歴史の真相
遺跡から二度目の帰還を果たしてより、三日が経過した……未だ巨人は暴れまわっている。ただ幸いにも巨人は遺跡の周辺を暴れまわるも、その地点から大きく動かない。
要は巨人ゴームは、頭が悪いのだ。目の前に敵が現れればそれを撃退、あるいは撃破しようとは考えるが、それをどこまでも追いかけてまで倒そうとまでは頭が至らない。
ラズリードにとって幸運なのはゴームが現れた遺跡周辺には木々が生い茂っているため、その巨体から見渡せる物は林ばかり。森林にとっては迷惑だがそれらを薙ぎ倒しては当てもなく進行を続けるだけで今の所の人的被害は近隣の村や討伐に向かった兵士が多少と言ったところだ。
ついでに遺跡からラズリードへは多少の距離があるため適当に歩く程度ではなかなか辿り着けないという点でも助かっている。
……無論、標的を見つけられるような状況になったならば、この程度の被害で済むものではないだろう。出来ることならば速やかに排除しなくてはならない事に変わりはない。
「彼らの言った通り、魔物の減少は間違いなく止まったようだ。聞けば地下にゲートが開きそこからやって来たと……ふん……クリミナが、未来の我々へ復讐を為すために何かアイテムでも用意していたのか?それが今になって私達へ牙を剥いた……やはりそんな程度の女なのだ。歴史は正しかった。」
王族関係者へと語られてきたものと、カラリーサ達などへ語られてきたクリミナの顛末と言うのは少々解釈が異なる。ありていに言えば、自分達の都合のいいように歴史は紡がれている。
遺跡の女性達などの間で伝わる話と言えば、虐げられてきた女性達を率いてラズリードへと反旗を翻すが、相成らず、生き残った者達とピリカラピカ遺跡へと逃げのび、聖浄化を行い、それまでの辛い記憶過去等を全て捨ててそこで生きて行こうと言ったのがクリミナの全てだ。だからこそ女性達にとっては自分達が変わるきっかけを作り、新たな新天地を生み出してくれた聖女とあがめられているのである。
ところがラズリード王を含め、先代、また先先代の国王などからしてみれば、そんな真っ当で潔い想いの元に行われているはずなどないと思っていた。クリミナはただ私怨でラズリードへと叛逆したのだ、そのために虐げられている女性達を救うという大義名分を掲げて戦いの為の手段に用いたに過ぎない。
……クリミナは、先先代国王の娘だ。その誕生はとても忌み嫌われるものだった。
話は遡るが、初代ラズリード王はどれほど子を作ろうとも男しか生まれてこなかった。そして、次の王からも生まれてくる子供もまたも男、そして次の王も。そうしていくうちにラズリードは繁栄を極める事になっていくのだが、王族の者達は自分達の子供が男しか生まれない事が、神から自分達の啓示であるように感じた。男が生まれ続ける限りラズリードには繁栄が訪れるに違いない。そして最終的に男こそが絶対的な勝者となるべきなのだ。
そんな勝手な決めつけが少しずつ国民たちの根っこを侵食していき、気が付けば女性からは権利が、意志が、自由が失われていった。ラズリードの暗黒期と言える時代に、クリミナは誕生した。国家が誕生してより、初めての女の子だった。
自分達王族は神の加護を受けているため女性など生まれるはずがない、そこまでに思っていた所に生まれた赤子。彼等にとっては、災いの象徴としか思えなかった……
女性ではあるが同時に王族でもあるために、他者からの扱われ方は他の男性と変わりはなかった……表面上は。当人も含めて、内心疎まれていることなどは明らかだった。
そんな生活が続いたある日の事だ。突然クリミナが王国へと攻撃を行ったのは。元々同じ同性に対しては思うところがあってか頻繁に交流を取っていた。……それを唆して戦いへと向かわせたのは想像に難くない。
……本来ならば、クリミナはその場で捕まえて、死んでいてもおかしくなかった。……実際問題そうなるはずだった。
だが、王族の者が自分の国へと攻撃を行いそれを鎮圧しクリミナを処刑した。
……そんな歴史はただの恥である。
輝かしい軌跡を辿ってきたラズリードの過去にそんな恥を残すなどあってはならない。
……ならば、歴史を変えてしまおう。勝った者にはその権利がある。
……クリミナと言う女性はそもそも生まれなかった。存在しなかった。王族を内側から破壊しようとした魔物だったのだ。悪魔だったのだ。知らず知らずの内に女共を焚き付けてラズリードを崩壊させようとしたのだ。
だが、我々はその悪魔と戦いの末勝利した。やはりやつは災いだったのだ。災いを絶ったラズリードには変わらぬ平穏がもたらされるのだ。
身内の恥を、勇敢な戦いへとすり替えた。いや、うまく取り繕ってやったのだ。
そしてクリミナ達とは裏で取引があった。残った命を助ける代わりに、二度と目の届かないところへ消えるという条件を出した。……そして彼女達は遺跡の地下へと消えて行った。
その戦いの後、王族からは女性が生まれる事はしばらくなかった。
だが時代が変わっていき、ラズリードの天下とはいかなくなっていき、他国との擦り合いや風習の変化、文化の多様性が重なり、数十年という月日を経て、現在ではこの国での男女の差と言うのはほとんどなくなってしまった。誰かを憎むよりも、手を取り合う方がいいと願う気持ちが強くなっていったのだろう。
その流れで引き継いだ現在のラズリード王だが、第一子はフィータ王女だった。百年単位の昔ならば再び最悪の訪れと言われてもおかしくはないだろうが、クリミナの時と違い彼女は暖かい祝福を受けて健やかに育った。
王ももはや女性全般において思うところはない。娘は愛情を込めて育ててきた。……だがそれでもクリミナと言う個人に関してだけ言えば、その存在は無視できない……
百年前より飛来してきた怨念が今再びラズリードを窮地に追い込む。……不運を嘆くばかりだ。
「巨人だと……ふざけるな。そんなことで私達はやられはせん。いいようにさせてたまるか。」
憎々しい声で王はクリミナへ、そして巨人へとその言葉を口にする。
……
「巨人とはどんな姿をしているんでしょうか。」
「知らん。どうせ気持ちわるい奴に違いない。」
……半裸とか裸足とかチラッとは耳に入っているのだけど結局実物は未だお目に書かれていない……まあ確かにに見ないで済むならそうしたいかもしれない。
あのうにょうにょを破壊したまでは好調だったのだけど、やっぱり巨人退治の方がどうにもこうにもいかない。……無駄に三日も遊ばされてしまっている。
「腹減ったな。」
「何か買ってきましょうか?それとも作りましょうか?」
「んー……なんか買うか。夜は作れ。」
「分かりました。じゃあちょっと見ましょうか。」
ちょうど屋台が多く拓いている場所を歩っているせいかお腹が空いてしまったようだ……もちろん私もだ。
「お、ダグリック焼きだ。」
「ダグリックって……モンスターですか?」
見たことない。けど……原形をとどめているその料理らしきものは、元は恐らくモンスターだろう……
「ホクホクしてるぞ。口が渇くけどな。」
「……ちょっと苦手かもしれません。」
あ。
「これは、いがいがイカ……を焼いた物ですか?」
「そうだぜ。食べやすいようにいがいがは取ってあるからな。食べるかい嬢ちゃん?」
「……じー。」
「……じゃあこれ3個くれ。」
「あいよ。」
シド様が二つ、私が一つだ。
……もしゃもしゃ。……ああ。イカって言っても、私の世界のイカと一緒にしてはいけない。……地上で生活しているだけで全然違う生き物だもの……もしゃもしゃ。同じイメージで食べてしまうとちょっとびっくりするけど、美味しい。どれを食べても食べ物が美味しいのはラズリードがいかに栄えているかを端的にだが象徴している。
「おー、おっさんよう。今日もくれぃ。」
私達が食べていると、ひょいと青い髪の……ちょっとチャラっとしてそうな男の人がやってきた……もしゃもしゃ。
「今日も来たな。兄ちゃん。ほら、今日はちょっと味のバリエーション変えてみたぜ?」
「どれどれ……うおっ。旨いな。……ああ!?何だこれ、全然味違うじゃんかよ!ってか、全部味違うし!?くぅぅぅ!!……こいつはいい、いいぜぇ!!」
「だろだろ?」
「ラズリードは旨いもんがいっぱいあっていいなあ。向こうとは大違いだっての。」
「そんならここらにずっと暮らせばいいじゃねえか。」
「ははは……自由ってのは、遠いんだよ。」
他愛もない会話をしながらも十本はあったのにサクッと平らげてしまった。……私はまだ半分くらい。もしゃもしゃ。
「もっとも、巨人とやらがどうなるか分からねえしな……ま、王様が心配ないって言ってるから大丈夫だろうけどよ。」
巨人の噂はもう国中に知れ渡るところだ。……そこまで大げさにはとらえていないようだけれど、まあ混乱させるのも良くはないだろうし……もしゃもしゃ。
「心配ないってかー。あいつも甘く見られたもんだ。あっはっは。旨いもん食わせてもらってるお礼に教えるけどさー、ラズリードからはサッと逃げた方がいいかもよ。」
「あ?なんでだ?」
「……何でもよ。まあ、客の忠告って事で気に留めといてくれって。んじゃあなぁー。」
……
「あの人、ラズリードの兵士ですか?」
「いや、何日か前からこの辺の屋台の物食って歩いてる兄ちゃんだよ。……サッと逃げた方がって言ったってなぁ?そもそも国から出られねえって話だ!!だっはっは!!」
まともにはとらえていないみたいだけど……私はちょっと気になる。……気がする。
食べ終わって次の屋台を探しに行く。
「シド様……さっきの人なんですが……」
「あ?屋台の親父か?」
「……いえ、そっちではなくて、お客さんの方です。なんというかその、巨人について何か知ってそうな感じがしたのですが。」
「女か?」
……どうやらシド様には見えていなかったようだ。というか他の物でも見ていたのだろうか。
「いえ、男の人ですね。」
「……巨人なんてその内どうにかなる。というか俺がどうにかする。」
「そうですか。……そうですね。私も、そう思います。」
「ふふん。そうだろうそうだろう。よし、じゃあ次のもん食いに行くぞ。はっはっは。」
……とりあえずいっか。たぶん気のせいだろう。次もしもまた逢ったらもう一度気にしよう。何食べよう。
……
「わぁ……綺麗……ですね。」
ふと通りがかったそこにあるそれに……つい目を奪われる……
「氷結晶だな。旨いから食うぞ。」
「?これ、食べ物なんですか?」
パッと見てガラスで作った工芸品か何かのように見えた。……なんて言ったらいいか分からないけど透明度が凄い。……綺麗だ。
「あんた達食べるかい?」
「おう、せっかくだから特大一つ。……ん?なんだこの全部乗せスペシャルってのは?」
「その名の通りさね。味の方もスペシャルだよ?」
「ふふ、面白い。全部乗せスペシャル特大だ。」
「はいよ!!そっちのお嬢ちゃんはどうするんだい?」
「……では同じものを。」
「あっはっは!!見た目に似合わずガッツリ行くね~。じゃあおばさんが腕によりをかけて、いっちょ作ってあげようかね!!」
……お皿にガラス細工の様な物をいくつか乗せると、それらにシロップ(?)と思わしきもので色が付けられていく……一色……三色……七色……見る見るうちに……透明だったそれらは彩り鮮やかな美術品へと姿を変えていく……ぽかん、と口を開いているしか出来ない。
「はい、お待ち!!全部乗せスペシャル二つっと!!
「へー、見事なもんだな。」
「本場サッコロから来てるからね。味の方も保障するよ?」
……本当に特大だ。結構ある。まあ、量的には問題ないだろうけど……初めて食べるものを特大にしてしまうのはなかなか勇気がいるものだ。
「食べてみなよ、お嬢ちゃん。」
……氷なのに、スプーンがさっくりと入る……不思議な感触だ……一口分を掬って口へ運ぶ……
「これ……あの……」
……言葉が出ない……美味しいなんて言葉じゃ言い表せない……幻想的な風景が口の中いっぱいに広がっているみたいな……夢みたいな味だ。……じわっと溶けていく……次の一口、また一口が止まらない。
「……」
「ふふ、どうだい?」
分かってて聞いているのだろうか。……ズルい。答えなんて、決まってる。
「……美味しいです。その、凄く、美味しいです。はーとふるです。」
「ふふふ。だろう?そっちの兄ちゃんも気に入ってくれたかい?」
「……今まで食った中でも一番旨い……」
シド様も驚きながらも一気に完食してしまったようだった。なんというか異次元の味なのだ。……味の世界の奥深さと言う奴だ。
「いい言葉貰ったね。その一言でこっちは大満足さ。あっはっは。」
「おおっ?なんだなんだ?初めて見たんだがおばちゃんなんだこれ?」
「あっ……」
……次もし見かけたら気にしようと思っていたが……まあ、同じ屋台の敷地内なのだから……すぐ逢ってもおかしくはない……はずだ。……再び氷結晶を食べながら……それとなく話が出来たら、してみようか……




