優雅で愉快なひととき
「いやー!噂通りの、いやいや!噂以上のナイスな3姉妹だったなぁ。ぐふふふ。」
……シド様はホテルのベッドでゴロゴロしながらロミネさんたちの事を思い返しているみたい。嬉しさのあまり笑みはとどまることを知らないようだった。
「やっぱり一番美人はロミネか、あの凛々しい感じが素晴らしい。でもイミルもおしとやかそうでそれはそれでまた……トゥリエはまだ小さいし賑やかしいがそれはそれで将来に期待だな。姦しいってのはまさにああいうのを言うんだなぁ。」
……
私がロミネさんと出会ったように、シド様はシド様であのお二人と時間を過ごしていたらしい。
美しい女性は自分のもとに集まってくると言っていたのはあながち間違いではないのかもしれなかった。
……この出会いが、仕組まれたもの……と言うのは考え過ぎだろう。たぶん。私も大概楽観的なようだった。
「あの、シド様。」
「ぐふふふふ、ん?なんだ?寂しくなったか?一緒のベッドで寝るか?」
「……それでは……はい。失礼して、もぞもぞ……」
「……おお、お前、暖かいな。」
「ですか。」
私も暖かかった。ぬくり。
……
……よく知りもしない男の人と同じところで寝るなんて……なんてふと思ったりしたが、そう遠くない未来、死ぬことを思えば大したことないと思える。どうでもいいんだ。流れに身を任せよう。
……ただ、どうでもよかったとしても……嫌な人のベッドの中にはたぶん入り込みたくないと思う気がする……
私は、なぜかこの人に抵抗しなくなっていた。考えれば、この世界に来て数日しか経っていない。
この世界に来るやいなや、この人に付き従うようにと言われた。自分勝手なものだと思った。
たった数日で何がここまで私を変えたのだろう……環境?なんだろうか。
……でも、死のうという大きな柱は未だ揺らぐことなく私の中心で今か今かと待ち構えている。
……そのはず。
……
「あの、シド様。」
「ん?」
「まだ、起きてますか?」
「おお。」
「明日は、どうしますか?」
「明日か、またあの3姉妹と仲良く遊ぶってのはどうだ?長女とはほとんど話せてないしな。」
「……あの方たちは、本当に、悪い人たちなのでしょうか?」
「……」
「私みたいな人にも、温かく優しく話してくれました。本当に人攫いなんて……」
「そうだな、あの子たちはいい子だ。うん。俺が保証する。そしたらあの3姉妹の親父がやってるのかもしれん。」
……正直私には、それも少し同意しかねる。話を聞く限り、人格者の様な印象を受けた。……それは外面だけかもしれない。と言われたら否定する材料もないのだけれど……
「おし、じゃあ明日はお屋敷に行ってみるか。」
「……大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だ。大丈夫。はっはっは。」
……大丈夫だろうか。
不安な思いを抱きつつ、私たちはどちらともなく、眠りへと落ちていった。
……
……
……
「zzz……」
「すや……」
「んー……待て―……かわいこちゃん……zzz……」
「……むぎゅう……」
「んが……」
「シド様、シド様……」
抱きしめられていた。……ちょっと苦しい。
「んお……?」
「……じー……」
「zzz……」
「ええと、3姉妹様がシド様にお逢いしたいと……」
「うおおおお!!!待ってろ3姉妹!!!!」
びっくり。シド様ははたと一気に飛び起きた。
寝覚めのいい人だった。
……
着替えをささと終わらせて、ホテルを後にする。
「とことこ……」
「お、あれ、うまそうだな。」
「ですね。……あれは、レストラン、ですか?」
「んん、ああ、たぶんな。おし、食うか。」
「とことこ……」
店員さんが、すぐさま席に案内してくれた。
「俺は、これとこれとこれ頼む。」
「……では私も同じで。」
「……食えるのか?」
「……はい。」
怪訝そうな顔をされてしまったが、適当に答えてしまった。
頼んでしばらくするとテーブルの上に豪華な食事が次々並んでいく。
……スープやサラダや、お肉。こういうのってコース料理?
「おし、食うか。」
「……ぱくぱく。ごくり。ごくり。」
「……」
「ぱく……?」
一緒のペースぐらいで食べていたつもりが気付いたらシド様がこちらを見ていた。
「いや、お前、結構、食えるな。」
「ですか?」
美味しい。次々料理はお腹の中へと片づけられていく。
「おお、デザートか。」
「……ひんやりして、美味しいです。」
……
「ふう、なかなかうまかったな。」
「はい。」
「……次の夜の食事は、お前が作れ。」
?急にどうしたのだろう。
「私が、ですか?」
「そうだ。今食ったのよりうまいのを作れ。」
「……それは……難しいですね。」
「俺が言ってるんだ。」
「……あまり期待しないでください。」
……あまり、は余計か。全く、期待してはいけないというべきだったかもしれない。
……
おや、この街に入ってきた門の付近に、昨日は無かった店が広がっている。
「行商か。大したものは売ってないだろうがな。」
「……少し見てはだめですか……?」
「あ?……何か気になるのか?」
「いえ……」
特にそういうわけではなかった……ちょっと情報が手に入るかもしれないという思いつき。ただそれだけだった。
「……ふん、まあいいか。」
「おお、お嬢さん。いらっしゃい。そっちの兄さんも。」
「俺がメインだ。間違えるな。」
「そうか、そいつはすまなかったな。」
……これが行商。色々おいてある。なんでも屋さんと言った感じだった。もっとも、唯一無二と言うようなものは見受けられなかった。
「お嬢ちゃんたち……おっと、兄さんたちは何しにここに?」
商売人の癖なのか向こうから話を振ってきた。
「美人3姉妹を手に入れるためにな。」
……逆に堂々としすぎて怪しまれないかもしれないと思えてきた。
「ああ、ベレストラン家の3姉妹か。綺麗になったもんだよな。まあ、昔からあどけなくてかわいかったけど、久しぶりに見たっけ別人みたいに見違えちまったもんな。女の成長ってのは早いもんだね。」
「……」
私は私の体を眺める……
「……そういやお前、年いくつだ?」
「……ひ・み・つ。」
……
……
……
とびきりのジョークのつもりだったのに。
「お嬢ちゃんもこれから育つさ。」
「……にしても、お前、怪しい。あの3姉妹を狙ってるストーカーか!?」
「おいおい、兄ちゃんと一緒にするなって……商売柄そういう有名な人たちの情報とかには敏感なんだよ。色んな話題を用意して、客と会話を弾ませることで財布の紐も緩くなるってもんだ。」
「本当だろうな?あの3人はもう俺のもんだぞ。」
「勝手なこと言ってら。兄ちゃん長生きするよ。」
「私たち、まだ肝心の当主様には会えていないのですが、どのような方ですか?」
さりげなく怪しくなさそうなタイミングでちょっと聞いてみる。
「ああ、あの人なぁ。俺も貴族なんて高慢ちきなイメージしかなかったが、あの人の事はみんな口を揃えて素晴らしい人ってこの街の人らは言ってるよな。俺もそう思うけど、この街だけなんだろうな……」
「他の街では、違うのですか?」
「あんたら、冒険者なら、結構聞かないか?ベレストラン家の闇を。」
「なんとなくは……」
「俺は事実無根だと思ってるけれどさ、いろんな国や街で起こる事件の裏には必ずベレストラン家が絡んでるとか、ベレストラン家が扇動してるとか。表向きにはみんな騒がないけどそう信じてる人結構多いのさ。」
「嘘、なのですか?」
「と、思うよ。俺はね。そんなことが出来るような人たちじゃないってあの家族は。奥さんが亡くなっても、3姉妹が母親の分まで父親を支えて頑張ってるんだぜ。泣ける話じゃないか。」
「男が泣くな、みっともないわ。」
「人情ってもんがないのかい兄さん。」
「ふん、男の涙なんて信用ならん。美人の涙なら信用するがな。」
「あっはっは。違いない。兄さん正直だな。」
……何が本当なのだろう。この街の人が真実なのか。はたまた噂が真実なのか……
「さて、これだけ俺の方からいろんな情報提供してあげたんだから、何にも買わないとは言わないよな?」
「いや、買わん。」
「嘘だろ!!!????」
「……では、この可愛らしいアクセサリーを一つ。」
「できればもうちょっと買ってほしかったけど……毎度あり~……」
買ってあげたいけれどお小遣いが無くなっちゃう。
……
「とんだ道草だった。」
「そうですか。」
「さて、3姉妹の家に行くか。」
「……」
「また今度ぜひ、と言っていたからな。実質顔パスだ。はっはっは。」
社交辞令でない事を祈るしかない。
「おや、あなた達は、昨日お会いしましたね。」
「おう、3姉妹に逢いに来た。」
「……昨日も聞きましたが……本気なのですか?面識などがお有りですか?」
「あったりまえだ。特別な仲だ。」
「……少し言い過ぎなところはありますが……全く知らないという事は無いです……一応。こちらがシド様で、私がシノです。無理かもしれませんが確認していただければと思います。もしそれでお逢い出来ないようならすぐ帰ります。」
「……分かりました。少々お待ちください。」
一応確認してくれるようで、門番の方は屋敷へと入って行った。
「よし、今ならこっそり入れるな。」
「あの……もしかしたら普通に入れるかも知れませんし、少し待ちませんか?」
「それもそうか、何せ特別な仲だものな。断られる理由がない。はっはっは。」
「そうですそうです。(そうでしょうか?)」
……
門番の人がすたすたこちらへ戻ってきた。表情は……どうだろう。
「お待たせいたしました。確認させていただきましたところ、ぜひとも逢いたいのでお通しをとの事でしたので、どうぞご案内させていただきます。」
「おう。」
「お願いします。そそくさ。」
そんな感じでうまく屋敷の中に正式に入れてもらえることになった。
……中が広すぎる。
「……広いな。」
「移動の際は屋敷の者へお申し付けください。」
……とりあえずひたすら後をついていく。
「すたすた。」
「うーむ……メイドもみんないいメイドだ。」
「てくてく……」
「こんな場所に美女たちを独り占めするとは、なんて奴だ!」
「……ええと、その、いつもあのような感じなので。」
「はぁ……かしこまりました。」
フォロー(?)になっただろうか。
「では、こちらがロミネ様のお部屋になります。」
「おう、下がっていいぞ。」
「ありがとうございました。ぺこり。」
一礼して行ってしまった。
「さて、入るとするか。ガチャガチャっと。」
「……ノックはいいのでしょうか?」
「俺だぞ。」
「……そうですか。」
ドアを開けるとそこは、
「たーーーーーーーーー!」
「おあああああああああ!!!!」
元気な一撃がシド様へとぶつかる。
「シドに150のダメージーー!シドを倒したーー!」
「ふん!俺は不死身なのだ!甘かったな。」
「ぬー。なんという。」
「いきなりお客様相手に攻撃するものじゃないですよ。全くトゥリエは……すみません、シドさん。」
「おお、イミルか。やっぱり美人だな。」
「いきなり来てそれもないと思うのですが……でも、お褒めのお言葉ありがとうございます。」
少し苦笑い気味だが、そんなに悪くはなさそうに見える。
「昨日の今日でまた訪れてくれて嬉しいです。」
「3人の逢いたいオーラを感じたから颯爽と現れたのだ。」
「たーーーーー!!!!」
「ぬ、シドガード!!!!!」
「なんとぉ!!!!」
「シドタイフーン!!!!!!」
「おわーーーーーー!!!!」
……二人とも育ちざかりの子供の如く戯れていた。トゥリエちゃんはまだ幼そうだけれど、シド様って、何歳なのだろう……今度聞いてみようかな。
「急にお邪魔しちゃってすみません。」
「いえ、どうぞくつろいでください。シノさん。」
「失礼します。しゅた。」
ロミネさんに勧められるがまま私は腰かけた。
ここが部屋。人一人が住むには十分すぎるほどの広さだった。貴族のスケールと私のスケールの違いがそこにあった。
……
シド様が冒険譚を語り、ロミネさんとイミルさんが相槌を打ち、トゥリエちゃんが時折シド様と遊びを初めて、それを微笑ましく二人が眺めている。私は、美味しいお菓子を頂いていた。
お腹いっぱいだった。
「ええと、おトイレをお借りしたいのですが。」
「そうですか、私もちょうど行こうと思っていました。一緒に行きましょうか。」
「おお、俺もちょうど行きたかった。一緒に行くぞ。」
「シドさんは私たちとお待ちくださいねー。」
イミルさんがやんわりと確実に制止する。
「女の敵めーーーー!!!!」
「ぬおおおおお!!!シドフラッシュ!!!」
「もじもじ……それでは失礼します。」
ロミネさんに連れられてトイレへと向かう。
「シドさんは、賑やかで楽しい方ですね。お二人とお話ししていると時間を忘れるようです。」
「シド様は、はい、正直な人です。」
自分が思ったように、答えた。今の正直な気持ちだった。悪い意味で言っているわけではない。
「そのようですね。ふふふ。」
?目の前から、来る、あの方は……
「お父様。」
……ベレストラン・ヤマ。このお屋敷の当主、その人だった。