心が豊かな街
「よいしょ、よいしょ。」
「ふんふーん。待ってろ~よ~美人3姉妹~」
「よいしょ、よいしょ。」
シド様は鼻歌を歌いながら上機嫌だった。私は、歩き疲れてクタクタだった。よいしょ、よいしょ。
「お、あれか?なんかでかい建物も見えるな。……趣味わりいな……」
「あれが、貴族街、スカールですか。」
「多分な。」
街道を歩くこと1時間くらいだろうか。大きな街らしきものが見えてきた。遠くから見る限りきらびやかな建物がたくさん並んでいるようだった。
「シド様は、あの町に行くのは初めてなのですか?」
「あー。面白くなさそうだしな……」
「ですか……」
面白くないらしい。
「おっ、また出たな。ほら、倒せ。」
草むらから飛び出してきたそれは。
「めけー」
……
「えいえい。」
「めけー……」
くたっ。
「おしおし。よくやった。」
めけモンというモンスターだった。白い毛並に丸い体で、羊やウサギに近い。あんまり強くはない。さっきからこのモンスターばかりだった。
私を戦い慣れさせるにはもってこいのモンスターらしいが、可愛いので少し申し訳なくもなる。
「なむなむ……」
「まあ振り回してるうちに少しは強くなってくだろう。ある程度は自分の身も守れるようになれよ。」
……死のうにもこれではなかなか死ねない。かといって狂暴なモンスターが出たらそれはそれで怖い。身勝手な自分だった。
「さて、入るか。たのもー。」
「……お邪魔します。」
門番(?)の人にお辞儀して、私たちは、スカールの街へ足を踏み入れた。
……
エイスの町も私の世界では見られないような不思議な光景が広がっていたけれど、ここはそれに輪をかけたような場所。本や映画でしか見たことなかったような見るからに貴族な人たちが闊歩している。見渡す限りのゴージャス感。私には縁がなさそうだった。
「さあて、3姉妹は、と。」
「……ベレストラン家はどうしますか?」
「ん?ああ、そうだったな。とりあえずそっち行ってみるか。行けばすぐわかるって言ってたし、あのデカい屋敷だろう。」
とてとて。街の外からも見えた大きな建物へと近づく。
「ははぁ。でけえな。」
「……デカいですね。」
何百人ぐらい住めるんだろう。そもそも庭が大きすぎていまいちスケールがピンとこない。
「そこのあなた達、どうかしましたか?」
またも門番(?)の方。怪しまれてしまっただろうか。
「こちらはベレストラン家のお屋敷です。何か御用でもお有りですか?」
「……」
なんと答えたらいいだろう。本来の目的が悟られるようなことがあればその時点で危険とみなされてしまうかもしれないし、でもうまく情報も聞きださなくちゃいけないし……
「美人3姉妹はどこだ?」
「は?」
……ストレートだった。
「美人3姉妹に逢いたくて来た。」
「……ええと、もし、冗談で言っているのならば、まだ笑って帰っていただけるのですが。本気でしょうか?」
「冗談なわけないだろう、俺はここ……」
「シド様は、名高いベレストラン家の方々に一度逢えたらと前々から言っていました。ただもちろんダメでしたら帰ります。」
「ああ、そうですか。残念ながら、皆様それぞれご都合などありますので、特にご用事がないのではお会いするというのは難しいかと存じます。」
「ですよね。分かりました。残念です。では行きましょうシド様。すたすた。」
「お、おい、手を引っ張るなって。」
……
「くそ、もうちょっとで3姉妹に逢えそうだったのに……」
「ですね(でしょうか?)。」
「まあいい。俺と可愛い女の子は惹かれあう運命だ。こっちから行かなくてもそのうち出逢うさ。」
「ですね(でしょうか?)。では、どうしましょうか。街の人たちに聞き込みでもしてみましょうか?」
「……いや、やめとくか。てか、面倒くさい。」
「はぁ。」
「とりあえず今日はこの街を楽しむとするか。お、かわいい子だ。」
「……」
「お前も今日はこの街をぶらぶらしろ。自由時間だ。聞き込みとかはするなよ。遊びは全力に遊んでこそだ。」
「ですか。」
「おーっし。じゃあ夕方になったらこの街の入り口にあったホテルに集合な。」
……そういうとシド様はさっきの女性のもとへ行ってしまった。
……
ぷらぷら。
どうしよう。
とりあえず適当に歩き回ってみる。
オシャレなアクセサリーショップに、宝石屋さん?私の世界でも都会にならこんな風景あったのだろうか。
右を見ても左を見ても圧倒されるばかりだった。おのぼりさん?
「もし、そちらのお嬢様。何かお探しですか?」
?この風貌でお嬢様はないだろうけれど、社交辞令的なもの?いかにも小奇麗な出で立ちの男性に声をかけられた。
「そうですね。少しゆったりできるような場所を。」
「でしたら、あちらのカフェで優雅な時間をお過ごしいただくのはいかがでしょう?(ニッコリ)。」
「かふぇ。ですか。では、そうさせてもらいます。ありがとうございます。にっこり。」
さわやかな笑顔に返す笑顔を持ち合わせていない不器用な私はせめて言葉だけでも笑顔で返す。
……じー。
他の建物の例にもれず豪華だった。私が入ったら摘み出されないだろうか。
「いらっしゃいませ。お嬢様。こちらへどうぞ。」
「いえいえ、お気遣いなくです。」
なんと返していいのかわからなかったからそれとなく返答した。
案内されたのは何とも素敵なかふぇてらす(?)だった。
「何に致しましょうか?」
「……ええと、それでは何かほっと一息つけるような飲み物を。」
答えに困るフワッとした事を言ってしまった。
「ふふ、かしこまりました。」
それでもにこやかな笑顔で受け取ってくれたようだった。相変わらず相手に気を使わせるのが得意なものだった。
……
もじもじ。
「お待たせいたしました。どうぞ。」
「どうもです。」
「ごゆっくりおくつろぎくださいませ。(にこり)」
「にこり。」
ずずず……
……すごく、さわやかな気持ちになれる、不思議な味。疲れもどこか彼方へ飛んで行ってしまいそうな。なんならこのままお昼寝してしまいそうになる。
心地よい風、温かい陽の光。こういうの、いいな。
「あら、お嬢さん。もしかして旅の方かしら?」
「あ、どうも。はい、その旅の方です。」
近くの席の貴婦人の方に声をかけられた。
「そう、この街は初めてかしら?」
「そうですね。なんだかおとぎ話の世界みたいです。」
「気に入っていただけたようでよかったわ。」
控えめで優しい微笑みを私に返してくれた。
「……あの。」
「なにかしら?」
「場違い、じゃないでしょうか……?」
「?」
空気を悪くするだろうと思っていても、それを分かっていて敢えて壊してしまうような事を言ってしまうのはもはや私の病気のようなものだった。なんなのだろう。
「私のような格好でこんな素敵な所に居るのは……」
「……」
……
何とも言えない表情で固まっていた。言いよどんでいるのか、なんと答えたらいいのか困惑している、はたまたおバカな子だと思われているのか。
「うふふ。そんな事気にしていたの?確かに、この街に住んでいる人たちは多くは貴族と呼ばれるような身分ね。でも、それだけよ。」
「それだけ、ですか。」
「そう、それだけよ。持っている資産や、自分の家柄を誇る人も居たりはするけれど、本当に大切なのは、心。貴族たる、貴族の貴。自分で自分を誇るのではなく、誰からでも貴ばれる様な生き方を目指すのが真の貴族って私は思うの。」
「……とても、ご立派です……」
心から、そう思う。
恥ずかしながら、私の中での貴族のイメージは下々の人々と住む世界を区別化し、自分たちより劣る人たちを蔑む様な、そんな、そんな、最低な想像だった。
最低なのは、他の誰でもなく、私自身だ。
「やあ、可愛らしいお嬢さん。もし良かったら旅のお話なんて聞かせては頂けないかね?」
これまた恰幅のよさそうなおじいさんだった。
「ええ、私もぜひいろいろ聞かせていただきたいわ。どうかしら。」
……
それからしばらく3人でたわいもない話を繰り広げ、3人が4人、4人が5人へとなっていく。これが紳士淑女の社交の場、というものだろうか。私が孤独感を感じさせないような気づかいも感じた。気配りの上手さもまた貴族の嗜みなのだろう。
「この街の方々は、とても親切なのですね。」
「ははは。そう思ってもらえたのなら嬉しいね。」
「私たちも、誰からもそう思ってもらえる方が幸せだもの。」
「全くその通りですよ。ヤマ様もいつもその様に言っておりました。」
「……ヤマ様、ベレストラン家の、ですか?」
「ええ、そうよ。実はね、20年前ぐらいまでは、この街もこんな風ではなかったの。」
「そうですな。思い返すと恥ずかしいものですが、差別的な思想が当時はとても強かったのです。今思えば、まるで子供の様な幼稚な考えが蔓延っていたものです。」
「そんなある時、この街にベレストラン家の皆様がいらっしゃったわけさ。まあその時はヤマ様とご婦人様の二人だったけれどね。」
「お二人ともとても優れた人物でね。当時の選民思想の強い人たちもお二人をとても尊敬したものだった。そしてお二人が説いた真の貴族という言葉に我々は強く感銘を受けることとなった。」
「それから今に至るんだけれど、後は言うまでもないかな。ご覧の通りさ。」
……この街の人たちの語る言葉一つ一つが、私の心に響いてくる。この街を愛しているのだと。そして誇りを持っているのだと。
内心私の中で疑いの心が出てきた。今回の依頼のおそらくターゲットであろうベレストラン家だが、こうして話を聞いていると、とても悪いイメージは無い。
……まあ人がよさそうに見えて陰で実は……というのはよくあるパターンだけれど。20年前からそこまでの何かをする意味などあるのだろうか。
「失礼ですが、私も、ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
「おやおや、これはこれは。今ちょうどお父上のお噂をしていたところです。どうぞどうぞ。」
「ふふ、そうですか。ええと、そちらのアナタは、初対面ですよね。」
……どこまで表情に出ていたか分からないけれど心の中での驚きは天井を突き抜けた。これまで話していた人たちも大概気品のある方々だったが、この人は……なんといえば良いのか……紅くすらっと伸びた長い髪。気品の頂点を極めたようなオーラ。そしてキリリとした眼差し……同じ人とは思えない。
「初めまして、私はベレストラン・ロミネ。」
「ベレストラン……それでは、もしかして。」
「ベレストラン家の長女です。ふふ、どうぞよろしくおねがいいたします。」
……この人が……確かに、美人と謳われるに相応しかった。
「もしよければお名前を聞かせては頂けませんか?」
せっかく向こうから名乗ってくれたのに私と言う私は。
「ええと、シノ、と言います。」
「シノ、さんですか。素敵なお名前ですね。この街へはどのようなご用で?」
「……ええと、その、観光。では、駄目でしょう、か?」
たどたどしく変な言い方になってしまった。
「……ふふ、そんなことありません。素晴らしいですね。」
てれてれ……
それからの時間は、なんだかあっという間で何が何だか。もともと人付き合いはあまり得意ではないきらいの私なので、頭の容量がパンクしてしまったようだった。
そうこうしている内に日は傾き、夕焼けの時間へと誘われた。
「おやおや、もういい時間ですな。そろそろ終わりにしましょうかね。それではまた、ごきげんよう。」
一人席を立ち、また一人、また一人と席を立ち、私とロミネさんの二人が残される形となった。
「楽しいおしゃべりでした。今日はシノさんと話せてよかったです。よかったら、またお話ししましょうね。」
「はい、私も楽しかったです。またいつか。」
「お姉さまー。」
?向こうの方から声が聞こえた。手を振っているのが見える。
「あれは、イミル?」
ロミネさんは向こうの人影に手を振りかえす。
「お姉さま……?」
「あれは、妹のイミルです。」
「ねーさまー!!!」
「……その隣がさらに妹のトゥリエです……あの通り元気盛りな妹です。まったく……」
と言いつつどこかその表情は微笑ましいものを見るように優しい。さぞかし仲がいいのだろう。
……
おや、その二人の人影の後ろにもう一つ人影が見えた。
「ん?どうやらもう一人誰か居るようですね。そちらは……ちょっと存じ上げませんね。どなたでしょう?」
……じー。
人影が近づくにつれ、輪郭がはっきりしてくる。
「男性の方のようですね。この街の方ではないようですが……」
……私はその人影に見覚えがあった。もっと言うならばその表情、とにかく上機嫌そうなその締まらない笑顔。何度も美しい女性と一緒に居ると浮かべていた。
二人の女性と一緒に居る男性。それは一片の間違いもなく、私の主、シド様だった。




