想ったり、想われたり
「あー……疲れた……足がクタクタだ。」
「良かったー。まだ夜ですね、お月様が出てます。これで月鏡に月の光を浴びせればいいんですよねー?」
「……どうぞ。」
私は月鏡を取り出し……シド様に手渡す。……自分でやればいいのだけど……間違って覗いてしまうのが怖かった。……と、何を怖がっているのだろうか。気のせいに違いない。本当は私も映っていなかったのだ。そんな気がしてきた。忘れよう。
シド様は月鏡を掲げる。……特に変わった感じはない。
「……これでいいのか?」
「多分、大丈夫じゃないですかー?もし駄目だったらまた取りに行きましょうー。」
「……それはもう勘弁だ。歩きたくない。」
最後の一息とばかりに力を振り絞って私達はエルニさん達のキャンプへと戻ってくる。……流石に皆寝静まっているようで辺り一面最低限の明かりを残している程度だった。
「陽が出てからにしますかー?起こすのも悪いですよね?」
「仕方ないな。そうするか。」
「……遠慮などしなくてもいい。」
適当に寝る場所を探そうとした所にスクリムさんが現れる。
「うぉう!お前まだ起きていたのか!?」
「エルニがお前達が帰ってきた時のために誰かは起きてないといけないとと言っていたから交代で待っていたんだ。……俺のお出迎えですまなかったな。」
「いえいえー。お待たせしちゃいましたねー。」
「……無事だったか?」
「何がだ。」
「……はぁ、お前達がだ。……心配のしがいがない奴らだ。」
月鏡より先に私達の心配をしている。スクリムさんも心優しい人なのだろう。エルニさんが好きなのもちょっと分かる。
「なんとか。シド様とリーナさんが大活躍でしたので。」
「そうか。三人とも、手間をかけさせたな。」
……敢えて私の事は抜いたのに。二人に並べるほど何にもしていないのだから。
「つーかなんだあのデンプシーは!あんなの居るならそう言っとけ!」
「?何の話だ。」
「えーとですね。奥の方に普通のデンプシーと違う真っ黒いデンプシーが居まして、この月鏡はそのデンプシーを倒したその欠片なのです。」
「……黒いデンプシー?……すまん、初耳だ。俺が聞いたのは奥の方にあると言う事ぐらいだった。……そうか、危ない目に合わせてしまったようだな……本当に申し訳ない。」
「ま、俺の相手では無かったが、俺じゃ無かったらヤバかったな。はっはっは。」
結局なんだったのだろう。突然変異とかそんな所なのだろうか。
「それが、月鏡か。見せてもらえるか?」
私は手に持った月鏡をスクリムさんへと手渡す。……表面は見ないように。
「……」
スクリムさんはそれを見つめたまま、何か思いふけっているように見えた。
「あのー、どうして人が映らないんですか?」
「ん?……これか。映らない方が、普通だ。仕組みは知らないが、この結晶人の姿は映らない。……普通は、な。」
「……普通じゃないと、どうなるんですか?」
「……死に近い人間が覗き込むと、自分だけにはその姿が映って見える。」
……
「……」
「と、言われている。根拠などあってないようなものだ。本当に見えているかどうかは本人にしか分からないしな。」
「アホくさ。」
……死に、近い?
「そうだな。同感だ。……今日はもう休むといい。もう疲れただろうからな。向こうにテントが二つある。あれを使うといい。」
……つー。
「な、なんだ。」
「なんで一つだけにせんのだ!そうすりゃ仕方無く一緒のテントで合法的に眠れるのに!」
「……だから二つ用意したんだ。狼と女性を同じ場所にはおけないだろう。」
「誰が狼だっての!」
「騒ぐな。みんなも寝ている。……苦情なら明日受け付ける。だからもう寝ろ。」
「ぐぅぅ……くそくそ。」
「それじゃあ、お言葉に甘えて寝ましょうー。」
……二人はテントへと向かう。だけど私は……
「行かないのか。お前も疲れただろうに。」
「あの……その、その月鏡なんですが……その。」
「……もしかして、自分の姿が、映るのか?」
「ッ……」
「……他の二人はポカンとした顔だったが、お前だけは真剣に見えた。人ごとではない、そんな風に。気のせいかもと思ったが、どうやらそうみたいだな。」
……自分ではそんなつもりはなかったが、スクリムさんには気付かれてしまったようだった。……このどうしようもない不安を。
「……死が近い、というのはもうすぐ死ぬ、という事ではない。このままの流れ通りに進んでいくと死の危険がある、そんな意味合いだ。」
「……流れ、通りですか。」
「……ここに、長居しない方がいいだろう。」
……何故だろうか、スクリムさんは何かを、私に告げようとしているように聞こえてならない。……これから何かが起こるから……そんな風に聞こえる。
「あまり、気にするな。死ぬつもりもない人間は、そう簡単に死なない。……もう寝るといい。」
……私は、テントへと歩いていく。……死ぬつもりがない人間は、か。……死のうとしている人間は、一体どうなるのだろうか。……テントに入るとリーナさんが先に眠っていた。……私も倒れこむように眠りにつく。……もう私の体力もいっぱいいっぱいだ。何かを考えるには余裕が……足りない。
・・・・・・・・・
「本当にありがとうございます!!」
「いいえ、それが仕事ですからー。」
「スクリムから聞いたけど、なんだか強い魔物と戦うはめになってしまったとか……大丈夫でしたか?」
「うふふ、シドさんがやっつけてくれましたから。」
「……ありがとうございます。これで、きっと天使の落し物が作れるはずです。もし手に入ったらリーナさん達にももちろんお渡ししますからね。」
「材料は揃ったんだろう?すぐ作れないのか?」
「セラフィ鉱石をアミュートに溶かして完全にセラフィムにするのに丸一日、そして溶かした月鏡とセラフィムが完全に混ざるまで丸二日は見ると、後三日はかかるだろう。」
「そんなら最初から混ぜといてセラフィムだけ作っておけばよかったろうが。そうすりゃ二日で出来たものを。」
「見た目には分からないがセラフィムになった宝石はゆっくりだが純度が落ちていくんだ。だからアミュートから出してすぐのセラフィムと月鏡を混ぜ合わせるのが一番効果的なはずだ。」
……専門的な事はよく分からないが、まだまだかかるらしい。……三日か。
「それじゃあ皆さんに報酬を差し上げますね。あまり多くは無いんですが、どうぞ。一応これでも私達には大金なので……」
「うーん……シドさん、これ、貰わなくちゃだめなんですか?」
「ん?なんでだ?」
「いえいえー……大切な、お金だったら、むしろエルニさん達に使って欲しいなーって思って。」
「……それではただ働きさせてしまった事になっちゃいますよ!大変な思いをして手に入れてきてくれたのにそんな失礼な事……」
「じゃあじゃあ、天使の落し物が出来るところを見せてもらってもいいですかー?その権利を報酬って事にしてもらえばそれで十分ですー。」
「……そんな事だったらお安いご用ですけど……でも……」
「いいですよね?シドさん?シノさん?」
「……この依頼を受けたのはリーナだしな。それでいいってんならいいだろ。」
「はい、いいと思います。」
「……と、いうわけになりましたー。」
「……申し訳ないやらなんやら……それじゃあせめて天使の落し物が出来るまでここでゆっくりして行ってください!おもてなしでお礼にさせてもらいますから!!」
そんなわけで私達は依頼を終えたのだが、もうしばらくここに滞在する事になった。……これで、いいんだろうか。
・・・・・・・・・
「うーん。」
「?どうしましたか?」
「リンカスターの剣は良い剣だったな。」
「……聖剣……なんでしたっけ。とにかくカッコいい剣でしたね。」
シド様が巨人にとどめをさす時借りたやつだ。当然今は持ち主の元にある。
「ま、名前がちょっとアレなのとキラキラしすぎてるのがちょっと俺には合わんかったが、俺もあれぐらいの剣を一本ぐらい欲しいもんだ。」
シド様の剣はなんだかんだ時たま折れたりしてその時々に買っているごく一般的な剣だ。それでも十分に強いんだけど、確かにあんな剣があればもっと強くなるんだろうな。
「剣ですかー。どこかにありませんかね。」
「どこかってなぁ。そう簡単に見つかるような場所にもないだろうしな。」
「じゃあ、天使の落し物が出来上がるまで、伝説の剣でも探しますかー?依頼をお手伝いしてもらいましたし、協力しますよー。」
伝説の剣。いかにもそれっぽい。……だけどそんな都合よく見つかるものだろうか。
……
「剣、ですか?うーん……ちょっと私は分かんないですね。スクリムは知ってる?」
「剣か……あいにくだが、俺も心当たりはない。役に立てずにすまない。」
……
「やっぱりそんな簡単には見つかりませんねー……」
「情報も無しじゃあな……」
「あ。……ごそごそ、シド様シド様。これを。」
「ん?それは……」
私は思い出した。願いの杖を。銀固めを倒した時に落とした物だ。
「これに願えばシド様の剣も手に入りますか?」
本当は安らかに死ぬ時用のための道具なんだけど、それはとりあえずいい。……なんかこのままだと持ってる事すら忘れちゃいそうだったし。……何の役に立てないのももううんざりだった。自分的にも居心地が悪い……
「可愛い杖ですねー。」
「はい、私のように可愛い杖です。てれ。これに願いを込めるとなんと叶ってしまう、らしいのです。」
「……しまっとけ。」
「え……」
「今はいらん。そこまでするほどの事じゃない。」
「……そうですか。」
ちょっと真面目なトーンで言われてしまった。……心なしかちょっと怒らせてしまっただろうか。……なんだか、うまくいかない。……リーナさんもどう反応して良いか困っているようで、空気を悪くしてしまった。
「……すいません。」
「……」
「……ちょっとぶらついてくる。」
「……あの、私も……」
「……今はいい。お前も自由にしてろ。」
「……わかり、ました……」
……その後ろ姿を、私は見ていられなかった。……置いていかれてしまう悲しみより、なんだかずっとシド様を遠くに感じる寂しさがそうさせた。
「……私、とうとう愛想を尽かされてしまったようです。」
「……シドさんは、そんな事、しないと思いますよー。」
「……怒ってました。怒らせちゃいました……」
「確かに、怒ってたみたいに見えましたけどー……でも、何のために怒ってたんでしょうねー。」
「なんの、ため、ですか……?」
「もし怒ったのなら、理由があるはずですよ。それは、シノさんに愛想を尽かしてしまうような理由じゃないと思うんですよー。……私はシドさんじゃないから、分からないけど、シドさんはシノさんの事、とっても大切に思ってるんですもん。シノさんの事、嫌いになんてなったりしませんよー。シドさんも、ちょっと素直じゃないところありますから。そんな大したことじゃなくても、うまく口に出来ないのかもしれませんよよ。」
「……」
「うふふ、エルニさんとスクリムさんも仲良いけど、シドさんとシノさんも負けず劣らず仲良しじゃないですかー。そんな相手が居て、幸せだなーって思います。……私にもお父様やお姉さま、妹達が居て、私にとっては本当に幸せです。……天使の落し物が出来るの、楽しみですねー。」
「……すみません。気を使ってもらって。」
「うふふ、いいんですよー。」
……リーナさんはなんていうか大人な対応が出来る人だ。……私みたいに自分の事で手いっぱいな人間とはわけが違う。……シド様……どうして怒ってしまったんだろう。
・・・・・・・・・
……自分でもなんでそんな事に苛立ってしまったのか。やってから後悔した。いつもみたいにふざけたやり取りが出来なかった。……くそくそ。
……まだ取っておいてあったのか。何でもいいから願いを叶えてしまえばいいのに。
あいつは、そういうところがある。
自分の手柄をホイと他人に差し出してしまうところが。
……別に自分のために使えばいい。そういうズルい所があいつにはない。……でもそういう奴は早く死んでいくと俺は知っている。……誠実だろうと真面目だろうと、そんな奴から死んでいくんだ。……俺みたいな男はなかなか死なない、そんな正直者が馬鹿を見るこの世界だ。
……だから俺が守ってやらなくちゃいけない。……けど、その為の力をあいつの願いを使って叶えるなんてカッコ悪いし、何より筋が通ってない。……あいつの頑張りを俺が横取りするなんてしたくはない。
あいつは、いつも自分に足りないものを考えてはそれに対して悩んでいる。
自分にはこれが無い。自分にはこれが出来ない。……そんなもの誰だってそうだ。なんでも出来る奴なんているもんか。
……やっぱり今でも時折そんな事を悩み始める時がある。その度に思う。馬鹿な事を考えていると。……そんなこと考えだしたってキリなんかないんだ。くだらない。
……今あいつの頭の中はきっとまた自分を苛む事ばかり考えているに違いない。……少しでも役に立とうと思ってあの杖を引っ張り出したんだろう。
……けっ。




