それは全てを飲み込む
「……」
辛い事をいくら文章で連ねてもそうそう過酷さが伝わるものでも無い。だからせいぜい自分の中で比較する事しか出来ない。……辛い。
現在山の五合目……であると思われる当たりの場所まで来ている。……実はまだ四合目やそれ以下なのかもしれないけど……
明るい時間に登り始めたと言うのに、既に辺りも暗くなってきて、本来ならば安全な場所へと腰を落ち着けていなければならない状況であると言うのに、私達は未だ雪道をひた歩いていた。
「……」
序盤こそ辛いだの疲れただの愚痴をこぼす事も出来たが、ここに至ってはもはや会話がほとんど無くなってしまっていた。道の過酷さもあるが、思いのほか何にも手がかりらしきものが見つからないと言うのが痛恨の一撃だった。
広い山とは言え一日ぶらぶらしていれば少しは進展があるだろうと言う軽い気持ちで高をくくっていたのかも知れない。……だが情報的な物で言うならば朝から何の変化も無い。何もしていないのとさも似たりと言っても決して間違いではない。積もったのは疲労感だけ……後、雪も少々……
「19時……時間……結構遅くなって、来ましたね……」
あまり気にしないようにしていたが、エイルくんは腕の時計を眺めてそう言った。
「……」
「どこかで、休みますか?」
「……」
この何となく、誰から喋り出したらいいのか分からず様子を伺う感じ……結構、悪いムードだった。
「……休むか?」
「……どっちでも……いいの……です……」
どうにか言葉を絞り出すソーラだったが、これ以上の探索は限界であると誰の目にも明らかであった。……私も流石に……
「シド様……休みたいです。」
一番先に弱音を吐くなんてしたくなかったけど……ソーラの体力を考えたら私がこう言って今日は休むのが最善だ。……情けない奴と思われるかもしれないけど、仕方ない。
「……わーった。休むとこ探すか。」
……寒くは無いけど、息はとても白い。その現象が何故か感じもしない寒さを体に与えてしまっているような気もした。……石が無かったら、とっくにアイスキャンディーになっちゃってるんだろうな……
まだ天気や気候が大人しい内に安全な場所を見つけたい。……ただ、もしこの先それらが一転するような事があった場合、先に進むどころか降りる事すらままならない状態になると言う危険も十分にある。
……この広大な山をこれ以上行き当たりばったりに調べるのは無理があるし……何より、危険だ。
……
「ッ……!あっ……!!」
私は得物で薙ぎ払った。……何もない虚空を。そして本能的にこの攻撃を躱せないという事も判断した。そして、見事その通りになってしまう。
「グルァッッ!!!」
「うっっッ……!!」
その腕から繰り出される一撃で私は大きな衝撃を伴いながら吹き飛ばされてしまう。……厚手の防寒服によって防御能力が若干高まっていたのと激突する場所が柔らかい雪だったのがまだ不幸中の幸いか……でも、痛い……
「くそが……」
「グルゥッ……」
シド様も事の深刻さを感じている様子だった。そう、現在の時間は夜と言われる時間である。よって出現するモンスターも狂暴化し、夜にしか現れない個体も出現する時間。
……インペリア。
この世界のネーミングにしては結構まともなモンスターだと思った。ただ私の中での考えではそこそこまともな名前のモンスターは総じて名前負けしているモンスターだった。
……認識の甘さを反省するばかり。その甘さがこの痛みを生んだのだとしたらそれは侮った罰というものか。
「あ……危ないのですっ……」
私に向かって来ようとする一体のインペリアに対してソーラは離れた所から攻撃を加えてくれる。これまでならばその攻撃が転機となって反撃に移れていたのだが……
「……グウゥゥ……」
ソーラの放った炎の一撃にインペリアはもろともせず普通に受けて見せる。いや、防御と言うモーションを取るでもない。何事も無かったかのように、ほんの一瞬気を逸らせた程度のものに見えた。
「はぁはぁ……この魔物……全然、効いてないのです……」
「……でも、ソーラのおかげでモンスターの気は逸らせました。……距離を取るには……十分です。」
体勢を立て直してどうにか立ち上がる。お礼は後で散々言おう。……この窮地を乗り越えてから。
「……一体一体はともかく……この数……流石に……」
……このインペリアと言うモンスターの恐ろしさ、倒しても倒しても別の個体が現れてくるところにある。もちろん限りはあるのだろうが、一体何を区切りとしてこの襲来が終わるのか分からない。並ぶ死骸の数に対してインペリアはどんどん姿を増やしていく。
向こうは完調状態かも知れないがこっちは戦えば戦う程疲労の色が強くなっていく。本当に……ままならないものだ。
「エイルくん……大丈夫ですか。」
「……大丈夫って、自信満々に言いたいですけど……どうですかね……はぁ……」
エイルくんにしては珍しく肩で息をしている。普段の装いを隠せない程度には疲労しているのが見て取れた。
「……まだ、戦わないんですか。」
「……」
だけどそれでもエイルくんは攻撃をしなかった。ただひたすらに敵の攻撃を避け続けるだけ。
「……傷つけたくない、理由でも、あるんですか。」
「……そんな風に思ってたんですか?」
……そんな理由しか、思いつかなかっただけだ。
「……シノさんが思うような理由では全然ありませんよ。……ただ、あんまり見せたくないだけですから。」
「……」
「だけど、そんな事言ってる場合じゃないかも知れませんね。そろそろ……」
エイルくんは、両手を握ったり腕を鳴らしたりしている。それはきっとエイルくんのウォーミングアップ的な動作なのだろう。こちらへ狙いをつけてきたインペリアル3体に私達は相対する。
「……ちゃんと……帰れるでしょうか。」
「……」
心細くなってしまったのだろうか。疲弊する心からそんな気弱な事を言ってしまう。……だけどエイルくんはその時だけ、いつもの飄々とした様子に戻って……
「大丈夫です。絶対。シノさんは僕が守りますから。」
「エイルくん……」
「あ、もちろんソーラさんも僕が守ります。そうしたら2人とも僕の事大好きになってくれますよね。なんならシドさんだって守ってみせますよ。」
……まったく……
「……一言、多いですね。さっきの所で止めてたら、カッコ良かったです。」
「はは、でも、少しは余裕出てきました?」
……無事でいられるかどうかを考えるくらいなら、無事に帰れる方法を考える事に割いた方がいいに決まってる。
「早く倒しちゃいましょう。疲れちゃったので早く休みたいです。」
「ですね。じゃあ、まずは目の前の3体を……」
「だああああッッ!!!」
……エイルくんの励ましのおかげでほんの少しだけ力を取り戻した矢先の出来事だった。その出来事に私の心は、更に湧き上がる。
「……ググッ……ゥゥ……」
こちらへ歩みを進めていた3体が瞬く間に胴と下半身を両断されていた。
「……せっかく、僕がカッコいいところ見せようと思ってたのになぁ。」
……こんな力技でどうにか出来る人、ここには一人しかいない。
「シド様……」
「こんの……クソ野郎共がぁぁッ!!」
先ほどまではインペリアを覆っている毛皮の厚さから攻撃が思うように通らず致命傷を取れずに苦戦していたようだったのだが、今この瞬間のシド様はさっきまでとは明らかに違っていた。
その手に握る剣……あれは、シド様が新たに手にした剣。それが振り抜かれたら必然、魔物の数体など相手ではない。シド様は三体を一度に切り払った後、久々に抜いたであろうその剣をぶんぶんさせていた。
「……適当にあしらってやろうかと思ったがもうやめだ……気が済むまで相手してやらぁ……百でも千でもぶっ殺してやるッ!」
「……グゥッ……!!」
驚くべき事にそのあまりの敵意にインペリアも初めて気迫に気圧される様なそぶりを見せた。むき出しの殺意は時に心を穿つ刃物となるのだと言わんばかりだった。
「はぁ。どうやら見せ場は持ってかれちゃったみたいです。僕の力を見せるのはまた今度ですね。」
「別にエイルくんも頑張ってもいいんですよ。」
「今頑張っても、シドさんのインパクトに勝てないじゃないですか。もっと僕がカッコ良く見えるようなところで見せたいです。」
「……残念ですね。」
……
あの剣を抜いてからは、圧倒的だった。
「死ねぇッ!!」
「グガゥ……!!」
両断、また両断。傍目にはさっきと同じように斬っているように見えるのに、まるでチーズでも割いているかのように見事にインペリアの体が切れていく。
「今日だけでインペリアがだいぶ減ったでしょうね。」
思わぬ状況の好転につい減らず口を叩いてしまう始末だった。
「シドさんの剣……本当に……凄いのです。」
悪鬼羅刹の如くとでも形容すればいいのだろうか。私達二人は驚嘆するばかり。
「あの剣は……ソーラが一緒に見つけてくれたんですよね。」
「……一緒に……」
私はそう聞いていた。ソーラと旅をしている最中にあの剣を手に入れることが出来たと、だから何の気なしにそう聞いたのだが、彼女は何故か口ごもってしまう。
「……」
いや、口を閉ざしてしまった。……言ってから感じたのだが、何か言いたくない事に切り込んでしまった空気が漂ってしまった。ソーラのどこか思いつめた表情がそう物語る。だけど何故なのかは、私には分からなかった。
心無い私の言葉で傷つけてしまったのではないかと彼女を慮るが……そもそも今は戦いの最中なのだ。そんな感傷に浸っている時間など相手につけいる隙を与えてしまうだけだと何故思わなかったのか。ひとえにもうシド様に任せていれば大丈夫などと言う他力本願の考えがそうさせてしまった。
「シノさんッ……!」
「……エイル……くん……」
気が付けば彼が私の方目がけて飛び上がっていた。何故なのかと思案し、理解する頃には、私を背後から狙っていたインペリアの凶撃から私を守ろうとしてくれたのだと分かっていた。
自然の中で磨き上げられた刃物を超えるような鋭利な爪。それが今にも振り下ろされ、私の命を奪おうとしていた。その対象が、エイルくんに差し替わった。
「……ッ!!……てざッ……!!」
何らかのモーションを取ってエイルくんは何かを叫んだが、正確に聞きとる事は出来なかった。そんな事より次の瞬間にはエイルくんの体から鮮血が上がった事でそんな事はどうでも良くなってしまった。
「ぐっ……くっ……」
「エイルくんッ……」
無力にもその時私は言葉を投げかけるしか出来なかった。脇腹を押さえるエイルくんを助けてあげる事も出来なかった。そして、眼前には未だ健在のインペリア……
「いい加減に……するのですッ……!」
だが私と違って、彼女は怒りのあまり行動を起こす。さっきまでの牽制に近い物とは一線を画す魔力が溜まって行くのを鈍感な私でも感じていた。
「ソーラっ……その一撃は……」
「……灰になるのですッッ!!!」
そして溜まったそれを勢い任せにインペリア目がけて解き放ったッ!!!
「ッ!!」
私は彼女の力を侮っていた。その威力、その規模を。一瞬の閃光の後、大きな轟音が鳴り響く。目を開けた時にはインペリアは跡形もなく消えていた。
「ッ……はぁはぁ……」
肩で息をする彼女……だが、それは放ってはいけない一撃だったのだ。
鳴り響いた轟音が、止まらない。……いやむしろ、小さな轟音が伝播し、大きな音へと変化しているまであった。
「なっ……撃っちまったのかッ!!」
遠くからシド様がこちらに向かって呼びかける。それは離れていても分かる程の異常性を伴っていた。
地震とも見まがうほどの大きな揺れは、やがてこの山に積もった雪たちを一斉に動かしていく。上から下へとその流れは続く。その力は下に行けばいくほど大きな動きを伴ってくる。
それは所謂雪崩である。
……人は、大きな自然の流れに立ち向かう事など出来ない。今この瞬間、雪崩に巻き込まれると理解したところで、一体どんな対応が出来るだろうか。
……何も、出来ない。ただ、飲みこまれるしかない。
どうやら、お迎えが、来たようだ。
未曽有の災害に、私は自らの運命を受け入れた。
……その雪に巻き込まれる瞬間、何らかの衝撃を受けたような気がしたが、ここに至ってはある意味どうでも良かった。
結局行きつく先は、死、なのだから。




