49 修一、誠と会話する
まだ日の高い昼過ぎ、修一は半ば拉致されるように帰宅の途についていた。
兄妹らしく手を繋ぎ、大きく手を振って歩く。当然、いやいやである。数日とはいえ遅く生まれたはずなのに頭ひとつ以上大きい妹の振り回すがままになっているのは、体格差が生み出すパワーの大きさを示していた。
「今日も学校楽しかったね」
「楽しいわけあるか」
卑屈な物言いはいつもの事であるが、能天気な沙耶に苛立ち歩が早まる。それでも数歩で引き戻されてしまうから、修一はさらに意固地になるのを止められなかった。
「修くんはつまらないの?」
「そう言ってるだろ」
「それって、つまらなくない?」
頭を使っているようには見えない会話に、足が止まる。これが自分の妹だと信じられず、何より自分より学校の勉強はできるところがなおのこと癪に触っていた。
とはいえ、それほど学力に明確な差があるわけではなかった。ただ修一がケアレスミスをしたときに、沙耶が正答していただけのことである。少女の記憶にすら残っていないことでも、本人の脳裏にはずっとこびりついていた。
話は戻り、つまらないと言っているのにつまらないと返される。オウム返しは子どもの特権であるが、鶏が先か卵が先かという質問に、
「馬鹿なこと言ってないで帰るぞ。勉強しなきゃなんだから」
まともに取り合えば自分も馬鹿になると言わんばかりに大きくため息をついていた。
「やぁ」
翌日。
学校について早々の事だった。修一の机の前に来たのはいけ好かない奴、誠だった。
授業が始まるまでの短い時間、それぞれ気の合う人と談笑したりするものだが、修一の周りには基本誰もいなかった。人を寄せ付けないオーラが出ていたからである。
それでほとんどの人は修一を避ける。しかし目的を持って近づく人間には効果がなかった。
大して用もないはずの彼が修一に近づいた理由は不明である。ただわかることとすれば、彼の行動が朝から気分を悪くさせたということであり、修一は顔を背けて返事もしなかった。
嫌悪感を顕にして、それでたいていどうにかなっていた。しかし、世の中そんな物分りのいい人間だけではなかった。
「今日の一時間目は算数だね」
「……」
「いつもこの時間は何をしてるの?」
「……」
「それ、教科書? 授業の前に軽く予習するなんて偉いね」
聞いてもいないのにペラペラとよく話す口である。完全に無視していても耳はどうしても言葉を拾ってしまい、それが神経を逆撫でる。誠の目的がわからないまま、修一は我慢の限界を迎えようとしていた。
机の下に忍ばせた手が固く握られる。そんな事にも気付かない誠が、
「沙耶ちゃんと兄妹なんだっけ?」
「……あいつが目的か?」
軽々地雷を踏み抜いてしまう。
睨みつける目は暴力も厭わないほど憎悪に満ちていて、しかし誠には届かない。幼児期に拳銃を向けられても尚、冷静に煽り続ける人間が、たかだか小学生の眼光に日和る理由がなかった。
「目的が何を指すかわからないけど、今は君の方が興味あるよ」
「……男が好きなのか?」
「いや? ……いや、なるほど」
皮肉のつもりで言った言葉を誠は感心したように深く頷いていた。
まさか、本当に? そう疑いたくなる態度がさらに距離を置きたくなる。
「――あ、ごめんごめん。ちょっとそういう人に対する社会認識がどうなっているか気になってね。僕は違うから安心して」
「……どうでもいい」
「しかし、そういう言葉がすぐに浮かんでくるということは、身近に同性愛者がいるのかな? ぜひ詳しく聞かせてほしいんだけど」
センシティブな内容に、身を乗り出して聞いてくる少年へ修一が抱いたのは恐怖だった。
なんだ、こいつと感じる。普通揶揄されれば怒って否定してくるか、呆れて離れていくかの二択である。それを期待していたのに、まさか乗ってくるなんて。いかれてる、やばい奴だと認識を改めていた。
もとより、この近辺に住んでいて誠を知らない人間はほぼいないと言っていいだろう。幼少期、協会員に拉致され全国ニュースでその顔を残している、事件は風化していても人の噂までは消すことはできない。それに外国の有名アーティストと一緒に世界を回っているらしい。当の本人がツーショット写真をネットに上げているのだから疑いようはなく、見た目の純朴さとは裏腹に台風の目として先生ですら忖度していた。
学校生活で非はなく、さらに付加価値をつける。結婚を視野に入れている同級生、いやこの小学校に通う生徒からすれば地雷のような優良物件、うまく制御できれば多大な利益を生むが、失敗した時にはその生命すら危うくなる。戦々恐々とした空気が誠の周りに渦巻いていた。
そんな中でも修一は周りに迎合せず、むしろはっきりと敵意を持つ人物であるから、
「僕はお前が嫌いだ」
はっきりと目を見て告げる。
小学校では皆と仲良くすることが美徳であるとされる。大人でも無理なことなのに何を言っているのかと鼻で笑われそうなことだが、だいたいは嫌いと告げるほうが悪者となるのが小学校というものである。悪手であるとわかっていても修一が悪意を口にしたのは、そうでもしなければ目の前にいる未確認生命体が意図を理解しなさそうだったからであり、
「うん、知ってる」
だいたい、意味がなかった。




