第23話:恩返し
病室に入り、ベットの脇にまで近寄ると陽輝の顔が見えてきた。
ベットに横たわる陽輝は目を開けたまま、虚ろな瞳で天井を見つめている。
近付いた俺に気付く素振りもなく、いや心ここに在らずといった様子でベットに寝ている。
俺は意を決して陽輝に声を掛けた。
「陽輝・・」
「・・・」
数秒の空白ののち、陽輝はゆっくりと俺の方へ首だけを向けた。
「・・・優斗か・・・」
声にも力というかどこか生気を余り感じない。
「話はだいたい聞いた」
「・・・そうか・・・」
なんと声を掛ければ良いのか、後の言葉が続かない。
そんな俺を察したのか、陽輝はゆっくりながらも言葉を紡ぐ。
「・・雷神が・聞いて呆れるだろ・・・」
「いや、そんなことは・・・」
「何が・・新進気鋭のプロ探索者・・・だよ」
「・・・」
「情けないよな・・・」
「そんなことはない」
「いいんだ・・・慰めなんかいらない・・・」
「俺は・・・」
言葉が詰まる。大怪我を負い、元に戻らない身体。
将来に対して、夢や希望を失い欠けているひとりの人間にかける言葉なんか19歳やそこらの小僧が持ち合せている訳もなく沈黙してします。
しかし、救う手段なら持っている。
「陽輝、初めて俺達が会った時の事を覚えているか?」
「ああ・・・」
低階層でタイラントウルフに殺されかけた俺を救ってくれた陽輝。
「モンスターに殺されかけて絶望する中、救ってくれた」
「・・・」
「あの時、救ってくれた陽輝には本当に感謝している。だからあの時の恩を今日返しにきた」
「ははは・・・恩を返すって?優斗が俺を救ってくれるのか?」
「ああ、そうだ」
「ふざけんなっ!!タイラントウルフごときで死にかけてたお前に何が出来るんだよ!」
見たことのない陽輝の剣幕に気圧されてしまう。
「見てわかるだろ!!もう探索者どころか日常の生活だって満足にこなせないっ!!」
探索者はどんな怪我を負っても全て自己責任とされる。
優しい陽輝は自分から庇った結果、大怪我を負ってしまっても、誰にも当たる事が出来ず、辛い現実に耐えていたのだろうが俺の半端な言葉に刺激されて、過剰に反応してしまう。
「何が恩を返すだっ!」
「陽輝、聞いてくれ!」
「それともお前が治してくれるのか!この身体を!!」
「そうだっ!」
「ほらみろ!出来ないんだろうが!いいからもう帰れよ・・・えっ!?」
まさか、俺が治すなんていうと思っていなかったのだろう。ちょっと、間抜けな顔になっている。
「陽輝には黙っていたけど、今の俺には陽輝の怪我を治すことが出来る」
「そんな事、出来る訳ないだろ!」
このまま話していても信じてもらえそうにないのでアイテムボックスから自分用に秘蔵していたエリクサーを取り出す。
突然、俺が突き出した手に真っ黒な小瓶が握られた状態で現れ、陽輝は困惑する。
「言ってなかったけど、アイテムボックスのスキルを持っているんだ」
まだ信じられないといった表情をしているので信じてもらう為に空いている左手にオリハルコンバットを出し入れして見せる。
「・・・」
「ほんとは誰にも言うつもりはなかったんだけど、陽輝には命を助けて貰った恩があるから特別だぜ」
驚きと困惑で押し黙る陽輝をよそに自然とはにかんでみせる。
「この瓶のアイテムはエリクサーといって、陽輝もゲームとかやったことがあれば聞いたことくらいあるだろ?」
「・・・エリクサー・・・」
「このエリクサーには身体の欠損を修復する効果もあるから、これを飲めば元通りになるはずだ」
「・・・本物・・なのか?」
話が突拍子過ぎたのか、陽輝は小声でつぶやき俺の耳には届かない。
「・・・も、もう一度、アイテムボックスを見せてくれるか?」
陽輝の反応を待っているとまだ状況を飲み込めていないようでアイテムボックスのことから理解しようとしているみたいだ。
俺はまずはそこからなんだと思いながらもエリクサーをベット脇の机に置き、右から左へ左から右へとバットを消しては出してを繰り返し、部屋に飾られた花を花瓶ごとオマケで収納して見せた。
「・・・ほんとに・・アイテムボックスなのか・・・」
まだ、信じられないといった表情で俺の手を見つめていた。
「これで本物のエリクサーだと少しは信じてくれたか?」
アイテムボックスを信じさせることがエリクサーも本物と信じさせる根拠が言っている俺自身よくわからないが今はエリクサーを信じて、使ってもらいたいので話しを進めさせてもらう。
「あ、ああ・・・それじゃあ、俺の体は元に戻るのか・・・?」
どうやら信じたようだ。
「そうだぜ」
俺の返事を聞き、希望の光が射したのか安堵とも感謝ともいえる感情が溢れ出した陽輝は号泣しだした。
「俺、元通りの生活に戻れるのか・・・」
正直な所、俺自身エリクサーの効果を試した訳ではなく鑑定した結果、欠損部位を修復すると説明が載っていただけなので内心では少し不安が残るがこれしか方法がないし、その為に来たので不安がらせないように黙っておく。
「とりあえず、飲んでもらえるか?」
「ああ・・でも本当に良いのか?俺なんかの為にエリクサーを使って。貴重なんだろう?」
「確かに貴重なんだろうが俺なら簡単に手に入れられるから問題ないよ」
「優斗、お前って・・・何者なんだ?」
「それはエリクサーを飲んだ後にでも説明するさ」
「そっか、ちゃんとわかるように説明してくれよ」
「ああ」
陽輝は俺の返事を聞いて、エリクサーの瓶へと手を伸ばしたが片手では蓋を開けられないので俺が蓋を開けて、渡すとついでに上体を起こしてあげる。
陽輝は手に握った小瓶を見つめ、覚悟を決めたように一気に中の液体を飲み干した。
「うげぇ、苦い・・・」
エリクサーは苦いらしい。
飲み干した後、瓶を握ったまま体を見渡していると急に陽輝から光が溢れ出した。
陽輝の体からは淡い赤色の光が溢れ出し、体全体を包み込むと次第に強い光を放ち、欠損した部位に光が集まっていき、一際は強く輝き、そして徐々に光は収まっていった。
光が収まるとそこには五体満足でベットに座る陽輝がいた。
「・・治った・・・」
まだ信じられないといった表情をしている陽輝が元に戻った手足をしきりに触り感触を確かめている。
「優斗・・・俺、元に戻った」
「そうだな」
命の恩人ましてや友人を助けられたことに満足し、自然と笑顔になる。
陽輝は俺に感謝しながら、なかなか泣き止まなかった。
俺も助けて貰った時に泣きじゃくったからお互い様だな。




