24 夜会話
二度目の入院からしばらく経って、誠はいつもどおりの生活をしていた。
この頃になると、頭で考えている動作に身体がついてくるようになり、様々なことができるようになっていた。主に美咲のもと、宝石加工の技術を磨く日々であるが、制作した装飾品もそれなりの金額で売れるようになっていた。
金銭とはわかりやすい指標である。ネームバリューのないハンドメイド商品が簡単に売れるほど世の中甘くはない。しかし素材は一級品、まだデザイン料を取るには至らないものの、相場より数割安ければぽつぽつと買い手が現れる。それが今の実力なのだと、誠は理解し、励みになっていた。
とはいえ装飾品作りばかりに時間を費やすことはできない。美咲にも美咲の時間があり、その間は機材を使用できないからだ。仕事もしている彼女がいつまでも誠と一緒にいられるわけもなく、大半の時間をほかのことで消化しなければならなかった。
では、その時間に何をするかと言えば、誠が選んだのは勉強である。勉強といっても子どもがするようなものではない、前世大学入学までの知識があるのにいまさら小学校レベルの教科では勉強とはならないからだ。
そのため、誠が目を付けたのは図書館だった。金はあるが無尽蔵ではない、限りある金は将来への備えであるため気軽に使えず、ならば無料で知識を得られる場所があるなら、そこを利用するに限る。ごく当たり前な理論だった。
幸いにも目的である図書館はそれほど遠くなかったが、誠ひとりでの外出は禁じられていた。なぜかと疑問を持つほうがナンセンス、自業自得というものである。
真由との交渉の末、どうにか週一回の図書館通いが認められていた。本当なら毎日でも通いたいというのが誠の本音だが、図書館には貸出というサービスがある。そこに目をつけた誠は、どうにか溜飲を下げていた。
借りる本は専ら参考書であった。それも各種資格を取るためのものである。学校で習う程度のことを今予習する意味合いは薄く、ならばより専門的な内容を学んだほうが得であるという判断だ。これが意外にも誠の性格と合っていたのか、生粋の生真面目さも手伝って、知っているようで知らない知識をなぞなぞ感覚で頭に詰め込んでいた。
法令とは、合理的である。科学とは法則に基づくものである。その二点を念頭に置いて読み解くと、まったく知らないはずのこともおぼろげながら見えてくる。知識を増やす以外にもいい時間の使い方を見つけたと、勉学に熱中していた。
いや、熱中したかったのだ。勉強している間は嫌なことを忘れられるから。
最近、誠には困ったことがあった。それは公園での出来事である。
「誠」
「誠くん」
「まーくん」「まこと」「まっちゃん」「まー坊」
……。
なんだかおかしい、誠がそう感じたのはつい最近のことだった。
やたらと呼び止められるのだ。それは同世代から年上、男女問わずである。内容も遊びの誘いであったり、ただ呼んでみたというものまで。特に女子からの誘いが多く、囲まれることもしばしばである。
そんなとき、志乃がいれば彼女が、迅がいれば彼らが引っ張り出してくれるのだが、そうもいかない日だってある。やたらと距離の近い女子に囲われ、肉食獣の檻に放り込まれた獲物のような気分を味わっていた。
「――これってなにが起きてるんですかね?」
自力での模索に限界を感じた誠は夜、ひとり静かに酒をたしなむ玲奈と、それに付き合う陽子へ相談していた。女性のことは女性に聞くのが早く、絶対に茶化すだけ茶化して満足する彩花は論外、美咲も同様であり、真由は育児で近くにいないため、必然的に彼女らを頼ることとなっていた。
玲奈と陽子は性格が似ていた。ともに冷静であり、計画立てて行動するタイプ。違う点があるとするならば、表に出る玲奈に対して、陽子は裏方に徹する傾向にあるということだろう。
そんなふたりは顔を見合わせると、
「モテてるんだろ」
玲奈がグラスを舐めながら言う。
モテている。いや、そんなわけあるかい。誠としてはそういいたい気持ちでいっぱいだった。二次性徴もまだだというのにモテて何がある。それよりも健全な友好関係を築くべきではないか、と。
しかし、陽子も玲奈の意見に賛同のようで、
「もしかしたら親から言われてるのかもね。今のうちに唾つけときなさいって」
「んな、阿呆な」
馬鹿にしたように笑うが、誠の背中には冷や汗が伝う。もしそうだとしたら、原因は悪しき習慣、"超結婚主義"にある。「いつも邪魔ばかりするな」と誠が感じてしまうのはまだこの世界に適合できていない証拠だった。
「うちもそうなの?」
「いや、うちは彩花が放任主義でいくって決めたからそういうのはないな」
玲奈の言葉は信頼できる。しかし、決めているのが生みの親であるということがそこはかとなく不安だった。
唯我独尊、我が道を行く彼女が前言を覆すことも珍しくない。気分屋と、いくらオブラートに包んで言ったとしても、家族はよく付き合えているなと誠は感心していた。
「明日になってこの人と結婚しろと言われても不思議じゃない人の言葉を信用しろというのは、ちょっと……」
「大丈夫よ。たぶん、おそらく……きっと。駄目だ、ありえそう」
何故諦めるのか、気持ちはわかるがもう少し粘って欲しいと思うのは贅沢なのだろうか。
案外身近にいた巨悪のことは未来へ投げて、誠は別の話題を探していた。
「とにかく、どうにかならないですか?」
「どうにかって言われても……方法はひとつしかないんじゃない?」
「あ、あるんだ」
「よくあることだからね」
陽子がさらりと言うくらい、ありふれた話のようだ。それは小学生になる前から婚活が始まっていることが常識であることも示していた。
「先に結婚する相手を決めることよ」
「本末転倒じゃないですか」
「いや、異性じゃなくて同性のね」
一瞬、誠には陽子の言葉の意味がわからなかった。
同性と結婚、すごい圧のある言葉である。しかしこの世界に置き換えて考えてみればなんてことはない、男友達、親友と呼べるものだった。
しかしそれがなんの解決になるのか、まだまだ理解の浅い誠にはわからない。男性の席が埋まったところで女性の席は空いている。何ひとつ状況は変わっていないように見えていた。
首を傾げる誠に、玲奈がグラスへウイスキーを注ぎ足しながら答えた。
「誠、お前のことを気に入っても、それについてくる人まで気に入るかわからないだろ? もしかしたら決定的に合わないかもしれないし、交友関係から隠れた人となりまで見えてくるもんだ。相手が慎重になる機会を作る、結構効果的なんだぞ」
「へぇ。あ、玲奈さんたちも学生時代はいつも一緒だったんだっけ。そういうことから?」
「どうだろうな、私は異性から声をかけられるほうじゃなかったし、そういうのは彩花が窓口になって全部断ってたらしいからよく知らん」
言い切る玲奈に、誠はちらりと陽子へ視線を向けると彼女も頷いて返していた。
なんとなく誠は察しがついていた。美咲は興味無いの一言で片付けていそうだし、真由は持ち前の優しさから断る姿を想像できない。その場の勢いで了承されそうな彩花に求婚することが最短であり、禍根の残らない方法だった。
だとすると、だ。今の家庭はどのようにして生まれたのだろうかと疑問が湧く。健太郎以下四名に対し、彩花がどこへ琴線に触れたのか、気になるところだった。
「健太郎さんを選んだのはなんで?」
「あぁ、健太郎を選んだわけじゃないよ」
「そうなんですか?」
まさかの返答である。女性の意思決定権が彩花に握られているとするならば、男性のそれは健太郎である。予想外の答えに誠は目を大きく丸くしていた。
では誰か。
「亮がいるから結婚したんだよ」
「へぇ」
亮とは――佐藤家の五郎、五人目の父親だった。誠の気の抜けた返答が示す通り、影が薄く、特徴としてはまだ若い印象の受ける人だった。
意外というよりも、どこに惹かれたのかわからないと言うのが正直な感想である。ありえないとまでは言わないが、一緒に馬鹿なことをするようなタイプにも見えず、接点が見えなかった。
そもそも彼は父親なのかと疑問に思う。彼の年齢から長男、大輝の年齢を引くとおそらく大学在学中なのだ。学生結婚が悪いとは言わないが、頭ひとつ抜けて若い彼の立ち位置がよくわからなかった。
ぐるぐると考えを巡らせていた誠は、ついに観念して問いかけた。
「亮さんってどんな人なんですか?」
聞けば返ってくる。
「言ってなかったっけ? 亮は彩花の弟だよ」
そこまで聞きたくはなかった。




