大冒険その1 怪しい貴族
「おーっし。相変わらず好調だな。さぁて、次は何をサクッと解決するかな。」
「……」
私たち二人は、依頼所でしばしの間くつろいでいた。
……
この人、シド様と行動を共にするようになってから、かれこれ2日経過した。
カンの鈍い私でも少しずつではあるけれど、この世界の常識や、あり方が分かってきた気がする。
まず大きく違うのは、この世界には、魔物と呼称されるモノが存在しているという事だ。私自身も何度かではあるがそれらと対峙した。私が出会ったのは半分ジェル状の蠢く物体であったり、私の世界で言うところの犬や狐が狂暴になったようなモノ達だった。
ただ、私が出会ったそれらは多くの群れを成したようなものでなく、多くても3体程度でしか襲ってこなかった。統率能力的なものはあまり備わっていないのかもしれない。
そして……おそらく、人間であったであろう骨や、まだ原形をとどめてはいるが、この世のもので無くなってしまった人たちもいた。きっと、魔物に、命を奪われたのだろう。そんな日常がこの世界には溢れているのだ。
シド様が受けた依頼の内の一つがその魔物の退治であった。近くにある村の作物に最近危害を加える魔物たちを成敗してほしいとの事でそちらに向かい、シド様がそれらの魔物を片っ端からなぎ倒した。
……100だったか200だったか忘れたが、その位倒したらしい。見ているしか私にはできなかったが、ちぎっては投げちぎっては投げ……そんな感じだった。
ついでにその村で一番かわいい女の子を報酬としていただこうとしたら、その子にはそそくさ逃げられてしまい、実質無報酬となってしまったことも付け加えておこう。
話を戻すと、シド様はそういった依頼をこなすことで生計を立てる、冒険者、という事だった。この世界ではそういう人種は少なくないらしい。
一生遊べるだけの宝を目指したり、ただ冒険という名のロマンを追い求め続ける、はたまた強い敵との戦いを求め続けるような人たちもいるようだ。
シド様はというと、
「世界中の女の子を全部俺のもんにするのだ!」
……と言っていた。そんなことおおっぴらに言う人にホイホイついてくる女性はあまりいないと思うのですが……
もう一つ、私のような異世界からの来訪者は定期的に(?)現れているらしいので、割とこの世界においては普通の出来事らしい。条件などはさっぱりらしいけれど。
それらの人たちは必ずこの案内所がある町、「エイスの町」へと現れ、その後各々それぞれの場所へと旅立っていくのだとか。このエイスの町はこの世界で言うところの中心に位置しているらしい。
あらゆる国とは中立の関係を保っているとかそんなような事も言っていただろうか……あんまり覚えていなかった。
そしてこの案内所は、私のような人に1から10を教える役目の他にシド様のような冒険者向けの依頼の受付なども行っている。
ちなみに案内所担当がセリアさん。依頼所担当がラミさんと言う。二人とも美人だ。
私と違って。
私たちはこの2日で3件の依頼を受け、先ほどその3つ目の依頼を終えたところだった。
「しっかし、お前……えらい弱いな……」
「……そうですか。」
そして私はというと、シド様にとっては足手まといそのものでしかなかった。戦闘面において言うなら私の功績は0だ。いや、マイナスまであるかもしれない。
一応護身用にと、シド様に武器を与えてもらったが、正直やみくもに振り回すぐらいしかできない。私でも一応振り回せる程度の杖の様なものなので威力なんてあってないようなレベルだろう。
当然魔物たちからの攻撃を捌くことなどもできず、その時にはシド様が間に割って入ってくれ、そして受ける必要のなかったダメージを受けさせてしまう。
……まあ、一番大きな要因は、私が、生きようという気持ちがない。という事だ。あわよくば魔物たちの攻撃で気を失ったまま死ねれば、なんて思っている始末だ。そんな人間との冒険はさぞかし疲れる物だろう。
……死ぬときまで周りに迷惑かけなくちゃいけないなんて……本当にバカ……
「まあいいさ、とりあえず1日も早く俺みたいな立派な人間に近づけるように努力するんだな。わっはっは。」
立派とは、あまり思っていません……なんて面と向かって言ってしまえるほど立派な人間ではないのであった……
「じゃあ……これでいいのね?」
「はい……お願いします。それじゃあ……」
?カウンターの方でラミさんと、少し汚れた布きれを纏った、男の子(かな?)が話していたようだった。男の子はすぐさま出ていってしまった。
「……」
ラミさんはどことなく神妙な面持ちをしているように見えた。
「さて、まだ日も高いし、もう1,2個ぐらいかるーくこなすか!ラミ!次の依頼だ!抜群の女の子からの依頼をよこせ。」
「……」
答えなかった。聞こえていないようだった。
「……あの、ラミさん。シド様が。」
「……」
「おーい!!!!無視するな!!!!!依頼だ依頼!!!!!」
「……うーん……」
こちらを見たと思ったら、シド様の顔をじーっと見て、何か考えているようだった。
「軽そう、よね……」
「なんだなんだ!そんなに俺と遊んで欲しいならいくらでも遊んでやるのに!」
「言ってないから……あんた、口、軽いわよね。」
「あ?んーなことない。鉄固めの如く硬いぞ。」
「……どうか、したのですか?」
「ああ、シノちゃん……うーん……シノちゃんがうまく……そうすれば……」
?
「あーっと、二人とも、ちょっとこっち来てくれる?」
ラミさんが手招きする。そこはカウンターの奥の部屋だった。関係者以外立ち入り禁止、的な場所だと思う。
「お、なんだなんだ?お誘いか?やっぱり俺のこと大好きでたまらないんじゃないか。」
「違うから。いいから来て来て。」
私たちは言われるがまま、部屋へとお邪魔する。休憩室?
……
「……ふう、一つ、今さっき入ったばかりの依頼があるんだけれど。」
「……さっきの、子、からのですか?」
「おっと、見てた?そうそう。あの子。」
「なんだ?可愛いのか?」
「男の子だから。」
「ちっ。じゃあ受けん。俺は可愛さ抜群の女の子からの依頼って言ったんだぞ。」
「……実は、この依頼は、絶対に、他言無用でお願いしたいものなの。」
「いや、だから受けんって言ってるだろうが。」
「……他言、無用、ですか?」
「守れる?」
「いや、受けん、って……」
「……正直、内容を聞かないと……なんとも……」
「そう、よね。」
「勝手に話を進めるなー!!!可愛い女の子絡みじゃないと受けなーい!!!」
「一応……それ絡みもあると思うわ。」
「よし、受けよう。それを早く言えと言うんだ。はっはっは。で、どんな女の子だ?」
「……他言無用、守れる?」
「ああ、守る守る。」
「……はあ……大丈夫かしら……」
怪訝な表情だが、意を決したのか話しはじめた。
「大事な話は、この依頼に関わっていると思われる、とある貴族なの。」
「貴族、ですか。」
「ベレストラン家っていうんだけど、シノちゃんは来たばかりだから分からないかもね。」
「俺も知らん。」
「……あんたは知ってなさいよ。まあ、有名な大富豪の家でね。知らない人は居ないぐらい有名なのよ。ただ……こういう家にはありがちな、黒い噂もあってね……」
黒い、噂。
「色々あるけど、一番有名なのが、人攫いの噂かしらね。時たま人が忽然と消えたりするのが昔からあるのよ。3,4年前ぐらいからかな。まあ、決定的な証拠があるわけじゃないし、根拠もこじ付けみたいなものばかりだから真実は分からないんだけれどね。」
「……おいおい、いつになったら女の子は出てくるんだ。」
「あんたが何にも知らないから説明してあげてるんでしょうが、ちょっと待ちなさい。」
「……私たちは、そのベレストラン家の方々を、調査すればいいのでしょうか?」
「うん……まあ、ざっくばらんに言えばそういう事ね。」
「ならさっさとそういえばいい、回りくどいぞ。」
……
「……なんで、他言無用、なのですか?」
「……これは、依頼所を任されてる私たちぐらいしか分からない事なんだけれど、ベレストラン家の黒い噂……それらはちょっと危険な感じがするのよ。」
「危険……ですか?」
「3,4年前から噂が立ってるって言ったでしょう?その最初の人が居なくなったとき、もちろん依頼は出たのよ。居なくなった人を探してくれって。だけど……その依頼は、無かったことになってしまった。」
「なんだそりゃ。」
「依頼っていうのはまず依頼人が私を通して依頼して、そのあと依頼所の上層があるんだけど、私がそこへと依頼を通してその後、あなた達冒険者の目に触れるようなシステムになっているの。」
お役所的な事務仕事みたいなものなのかな。
「このエイスの町がどことも協力関係を結ばない独立した町なのはその辺の都合があるからね。だからここではどこの誰へでも関係なく依頼が発生する。貴族でも平民でも。そこに差はない。」
「本当かよ?王様とかにもか?」
「……うーん、まあ正直そこは、少しグレーゾーンね……一応依頼を出すことは出来るけれど、たぶんそれを依頼した人間がすぐに対処されちゃうんじゃない?まあ、だから出さないってわけ。」
武力で威圧するようなものなのだろうか。そのあたりは、どこでもやっぱり同じなんだ。
「後、明らかに不当な殺しの依頼とか、倫理的に問題があるような依頼はそもそも上層で跳ね除けられちゃうから。」
「……では、その時の依頼は?」
「うん……誰の目にも触れられることなく、無かったことになっちゃった。でも、私が見た限りは、よくあるただの人探しの依頼程度で、ベレストラン家の事なんてまだ影も形もなかった。それなのになぜか闇に葬り去られてしまった。」
……
「……依頼人の方は?」
「依頼人の人は、その後、現れなかった。」
「……消されたのか?」
「さあ、どうかしら。……それからも人が消える度、私のもとへと同じような依頼が届くのだけれど、同じ顛末を辿るだけなの。上で揉み消されてしまう。」
「依頼人も、消えてしまう……」
「ちょーっといやーなところに足を踏み込んでるような気がするでしょ?さっきの男の子も同じ依頼を持って来たの。自分のお母さんが消えてしまったから、探してほしい。だって。」
「ふーん……美人なのか?」
「……自分で確かめたら?」
「そりゃそうだ。おし、分かった。」
「ベレストラン家が、怪しい、というのは、なぜなのですか?」
「……調べていけば、分かっていくと思うわ。まあ、どこまで行っても噂の域を出ないんだけれどね……」
そうは言いながらも……何か確信めいたものがあるような言い方だった。
「……では、あの子も、危険、ということですか?」
「上に提出したら、そうかもね。だから私はとりあえずこの依頼をしばらく保留にしておく。私の方でチェックなどがあるとか言って引き延ばしておくから。」
「いっそ捨てちまえばいいんじゃないのか?」
「……それが出来ないのが組織ってものなのよ……」
ラミさん、少し苦々しい表情だ。
「私自身だって、後味悪いのは嫌だし、あの子のお母さんだってまだ、いや、もしかしたらこれまでの人たちだって無事かもしれない。出来る事ならみんなを助けてあげてほしいの。お願い、出来るかしら。」
……聞くほど気味の悪い話だった。目に見える魔物の方がずっとマシかもしれない。正体がわからない恐怖、ほおっておいたら、いけない。
「おお、分かった分かった。で、お前が言ってた女の子は?」
「……もう!真面目に聞いてるの!?」
「だから回りくどいと言っているだろうが。女の子の話を先にしてくれたら内容なんてどうでもいい。」
……ラミさんの頭の上にモジャモジャマークが見えるようだった。
「……ベレストラン家の現当主、ベレストラン・ヤマには美人3姉妹と言われている娘がいるの。まあ、私なんかは見たことないけれど、それを見た人たちは口々に……」
「おお!!!!!それだそれ!!!!さっさとそう言えばいいんだ!さっさと行くぞ。その3姉妹はどこだ?」
「……はぁ……くれぐれも気を付けてよね……」
場所を記した紙だろうか?それをラミさんは渡してくれた。
「シノちゃん。冒険者になりたてのあなたにこんなこと頼んじゃうのは、良くないのかもしれないけれど……シドの事、よろしくね。」
浮かれているシド様を尻目に、小さな声でラミさんは私に耳打ちする。
「……私が、ですか?」
「うん。こいつ、こんなだけれど、強さだけは凄いから。ただ……女を見るとパッパカパーだから、シノちゃんが見ててあげてほしいの。」
「……出来る限りは……」
「うん、それで十分……シノちゃんも、気を付けてね。」
「……はい。」
「おっし!!んじゃあ行くとするか。待ってろよ美人3姉妹!!!」
……ラミさんはやれやれといった感じに、肩を落とした。