終結へと続く足音
「……」
迷い事などない。いや、迷っている暇などないのだという持論を持つガイアルラですら、頭を抱える様な事もある。今ここに確かに。
彼の手には一通の親書。それも現在同盟関係にあるクノッサル王国国王イールセンその人からの直々の物だった。
元々クノッサルから援軍をこちらによこすという話は出来上がっていたのだが、彼が思ったよりそれは滞っていた。今回の手紙もおそらくそれに関係するものなのだろうと想像してはいたが、流石にそこに書かれていた内容までは彼でも想定の外であった。
……
皇帝ガイアルラ殿
まず初めにこちらから協力を願い出たというのにも関わらず今日の今まで未だ援軍を送る事が出来ていないこの現状を謝罪させていただきたい。
本当に申し訳ない。
こうなってしまった経緯は偏に自分自らの消極性と臆性にあると言うほかなかった。
準備がいくら完了したと思ってもあれが足りないのではないかこれが足りないのではないか。準備が足りていないのではないかと考えるほどに自分の至らなさと準備不足を痛感する事になった。
勇ましく颯爽と駆けつけたガエインに比べて恥ずかしい限りである。そんな我がクノッサルもようやく先日馳せ参じるための準備が完了した。
……だが、これから話す内容が今回このような形で親書を送った原因である。
……我がクノッサルの各領地にて、忌まわしきあの黒い魔物が出没したのである。既に今も国民の多くがその被害に苦しめられている。
それも奴らは単体ではない。……クノッサル全域にわたって神出鬼没に出現しては国民へと危害を加えて来るのだ。
無論即刻自国の力をもってして制圧へと至るべきであるのだが……厄介な事にこの黒い魔物達は、まるで霧のように姿を消してしまうという特徴があるのだ。
突然現れて、人々を襲っては、あるタイミングで突然消え失せる……このような奇奇怪怪な出来事が起こっている最中ではそちらへ援軍を派遣すると言う事が兎角困難な状況になってしまった事は辛くとも言わねばならない事だろう……
心苦しい限りだが、今の我々の現状ではとてもではないがラズリードとの戦いに臨む事は出来かねるのだ……
だが、必ず我々はあの黒い魔物達を排除し、その後に救援へと向かう。
……待てぬと言うのならば、それでも構わない。私は王として、自国で起こっているこの問題を見過ごすと言うわけにはいかないのだ。
……だが、それでも我々を待ってくれると言うのならば、必ずその誠意に報いると約束する。
……手前勝手な言い分と要求であることは重々承知の上である。
だが、今起こっているこの現実を、同盟国のトップである貴殿には包み隠さず伝えねばならないと思った次第である。
どうか、理解と協力を……
……
「……まさか黒い魔物だとは、な。これが身から出た錆、と言う奴なのかもしれん。」
かつて彼はクノッサルを恫喝するために黒い魔物が自分の手先であるかのような言い方をした。……だが、ここに来て、それが自らへと牙をむく事になったのだった。
「……ガイアルラ様、そもそもこの内容が、嘘であると言う可能性は無いでしょうか?あまりにもタイミングが謀ったようなものです。」
「……」
「我々の謀り知らない所でラズリードと結託している可能性は否定できません。」
「……可能性を言い出したら、キリが無い。……同盟を結んでいると言うのに敵国と手を組むとは、国の在り方や姿勢を疑われるような行動に他ならない。思慮深いであろうイールセン王がそこまで腹黒い事をするかどうかは、難しい所であるな。」
「……」
仮に裏でラズリードと結託していたのだとしても、結局ヤシャマにとって不利な事には変わりない。まだ良いパターンは、実際にこの手紙通りの出来事が起こっていてそれを素早く片付けたクノッサル軍が救援に来ると言うシナリオである。
「……結託しているかどうかは別として、どうやらイールセン王の心の中で何かあったのは間違いないだろうな。」
「?と、言いますと?」
「……字を見れば分かるのだ。以前の迷いながらの字ではなく、しっかりと力強く、それでいて意思を感じさせるこの文字を見ればな。」
「……」
シグナリアも見ては見るが、イマイチ彼女には分からなかった。王の資質を持つ彼だからこそ感じる事が出来る才覚のようなものなのだろうか。実際にイールセンはギンガと再会した事で迷いを振り切っている。
「自国の力だけで当初はどうにかしようとしていたのだ。クノッサルの援軍はあれば幸運程度の物だった。……最悪のパターンは想定済みだ。」
そう。信用していなかったわけではないが、基本的にガイアルラは自分の国の力だけで敵を打ち砕くように動いている人間である。そこに他国の力が加わればより容易くそれが成し遂げられると言うだけの話なのだ。
「それに、手を組んだ相手を、疑いたくも無い。どんな手段を用いたとしても、それでも相手を信じたからこそ同盟を締結したのだ。信用できない相手とはそのような対等の関係を結ぶつもりにはなれないのだからな。」
一見尊大に見えるガイアルラではあったが、なりふり構わないやり方が彼をそのように見せてしまうだけで、イールセンやアセンブル王の事を決して無能な人間だなどとは本心で思ってはいないのだ。
「ゴーバスを攻め落とし……そして、この競り合いでラズリードを完全に打ち破る。どのような道を辿るかはいまだ神のみぞ知るところだが、結果はただ1つ……ただ、それだけだ。」
「……はい。その通りです。」
……
「こんな大事な時にこんな事が起こるだなんて……!!」
フェイタルはとにかく慌てふためく。
「本当に、魔物は間が悪い……」
「そんなのんきに構えている場合ではありません!!黒い魔物がどうだかなんてこの世界情勢には関係ないのです!この問題を早急に片付けて早く援軍を向かわせなければ戦争におけるこのクノッサルの立場はどうなる事やら!」
「その通りだ。だからこそ、軍の人間全体を総動員して大陸中の黒い魔物の処理に当たらせている。」
「……黒い魔物だなんて……それも姿形が勝手に消えてしまうだなんて……」
……
「さあってと、んじゃ、適当に散策するとするか。」
慌てふためいているフェイタルと違って隊長ヴェインはのんきなものである。ヒカリや複数人の部下を引き連れて平地を闊歩している。
「隊長の作戦って、これですか……?」
「何をそんな呆れたような顔と声で……」
「そこまで私の心が分かっているなら、最後に何でそんな風になっているかを当ててください。」
「まあまあ、これならしばらくの間はフェイタルを欺ける。何せ戦場に直接出てくる人間じゃないからな。事態については外の情報を聞くしか出来ん。」
イールセンがのらりくらりと救援の準備をゆっくりと進めて、ようやっと行けるかと思った矢先の事だった。ヴェインが黒い魔物の報告をしたのは。
クノッサル領地の広範囲に置いて黒い魔物が確認されている。それを解決して国民の安全を第一に守る事が出来なければ戦う事など出来ない。他国と戦うよりもまず自国の安全を守らなければならないと言う意見には流石のフェイタルも聞き入れるしかなかったのだ。
「突然現れては突然消え失せる魔物……ははは、なかなか上手いだろう。そんな奴が居る事も証明できないが居ない事も証明できない。」
「でもまさか黒い魔物をこんな風に利用するなんて、隊長らしいと言いますか……」
無論、そのような魔物はどこにも存在しない。ヴェインの作った嘘の話である。ある程度各地に手回しをしてそのような魔物を見たという証言をさせれば彼の仕込みは完了だった。
「それで、まさかずっとこの手で引き延ばすわけじゃありませんよね?」
「……最長でも5日ぐらいが限界だろうな。短けりゃ……明日明後日には魔法が解けちまうかもな。」
「……後は、ギンガ君達に委ねるしか、ない……」
「……俺達は俺達のやれる範囲でやるだけの事をやった。後は、他力本願になっちまうがな……」
イールセンとヴェインが時間を引き延ばして作った時間。それでどうにかしてみせるとシドは言った。
その根拠のない言葉に彼らは自分達の未来を託したのだった。
「大丈夫だ。ギンガが付いてれば、な。あいつは出来ない事は出来ないってちゃんと言う奴だ。あいつがやるって事は出来る自信があるのさ。」
「……ふふ、隊長は本当に、ギンガ君の事をよく見てるんですね。」
「大切な弟だからな。それに、あいつの凄さを一番知ってるのは他でもない俺だ。」
「……少し、ギンガ君に妬けちゃいますね……」
「ん?何だ?何か言った……」
「ギンガ君ばかりに気を取られて、隊長の職務をおろそかにしないでくださいと言っただけですよ。」
「そこら辺の線引きは出来る自信がある。俺を誰だと思ってるんだ。」
「分かってますよ。隊長にどれだけ色々引っ張り回されたと思ってるんですか。」
その2人の間柄は上司と部下と言うよりは、ずっと連れ添っている家内のようであった。
……
「さて、今日も今日とてせせこましく進軍するしますかね。時間は有限、私達を待ってはくれないのですからな……」
「ですが、危険を顧みず一直線で進んだ結果、もうヤシャマの城まではそう遠くは無いはずです。」
「けど、城を落とすのは流石に無理でしょー……」
「まあ、火中の栗を拾うと言う事ですな。」
「いきなり皇帝狙いですね。」
「……エッケルノさん、結構デンジャラスよね。」
「……ちまちまと全ての敵と戦うよりも、頭を叩いた方が楽でいいのです。……さて、皆さんの活躍のおかげもあって城までは後いくつかの拠点を残すのみとなっています。まず最初に通過するのはアーガインの町……そして次に……」
「アーガイン……?」
ふと聞こえたその言葉に俺は懐かしさを感じる。
……遠い過去の記憶がリフレインする。
……
……
「……以上が本日の流れとなっています、では皆さんくれぐれも命を大事にして……」
「おい。」
「?何ですかな?何か不明な点でも……」
「アーガインの町へ攻め込むのは少人数にしろ。」
「……」
俺の言葉に誰もがぽかんとする。そりゃあそうだ。俺は何故か理由を話していないのだから。
「アーガインの町は古くからありますが、そこまで資産価値としては高くなく、敵もそこまで守りを固めて来るとも思いません……だから少人数で行くべきと?」
「そうじゃねえ。むしろ逆だ。何が起こるか分からねえ。」
「……」
根拠と言える根拠など、ない。
だが、敵軍にあいつが居て、それでいてこれから一直線に進む先にある町がアーガイン。まるですべておぜん立てされたようなこのシチュエーション……そして、あいつの性格や行動を考えると、俺の中では結論は出ていた。
「いつもの事だと分かってはいるが、わけのわからない事を言って混乱させるな。何か根拠はあるのか。」
「勘だ。」
「話にならん。戦場において勘が役に立つのはギリギリの命の瀬戸際ぐらいなものだ。多くはこれまでの知識や戦術によって……」
「野生の勘……と言う言葉がありますな。」
「……隊長……」
「私の生きてきた限り知る中ではあなたが一番野生に近いですな。」
「誰が野生だ!」
「……だからでしょうかな、例え根拠がそれだけだとしても、信じるに値するだけの説得力を感じてしまうのは。」
「……」
「隊長……ですが、これからの侵攻は刻一刻を争うような物です。あまり無駄な時間を取るわけには……」
「もっともですな。ではどうでしょう。今から2時間、それであなたがどうにも出来ないならば我々全軍でアーガインへと攻撃を行う。」
「……2時間か。十分だな。アーガインへは俺が行く。」
……あの野郎には俺が直々に引導を下してやらなきゃならないと感じるのだ。
「シド様、私も行きます。」
「……」
「もちろんアタシもね。シド1人じゃ美女が現れたら誘惑に負けてお陀仏だもの。」
「……」
「シドさん、僕も行かせてください。危険だとしても、何もしないでここで待ってはいられません。」
当然の事の様にこいつらは俺と共に行く事を志願する。
……俺は、どうするべきなのだろうか。
「……隊長が決めた事なのだから、異論は無い。だが、やはり貴様を野放しにさせておいては何をするのか分かったものではない。隊長に代わって俺がお前を監視する。」
「……お前、付いてくんのか?」
「以前から思っていたが、俺はお前の上司だ。お前などと言う言葉で呼ばれると不愉快だ。」
「部下になった覚えはない。それに、この戦いが終わればそんなわけ分からん関係もご破算だ。」
「以前のような恥を晒さぬようにな。」
……こいつ、うぜえ。
「というわけで隊長、自分はこの男について行きます。必ず2時間を守らせますので。」
「それならば憂いはありませんな。……再三で聞き飽きているとは思いますが、絶対に無理はしないように頼みますぞ。……ちなみにもう2分経っていますな。」
「なっ……!」
……ったく、こんな所で油売ってられねえじゃねえか。つーかもうカウント始まってんのかよ……
「……しゃあねえ、さっさと行くぞ。」
「分かりました。」
「言っとくが全員自分の身は自分で守れ。いいな。」
「はいはいりょーかーい。」
「足だけは引っ張らないようにします。」
一分一秒も惜しい俺はさっさとアーガインへと向かった。後ろには4人程お供が付いているが正直な話飾りと言うか、まあお供だ。
……
恐らくこの戦いが終わった時、この戦争の流れが大きく変わるだろう事を俺はどこか心の中で感じていた。
……そしておそらくあいつも、それを感じながら、それでも、その道を選んだのだろう。




