ピンチはチャンス
「大丈夫ですかシド様。」
受け止めてあげたかったが……痛そうだったからセフシアさんに頼ってしまった。
……誰かの役に立って死ねればなんて思っていても実際はこの程度だ。不甲斐ない……
「だ、大丈夫だ……けどな……」
すっくと立ち上がると……セフシアさんへ向かう。
「もうちょっとちゃんと助けろっての!!!」
本気でそう思っているわけではないのはみんな分かっている。半ばいつもの流れを踏襲し、ここで憎まれ口からの応酬が始まるのだが、セフシアはまずい状況だった。
「はぁ……痛ッッ……」
……あんな高い場所から落ちてきた人間を受け止めたのだ、技の勢いで少しは痛みを殺したとはいえ、そのダメージは少なくない。その代償はセフシアの腕が一手に引き受ける形になってしまった。
「……くそっ!あのクソ野郎が!!」
「……セフシア。今回復の魔法を。」
「す……すいません。カラリーサ様……」
魔法と言っても一時しのぎ程度にしかならない、もうセフシアは戦う事は出来ないほど傷ついた。……自分達にとっては憎む対象である男を、助けるための傷とは……今までの彼女達ならばそれを見てなんというだろう。
カラリーサは感じていた。自分達の中で、何かが変わりつつあることを。セフシアがシドを助けたのも、ノノノンがシドを助けたのも、それまでの自分達ならば見過ごしていただろう。……彼女達にもなぜそうしたのか、今はまだ答えなど出せないだろう、だけど、それが間違いであるとは……思わなかった。むしろ何故か、誇らしいとすら思える。
・・・・・・・・・
「……ゴーム、結構押されてるのか?」
遠く離れたところで戦況を見つめるのはエアストだ。彼が戦場へと近寄るつもりは毛頭ない。
「……ま、あんなもんでは終わらないだろうけどな。」
……彼はとにかくもったいぶる。出来る事なら言わずに済ませたい事ばかり。……ゴームの弱点を教えるという事は、……ひいては自分の弱点を曝け出すことにもなるからだ。……今回の一件で、人間達は大きなアドバンテージを得てしまった。ザナに対して。
本来ならば対抗手段などないはずだった。自分が何も言わなければ、何もしなければ、ゴームに蹂躙されてそれで終わりだった。……いつか未来で、人が、魔物が、ザナが戦う事になった時、自分へとその脅威がぶつけられるかもしれない。そう考えたら、自分は人間達と関わらない方がいいのだ。
この戦いの後、魔物領へと戻り、ザナの弱点を知らせたのが俺だと分かれば、俺の立場だって、命だって危ないかもしれない。……じゃあなんでばらしてしまったのか。
「……そんなの、俺が人間だからに決まってるじゃんか。……魔物なんて、全部滅んじまえばいいじゃねえか。そうすれば、俺は自由じゃねえか。俺は自由を望んだんだ。自由の為に、俺より強い奴なんて……居ない方がいいんだよ。」
ザナである前に、エアストは、人間なのだ。魔物に対して良い感情なんてこれっぽっちも有してはいない。だけど自分は魔物領の人間なのだ。ザナであるために。……これのどこが自由なのか。
何に対してもむかむかする。この状況をどうにもできない自分に一番腹が立つ。
自分の手の内を晒せば晒すほど、自分の首も締まっていくようだ。
・・・・・・・・・
エアストは自由を望んだ。
ならば、ゴームは何を望んだのか。彼はザナであるために、その報酬として何を得たのか。
……自分に欠けている物……それは頭脳だ。周りの奴らはみんな頭が良い。いくら体が大きくても、自分はいつまでも馬鹿扱い。なら、負けないぐらいの頭の良さを。
ゴームは考えた。頭が良くなれば、いい。
……本当にそうか?馬鹿な自分の頭が良くなっても、普通になるぐらいじゃないのか?頭が良い奴には結局敵わない。……自分に足りないものではなく、自分しか持っていない物を、さらに望めばいいんじゃないか……?
「……もっと、もっと、強く、大きく。この体をさらに強く!!。」
……悩んだ末、彼が望んだものは、更なる巨体。大きくなることだった。……そしてその願いは叶った。だが、それは彼が本当に望んだとおりの形だったのだろうか。
彼の体は確かに大きくなった。……だが、それと引き換えに足らなかった頭脳は更に至らないものへと変わっていた。……自分が今までよりも更に馬鹿になって行くのを感じた。……直にそれすら分からなくなっていく。……体が大きくなるにつれて、ゴームの知能は反比例して低下していく。それが彼に与えられた力だった。そして、大きくなった体は小さくなる事は無い。一方通行な物だ。
……どうせザナとなった自分に楯突くことが出来るものなどそうそう居ることはないのだ。……望んだ力ではなかったかもしれないが、もうこれ以上この力を使う事も無い。……そのはずだった。
……
「そのはずだったああああああ!!!!!」
ゴームの咆哮が響き渡る。何を意味したものだったのかを知るのは本人ばかり。……今自分は、初めて危機に晒されている。……わけもわからずここへやって来させられ、あげくわけもわからず傷つけられ、その不条理が、ゴームの封印していた力を解き放たせる……
後先を考える頭などとうに存在しない。……自分へと危害を加えるもの、人間達を、全て殺す。……その願いの為に、ゴームは、全てを捨てる。
「おおッオオオッ……ああっ……ああああ!!!!!!」
「な、なんだ……」
血が震える。大地が、震える。優勢だった人間達も、ただ事でない気配を感じ取る。
ゴームの体が、巨大化する。
「ば……馬鹿な……」
「ぜ、全員ッ!今すぐ離れろッ!!」
真下から、そして、遠くから、その変化は明らかだった……
……
「……あんなに……大きくなんのかよ……流石に、想像してないっての……」
エアストは確信はなくとも、何かあると察しはついていたが……想定などしていないレベルの光景が彼の眼に広がっていく。
……20m、30m……40m……まだ、大きくなる……
「……っは……マジ……かよ……」
渇き交じりにエアストが漏らした言葉が、そのまま彼の戦意を奪った。……あまりにも圧倒的な大きさ。……最終的にその高さは、おそらく50mクラス……もはや人がどうこう太刀打ちするようなものではない。
「……終わったわな……」
……
……その光景に誰もが言葉を失う。
「おあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
限界まで大きくなった体から放たれる怒号。もう彼に思考能力など残っていない。ただ目についた物を壊して進む、災害のようなもの。
「嘘……でしょ……」
「流石に……ここまで大きくては……」
絶望に打ちひしがれるが、まずい事にゴームは足を進める。目についた物を壊すために。
……ラズリードへ向かって、その足を踏み出す。
「ひッ!!あああああああッッ!!!」
その一歩が、兵士たちの命を奪う……そしてこれまでと比較にならないほどの地鳴り……誰もが終わりを感じずにはいられない。
ただ見ているしかできない視線を尻目に、ゴームは一歩一歩歩いていく。……その足音は絶望を告げるカウントダウン。
「あ……あの方向は、ラズリードだ……このままじゃ……」
「で、でも……もう止められないだろうがよ!!あんなデカいのどうすれば……」
誰もがその行く手を遮ることなど出来ず、立ち尽くす。
……私も、そう。きっとこの顔は、青ざめている……シド様だって。諦めの顔が。
「……シノ。」
「……はい。」
諦めの顔が……にやりと笑う。それは、いつもの、シド様が浮かべる表情だ。
「チャンス、いや、大チャンスだ!」
「……すいません、どういう事ですか?」
「ふふん、いいか。小さい敵よりデカイ敵をやっつけた方が報酬だってデカくなるんだ。」
「……それは、そうですね。……でも、敵を倒せる場合の話ですよね。」
「……お前は、俺があんな頭の悪そうなデカブツ一体倒せないと思ってるのか?」
……俺を信用、していないのか。そういう事を聞かれているのだとしたら。
理由なんか、ない。根拠なんて、ないけど。
「いえ、シド様なら、勝ちます。絶対に。」
……再三いうけど、根拠なんて、ない。
だけど、その解答で正しいようだった。
「あったり前に決まってんだろうがッ!!」
そう私に言ってのけると、再び巨人に向かって走り出すッ!
「あ、あり得ない……アイツ馬鹿か?」
誰もがその姿を見て呆れかえる。死にに行くようなものだ……
否、まだ勝機が無くなったわけではない。
実はシドの他にもう一人、戦意を失っていない人物がいた。
……
……流石にこんな高い場所に来たのは経験が無い。地面が遠いな。カラリーサ様はどれだろうか。
……あの一人突出しているのは、あの男か。……骨のある奴というのは、間違いじゃなかったようだ。その無謀さに、いや、勇敢さ。素直に賞賛しよう。
カラマはゴームが巨大化を続けている間も、攻撃をひた続けていた。そして今、彼女はゴームの首筋に居る。
とは言え、どこを狙おうか決めあぐねていた。残念だがカラマの攻撃では傷を負わせてもその痛みを気付かせるにも至らない。
「どうしたものか。」
あの男に、任せてみるとしよう。良くも悪くも、絶対に奴は何かしらのアクションを起こすに違いない。
……私も焼きが回ったようだ。
……
図体がデカくなったからと言って、良いことばかりじゃないッ!
「うぉおおらぁぁぁッッッ!!」
シドはその辺に転がっていた剣を手に取るとゴームの踵目がけて突き刺すッ!
……シドからすれば、的がデカくなっただけに過ぎない。やる事は変わらない。
「これでこいつを倒せば……女の子達は……俺にメロメロだってのぉぉッ!!」
……そんな俗にまみれた言葉は誰の耳にも入りはしない。側から見たら、立ち向かうその姿は、勇ましい。
自分達にあんな事、出来るだろうか……肯定できる者は数多くはない。
「もうちょっと、足掻いてみようか。……恥ずかしながら僕も諦めそうだったんだけどね。」
「……私もです。あの巨大な姿に、怯み、怯えてしまいました。……恥ずかしい限りです。」
「あの彼の蛮勇に、少しばかり心を打たれたのもあるけど、あの巨人。動きが、鈍くなってるように見えるね。」
シンクレスは巨大化の前と後で動きが緩慢になっている事に気付く。シドが走ってゴームに追い付けたのもそういう事なのだろう。
「それが巨大化の影響なのか、もしかしたら僕達の攻撃が動きを鈍くするまでに効いていたのか分からないけど、こっちにとってはチャンスだよね。」
「……私達も、シドさんに、続きましょうッ!!」
「流石、副隊長だね。この戦いが終わったら僕の代わりに隊長になるといい。みんな喜ぶよ。」
「……ふふ。ご冗談を。……さぁ、あんな体だけの見掛け倒しに、屈してはなりませんッッ!!今こそ!ラズリードに楯突くあの巨人にッ!我々が!トドメをさすのですッ!」
第三軍は、再び戦意を取り戻す。
「いやはや……なんともまぁ……」
「隊長、指示をお願いいたします。」
グラフィカは敢えてエッケルノに問いかける。
「様子を見るというわけにもいきませんね……何より単身突撃している彼は、一応私の部下になるわけですし……見捨てたら後で酷く怒られそうですね。」
「でしょうな。その光景が、眼に浮かぶようです。」
グラフィカは内心愉快そうだった。大した付き合いの時間があるわけではないが、あそこまで破天荒な男は見ていて清々しい。
「……第五軍、突撃チームD……でしたかな?全軍、巨人へ攻撃を行いましょうか。……いつもより更に強めで、頼みますよ。」
……あの大きさでは精々足を集中攻撃ぐらいしか出来ないかもしれないが、逆に動きを止められるならば……まさか足を潰されてはそう簡単に動けまい。
「ふう……行きますか。隊長自ら戦わないのは士気が下がりかねませんな。」
陰気でうだつの上がらないように見えても彼はラズリード第五軍の隊長。国を守る。その想いの強さは間違いなくそこにあるのだ。
・・・・・・・・・
「マジかよ……アイツ、アホなのか?……死んじまうっての……」
エアストはこの戦いに見切りをつけるつもりだった。……一分前までは。
ゴームが人間領を暴れまわって為す術なく人類はおしまい。そのはずだったんじゃねぇのか……何か、変わるかもしんねぇのか……
少しずつ、少しずつだが、胸の中に熱いものが宿って行くのを、エアストは感じていた。
「……アッキロウ。」
彼は、左手を高く振り上げ、その名を呼びかける。
なりふり構うのが馬鹿らしくなる。……やりたい事をやる。それが自由じゃねえか。
あそこにいるバカは、今、何よりも自由だ。




