57 修一、卒業
冬を超えて春間近、梅が咲き誇り桜が蕾をつけ始める頃、修一は最後の登校をしていた。
卒業式、小学校生活の集大成であるがさほど感慨はない。同級生の殆どが同じ中学校に行くのだ、変わらぬ顔ぶれが来年からも続くとなれば、それは今までと変わらないことを示していた。
なんにせよ、卒業というひとつの節目を迎える。その儀式のために、修一は通い慣れた通学路をゆっくり歩いていた。
「今日の卒業式は中止です」
教室に入り、予行どおり準備していた生徒を前に、担任の男性が開口一番告げる。
生徒たちは反対の声を挙げ――なかった。ただ静かに、帰りの支度を始めていた。
それはつい一時間ほど前のことだった。インターネットの匿名掲示板に投稿されたメッセージ。
『○○小学校に爆弾をしかけた』
TL協会を名乗るものからの犯行予告、おそらく嘘である。現に警察が来て一通り調べたものの何も出ず、それでも無視するわけにはいかなかった。
避難ともとれる下校を命じられた全校生徒は恐ろしく整った動きでまず校庭へと向かう。そこに私語はなく、慌てずに駆け足、一糸乱れぬ隊列のまま校庭の真ん中に整列していた。
それを普通じゃないなぁと考えながら、修一は隊列の一番前に座っていた。身長順なのだから仕方がない。
ある意味で予期していたことが的中していただけと割り切れた。そう考えていたのは彼だけではない、おおよそ全校生徒と教師、そして父兄も含まれていた。
いつ爆発するかわからない不発弾を抱えた六年間だった、このまま爆発しないのではないか、なんて甘い考えは通用せず、むしろようやく来たことに安堵すらする。四半期に一度という異例のハイペースで行われた避難訓練が実を結んだ結果だった。
だからこそ、修一は言わねばならぬことがあった。
校長、教頭が今後のことについて話している。全校生徒の前で、やりそびれた卒業式をいつにするか、やらないわけにはいかず、しかし再度集まるには父兄の予定もある。今決める必要があったが安全が担保されていないのであれば更なる被害を生む可能性もある。悩みは袋小路を出ることはなく、待つ人の忍耐力を試されていた。
そして、
「先生」
「どうした?」
修一が立ち上がり、担任に声をかける。
「卒業式、ここでやりませんか?」
「……ここで? いや、ここ校庭だぞ?」
「でも安全です。屋内よりは」
周囲を見る。校庭なのだから当たり前のことで、視界に入るのは地面と等間隔に並ぶ木々だけ。当然、安全は確保済みだった。
校庭で卒業式など前例がない。しかし、当日爆弾のテロ予告も前例がないことである。それに、
「後日に延ばせば安全という保障もないですよね?」
「……」
それはぐうの音もでない事実だった。兎のように聞き耳を立てていたクラスメイト達も同意するように頷く。
「……提案はしてみるが、あんまり期待するなよ」
教師だって人の子である、利があれば傾くのは道理で、いまだ結論がでない会議の場へと向かっていく。その後ろ姿に集まる視線が後押しをしていた。
「ねえ」
帰り道。数時間前に通った道を反対から帰る途中、後ろから声をかけられ振り返る。
そこには、諸々の元凶がいた。手には先ほど全員が貰った黒い筒が握られている。
「なんだ?」
「どうして先生にあんな提案したの?」
変な事を聞かれ、修一は首をかしげる。変なのはいつものことだが、いつもに増して変である。
「……いや、別に深い意味はないけど」
「いつもだったら何も言わないじゃん」
「……そうか? そうかもな」
面倒くさそうに肯定する。知らない仮定の話をされても、修一は困るばかりだった。
思い返して――いや、別にいつも通りだった。後日になれば面倒くさい、また問題が起きれば面倒くさい。ならば最善はあの場で行事を終わらせることであり、予想外に素早くことが運んだことから他に提案者がいたことだろう。
つまり、誠のほうが変なのだ。
「別に誰も困ってないんだからいいだろ。じゃあな」
「……ありがとう」
「何が?」
「僕に矛先が向かないようにしてくれたんでしょ?」
……。
修一はゆっくりと息を溜めて、同じ時間をかけて吐き出す。笑えない冗談だった。
「寝言は寝て言え」
「違うの?」
「違う。そもそも誰もお前を責めたりしてないだろ」
「そうだけど」
「お前はよくやってる。それでも向こうから当たりに来るんだから避けようがない。わかってる、皆わかってるんだよ……だーっ女々しい!」
話しているうちに苛立ってきた修一は、手に持つ筒で誠の頭を叩いていた。そもそもなぜ慰めなければならないのか、意味がわからない。
ポカッといい音がして、首をすぼめて驚く誠は口を半開きにしていた。笑える顔だ、と思ったのもつかの間、すぐにやり返される。
小学生くらいの男子にとって、長いものを渡せばどうなるかのお手本のようなチャンバラはしばらくして誠の勝利で終わった。後半一方的に叩かれ続けた修一は逃げるように駆け出し、
「また中学校でな!」
そんな捨てセリフを吐いて軽快に自宅へと向かっていた。
「またねーっ!」
犬猿の仲で始まった親友の声は空へと消えていく。灰色の雲は夕陽に照らされ茜へと変わりつつあった。
その後、長い間誠は失踪することとなるとは、誰も予想していなかった。




