは。一気に思考能力を取り戻すッ!!


「……!!り、リーナ……」


「……シドさん……うふふ、大変そうだから、来ちゃいましたよー!!」


……


大声で元気に言ってみせるが、今の魔法はリーナの全てだった。限界の限界……もう、魔力も体力も残ってはいなかった。


最後の魔力をリーナはシドが生きるための時間に使った。……それが、現状で出来る最善であり……この状況で出来るシドへの恩返しだと信じて。


無論もはやリーナの魔法などその体には受け付けない。既にトリニティの威力に対する抵抗を身につけてしまっていたからだった。それでも幾ばくかの衝撃を与える事に成功し、竜はリーナの方へと体をやる。


リーナは、その場に座り込む。……やるべき事は、いや、自分が出来る事はもう、無い。……これが私の限界だと悟って。


無情にもその無防備な体めがけて、竜はその手で体を薙ぎ払う。……リーナの体は吹き飛ばされ、建物へとぶつけられる。……そして、そのまま起き上がらなかった。


……


「くっ……くっそぉぉぉッッがぁぁぁ!!!!!」


シドは背後から飛び掛かるがもう刃など通る術も無かった。……体を変化する過程で結晶と結晶の隙間も狭まり、とてもではないがその隙間へと攻撃を行う事など出来なくなっていたからであった。そして結晶を砕くことも出来ない。……元よりこの折れた剣であっては効果的どころか1のダメージすら与える事も十分に出来はしなかった。だがそれでもこの怒りに震えるこの身を止める事など出来なかった。


……気持ちだけで敵を殺せるならば苦労などない。シドの攻撃は弾かれる。……そしてシドも竜の攻撃によって吹き飛ばされる。……離れたところにはリーナが横たわっていた。……もう、攻める事も、出来ない。それは明らかだった。


……シドはボロボロの体をおしてリーナの元へと駆け寄る……戦うことが出来ないなら……もう、出来る事は守る事だけ……そんな後ろ向きでどうしようもない事しか出来なくなっていた……


「……シ……ド……さ……ん……」


「……もう、喋んな……後は俺がやるから、安心して、寝てろ……」


「……うふふ……みんなの……事……お願い……しますねー……」


「……これ以上誰も死なせねえし……リーナだって、守ってやる……約束したろうが……」


「……シド……さん……やっぱり……優しいんですね……でも……私みたいな肉片人形の為に、誰かが犠牲になるの……嫌です……」


……どうして生を受けたのか。……それに意味をつけるとするならば、大切な人を守るためにある。……そう思いたい。


「……その肉片人形って名前はやめろ。……そうだな、パーフェクトドールかビューティドールとかもっといい名前にしろ。リーナ達はそんじょそこらのブーな奴らなんかよりもずっと綺麗だしな。……よし、さっさと帰ったらラナ達もそう呼んでやる事にしよう。はっはっは!!」


こんな状況なのにシドはいつもの軽口を叩いてみせる。……自分には、もうそんな事しか出来ないと分かっていても、やらないよりやった方がいい。……そうだろう……


だが、その言葉は、嬉しかった。……自分なんかが受け取っていい言葉じゃないと分かっていても、自分の事を肉片人形ではなく、自分として扱ってくれた事が嬉しかった。……その気持ちをもう言葉にする時間もほとんど残されてはいなかった。……恋とも愛ともつかないその気持ちを。


「……ありがとう……シド……さん……」


……その言葉と共にリーナは目を閉じる……


……


大丈夫だ。……まだわずかだが、呼吸だってある。


「……ぐふふ、ちょうどいい、今なら体だって触り放題だぜ。うーむ、やっぱりいい体をしている。この戦いが終われば更に好感度は爆上がりに違いない!!ふっふっふ……はっはっは!!!」


……そうだ。これがいつもの俺だ。……守るしか出来ないってんなら、守るしかねえだろうが。終わりが見えないならずっとそれを続けるまでだ。


そうだろうが。


「……」


……シノ……


立ち上がって振り向いた先には、彼女が居た。……俺達は竜を間に挟んで目を交わす。


……なんとなく、いや、絶対、ここへ来てしまうと思っていた。……もう少し自分の命を最優先に考えられる奴であってほしかった。……リーナもそうだ。俺が同じ立場ならさっさと逃げてやる。その場に居たって状況は変わらない。いやむしろ悪くなることさえいくらでもある。


人ってのはどこまでいっても、きっとどこかで非情にはなりきれない。……俺はそれが人の気に食わないところだった。

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