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シドとシノの大冒険  作者: レイン
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異形と堕ちても

「……どうにも、出来ないんですか?」


「……貴方の質問の内容に答えるのは、はっきり言って私の管轄外と言いますか……私はただレベル特典についてのあれこれ担当なんですよね……」


「……なんで、願いの杖が、お願い事を聞いてくれないんですか……」


「それも答えちゃ駄目なんですけど……まあ!!!それくらいはいいでしょうーー!!!簡単な事です!!願いの杖は実現可能な物じゃ無くちゃ叶えられないからですよ!!」


「……実現可能って、どういう事を言うんですか?」


「今回のパターンだと魔結晶をあの男性が取り込んでしまったわけなんですが!!!一度魔結晶を取り込んでしまったらもうそれを元に戻すことは不可能!!!なんですよ!!ようは不可逆なわけですね!!A→Bは可能だけどB→Aは無理!!だから実現不可能!!というかもっと深く言うと願いの杖にしろレベル特典にしろ、基本的に自分に対しての願いを叶えるものなんです!!!他者に対しての願いとなると効果はごくごく微小!!コスパがものすごーーーーく!!悪いですよ!!使わない方が良かったまであります!!!余談ですが願いの杖にも更なる上位の物もあったりしまして!!まぁ金固めなどから手に入るのが一般的ですね!!まぁ余談です!!……せめて完全な魔結晶だったなら、違うやり方はあったかもしれませんけどね……こればっかりはご愁傷様というほかありませんね……」


「スクリムさんの意識を、戻す事は出来ないんですか?」


せめて自分の意識さえ取り戻すことが出来れば、戦わなくても済む。……体は元に戻らなくてもそれでも今よりはマシになるはずだ……


「……やってみなくちゃ、分からないですねぇ……基本的には意識は塗りつぶされてると思いますし……不確かな事ですし……万が一意識が多少戻ったとしても、それが良い結果になるかどうかと言われると……」


「……分かりました。……失礼します。」


「なんとーーー!!!お大事にしてくださいねーーー!!!!」


……ぼそぼそ小さい声でしゃべったり遠くで話してても聞こえそうなぐらい大きい声で話したり、不安定な人だ……


……私に出来る事なら、可能性が薄くても、やるしかない……やるしかないじゃないか……


・・・・・・・・・


……再び現実へと戻ってくる。……直前に見た光景から記憶はスタートしている。……あの世界に行くと時間も停止するようだ。……最悪の状況は変わっていない。手にあるのは願いの杖。


……こうしている間にも、シド様やリーナさんは傷つき、エルニさんは泣き叫び続ける。……何にもしてこなかった私だけど……それでも……この杖で……


……シノはその手の杖に再び願いを込める……


「……スクリムさんの意識を、戻してください……」


……


……


「……スクリム……ごめんね……私が……私のせいで……」


泣いていても……どうにもならないと分かっていても……それでも感情にただ従う。……泣いて、わめいて、叫んで。声を届けようとする。……後悔と、悲しみを込めた叫びが残響する。


……


「ぐっ……はぁ……ぐおっ……!!」


……シドも、限界を感じつつあった。……攻撃はもはや通用せず、ただ敵の攻撃を喰らうばかり……もう時間の問題だ。強くなっていく相手に対してどう立ち向かえと言うのか……答えなど見つからなくても戦う事はやめない。……だが、命が尽きてしまえばそこまでなのだ……


「ガアアッッッッ!!!」


「くッ……くそっ……」


遂に魔物の攻撃がシドにとどめの一撃を与えんとする……


「……っ……トッ……トリニティッッ!!!!」


「グオオオオッッッ!!!」


だがリーナの呪文がそれを阻むッ!!とっておきの魔法、トリニティが魔物に直撃するッ!!この戦いにおいて初めて使用した魔法の為、まだそれに対する抵抗が存在しなかった。……スクリムの体を想って使用を控えていたがシドの窮地と有ってはもうそんな事言っていられなかったリーナはその魔法を放ったのだった。


「す、スクリムッ!!!」


……ダメージを受けた魔物を気遣うためにエルニは魔物へと駆け寄る。……姿形が変わろうと、自分にとってはどうしてもスクリムなのだから……唯一無二のかけがえのない存在なのだから……


無論、スクリムにはもう自我など残っていない。……ならば必然接近してくるエルニが次なる攻撃対象となる。……そのはずだった。


……


願いの杖の先端の星は、弾けた。……粉々になって。さっき願った時とは明らかに違う反応を見せる。


「……エ……エル……ニ……」


「スクリム!!スクリム!!」


……1%にも満たなかった可能性が、抉じ開けられた。……シノの願いによって塗りつぶされ粉々に散った心の欠片が増幅され、スクリムは意識を取り戻し、ほんの少しの奇跡を生み出した。……だがそれもまた、スクリムがエルニを想い続けた結果が生み出した物だった。事切れる最期の瞬間までエルニの事を思った心は微かな欠片として姿を残していた。それすら残っていなければ、願いの杖がその願いを叶えることも出来なかった。


「……」


二人は互いの瞳を、見つめあう。……当たり前にいつものように出来ていた事。……幸せだったあの日々を思い返すかのように。……二人の間に、言葉など、いらないのだ。


ほんのわずかな時間、二人は語らう時間を得ることが出来た。……だが、それも、ほんのわずかな時間に過ぎない。……スクリムはこれが一時しのぎに過ぎない事を感じていた。またすぐ自我は消えてなくなってしまうであろう事を……ならばこの短い時間で自分のやるべきことは一つだった。


……ほんとなら、伝えたかった。……大好きだと。……愛していると……だが、それを伝えるよりも早く、スクリムは魔物と化したその体で、その爪で、自らの体を刺し貫く。


……この場にこの体を貫けるものは、他ならぬ自分自身の体だけなのだからそれは当然の選択だった……大切な友を……愛する人を、これ以上自分の手で傷つけるぐらいなら、始めからこうしていれば良かった。


「スクリムッッ……!!!!!」


……次第に力が抜け落ちていき、体は崩れ落ちていく。……意識がその体を離れようとしているのがエルニにも感じられた……


「……エルニ……」


「スクリム……スクリムッ……ごめんね……ごめんね……」


例え魔物の姿になっても、その瞳には優しさが溢れていた。……愛する者を想う瞳に他ならなかった。今この瞬間でもスクリムは愛する人を想い続けている。


「……泣かないでくれ……エルニは、笑っていてくれ……」


「笑えないよ……笑えないよ!!!」


「……そうだな……今は……無理かもな……でも、いつか、エルニが心から笑える。そんな日が、来てほしい……俺じゃあ、エルニの笑顔は守ってやれなかった。……最期の最期まで……情けない……」


「スクリムは……情けなくなんかないよ……そんな体になってまで、私の事を守ろうとしてくれて……」


「……こんなにでもならなくちゃ、守れなかった……」


「……いつものスクリムのままで、よかった……そしたら、ずっと、ずっと一緒に、いられたのかな……」


「……かも、な……」


「……エルニ……」


「……スクリム……」


命の灯が、後、数秒で消え果てる。


……最後くらい、いいか……?こんな事を言っても。


「大好きだ。愛してる。」


「……ッ……私も……スクリムの事……大好きッ……」


……


……どうして意識を取り戻せたのか分からないが……伝えたい事、伝えられて良かった。しかも最高の答えも貰えた……それでも、エルニを置いていくのは、心配で心配で仕方がない。


……元気でな。


もし俺にも、彼女を守れるだけの力があったなら、違う未来もあったのだろうか。……事切れる寸前、俺は、そんな事を思ってしまった。


……そして、スクリムは息を引き取った。


「……スクリム……スクリム……スクリム……スクリムっっ……」


エルニは、泣いた。泣き続けた。たくさん伝えたいことがあった。たくさんしてあげたい事があった。最期の瞬間ほんの少しだけ話せたけれどもっと、もっとずっと話していたかった。……だけど刻は残酷にスクリムの命を奪っていってしまう


……何がいけなかったのか。……全部自分がいけなかったのだ。……スクリムの言う通り、シド達を待っていればよかった。……一人で飛び出したりしてはいけなかったんだ……


ううん、私のこれまでの全てが、スクリムに無理をさせてしまった。……私が頼りないから、スクリムはそんな私を守るために力を手に入れようとしてしまった……出来もしない事を一人で突っ走ってしまったから……


「ごめんね……ごめんね……」


「……っ……ちくしょう……ちくしょうがッッ!!!」


「……」


スクリムに縋って泣き叫ぶエルニを見つめながらシドは怒りに任せて剣を地面に叩き付ける。……リーナはただ黙って、だが悲痛な顔を浮かべながらただエルニを見ているしか出来なかった。……誰もがやるせない思いを抱えながらその場を動けずにいた。


……


私が望んだ願いは、こんな事じゃない。


……こんな結末の為に、願ったんじゃない。


誰もが悲しい顔をしている。エルニさんも、リーナさんも、シド様も……私はこんな終わり方、望んでない。……望んでないよ……


結果的にはスクリムに自我を取り戻させてしまったせいで自害をさせてしまう皮肉な結果を生み出してしまった。……スクリムさんを死なせてしまったのは、私の願いだ……


もしかしたら他のやり方があったかもしれない。……なのに、結局私は自分の考えで願いを叶えて結局スクリムさんを死なせてしまった……


やっぱり私には、何も変える事なんてできなかった。……何の力も無い私じゃ、出来なかったッ!!!


願いを叶える力や、レベル特典なんてあっても、私なんかじゃ何にも活かす事が出来ないッ!!……本当に必要な時に、何の役にも立たないッ!!!


……私なんて居なければ、シド様と会う前に死んでいたなら……こんな事に、ならなかったのかもしれないッ!!!


……冷静に考えればそんな事は根本的な解決にもならないし、必要以上に自分を痛めつけているだけなのは誰でも分かる。誰がどこにいつ存在していようが、そんな過程の話なんて何の意味も無い。……人は目の前で起こっている現実に対して行動するしかない。


……分かってる、分かってる……!!


これまでがうまくいきすぎていたんだ……でもそれだって自分の力じゃない。頑張っていたのはいつだってシド様だったり、他の人達だ!!私は横からその中に勝手に入り込んで一緒に喜びを分かち合っていただけだ!!……私は、何をやっていたんだ。……こんな気持ちになるぐらいなら、もっと早くに、死んでいたかった……たとえそれが逃げだと言われてももう構わない!!


……もう逃げたい!!


居なくなりたい!!


こんな気持ち、味わいたくなんかない!!


大切な人が死んでいくのなんてもう……嫌だ……


……自分なりに精いっぱい頑張ったという意味で今回のスクリムの死はこれまでにない悲しみを生んでいた。……家族の死はもちろん不条理で突然だった。……幾度も泣いて、幾度も悲しんだ。もうそんな思いをしたくないから死までも決意するに至った。……だがそれだって自分が何にもしなかったからこその結末だった。だが結局何かをすることが出来ても結局は変えられないという現実をむざむざと見せつけられるだけだった。


……自分には誰も救えない。救えないのだ。……誰もが知っていたのに自分だけがそれを知らなかった。


後悔の念に、シノは包まれる。


……


やがてスクリムの亡骸は光を放ちながら小さな黒い結晶と変わる。……魔結晶。のなりそこないの未完成品だった。


「……魔結晶……ですか……」


苦々しくリーナは呟く。……自分達が採ってきた月鏡が生み出してしまった。そう考えると、いっそとって来なければ良かったと思わずにはいられない。……人助けのつもりが、結局最悪の結果を招いてしまった事にリーナは強く心を痛める。


「スクリム……」


泣きながらエルニが、つい、その魔結晶に触れる。愛する人の体から産み出されたものであるためそれに触ろうとするのは至極当然の行為だった。


……だが、悲劇は未だ終わることを許そうとはしなかった。


……


魔結晶ハ、触レル事デ、ソノ身ニ魔物ノチカラヲ宿ス……


……


……スクリムが言ったその言葉は、寸分たがわず真実そのものだった。だが彼も、自分が死んだ後も魔結晶が残るなどとは夢にも思わなかったに違いない。


「え……」


魔結晶は、エルニの体へと、取り込まれていく。そして、一体化する。


「あッ……あああッッ!!!!!」


そしてエルニの悲鳴、咆哮。……再び残酷な悲劇は繰り返される。



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