終わり、そして始まり
「お願い……やめて……!お願い、やめてぇ!!」
それはただの懇願ではなかった。
壊れかけた魂が、最後に絞り出した悲鳴だった。
声は暗い部屋の壁に叩きつけられ、すぐに空気に溶けて消える。
古びた冷却機の低い唸りが、そのすべてを無慈悲に飲み込んでいった。
「……次だな」
男は表情を変えないまま、刃を布で拭った。
赤黒く染まった布は、重力に引かれるように床へと落ちる。
目の前の女は震えていた。
いや、もはや“震え続けるだけの何か”に成り果てていた。
やがて――
音が止む。
世界から色が一つ消えたような静寂。
そして、重いものが床に落ちる鈍い音だけが残る。
「片付けろ。次を連れてこい」
冷たい声。
感情という概念を忘れた機械のように。
鉄の扉が軋みを上げて開く。
その向こうにいたのは――
ミナト。
灰色の髪。
虚ろで、光を失った黒い瞳。
「……」
何も言わない。
ただ、床の一点を見つめていた。
「おい、立て」
ドンッ――
鈍い衝撃とともに、体が揺れる。
それでもミナトは倒れなかった。
まるで倒れることすら許されていない存在のように。
ゆっくりと立ち上がる。
「……」
その歩みは、死へ向かう行進のようだった。
鉄の椅子に押し付けられる。
冷たいロープが足を締め上げる。
「動くなよ」
「……」
返事はない。
呼吸すら薄い。
その瞬間――
「……今だ」
ミナトの瞳が、わずかに揺れた。
次の瞬間。
カッ――
口内から、小さな刃が跳ねるように現れる。
「なっ――」
反応は一瞬遅かった。
シュッ――
空気を裂く音とともに、刃が喉を走る。
「……っ、ぁ……」
言葉にならない声。
血が、静かに床へ落ちていく。
ポタ、ポタ……
「て、てめぇ……!」
もう一人が動く。
だが遅い。
ミナトは倒れかけた男の銃を奪い取ると、そのまま構える。
「……終わりだ」
パンッ――
乾いた銃声。
静寂が戻る。
――――――
炎が上がる。
建物はゆっくりと火に呑まれていく。
ミナトは這うように瓦礫の中を進んでいた。
「……どこだ……」
探している。
ただ一人だけを。
そして――見つけた。
「……シンロ」
小さな体。
動かない。
「……おい」
抱き上げる。
あまりにも軽い。
「起きろよ……シンロ……」
返事はない。
「……なぁ」
沈黙がすべてを支配する。
その瞬間――
何かが、音もなく壊れた。
「……ああああああああああああ!!」
叫び。
人間の形をした何かから漏れた絶叫。
ドアが破られる。
「いたぞ!」
三人の男。
だが――
「……」
ミナトはゆっくりと立ち上がる。
その瞳は、もはや何も映していなかった。
「殺す」
ただ一言。
それだけで空気が変わる。
――――――
最後の一人。
ケン。
全身が震えていた。
「た、頼む……!何でもする!金も出す!」
ミナトは静かに歩み寄る。
「何でも?」
「あ、ああ……!」
一瞬の沈黙。
そして――
「じゃあ、死ね」
パン、パン、パン――
引き金が止まるまで撃ち続けた。
静寂。
残るのは炎の音だけ。
ミナトは空を見上げる。
「……シンロ」
目を閉じる。
「今、行く」
炎がすべてを飲み込んでいく。
――――――
落ちる。
どこまでも。
底のない闇へ。
……
「……生きてるか?」
「呼吸はある!急げ!」
光。
眩しい。
「……ここは……」
体が軽い。
いや、軽すぎる。
手を見る。
小さい。
「……は?」
声が違う。
幼い。
「……あー……」
理解が追いつかない。
「……なんだよ、これ」
その時、気づく。
「……死んでない?」
違う。
これは――
「生まれた……?」
――――――
「オギャア、オギャア!」
赤ん坊の泣き声。
ミナトの意識は濁ったまま思考する。
(……マジかよ)
質素な部屋。
窓の外には静かな村。
(田舎……か)
扉が開く。
黒髪の男。
青い瞳。
「ほら、会いに行こう」
抱き上げられる。
(これが……父親か)
別の部屋。
そこにいたのは――
銀髪の女性。
紫の瞳。
「……綺麗だな」
思わずそう思う。
「この子が……」
優しく抱かれる。
温もり。
「名前は?」
父が問う。
母は静かに微笑む。
「オリオン」
「……オリオン?」
「先王の名よ」
空気が変わる。
「この子は……私の後継者」
静かだが重い声。
「いつか――すべてを取り戻す」
(……は?)
「敵は、すべて殺しなさい」
(ちょっと待て)
赤ん坊のまま、ミナトは思う。
(楽な人生じゃねぇのかよ……)
小さく息を吐く。
(異世界でも、結局これかよ……)
――オリオンの物語が、始まる。
あとがき
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