険しき道
「登ってみますか?」
「登らんわけにもいかんわな。」
……なるほど、確かにこれは辛い道のりになりそうだ。明らかに地形は悪い。ましてやこんな雪山でこれとは……先が思いやられる。
「頂上まで行くのは大変そうなのです……」
「頂上まで行く必要はないんじゃないですか?」
目的地は氷の精霊の居る場所であって頂上とは限らないのだから。
「そして一番の問題は、その目的地の場所が若干不明瞭な所ですよね……」
ノートに書かれていた手がかりとしては……
この山を登っている途中魔物達との戦いが数多くあった、と言う記述。
吹雪に見舞われた最中、ようやく洞穴らしきものを見つけて入ってみるとそこに精霊が居た、と言う記述。
雪道を下りる時には天気は嘘のように回復していた為降りるのはスムーズに済んだ、と言う記述。
「これらから考えると、山を登る道中にその場所があると言う事だとは思います。」
「……天気はさほど悪くは無いが、風が強いな……」
「それにしてもこの石、凄い効き目ですね。たぶんこれが無かったら既に固まって動けなくなってるかもしれません。」
氷点下をとうに通り越しているであろう外気温に晒されても私達はどうと言うことなく過ごせている。
「……一つ不安視している事があるのですが。」
「なんなのです?」
「私達がこれから取りに行くアンブロサムの葉ですが……この世界のアイテムだと言うのにそもそも図書館にある限りの書物には該当がありませんでした。」
「という事は、まだアイテムとして認知されていない、と言いたいんですね?」
記述を基にするとその植物はその場所にしか生えていないと言う話だ。ましてや訪れた人間が極めて少ない以上、その人物達が持ち帰る意外に市場などに姿を見せる事も無い貴重なアイテム。
「それはつまり、普通の手段では探すことが出来ないのではないかと言う事です。」
「普通の……手段。」
「この山に登った人は数多く居るはずです。でもそれらの人達がどれ程居てもアンブロサムの葉を見つけられていない以上、その場所は通常のルートから外れた場所にあるかもしれません。」
「なるほど、それはもう獣道のような外れの外れの道沿いにあるかも知れないという事ですか。」
私は私なりの仮説を道筋立てて説明してみる。
一応道としての形を保っているこの道沿いを進んだところできっとその場所は見つからないだろう。
「見つけるのが困難だって言うだけの事はありそうだな。けどまあ、そうだとしても登らなくちゃならんのは変わらん。とりあえずは適当に行くぞ。」
「むむ……今の話の流れからどうして適当に行ってみようと言う話になるんですか……」
せっかく無い頭で考えたのに。結局行き当たりばったりだ。
「でも……シド様がそう言うならそうしましょう。」
「当たり前だ。さあ、行くぞ。」
……まあ、私の考えだって決して場所を限定できるようなものじゃないしな……ただ入り組んだ道にあるんじゃないかと言うだけの話だ。この広大な山々においてそんな情報が確かだったとて手掛かりには乏しい。考えるよりは行動してみた方がよっぽど有意義か。
……
「進み始めて幾分も経たない内に……」
「死ねッ!!」
私達の元にモンスターの群れが襲い掛かってくる。文字通り群れを成した大群が。
「面倒ですね……えい。」
地の利を得たりと言わんばかりに向こうのフットワークは軽快。対してこちらは慣れぬ足場に苦戦するばかり。いつも通りの戦いをする事は難しい。
「やっぱり雪国の魔物は白い姿をしているのが多いのです。」
「不思議ですよね。まるで白銀の雪が体に染み込んでいっているかのようです。」
「のんきに話してる場合かッ!」
相変わらずエイルくんはつかず離れず、攻撃を行う事は無いが敵の攻撃を躱し続ける。ソーラはと言うと、彼女がしっかり戦う姿はここでこうして初めて見るのだが……
「くらうのです!」
「あ……ソーラさん、ちょっと僕も居るんですがっ……あーーーー!!!」
「!!ご、ごめんなのです!」
……豪快だ。見た目的には魔法のそれに近いのだが、彼女が精霊術師である事を考えればあれは精霊術という事になる。手から竜巻を起こして敵に向かってぶつけて薙ぎ倒していた。……ついでにエイルくんも巻き添えを食っていた。とりあえず吹き飛ばされて雪の中に激突しただけで被害は抑えられたようだった。
「あんまりぶっぱなし過ぎるなよ?」
「もちろんなのです!そんなにたくさん使ったら息切れしちゃうのです。」
「そういう事を言いたいわけじゃないんだが……」
「シド様!後ろです!」
「おらぁッ!!」
無防備な背中を狙うべく襲い掛かった体をシド様は振り返りざまに両断する。
「これで……ひと段落ですね。」
「たくさん居たのです……」
「まださして上の方に登ってないのにこの強さか……」
上に行くにしたがって魔物の強さは上がっていくのは常識的な事だった。強さはそこそこにしても、この数で攻められるのは単純にきつい物がある。こちらはただでさえ登山と言う慣れない事をしている事で体力が奪われてしまうのに……
「あのー……ちょっと、僕の事、忘れてませんかー?」
少し離れた所から雪塊と同化したエイルくんの声が聞こえる。
「……エイルくん、雪に埋もれて、ちょっと可愛いですね。」
「雪だるまさんなのです。」
「あのままオブジェとして置いとけばいいだろ。」
「勘弁してくださいよ……」
とりあえずエイルくんを雪の中から引っ張り出して再び登山を開始する。
……
「この山は……休憩所も……ないんですね……」
ワンスマウンテンは一合おきに休憩所が設置されていたのにここには当然の如く何も無い。休むにはただそれっぽい場所を探して休むしか手段は無い。今現在はちょっとした洞穴を見つけてそこでくつろいでいる。当然ここは精霊の居る場所ではない。
「風がしのげるだけマシと言えばマシですね。……しかし、至る所にこんな洞穴があるのに、その中から精霊の居る場所を探すと言うのは流石に無理がありますね……」
エイルくんの言う通りだ。たとえ数百人で探しても難しいと思う。
「今どの辺りまで来てるんでしょう。」
「せいぜい三合目ってとこだろ。」
それが良いのか悪いのかすらわからない。既に通り過ぎているなんて事だってあるかも知れないし……
「精霊さん……どこにいるですか……」
「ちょっといいか。ふと思い出したんだが。」
「?なんですか?」
「前リムルのとこに行く途中で微精霊の声が聞こえるって言ってたよな。」
「よく覚えてるのです。微精霊さん達は密かに私に語りかけてくれるのです。」
「じゃあ今回もそいつらに案内して貰えばいいんじゃないのか?」
「……うう……そこをつかれると痛いのです……登り始めてから一回も微精霊さんの声も姿も見えないのです……」
「微精霊って、主にどの辺に居たりするんですか?」
「主に……うーん……多分、魔力の濃い所に居ると思うのです。」
「逆に言えば、微精霊が居る場所は目的の場所に近いという事ですよね。」
「そう言うこった。だからお前の力が頼みの綱なんだ。しっかり微精霊を探すんだぞ。」
「……なんと!いつの間にかそんな大役を担っていたのです。でも、そんな期待されたら頑張っちゃうのです。」
「ソーラは偉いですね。立派だと思います。」
「シノだって頑張ってるのです。私も負けないぐらい頑張るのです!おー!」
心から彼女を凄いと思う。夢に向かって頑張って、弱音も吐かずこうしてここまで来ていて……私なんかがこの言葉を使っていいものか分からないが、最高の友人だと思う。
……
「疲れちゃったのです……」
「……」
休憩を終えて再び歩き出して数十分。流石に少し休んだぐらいじゃ疲れは癒えないか……
「前一緒に旅してた時はもうちょっと歩けてたろ。」
「雪道は普段の何倍も疲れるのです……」
「仕方ありませんよ。ずっと冒険を続けてきたシドさんを基準に考えちゃ可哀そうです。普通の人なら一合目ですら音をあげてしまうような雪道なんですし。」
「……しゃあねえか……」
ソーラの陰に隠れているけど、私だって十分疲れてしまった。しっかりとした宿泊施設が無いのはとにかく痛い。
「シドさん……」
「……なんだ。」
「……おんぶして欲しいのです……」
「……おんぶなぁ……」
ず、ズルい……そんな事まかり通るなら私だってシド様におんぶして欲しいのに……
「それなら僕がおんぶしましょうか?」
「気持ちは嬉しいけど、エイル君では潰れてしまうのです……」
「そんなひ弱ではないつもりなんですけどね。」
「もうちょっと大きくなってカッコいい大人になったらお願いするのです。」
「はは、残念です。断られてしまいました。」
エイルくんはカッコいいよりまだ可愛い系だものな。体だって私達より少し大きい程度だし。そう言う意味では男性としては小柄とも言えるのかも知れない。
「というわけでおんぶして欲しいのです。」
「……もうちょっと頑張れ。」
「むー……」
「まあまあ、ここは間を取って私がシド様におんぶしてもらうと言うのはどうでしょう。」
それが一番シンプルで喧嘩にならない答えだろう。そうに違いない。
「どさくさ紛れて何言ってんだ。お前はまだ大丈夫だろうが。」
「シノはいつもシドさんと一緒だからダメなのです。たまには私がおんぶされたいのです。」
「む……私だって数えるほどしかおんぶなんてしてもらってません。」
「シドさんはもう少し私達をいたわって欲しいのです。私達はうら若き、そしてか弱き乙女なのです。」
「そうです。今この時からおんぶ推奨デーを開催しましょう。」
「2人してわけわからんこと言ってやがる。自分の足で歩くから冒険は面白いんだろうが。乗り物に乗っかって世界を回ってもつまらんぞ。」
「ぶーぶー。」
2人そろって不満の声を上げる。そもそも楽をしたいからおんぶしてもらいたいわけではないのだ。……好きな人の背中で温もりを感じたいだけなのだ。……ソーラもそうかは分からないけど、少なくとも私はそう。
「お前もいい運動の機会なんだからギリギリまで頑張れ。じゃないと体も大きくならんぞ。」
「それは……困るのです……」
体が少々幼いのは私達二人のコンプレックス的な悩みの種である。それを引き合いに出されると途端に弱くなってしまう。
「大丈夫ですよ。お2人はその体のままが一番素敵ですし。変にナイスバディになろうとするのはあまり良くないですよ。」
「それじゃあダメなのです!いつまでたっても子供っぽいままなのです!」
「そうは言っても、実際問題……とと……」
「?」
何か言おうとしたが、不自然にエイルくんは口ごもる。
「なんだ。」
「ああ……いえ、皆さんの後方に魔物の団体が居るのでつい。」
「ああ、そういう事ですか。」
確かに振り向くと遠くにモンスター達がこちらを目がけて突進してくる。
「……あー……うっとおしいんだよ!!!」
……疲労した体にムチを打ってモンスターに立ち向かう私達。
「……と言うか……エイルくんも戦ってください。」
「?戦ってますよ?」
「そうじゃ……なくって……えい。……避けてばかりじゃなくて攻撃もしてください。」
そうすれば少しは1人1人の負担も減ると言うのに、頑なにエイルくんは攻撃を行わない。
「いやぁ、何と言うか、気分じゃないので。必要となればそのうち。」
「……今がその時だと思うのですが……えい、えいえい。」
困った子だ。
「うっぜぇ……なぁ!!」
シド様は一人で五体ぐらいのモンスターを相手取っている。あのモンスターはサッコロの地に入った時にも戦ったモンスターだ。角の生えた突進を得意とするモンスター。……名前。
「シド様、加勢します。えい。」
「一体ぐらい片付けとけ!!おらっ!!」
言われるがままに私は一体のモンスターの脳天目がけて得物を振り下ろす。……当たり所が良かったのか、魔物は一撃で倒れこんでしまった。
「よし、ナイスだ!!」
「シド様、このモンスター、なんて言う名前でしたか……?」
「ん?前お前が言ってたろ、リケンモンダイだって。」
……リケンモンダイ……
「……私の聞き間違いじゃないですよね?」
「あ?何がだッ!!……おっし、終わりだな。あー……うっとおしい……」
戦いは終わった。……だが、私の中には大きな疑問が渦を巻いていた。
……絶対名前はうしさんとかだと思ったのに……なんなんだリケンモンダイって……
密かに初見で出会ったモンスターの名前当てクイズが趣味になっていた私だったが、未だにその名前の傾向は掴めずにいたようだった。
……この世界からもし戻れる手段が分かったとしても、その前にモンスターに名前を付けている人の所に一度は顔を出しておきたい。……いや、行かねばならない。じゃなきゃ納得できない。一体どんなセンスと発想力でそんな名前がつくのか……
考え出すとゲンガー病そっちのけで気になってしまいかねないので、何も聞かなかったかのように振る舞う事にした。




