底深き処に道は続く
「さて、合流したばかりで何ですけど、今どんな状況ですか?」
顔は目立った外傷が残りやすいのでボディを狙った攻撃を加えてしばらく悶えうっていたがしばらくすると回復したようでこいつはいつもの調子に戻っていた。
「微精霊さんが精霊さんの所に案内してくれるみたいなのです。」
「微精霊……ああ、なるほど、何となく分かりました。という事はもしかして、僕を見つけられたのもその微精霊とやらのおかげなんですか?」
「鋭いですね。」
「この広い雪山を手探りで探すのは無謀ですからね。」
「俺らが見つけられなかったらどうしてたんだよ。」
「適当な時に這い出てゆっくりと雪道を下って行こうかと思ってました。」
「……だろうな。お前はそういう奴だよ。」
「褒めてくれてるんですか?」
「知るか。」
「全員揃った事ですし、これで精霊さんの所に行けますね。」
「エイル君……本当に大丈夫なのですか?傷、痛まないのですか?」
奴の体に出来たものは命にかかわるものでは全然ないが、一応傷と言えば傷なのでシノとソーラが手当てを行っていた。
「見た目ほど全然痛くありませんしね。」
「結構痛そうでしたが……」
「当たり所が良かったんですよきっと。シドさんは分かってますよね?」
「……ふん。」
2人の傷を抉ってしまう事もあるかも知れないから言及はしないが、俺はあいつがシノを庇って攻撃を受けた時にそれ自体が命にかかわるもので無い事は一目瞭然だった。
脇目にその光景を見ていたが、斬られたにしては出血の量は大した事も無かった。戦い慣れていないソーラにとっては血が流れただけで大怪我と感じてしまったのかも知れないが、あの傷は防御しながら受けた傷だ。無防備な所にあの攻撃を受けたらあの程度では済まないだろう。
だが、不思議なのは、その防御方法である。あいつが受けた攻撃はそこそこの威力のある攻撃。シノを守る形で飛び込んだあいつの体勢ではそもそも防御態勢など取れないのだ。それでいて攻撃を受けたのにあの程度の傷で済むと言うのは不可解極まりない。
……遠くで戦いの最中だったからよくは聞こえなかったがあいつが叫んだ何らかの言葉……あれが例えば防御の魔法か何かの発動キーだったと考えるべきか。隠し事の多い奴だからこうして一つ一つ勘ぐってしまうのは仕方のない事だ。
「さて、ようやく精霊の居る場所の手掛かりが見つかったんです。行きましょうか。」
「エイルくん、無理しちゃ駄目ですよ。」
「はは、その時はちゃんと言いますから大丈夫ですよ。」
……目の離せない奴だ。
……
魔物も居なくなった雪山をソーラの案内に従って進んでいく。もはや獣道と行ってもいい程の困難な道のりを歩いていく。そして、ぽっかりと穴の開いた入り口のある場所へとたどり着いた。
「横穴か。」
「この中だそうなのです。」
「なるほど、確かにこの場所に来るためには、普通に歩くべきルートを大幅にずれて行かないといけませんね。普通ならばこんな所にはたどり着くことは出来ないでしょう。」
誰の手も行き届いていない洞穴の中、明かりも存在しない。俺達は持ち物から明かりをつけて道を進んでいく。
「……何も、居ないな。」
「モンスターも居ませんね。」
「でも、進むにつれて、何と言うか……不思議な感覚が増しているような気はします。」
……精霊の居る場所は独特の空気に溢れているのを俺は感じていた。距離を縮めるにつれてその気配が濃くなっているのだ。
「って……なんだ、これ。」
「崖……ですか?」
「……」
突然進むべき道は形を失い、代わりに底が見えない程の大穴が広がっていた。
「……この下って、言ってるのです。」
「……」
微精霊が、何よりソーラが面白半分で嘘を言うとは考えづらい。ならばそうなのだろう。
「……どれくらい、深いんでしょうか……」
「ま、降りて見れば分かるだろ。おい、ロープだ。」
「分かりました。」
崖なんて洞窟にはありふれたものだ。当然降りるための準備だって出来ている。シノに荷物からロープを取り出させる。
「よいしょ。よいしょ。」
「?どうして2本ロープを用意するのですか?」
ふと疑問に思ったソーラがシノへ質問する。
「どれくらいの深さがあるか分からないのでその時は繋ぐために使います。そして……」
手ごろなでっぱりにロープを縛り付けるとシノはもう片方を崖の下へと下ろす。
「この硬さなら大丈夫そうですね。よいしょよいしょ。」
自分で垂らしたロープを掴んで崖下の壁に小型のハンマーで杭を打ちつけていく。
「仕上げです。」
そして打ち付けた杭に二つ目のロープを縛り付ける。降りるためのロープが二組出来た事になる。これで降りる準備の完成である。
「なるほど、こうすれば2人同時に下りられるのです。」
「そうですね。後は、最初に下ろした方のロープは人目に付きやすいのでモンスターに切られたりしてしまう恐れがあるので、2つ目のロープは見えにくい場所に作るんです。」
「そんな理由もあったのですか!ためになったのです!今度リアンに教えてあげるのです。」
大した知恵でもないと思うがな……それにもし最初のロープが外されていたら崖の上には魔物が居るって言う事になる。そしたらのこのこロープを使わないで別の登る手段を探すのが普通だ。2つ目のロープはどうしても道が見つからない場合の緊急経路と言ったところだ。
「まあ、ここには魔物は居ないようだからその心配も無いだろうが、一応な。んじゃ、ちょっくら降りてみるとするか。」
「気を付けてください。」
「おお。」
「シドさん落っこちたらすぐに大声を上げるのです。」
「……おお。」
落っこちたらもう遅いだろう……
「お気をつけて。」
「……いや、何見送ろうとしてんだよ。てめえももう片方のロープから降りるんだよ。」
ちゃっかりしようとするがそうは問屋が卸さない。
「ですよね。分かりました。先に安全を確かめるのは男子の役目ですからね。」
「エイルくんも気を付けてください。」
……細心の注意を払いながら俺は底が見えるまでひたすらにロープを降り続けた。俺の脇を並行して進んでいる姿が目に入らないように。
「そんな嫌わなくてもいいじゃないですかー。」
「……無駄口叩いてると死ぬぞ。一応命懸けの状況なんだぞ。」
「もちろん重々承知ですよ。よいしょよいしょ。」
「……」
上に居るどこぞの誰のような事を言っている。
……
数分をかけて降りた先にはしっかりとした大地が広がっていた。このくらいの深さなら問題ないだろう。
「おーい、聞こえるかー!」
崖の上に向かって声を投げかける。俺の声は山彦の様に響き渡る。
「聞こえるのですー!!」
「とりあえず下は大丈夫そうだからゆっくり降りて来いー!!」
「分かったのですー!!」
……大丈夫だよな。
「大丈夫ですかね。」
「……降りるのぐらい出来るだろ。」
「いえ、降りるのはまだ出来るかもしれないですが、登るのってちょっと難しくないですか?」
「……」
俺にとっては当たり前の事だったからか見落としていた。……崖を素人が登るのは、難しいと。
降りるのはロープを掴んで壁に足をかけながら重力に従って降りて行けばいいのだが、上がるとなると重力に逆らって上へ上へと上がる為の長期的な持久力が必要になってしまう。慣れればどうという事も無いのだが、冒険慣れしていないソーラがそれを出来るかと言うと……正直厳しいと思った。
「……ちょっと不安だな。」
「……でも、精霊と契約するにはここまで来なくちゃいけないんですよね。」
「……」
最悪は……俺が背負って上がっていくしか無いか……
「それにしても、死体が多いですね。」
「全部もう骸骨になっちまってるじゃねえか。」
崖下には白骨がいくつも並んでいた。まあ、ここから落ちたら普通は戻れないだろうな。
「命からがらこの洞窟にたどり着いた冒険者のなれの果て、ですかね。」
アンブロサムの葉とやらがここにしか生えていない理由も分かろうもんだ。まずこんな場所が見つかるはずも無いし、見つかったとしてこんな崖の下まで降りてくる奴も普通は居ない。居たとしたらもう死が間近に迫ったやつぐらいだ。結局もう日の当たる場所へは出てこれないだろう。
「あ、シノさん達が見えてきましたよ。」
上を見上げると2人の影が見える。
「……さてはお前、下からの光景が見たいから先に降りてきたな?」
「別にスカートみたいなものじゃないですし下から見てもあんまり仕方ないじゃないですか。」
防寒服だからパンツが見えるわけでもない、か。もっともちゃんと降りて来れるかどうかが心配でそんな余裕も無い。
「すた。到着です。」
流石に俺と一緒に行動を共にしているだけあってシノは普段通りだ。
「はーはー……辛いのです……」
「案の上か……」
「登るときは登るときで何か考えないといけませんね。」
「?な、何ですか?」
「……とりあえずそれは後回しだ。進むぞ。」
「ちょ……ちょっと休憩したいのです……」
「休憩ったって……精霊はもう目の前だろ。」
こんな暗い洞窟ではあるが、道の先から光が溢れているのが分かる。たぶんそっちへ行けば事は解決するだろう。
「おんぶ……なのです……」
「また言ってやがる……」
「おんぶして欲しいのです……」
「……その上目遣いは止めろ。」
いっちょ前に俺を誘惑しようとしてきやがる。誘惑するならそれなりの色気を出してみろってんだ。
「……じゃあコイントスで決めるぞ。」
「コイントスですか?」
俺はポケットから適当にコインを一枚手に取る。
「もしお前が勝ったらおんぶしてやろう。でも負けたら諦めてさっさと行くぞ。いいな。」
「受けるのです!」
「表が出たら俺の勝ちだ。だが、裏が出たらお前の負け。いいな?」
「分かったのです。表が出たらシドさんの勝ち、裏が出たら……あれ……」
もう遅かった。ソーラが思考から答えを導き出す前に俺の手から離れてコインは宙を舞っていた。
「ちょ……ちょっと待ったなのです!!」
「分かったって言ったろ。コインは裏だな。お前の負けだ。」
「ずるいのです!表が出ても裏が出てもシドさんの勝ちなのです!」
「そりゃあそうだろう。そう言ったんだから。」
「そんなの勝負じゃないのです!インチキなのです!」
「ええい、反論は一切聞かん。お前の負けだ。それで決定。」
「うう……シドさんが……ズルしたのです……うっ……」
「あっ!」
「……あーあ……」
語尾がもう完全に涙ぐんでいる事から察しはついたが、もう止める事なんて出来やしなかった。
「シドさんが意地悪するのです……ひぐっ……もう、やなのです……」
「……シド様、泣かせちゃいましたね。」
「こんな形で女の人を泣かせるのは流石に最低じゃないですかね……」
「アホ!な、泣く奴があるか!」
「だって……おんぶくらいして欲しいのです……そんなに私をおんぶするの嫌なのですか……うっうっ……」
「……」
女の武器を出されたらもう男に勝ち目はない。暴力に訴えるとかクソ野郎のする事ぐらいしか突破口などない。こうなったらもう負けだ。泣く子には勝てんとはよく言ったものだ……
「……はぁー……」
諦めた俺はソーラに背中を向けてしゃがみこむ。
「うっ……っく……」
「……ちょっとだけだぞ。」
「うっく……うぅぅ……」
「おんぶしてやるって言ってんだから泣くな。」
泣きながら俺の背中にソーラはおずおずと登ってくる。……はぁ……一応改めて言っておくが、もう二十歳近いのにこの様はどうだよ。見た目は確かにガキっぽいけど年齢を考えると笑えねえレベルじゃねえのか?これじゃあいつまでたっても大人の女になんかなれねえだろ。……なんて口に出したら泣くのに拍車をかけてしまいそうだから口を噤む。
「シドさんいいですね。ソーラさんみたいな人をおんぶできるなんて男からしたら幸せな事ですよ。」
「うるせえよ。大体男のくせにてめえの体が小さいんだよ。もうちょっとデカくなればお前が代わりにおんぶ出来るだろうが。」
「ソーラさんはシドさんにおんぶしてもらいたいんですよ?」
なんでそうなるんだよ……めちゃくちゃな事言っていやがる。当の本人は念願かなったと言うのに未だぐすぐす泣いてるし……
「シド様、私も抱っこを……」
「お前は流石に大丈夫だろ。」
「……別にお姫様だっこじゃなくてもいいですよ?」
「そう言う問題じゃない。まだ体力大丈夫だろって言ってるんだよ。」
「……しゅん……」
……あーもー……この面子で冒険してるといつも好き放題してる俺が振り回されてばっかりだ。個性と言うかアクが強いと言うか……このパーティはあれだな。苦労人タイプの人間が全然居ないんだ。いつもなら貧乏くじ引くタイプの人間、セフシアみたいな奴が居ればそいつに全部押し付けられるのだが、そう言う人間が居ない時は俺がその役目になってしまう事がこの旅で分かった。
兎にも角にも放置しておくとまずいソーラがどうにか泣き止む事を願って進むしかなかった。




