これまでの全部で挑む試練
光が射しこむ方へと足を踏み入れて行く。そして、たどり着いた先にあったのは、壁一面が結晶のような透き通る氷で作られた巨大な空間だった。
「なんだこれは……」
「こんな場所が……」
……とても自然に出来たものとは思えない。だが、人が作ったものとも思えない。ならば残るのは……
「そんな恰好で寒くは無いのか?」
「っ……」
精霊しか、ないだろう。俺達4人の誰のものでも無い女性の声。俺達は揃ってそちらへと視線を移す。
「私が見えているようだな。とすればお前達は、精霊術師という事になる。」
「……めっちゃ美人じゃねえか。」
「全く持って同意見です。氷の精霊……まさにブリザードプリンセスですね。」
全身青の衣服に身を包んでたなびく青みがかった髪もまた麗しい。……だが何より鋭い目つき、その中に感じる闘志のようなものを秘めた熱い目が気に入った。
「最近の精霊術師は軟派なようだな。前に来た男はもう少し真摯な紳士だった。」
「前に来た人って……」
「言っても分からないかも知れないが、その名はハイルーン・マリーガ。かつてこの地を訪れた精霊術師だ。」
「ハイルーン……その名前は、リアンの、お父さんの名前なのです。」
「……」
「だが精霊術師でない男も一度だけここに来たか。その男が来たのはハイルーンが来たよりも更にずっと昔の話だがな。」
「その人物……もしかして、アレヴィと言う方ですか?」
「さあな。名前など分からない。勝手にやって来ては勝手に帰っていっただけだからな。」
「そうですか。」
こいつの想像は恐らく正しいだろう。ゲンガー病を治すにはここにあるアンブロサムの葉が必要なのだ。ならばそれを手に入れるためにここを訪れなければならない。もっともそいつには精霊は見えなかったようだな。
「だが、その男も気は良さそうな男だった。見えない私に謝罪しながらこの場を立ち去った事は今もよく覚えている。」
「謝罪……ですか?」
「……あれを見るといい。」
精霊は壁際を指さす。そこには雪の結晶の形をしたものが生えているように見えた。
「あれは……」
「あれは、アンブロサムと言う植物だ。と言っても、私が勝手にそう名付けただけだが。」
「アンブロサム……」
……どうみても植物には見えなかった。どちらかと言えば鉱石に近いように見えるが、結晶の中をよく見ると植物のような物が見える。リアンの親が残したノートに描かれていた物と大体相違ないものだ。
「その男はどうやらそのアンブロサムが必要な様子だった。私がここで栽培したものを勝手に持って行かれるのは少々癪とも思ったが、だからと言って私が力を使って追い返すと言うのも道理に反する。黙って見過ごそうとも思ったのだが、その男は開口一番こう言った。こんな立派な植物が自然に生えてくるわけも無い。丹精込めて育てた植物なのだろう……だが、誰が育てているのか分からないが……これがどうしても必要なのだ。何も言わずにこのアンブロサムを持って行ってしまう事を許して欲しい……とな。私の姿も声も届いていないと言うのにそんな事を言うものだからむしろいい気分だった。何に使うのか知りもしないがそれ程必要としている者ならば喜んでもって行って欲しい気持ちにすらなった。」
「なるほど、それは確かに、気のいい人かも知れません。」
「そうして結果的にゲンガー病を治すに至ったわけですか。歴史に名を残すだけの事はある人みたいですね。」
「昔の事なんてどーでもいいさ。それより俺達の用事を済ませるぞ。」
「……心にゆとりのない男だな。まあいい。観光目的でこんな場所に来たわけではないだろうからな。用があるなら言うといい。」
「あ、あの、私、ソーラ……ソーラ・シードと言うのです。……立派な精霊術師を目指しているのです。」
「……そのようだな。その印は間違いなく精霊術師の物。……もしや、他の者達は精霊術師ではないのか?」
「精霊術師はソーラさんだけです。僕達の事は基本的にお構いなくです。」
「……精霊術師でもないのに私の姿が見えるとは、それはそれで変わった人間達だ。それとも、時代が移り変わって精霊術師でなくても見えるようになったのか?」
「俺達が凄いからよーく見えてるだけだ。」
「……なるほど。まあ、いい。私の名はトキア。氷の精霊をやっている。それで精霊術師ソーラ、私に何の用だろうか。」
「……私と、契約をしてほしいのです。」
「道理だな。……では精霊術師ソーラ。これより試練を与える。それに見事打ち勝つことが出来れば契約を履行しよう。」
「……お願いしますのです。」
「時にソーラ。既にいくつかの精霊との契約は済ませているのだろうか?」
「あ、す、少しだけなのです。6人と契約させてもらったのです。」
「6人……」
「あ、あう……まだ駆け出しなのでそんなに多くは無いのです……」
「数はあまり重要ではない。どれだけの力を持つ精霊と心を交わしてきたのか、それを見せてもらいたい。」
「力……心……」
「私は今から全力で技を放つ。それを自分の持っている力で打ち消すか、あるいは打ち破れば、試練を乗り越えたとしよう。」
「……打ち破れなかったら……」
「死ぬ覚悟でいてもらいたい。」
「っ……」
「だから強制などはしない。絶対に出来ると言う自信が生まれた時に改めてここへ来ても……」
「やるのです。」
「……見た目に反して、思い切りが強いのだな。それとも……根拠のない自信でもあるだろうか?」
「……むしろ、今ここでやめたら、一生ダメな気がするのです。……今日この日この時、ここで逃げないために私は……私達は努力を続けてきたのです。……ここで逃げたら、リアンに、顔向けなんてできないのですッ!」
「ソーラ……」
冷え切ったこの空間において、ソーラの心は確かに熱く熱く燃え盛っていた。それはその光景を見ている俺達の心にまで伝わってきた。
「いい心を持っている。ソーラ。貴方のような人物にこそ、この試練を突破して欲しいと心から願う。」
「……絶対、やって見せるのです。」
「無論、手加減は無しだ。」
「手加減なんかされたら……本当の契約にならないのです。」
「見事だ。」
「……シドさん達は、離れて見ててほしいのです。」
「……ソーラ。」
シノは不安を隠せない様子だった。むしろ実際にこれから精霊と対峙するソーラの方が落ち着いているまであった。
「大丈夫なのです。ここまで連れて来てくれたシノ達の為にも、しっかりやるのです。」
「ソーラさん、頑張ってください。」
「頑張るのです!」
「……」
「……」
「……じゃあ、下がるか。」
「シドさん!!ここは最後にバシッと私に頑張れの言葉を贈るところなのです!それも言わないで下がっちゃうのは無しなのです!!」
「……いつも通りやれ。」
「いつも、通り……」
「普段通りの力でやれば出来るだろ。別に心配なんかする必要も無い。さっさと終わらせてこい。」
「シドさん……ありがとうなのです……」
……適当に言ってるだけなのに、えらい感銘を受けたようだ。……ソーラの強さを俺はよく知ってる。全力を出した時のあいつの力は並ではない。
言葉をかけ終えた俺達はソーラから離れる。後は精霊が動くのを待つだけか……
……
「あの三人は、どういう関係なのだ?」
「……大切な仲間で……友達なのです。」
「そうか。軽薄そうかとも思ったが、いい仲間でいい友達のようだな。」
三人共私を見ていてくれている。遠くにいたって、こうやって勇気をくれている。その想いがあれば、怖くなんてない。……リアンの為にも、こんな所で躓いてなんかいられない……
「準備は、いいだろうか。」
「いつでも、オーケーなのです。」
「……この試練が終わった時、再び言葉を、そして心を交わせるように祈っている。」
……そう告げると、彼女もまた、私から距離を取る。そして、彼女の体へと強大な魔力が充填されていくのを感じるッ!!空気が……震えだす!
「……ソーラ・シード……私の全身全霊を込めた一撃……見事退けてみるがいい!!!」
「ッ……」
私も身構えるッ……右手に炎の力を蓄えるッ……!
「くらうがいいッ……氷滅のメテオビュート……!!」
彼女の手から……魔力の塊が解き放たれる……それは目には見えない程薄く……だがしかし絶対なる殺意を秘めた凍気!それを迎え撃つにはやはり……
「行くのですッ!!!」
圧倒的な火炎の力!!持ち得る全ての力を込めた炎を私は放つ!!
「……なるほど、ここまで歩んできた道のり、決して楽ではなかったようだな。」
「うっ……くうっ……」
……思った以上に……重いっ……だけど……なす術も無くやられるという事は避けることが出来た……彼女の魔力を私は己の魔力で受け止める事に成功していた。……ここに来る前からずっと考えていた。もしこういう形の試練になったら自分がどうすればいいのかを。
氷は、溶かしてしまえばいい!
「後は……溶かし尽くす……だけなのです!!!」
私は全力にさらに全力を重ねて力いっぱい右手に力を込める!!現在相殺出来ているなら、プラスの力を加えれば押し戻す事が可能なはず!
「くっ……このままでは……」
その言葉を発したのは、彼女だった。その言葉はこのままでは自分の魔力が打ち負けると言う物だと思ったが、そうでなかった事に次第に気づき始める。
「……あ……あれ……こ、こんなはずじゃ……」
おかしい……一時は押し戻す事が出来ていたはずなのに……次第に再び魔力は私の元へと向かって襲い掛かろうとしている。
「……ソーラ・シード。このままでは、あなたは死んでしまうだろう。」
「……私が……死ぬ……」
……さっきのは、このままでは、私が死ぬと、この身を案じての言葉、だったのだ。
「……今あなたが放っているのは、現在あなたが出来る限りの限界を込めた力。」
「……」
「だけどその力では、この技を打ち破ることは出来ないだろう。」
「……」
「越えるのだ、自分自身を。己の限界を、更に越えて。」
「……限界は……もう、越えてるのです……」
「越えるのだ!!生き残るのだ!!破って見せろ!!この技をッ!!!!」
……その言葉に、ふと、頭の中が、クリアになった。
……どうして、左手は今がら空きなのだろう。両手で魔力を使っちゃ駄目だなんて決まりはない。ただ何となく右手だけで撃っていただけだった。
結局のところ、片手で撃とうが両手で撃とうがエネルギーの総量は決まってしまっている。右手から100%の力を放つのと両手でそれぞれ50%で放つのが結果的には同じように。
……限界を、もっと越える。それは数値だけのものじゃない。
「……炎の力だけじゃ、足らないなら……」
……そこに更に加えれば……
「……風の……力も……使うのですッ!!!」
私は右手の魔力を維持しながら、左手には風の魔力を纏ってそれを打ち放つ!!
「……両の手で、それぞれ違う魔法をッ……」
だがそれでもそれぞれのエネルギー総量は100%でしかない。
「これを……合わせる……!!」
普通ならば不可解な行動だと思われるだろうが、私は私の中の私の閃きに身を委ねて、魔力を維持しながら両の手を、合致させる。本来ならば向かってくる技を防ぐ為に放出していた魔力が無くなり遮るものが無くなった為こちらへ直撃するはずだったが、私の両手がそれを拒んでいた。
「……っくううううッ!!」
あまりの勢いに握った拳を離してしまいそうになるが、私を支えてくれた人達の事を思うと絶対に離せなかった。私は力を込めて両の拳を押し戻し……
「くらうの……ですッッッッ!!!!!!」
力任せに両手の魔力を解き放った!!!
……その瞬間……体中の力が抜け、意識がどこかへ飛んで行ってしまうのを感じた。
これまでにない、虚脱感……これ、もしかして、死んじゃうの……ですか……?
……
「大したものだ。ソーラ・シード。」
ソーラの撃ち放った魔力はトキアの放った技を一閃に貫きながら壁を突きぬいていった。もしトキアに実体というものがあったならば間違いなくその命は一瞬にして奪われていただろう。
だが、その最高の瞬間を見届けるより先に、当の本人は倒れてしまっていた。
そんな彼女の傍にすかさず駆け寄る仲間達の姿を見てトキアは一言つぶやいた。
「……友達で、仲間、か。」
誰も知る事も無いが、氷の女王のような外見に秘めた熱い心にソーラ達は青く燃ゆる炎を灯したのだった。




