笑顔でさよならを
その場に居た人間全てが絶句する……一番精神力が強いであろうシドでもそれは例外ではなかった。そしてエルニは悲痛に顔を歪めたまま蹲る。……さっきのスクリムの様に。ならば辿る結末もおのずと想像がついた。
……
まさか触れただけでもダメだってのか!?……くそッ!!さっさとあの結晶を壊さなくちゃいけなかったのか!
……この段階でもう結果は見えた。もはやエルニは助からない。そしてさっきの様に魔物へと姿を変えて自分達に襲い掛かるだろう。……それが分かっているならば今度こそ、今のうちにやらなくてはならない。……さっき助かったのは本当に運が良かっただけだった。もはや自分の力ではどうにもならない状況になっていたことを隠さない。……再びそれが繰り返されるとなればもう、次は無いだろう……
……
シド様はいち早く冷静になり、剣を構えなおす。その切っ先は、エルニさんへと向けられる。
……今はいつまでも自分の事を後悔している場合じゃない……
「シド様……エルニさんを……殺すのですか?」
「……」
無言の、肯定。……だが、シドが迷いながらそれをしようとしていることは一目瞭然だった。……自分には、止めた方がいいのか、とどめをさした方がいいのか分からなかった。
「……あはは……私、ほんとにダメダメだな。」
「エルニ……」
その苦しみに耐えながらもどうにか笑顔を作りエルニさんは自虐的に言葉を紡いでいく。
「……私、本当はこうなりたかったのかも。スクリムを死なせてしまって、そんな世界で生きていけるほど、私は強くなんかなくって。スクリムの、傍に行きたい。……スクリムがせっかく助けてくれた命なのに、そんな風に思うなんてダメなんだろうな……きっとスクリムは天国に居るだろうけれど、私はそこへは行けないんだろうな。……スクリムは、私の為にこんな辛い苦しみに耐えてきたんだね……うっ……くっ……」
……笑顔の、涙。……だがとても悲しい、笑顔。……見ているのすら辛い……
「……シドさん。……依頼を引き受けてくれたついでに、もう一つ、お願いしてもいいですか?……魔物の姿になっちゃう前に……私の事を……殺してくれませんか?このままじゃ……私もさっきのスクリムの様に……きっと皆さんを……ほんとは、自分でやれればいいんですけど……もう、体があんまりいう事効かないみたいで……嫌な役目ばっかり押し付けちゃって、ほんとにごめんなさい……でも私の手で、皆さんを傷つけてしまうなんて……そんなことしたら、スクリムに怒られて、もっと嫌われちゃいます……」
「……あいつがお前の事、嫌うはずないだろうが。」
「あはは……そうだったら……嬉しいな……」
「……お前の頼みだが、聞けん。……可愛い子を俺の手で殺すなんてありえん。」
「……でもそれじゃあ、シドさん達が……」
「……俺達の事は気にすんな。……意識を保ってんのが辛いなら、もう抵抗しなくていい。……向こうであいつが待ってるだろうが。さっさと行ってやれ。……お前には誰も殺させない。だから安心しろ。」
「……」
その体を捨てるのだと、シド様は言う。……苦痛に耐えながらもシド達を巻き込まないようにしているエルニをその檻から解き放とうとしているのだった。……もし、こんな最低最悪の状況にあっても、ほんの少しでも救いがあるならば、きっとそれこそが微かな救いなのだろう。……命が尽きそうな人を見送る為に出来る精一杯。……それが本当に最善なのかは分からない。だけど、私にはそれが一番ふさわしいと思えた。
……エルニさんの顔は、ほんの少し、苦痛や苦しみから解き放たれているように見えた。
「……私、もう、何にも出来ないけど……私の後の事、お願いしても、いいですか?」
……心残りなくこの世を旅立っていくためには……
「ふふん!!当たり前だ。俺を誰だと思ってんだ。俺は無敵だし最強だ。」
たとえ何の根拠も無くとも、不安な思いをさせないために、シド様は最大最高の笑顔を持って送り出す。
「……リーナさん、シノちゃん。……たくさん迷惑かけちゃって、ごめんね。」
「……こんな終わり方になっちゃっても、私、エルニさんとスクリムさんに出逢えて、本当に……本当にっ……良かったって……思ってますから……だから……私達に……任せて、ください!……大丈夫ですから。大丈夫ですからっ……」
「……ありがとう。リーナさん……私も、この出逢いがあって、良かった……」
「……エルニさん……私は……私は……」
「……シノちゃんは、もうシドさんと喧嘩しちゃ、ダメだからねー!!……みんな仲良く、笑顔で、いてね。……私が出来なかった分。……たくさんたくさん、笑顔で居てね。」
自分が一番辛いであろうに、最期の最期にくれた言葉は、私を気遣う物だった。……それは遺言、願い。まだこの世で生きていく自分へと残してくれるもの。……でも、そうじゃない。ホントは、私が、もっとエルニさんを安心させてあげるような事を言ってあげなければ、してあげなければいけないんだっ!!
・・・・・・・・・
……まただ。まただ……伝えるべき、言葉が、出てこない。あの時は……おじいちゃんが、お父さんが、そしてお母さんが亡くなった時だって……私はっ!!言いたい事が何にも云えなかった!!
あの時は、急な事だったから、仕方ない。……仕方ないと思わなくちゃやっていけなかった!!……でもそうじゃない。たとえ必要な時間がどれだけ与えられたとしてもきっと私は後悔していたに違いない。……今がまさにその時だと言うのに、私は今この瞬間ただただ悔やみ続けている。
何を言ってあげなければいけないのか。
何を伝えなければいけないのか。
何を聞かなければいけないのか。
分からない。分からない……分からないっ!!!!!!!!!!!
……この世界に来て過ごしてきて、あれだけの長い時間がありながら私は何をやっていたんだ!!
……なんで、こんな時に必要な言葉の一つや二つ浮かばないのかっ!!
強くなるとか、願いが叶うとか、そんな事よりも先に大事な事があった!!
シド様の様にエルニさんを安心させる言葉も言えない!!
リーナさんの様に自分の気持ちを伝える言葉も言えない!!
……エルニさんの様に、残された人のための言葉なんて、今の私が同じ立場だったら絶対に言えるはずが無いのだ。
……私の心は、いったい、どこに、あるのだろう。
……私の気持ちは、一体どこにあるのだろう。
……私はいったい……
人に与えられている時間は無限などではない。私が幾ら悔み続けようともその時間は刻一刻と流れ続ける。
そして、最後の時が訪れる。
……エルニは、死期を悟った。それが訪れる瞬間を。
「……皆さん、ありがとうございました。……さようなら……」
……
「……ごめんなさい。」
その言葉を告げたエルニさんは、最後まで笑顔を貫き通した。
……その悲しみの言葉と共にエルニさんの体は黒い塊に完全に包まれる。……そして、塊は見る見るうちに姿を変えていく。
……それは、本などで見た、ドラゴンと呼ぶにふさわしい姿だった。
「……今度は……竜か。」
さっきのスクリムさんの時は狼の様な姿だった。……だが今度は更に大きい。……その漆黒の鎧の様な出で立ちはその強力さを物語っているように見えた。
……でも、私だけだろうか。その顔は、苦しそうな表情をしているように見えるのは。……いや、苦しいに決まっている。
「お前らは、離れてろ。」
「……今更、離れられますかー?もう、逃げられませんよ。……でも、せめて、シノさんだけでも。私が気を引いている間ならもしかしたら大丈夫かもしれませんよー?」
「……いえ……」
いつもいつも庇われてばっかりの私だ。……人の命を使って生き延びてどうなる。……身代わりになれるならばそれこそ私がやるべき事だ。……みっともなくても、この場から逃げるなんてことは出来ない。
「……やりましょう。……あのモンスター。辛そうな顔をしています。」
倒すことだって、救いになりえるかもしれない。……苦し紛れの言い分だ。
「死ぬなよ。……とりあえずは俺が前に出る。シノは少し離れたところであいつの気を引きながら攻撃を避け続けろ。リーナは離れてろ。……合図をしたらあれを使え。」
シド様の指示通りに動く。私とシド様はモンスターへと向かっていく。……無論モンスターも動き出す。こちらを向きその巨腕でこちらを一気に薙ぎ払うッ!!
「ッ……」
だが、私達はこれを避けてみせる。……先の戦いで巨人と戦っていて分かった事だが、相手の体が大きいのは相手にとっては有利に働くことが多いのは確かだが、見逃せない不利な点も存在する。……それがこの大振りな攻撃だ。
ある程度の大きさになると私達、人と同じくらいのスピードで動作を行う事が出来なくなる。さっきの狼型のモンスターは機動性に富む形を成していた為スピードの代わりに攻撃力を犠牲にしていた。それでもどうしようもない強さではあったか……
だが今の一撃で大体のスピードは読めた。……少なくともスクリムさんの時ほどは素早くはない。
すかさずもう一方の腕で今度は私達を押しつぶそうとする。……これを全力で避ける。これこそが隙なのだ。
「うおおおおおッッッ!!!!」
その踏み込んだ足めがけてシド様は剣を一気に突き立てるッ!!!……鋼鉄の皮の隙間へと刃は突き刺さり、その傷より赤い血を流す。……竜は動きを停止したじろぐ。
……巨体であるが故に注意しなくてはならない事。それはその重量を活かした攻撃に他ならない。何より押しつぶすという攻撃。単純ながらも私達人にとっては一瞬でその命を奪い去る攻撃手段なのは疑う余地も無い。……だが手であれ足であれその攻撃を行った後、その箇所は無防備になりやすい。まさにピンチはチャンスというやつなのだ。……と、シド様は言っていた。
そしてもう一つ、おそらくはこの魔結晶と言うアイテムによってモンスターとなった性質だと思うのだが、その体は魔結晶によって覆われ狼であったり竜へとその姿を変える。……その表面は漆黒の鎧の如くと化すのだが、一体ではないという事だ。言い方は悪いが継ぎ接ぎの鎧を装着しているような状態になっているのだ。だから隙間が生まれる。そして幸いな事に、体が大きくなった事でその隙間はさっきよりも大きくなっていたのだった。おそらく体の大きさに比例して結晶同士の隙間は大きくなっていくに違いない。……もっともさっきの場合はスピードがあったため隙間を狙うのも困難であったためその点を責める事はなかなか効果的には働かなかったのだが……
「まずは足だッ!!足を集中的に行くぞ!!」
「分かりました。」
そして巨大な敵を倒すには攻撃は分散させず、集中的に一つずつ潰していく。……足を奪われれば身動きもとれなくなる。……それがセオリーだ。……翼は無いようだが、まさか後から生えてくるなんてことはないだろうか……
「……ッ!!」
再び行動を再開してシド様の方へと向きなおる。
「……さっさとかかってこい。その体で好き勝手暴れてんじゃねえぞ。」
「ッグアアアア……!!!」
再びその腕がシド様を捕えるため上空へと振り上げられるが、落下地点を見切ったシド様はこれをすんなりと避けてみせる。……そしてその手の甲向かって剣を突き立てるッ!!!
「グッ……グググァァァ……!!」
……末端の方に神経が集中しているというのはドラゴンも同じなのかもしれない。……効いているッ!!
そしてシド様の方を向いているドラゴンだが、同時に私に対しては背を向けていることになる。……私は急ぎ駆け寄り足へ向かって杖で打撃攻撃を加える。……隙間が大きいおかげで私のコントロールでもそこまで問題なくダメージを与えることが出来る。……さて、これをどれだけ続ければ動きを封じるに至るのか。……考えている余裕があるならば一撃でも多くダメージを与えるのだ。
だがこれはもちろん囮。より効果的に決定打を叩き込むための。リーナが持ちえる最大の魔法をぶつけるために。
時間をかけすぎる事はこちらにとって良い事態を生まない。体や心は疲弊していくし、何よりさっき戦っていて分かった事だが、魔結晶によって生まれたモンスターは戦いの中でどんどん強化されていく。……今付いている弱点だっていつ対策されるか分からない。……一秒でも早く元凶たる魔結晶を破壊しなければ、私達に終わりは見えない。
……誰も、死んで欲しくなんてなかった。……なら今思える事もまた、誰にも死んで欲しくない。……死んでいった人達を忘れて行く事なんて出来やしない。でも、今は考えている場合じゃないんだ。




