戦場の巨神と異世界少女の穏やかな一日
「随分と変わった生き方って言うか……やっぱり世界が違うと文化も違うんだな……」
ゲームを通してもう少しばかりあの子の事を知った。
生まれてから両親の顔すら知らない子供が、それではどうやって生きていけたのかと言うと……何やらその世界では色々な家庭で短い間世話になるという文化があったようだ。
ある家庭で1週間世話になってはまた1週間別の家で世話になると……そういう家を転々とするような暮らしをこれまで続けていたという。それを聞いただけでだいぶ苦労してきたのだろうと思う。
「小さいのに周りに気を使うような性格なのはその生き方が影響しているのかもしれませんね。」
「……立派なもんだわな。俺は俺の事を考えて日々を生きるのに一生懸命な傍ら……ああいう子を見ると自分が情けなく思えて来ちまう。」
たまたま席に居合わせた相手にこんな愚痴っぽい事を言うのも正直男としてはなっちゃいない。相手の悩み事を聞いてやれるような懐の広い人間になりたいものだ。
「同じく部下を持つ立場としてはどこかその気持ち分かります。でもレイナードさんは多くの人を率いる立場の人物……自身では至らぬと思っていても周りの方達はそうは思っていないはずです。」
「あんただってきっとそうさ。あんたに関わる噂で悪い話なんて聞いた事もねえ。優れた力に優れた容姿……俺みたいに無骨な男とはわけが違うな……」
「ふふ、結構ナイーブなんですねレイナードさん。」
「こんな見た目でデリケートとか……笑うだろ?」
クスクスと微笑み返されるが、決してバカにしたような不快なものでは無い。この辺も実に人間性が出来ていると感心させられる。
「思えば互いに存在は知っていても……こうして話をするのは初めてなんだよな。」
「ですね。何度か公務であれ個人的にであれ、ゴーバスに赴く事は幾度もありましたが、こうしてお会いするのは初めてです。でも、話しやすい方で安心しました。」
「そう思ってもらえたんならとりあえずは安心した。初対面の女性に嫌われちまう事程悲しい事も中々無い。」
ラズリードの若き剣姫と謳われた相手が居るとはまさか思わなんだ。今は何やら怪我の療養中でこの依頼所の世話になっているとか……
「てめえ何ちゃっかりリンカスターと一緒に飯食ってやがる。」
「ちゃっかりってか……たまたまと言うか成り行きで……」
「許さん。どっか行け。」
「……マジで?まだ飯の途中なのに?」
「シド様後から来てそんな事言うのは横暴です。せめて一緒に食べてもいいですか?と聞くぐらいにしなくちゃダメです。と言う事で……私達も一緒にご飯を食べてもいいでしょうか。」
「あ、ああ。そんな事ならいくらでも。なぁ?」
「ええ。」
「(……こいつ、立場と権力を利用してリンカスターを手籠めにしようとしてねえだろうな……)」
……何か、圧を感じる。やはり俺、この兄ちゃんからはあまり好かれてねえみてえだな……酒癖の悪さを見られちまったのは痛かったか。
「その……ナナさ……いえ……ナナちゃんは……?」
「さっき寝た所だよ。慣れない場所に慣れない人達に囲まれたらやっぱり気疲れしちゃうよね。」
「ですよね……はふ。私の方がずっとお姉さんなのに逆に気を使われてばっかりです……」
「あいつはしっかりしてるからな。」
「な……ナナちゃんは……偉いですね。」
めっちゃ慣れない口調で言おうとしてるのを見ると少し笑いそうにもなる。最初こそさん付けしてたが本人から別の呼び方をして欲しいとのリクエストがあった結果やむを得ずちゃん付けに落ち着いたようだが、当の本人が相手をそんな風に呼んだ事もないらしく違和感が半端じゃないようだ。
「でも前の世界と大きく違うのは……魔物みたいな存在が居なかった事だよね。」
「……」
聞けば元居た世界の人達は誰もが皆優しくしてくれたという。あの子自身の力もあったとはいえ、小さな子が生きていける環境とはそういう事だったのだろう。
けれどここは……それとは違う。一度町から出てしまえば人間に害をあだなす魔物も居る……かと言って町中だって決して善人ばかりでは無い。言っちゃ悪いが小さな子供に平気で手をかけるような人間は大多数とは言わないが……少ないとも言えない。
無論、何かあればすぐに裁きが下るだろうが……その頃には既に危害を加えられた後……取り返しのつかない事になった状態になっている可能性は極めて高い。
「……人一人の生活を支えるというのは……重い話ですね。ただ衣食住を整えるだけでは無く……それに加えて大切な何かを与えてあげなくてはならない……」
「子育てってきっと私なんかが思うよりずっとずっと……難しいんでしょうね……」
一体どんな人が、あの子の親代わりを担うのか分からないが……どれ程優れた人格の持ち主であっても、苦労はするのだろう。
「だからきっと、子供は二人の人間からじゃなくちゃ生まれて来ないんだろうね。そんなに大変な事を一人でするなんて難しいから。」
……人とは異なる妖精観からの言葉は、どこか的を得ている気がした。人が一人で子供を作れないのにはそういう理由があるのかもしれないと。
「……いい子だからな。きっと誰かが幸せにしてくれるはずだ。」
俺じゃない誰かが、きっと。
……そんな当たり前の事を言っただけなのに、またも、この釈然としない気持ちが胸に渦巻く。
「(何が……引っかかってんだろうな俺は。)」
それから適当にあーでもないこーでもない話をひとしきりし終えた後俺は……宿に帰る事にした。
……寝つきは、だいぶ悪かった。
……
「レイナードさんおはようございます!朝からラミさんにご用ですか?」
「……かもな。」
気がついたら、用も無いのにこの場所に来てしまっていた。
「ラミさんよ、何か依頼はあったりしないか?」
「そうですね……生憎の所そこまで良いものはありませんね。一応見てもらってもいいですけど。」
「……」
気分転換に体でも動かそうと魔物退治の依頼があれば良かったんだが……町の中で解決するようなこじんまりしたものが並んでいた。別にそれでもいいんだが……どれも決め手に欠けるというか……
「もし……レイナードさんさえ良ければ……私個人からお願いしたい事があるんですけど。」
「……?」
「ナナちゃんを外に連れてってあげてくれませんか?」
「……俺がか?」
「ご迷惑ならもちろん断ってください。必ずしもレイナードさんでなければならないわけではありませんし。ただ、ナナちゃんもずっとここに居るよりかは気晴らしにどこか連れて行ってあげたいだけですので。」
ごもっともな話だ。
「早い話……ボディーガードも兼ねた頼み事ってわけだな。」
「万が一の事もありますしね。その点レイナードさんなら心配はいらないですし。」
買い物ぐらいなら……
「……分かった。その話、受けさせてもらう。」
……良いだろう。
「助かります。1時間程度でも一緒に外を周ってくれれば良いのでお願いします。報酬は後で私から……」
「……報酬なんていらねえよ。1時間ぐらい一緒に散歩するぐらい安いもんだ。それぐらいしてもお釣りが来るぐらいあの子には世話になってる。」
……てなわけで、お目付け役兼、お姫様を守るナイトの役を引き受けたわけだ。こんな無骨な男が。
「(何よりあの子の方から拒否されたらキツイな……)」
子供に嫌われるのって……誰でも傷つくよな。
「私と一緒にお散歩ですか?」
「天気も良いしな。しかし青空の下俺みたいな野郎が一人で歩いてると外観を壊しそうなもんでもし良かったら一緒にどうかと思って誘ってみるんだが……俺とでは気乗りしないか……?」
……たとえ小さな子であれ、こんな風に誘うなんて殆ど経験が無い。これでいいのか?
「とんでもありません!むしろ私の為に時間を割いてくれるなら嬉しいです。ご一緒させてもらってもいいでしょうか?」
……とりあえず、良いらしい。けど滅茶苦茶気を使われてる気がする……
「(男として……しっかりエスコートしないとな……)」
……
野郎を連れて歩くのは日常茶飯事なのだが……
「ここは人通りが多くて賑やかなんですね。」
「あ、ああ。そうだな。」
女性相手の会話ってのを長時間継続した事はあんまり無い。軍の人間なら公務がどうとか最近忙しいとか共通の話題を振るんだが……うーむ……
「レイナードさん、一つ聞いてもいいでしょうか。」
「お?おお、何だ?」
いっそ向こうから質問を振ってくれた方が楽……って!!早速エスコート出来てねえじゃねえか!!俺のバカ野郎!!
「レイナードさんは兵士さんなんですよね?しかも隊長さんと聞きました。」
「お、おお。まぁそうだな。」
「という事は強いんですよね。」
「……ま、まぁ。それなりにはな。」
あんまり言い過ぎて自信過剰な男に見られてないだろうか……
「ははぁ……凄いですね……カッコいいですね……」
「そ、そこまで言われるような大層なもんじゃねえよ。これぐらいしか強みが無いというか……力が強いばかりが良い事でも無いしな。」
力を持ったとて、正しく使わなくちゃ意味も無い。力を手にしたとして、ようやく入り口に過ぎない。
「リンカスターさんが言っていました。レイナードさんは強くて、その力を人々の為に振るう立派な人だって。」
「……買い被り……過ぎさ。」
俺はただ……強くなりたくて必死にもがいてるだけなんだから。その力で何をしたいなんて具体的な目標……実は存在していない。
……兵士と言う、隊長という役職を与えられているから……職務を全うする上で結果的に人々を守っているだけだ。
本当に人を守るために尽力しているのはそれをこの子に言った当人の方だろう。
「私は強い人も素敵だと思いますけど、優しい人も素敵に思えます。力を持つのも、誰かに優しくするのもどっちも凄い事です。」
「……そうだな。」
この子はどこか達観している。
誰かに優しくするって事が……どれだけ力が必要な事か既に分かっているようだ。
悲しいけれど、ただ優しくするだけじゃ結果は振るわない。
その結果を経て一番傷つくのは……優しい人間だ。自分の力の至らなさを悔やんでしまうのは何より悲しい。そして傷つく事を恐れ……その手を差し伸べられなくなってしまう。
「……急にこの世界に来て、ビックリしたろ。」
「はい。けど、代わる代わるの環境には慣れてますし、世界が違ってもレイナードさんみたいな優しい人達と出会えたから良かったです。」
「前の世界……パウロミアだったっけか?」
「はい。この世界よりもずっと小さい世界でした。私が知らないだけかもしれませんけど。」
「……やっぱり元の世界に、戻りたいよな……」
……現段階において異世界から来た人間が元の世界に戻る方法は確立されていない。それを知っているからこそ、どうしても楽観的な気分になどなれない。
「う~ん。どうでしょうか。でもこの世界もそんな大きくは変わりませんし、生きていけるなら私はどこでもいいですよ。ただこの世界には魔物っていう怖いものが居るみたいなのでそこが少し不安です。」
「間違って外に出たりしなきゃ大丈夫さ。」
「もし私が襲われたりしても、レイナードさんみたいに強い人が守ってくれますか?」
「その場に居合わせたら何があっても助けるさ。」
「えへー……そう言って貰えるとなんだか嬉しくなります。やっぱりレイナードさん優しい人ですね。」
「……」
この子と話していると、胸の中にほんわかとした気持ちが生まれていくのを感じる。俺が感じた事のない……暖かい何かを。
「あ。あれは、何でしょうか。」
「……?」
ふと、目に留まったのは……雑貨屋の前にある……子供サイズの服か?
「……プリティマスク……って書いてあるな。」
そう言えばこんなものが子供達の間で流行っているとか聞いた気もしないでもない。
「(興味津々!)」
……めっちゃ食い入るように見ている。
「……買ってやろうか?」
「!!え、い、いえ!大丈夫です!そんなご迷惑をかけられません!さ、さあ行きましょう。」
「あ……!おい……」
別に遠慮するような値段でも無かったのだが……振り切って行かれてしまう。こんな事で姿を見失ってしまってはマズいと思って何事も無かったかのように散歩を続行した。




