地の底で
まいった。
……シド様を助け出そうと決意してから、何もできないまま1週間経ってしまった。私は食べたり起きたり、たまにお仕事を手伝ったりな生活を繰り返してしまっていた。
この場所を褒める理由も頷ける。私みたいな人にもこの町はとにかく住みやすい。基本的にここの女性たちの間に身分などない。みんな平等だ。なるだけ働く量も平等になるように、そしてみんながみんなの為に住みやすい町づくりを目指して日々輝いた顔で生きている。
この部分だけを見るなら確かに理想的な町と言えるのかもしれない。……下で大変な思いをしているシド様を思うとそんな事言ってはいられないけど……
ただ、シド様は元気な様子だとは聞いている。地下に行く度毎回毎回めげずに立ち向かってくるそうで、安心した。
「なんだかんだ、ここの生活に慣れつつあるようですね。」
「カラリーサさんですか。お菓子がおいしいです。」
「……それは何よりです。たくさん食べてくださいね。」
……カラリーサさんはこの町の便宜上のリーダーと言う事らしい。まあ、皆対等なので、本当に形上だけらしい。
「よろしいでしょうか、また、男が3人遺跡にやって来たようです。今、セフシアが動向を追っています。」
「……そうですか。では、いつも通りにしましょう。」
「欲深いようならば……ですね。」
「はい。お願いします。カラマ。」
「分かりました。そのように……」
……今更どうしようもない話だが、もし私たちが地下へ行くのをやめていたならば、捕まえるようなことはしなかったようだ。欲深い男たちだけを捕まえるというのは、そういう事らしい。聖域に立ち入る者には裁きをと言ったところか。
……それなら看板とか置かない方がいいんじゃないだろうか。来てほしいのか来てほしくないのかよく分からない。大体ラズリードの人は立ち入り禁止で冒険者は自由なんてのも今考えるとおかしな話だ。
……
カラマさんは颯爽と行ってしまった。私たちが最初にこの遺跡であった女性はセフシアさんと言う。基本的には彼女が誘導の役割を担っているらしい。そしてカラマさんはこの町で一番腕の立つ防衛リーダーと言う感じらしい。地下の人たちへと食料や水などを運んだりするのもカラマさん率いる防衛団が行っている。
……防衛団に入れば、地下に行けるだろうか。
「ええと、防衛団のメンバーは募集していますか?」
「……分かっていると思いますが、地下の男を出すようなことをしたら……」
「……つー……」
「……目が泳いでいますよ……あの男の事は忘れた方がいいですよ。なんであんな男の事構うのか……」
……私が生きるために、ひいては死ぬために必要な人なのだ。それが無くては私の未来などない。
しかし私ももう少し演技がうまければよかったのだが、どうにもついつい正直に言ってしまう。てへ。
……仕方ない。とりあえず、今日は……看護の仕事に行くとしよう……
……
……
……
「ありがとうございます。ごめんなさい……」
「?」
ここは、看護室。
「いえ、私……その、こんなだから、食べ物も一人で食べられなくて……」
……この人は、手が動かないのだ。だから私が食べさせてあげている。……ちょっと辛い気持ちになる。
「……私、お父さんに、ムカつくからって……たくさん叩かれて……ある日、手が、動かなくなっちゃって……ずっとこんな風に……迷惑かけて……みんなに申し訳ないです……」
元々ラズリードに住んでいたらしく、見かねたここの人たちが半ば強引に連れ出したらしい。……彼女にとっては救いでもあったが、やはり申し訳ない気持ちで日々過ごしているようだった。
「……私は一緒に居た男に面白半分で目を抉り取られた……最悪な男だった。」
「お金……奴隷……ああ……もう……嫌……」
ここには、この人のような体に傷を負った人や、心に傷を負った人たちがいる。彼女たちは、被害者なのだ。
……苦しい思いをしている女性たちを救いたいがためのこの町。
ゆくゆくは多くの国の苦しんでいる女性たちを救うのが目標なのだそうだ……
……この町のあり方について、私がどうこう言えることはない。正しいとは、思えないが……間違っているとも……私には言えない。なら私が出来ることは、見なかったことにして、ここを立ち去ることだ。不干渉が一番ベストだと思う……
……
……
……
「どうして、地下へと食べ物などを届けるのですか?」
休憩中にノノノンさんに聞いてみた。もし苦しめるつもりならば水も食料も与えないと思うのだが。
「……それをしたら、すぐ死んじゃうから。ジワジワ、殺していくために。そして、恐怖と苦痛と屈辱に塗れさせる為に。私たちが味わってきた痛みを長い時間、じっくりと与えるために。」
……この人も、結構根が深いようだ……ちなみにこの人は捕縛魔法という物の使い手で、大抵の人は身動きが取れなくなるほどの魔法らしい。シド様もイチコロだとか。
「……あの、シド様にお手紙は出せますか?」
「あの男に?……罵倒の?」
「ええ、それはもう。」
「……嘘っぽい。」
……嘘だけどそんなに嘘っぽい?
「カラリーサが、オッケー出したら、いい。」
……さて、どんな手紙を出せばいいものだろう。
……
……
……
「ぐぐぐ……ちくしょう。」
カラマ達がやって来るたび何度でも懲りずにシドは立ち向かうが何の成果も得られない。むしろ疲弊していくばかりだ。
「兄ちゃんよ。いいかげん歯向かうのはよそうぜ……アイツらに目をつけられてもいい事ないぜ。」
そんなシドであったが、他の男達には、短い時間ながらも活気が戻ってくる効果を及ぼす。
彼らとて、このままでいたくはない。反逆心はありながらそれを発揮できないだけだ。真っ向から立ち向かって行くシドを応援したい気持ちになるのは、当然の成り行きかもしれない。
「ったくアイツら……どんだけ偉いってんだよ。女の分際で。俺たちは奴隷じゃねえってんだ!」
内に潜めていた不平不満がシドが来る事によって表面化していく。
「……俺たち全員、力を合わせれば、アイツら10人をどうにか出来ねえか?」
この階層には100人余りの男がいる。力を半分程度に弱体化されていたとしても全員ならば50人分の力と変わる。……そう考えれば不可能な事では無いように思える。
上の階層にはもっと多くの女性たちが居るが、人質を取るなりの手段を取れば……
「このままこんな暮らしを続けるくらいなら……いっそ、思い切ってやらねえか!?」
……出られるものならば、そして、女達へ復讐出来るならば。溜まったフラストレーションは男達を一致団結させてゆく。
「(アホくせえ……)」
盛り上がる男たちをよそにシドは呆れていた。そもそもシドは彼らとは目的が違えていた。ここから出ることなどもとより確定事項。その上で女性たちを自分にメロメロにさせる事が現在の目的だ。彼らと協力したとしてそれが何になるのか。数にものを言わせて女性たちが自分にどういう目を向けるのか。卑怯者とか罵られて終わりだろう。全然全然うまくない。
しょせんここにいる男たちなど力のない奴らなのだ。やりたい事があってもそれを行動に起こせない。シドが来たから出来るなどと言うのは、はっきり言ってただヒロイックに盛り上がっているだけでしかない。
「(……ん?おお、そうか。なるほどなるほど……)」
「よし、俺も協力してやろう。」
「当たり前だろう!?あんたが協力してくれなきゃ無理ってもんだぜ。……見てろよあいつら、後悔させてやる。」
目の前の幻想に酔った男たちには、シドが彼らを利用しようとしている事には気づかない。
……
今日も今日とて水分などをカラマ達は運びに来る。
だが、今日の男たちはいつもとは様子が違う。もちろん表情には出さないが、心は血気に溢れている。
「……今日の分だ。」
「……」
いやに男たちが、多く集まっている。と言うか、全員がこちらを睨むような視線で見ている。
「……何か用でも?」
「……」
何も答えない。……彼らが何かを企んでいるのは明白だった。……大方数にものを言わせて私たちを襲おうとでもしているのだろう。……浅はかだ。だから男なのだろうが……そもそも水や住む場所を与えられていることがどれだけ私たちから施しを得ているのか分かっていないのだろうか……
「何かあるなら言うといい。」
「……俺たちは、奴隷じゃ……ねえええええ!!!」
「うおおおおおお!!!」
「やっちまええええ!!!!」
一人がその言葉を放つと、周りの男共も一斉にこちらへと走り出してきた。……馬鹿だった。自分たちの力量差も分からないか。……結局大勢でどうにかしようとするのか。それならまだあの男の方が、一人で向かってくる分立派という物だ。まあ、どんぐりの背比べだろうが……と言うか、あの男が見えない。まあ、いいか。
「ノノノン。」
「封縛。」
「うぐぉ!!!……ふざけんなあああ!!!」
……ちょっとだけだが、封縛の魔法に抵抗がある。……死にもの狂いと言えば死にもの狂いなのかもしれない。
力の落ちた男たち相手ならば一度に10人に封縛をかけることが出来るのだが……今はせいぜいその半分ぐらいと言ったところか。残りの男たちは特攻してくる。
「……さて、おいたが過ぎる男たちに、罰を与えるぞ。いいか、お前たち。」
さじ加減は心得ている。殺しはしない。だが……だいぶ痛めつける。
……と思ったのだが……何とも意外な男によって、その歩みは食い止められる。
「おらああ!!!!!」
「おわッ!!!な、何すんだあんた!?」
仲間割れだか何だかわからないが、あの男が集団の一人にとび蹴りを行った。……何だと言うんだ。何かの作戦か?
「ええいやめろやめろやめろ!!お前ら集団で寄ってたかって恥ずかしくないのか!!」
「は……はぁ?」
「いいからてめえらは黙ってろ!!」
カラマはどうしたものか……流石にあっけにとられる。
だが、ここまで男たちの作戦通りであった。一見内部分裂したように見せて、シドが彼女らに近づき、仲間の一人を人質に取り、その隙に再び突進すると言う策だ。
「……何の真似だ。」
シドはカラマの元へと歩み寄る。
「うーん……やっぱり美人だ。」
「……そんな事、お前にいくら言われても全く嬉しくない。だからもう口にするな。」
……シドは感じていた。同じ男たちの中にあっても、彼女らの自分への評価は間違いなく少しづつ上がっていることを。ほんの少しだけ、自分へのガードが緩まっていることを。
……そして俺が人質を取るなどと言う卑怯な作戦を取らないであろうという事を。
「……」
「……」
男たちは固唾を飲んで見守る……
「……」
「……」
シドとカラマは、ただ、互いをけん制し合う。……見つめ合う。
「……な、なんだ。」
……あまりにも長い膠着だったので、居た堪れなくなったカラマから口を開く。
「?いや、後は何もないが。」
「……なんだそれは……」
「それとも夜になったら俺と一緒に遊ぶか?」
「……何を寝ぼけたことを……」
……なんともふてぶてしい男だった。
「……まあ、周りの男たちと比べて、少しは利口という事か。」
「あいつらと一緒にするな。俺はいつだって一人でお前らを倒せるさ。」
「……ふっ……まあ、口の減らない男だが、それでも他の男たちよりはましだな。」
男たちはどこまでが作戦なのか分かりかねていた。とりあえずシドが人質を取ったら再度攻撃の態勢を取るのだが……女と軽口を叩き合っていて一向にその気配がない。
「……手紙を、預かっている。」
「あ?手紙?」
「シノからだ。……こんな地の底に落ちたお前の事を未だに想っていてくれているのだ。お前は、罪深い奴だ。」
「……ふん。」
シドは手紙を受け取る……彼女らに、もっとも接近する。これ以上ない、絶好の機会だ……男たちは再び身構える……
「まあ、何事も無かったからな、今回のお前たちの騒動は、見なかったことにしてやろう。こっちも無駄な体力など使いたくはないのだからな。」
そう言い放つと、彼女たちは扉の方へと向きなおり、上へと戻ろうとする。
今しか、ないッ!!
シドが動くべきタイミングは、まさにここしかない!!男達はこの緩んだ空気こそシドが作り出した絶好の機会なのだと悟るッ!
……
……
……
そして、女たちは帰って行った。
……
「お、おい、帰っちまったぞ。」
「……ちょ、ちょっとあんた、作戦はどうなったんだよ。」
「……ふっ。甘いな。まだ、その時じゃない。」
「はぁ!?」
「……今のやり取りを見たろ?あいつは俺にだいぶ心を許しつつある。という事は、あいつは結構ちょろいやつだってことだ。」
「……だから何なんだよ。」
「つまり、あいつはもう俺にメロメロだって事だ。俺の虜だな。」
……
……彼を信用したのが、そもそもの失敗だった。男らはシドが彼女らにカッコいいところを見せるための当て馬にされただけだった。
怒りを通り越して、呆れの感情がこのフロアを満たしていった……




