22 誠、脱出する
少年らに前後を挟まれ、連れてこられたのは公園にある小さな小屋だった。
久しく使用されていないことが一目でわかるほどの風化が進み、入口に無造作に積み上げられた箱は、中身を確かめることすらためらわれる有様である。
おそらく公園管理者の備品置き場であったのだろう。その一帯は人通りも少なく、一年にわたり公園を利用してきた誠ですら存在を知らないほどであった。鬱蒼と茂る木々が陽光を遮り、空気はひんやりと冷たく、身体の芯まで冷えるような雰囲気が漂っている。
こんなところで何をするのか。良くないことだというのだけは誠にもわかった。
小屋は鍵すらかかっておらず、ギシギシと音を立てて戸が開く。中は灯りがないようで薄暗く、そして物もないように見えていた。
まるで悪さをするために存在しているような場所である。悪ガキたちが何を目的としてこの場所を選んだのか、不謹慎ながら誠は興味が湧いていた。
「入れ」
促されるまま誠は歩みを進める。しかし足元もおぼつかないほど暗い。中に物が残っていないのは幸いだった。
誠が小屋に入ると、後ろから三人もついてきて、全員が入ったところで戸が閉められた。
「お前、昨日は――」
それはリーダーが言い切る前。閉めた戸の向こうからドサドサと、崩れ落ちる騒音が鳴り響いていた。
短い間だったが、予想外のことに全員黙り固まる。ようやく静かになった後、少年たちのひとりがドアノブに手をかけ、絶望的な表情で振り返る。
「おい、どうしたんだよ!?」
「開かない、重いんだ」
外に積んであった箱が崩れて戸が開かなくなった。そういうことである。
三人は身体を押し付けあって戸に体当たりするが、びくともしない。もう誠のことなど眼中になく、忍び寄る恐怖から逃れるため、必死にあがいていた。
ミイラ取りがミイラになったような、どうしようもない状況下においてひとり、冷静でいられたのは誠だった。
慌てる人を見るとかえって冷静でいられるという、そんな感じ。ひとりでいる時、こんな小屋に閉じ込められたなら慌てもするが、今慌てる理由がなかった。
それにしても、である。何を考えていたかわからないが、やるならちゃんと下調べをした上で実行してほしいものだ。
そんなことを考えながら、誠は床に寝転んでいた。きっとそのうち何とかなる、その時のために今は体力を残す選択をしていた。
それから。
誠が小屋に閉じ込められて約三十分ほどが経過していた。ところどころ穴の開いた床は埃まみれ、寝るにふさわしくなく、目を閉じても寝るにまで至らなかった。
いや、床の問題だけではない。
「うわーん」
「泣くな!」
「助けて、誰かぁ! 助けてぇ!」
単純にうるさいのである。まだ変声期を迎えていない少年の甲高い声が耳を通り過ぎるたびに、誠は苦渋を飲まされたような顔をしていた。
いくら騒いだところで助けが来るはずないのだ。なぜなら少年たちが自分でこの場所を選んだのだから。
彼らが無力さに打ちひしがれ、絶望に膝をつくまでそう時間はかからなかった。所詮は小学生、そろそろ動き出そうかと、誠は重い腰を上げていた。
「さて――」
周囲を見渡して、身体を伸ばす。「寝るならやはり柔らかいところの上だな」とのんきに構えていると、リーダーである少年と目が合った。
「お前のせいだ!」
「……いや、それだけはないでしょ」
他人に当たりたい気持ちはわかるが、誠は首と手を振る。流石に認める理由がなかった。
「スマホ持ってないの?」
聞いてもろくな返事は返ってこなかった。慌てているだけで存在を忘れているというかすかな期待は持たないほうがいいとのこと。
外部との連絡は絶たれた。ならば自分たちで外に出るしか道は残されていない。それを再確認した誠は目についたものを拾い上げていた。
汚い布である。なにに使われていたか想像したくない代物が、脱出するために必要なものだった。
「ねえ、ここから出たいならひとつ約束して欲しいんだけど」
「……なんだよ」
「もう突っかかってこないで。ただそれだけでいいから」
「わかった」
思いのほか素直な返答に、誠はそれ以上何も言わずにいた。
そして部屋の中を歩き、壁を前にして立ち止まる。
そこは、見た目は他と何も違わない、ただの壁だった。
上を向く。暗い小屋の中でもぼんやり輪郭がわかるのは、上部にある採光窓のおかげだった。
誠の立てた作戦はこうである。どうにか採光窓まで登り、窓ガラスを突き破って外へ出る。単純であり、わかりやすい。問題はどうやって登るかという所に集約されていた。
足をかける場所も、梯子もない。熟練のロッククライマーならいざ知れず、誠の力ではどうすることもできなかった。
だから――。
「手伝ってよ」
振り返り、告げる。ひとりで無理ならふたり、ふたりで無理なら三人。数は力である。
脱出プロジェクトは難航に難航を極めていた。
「痛い痛いっ」
「早くしてよー!」
「おい、揺れるな! 落ちるだろ」
少年たちで作った人梯子は数度の崩壊を経て、どうにか完成していた。
欠陥だらけの今にも崩れそうな梯子である。誠はそれを不安そうに見上げながら、一人目の少年の足にしがみついていた。
太ももを踏みつけ、服を引っ張り、二の腕に垂れ、頂きを目指す。柔らかく、それでいて滑る人体は、木登りのようにはうまく行かず、耳元で叫ばれる「早く!」や「痛い!」といった悲痛な叫びを聞きながら懸命に上へと向かっていた。
ひとり目を超えて、ふたり目。体重の重い順に積んでいるため、さきほどより細く頼りない。
誠が苦戦しながらも中腹まで来た時だった。
「――あっ!」
こういう状況で一番聞きたくない単語の意味は直後に分かる。足を引っ掛けたはずがすっぽ抜け、その理由は真ん中の子のズボンが負荷に耐えきれず脱げ落ちたからだ。
あったはずの足場がなくなり、誠は滑るように落ちていた。
一瞬の浮遊感の後、強く尻を打ち付ける。あっという間の出来事に受け身も取れず悶絶していると、バランスを崩した梯子も崩壊していた。
死屍累々。
「おい、何してんだ! 真面目にやれ!」
一番上から落ちたはずの少年が素早く立ち上がると、理不尽な罵声を浴びせていた。
誰も落ちたくて落ちたわけではない。不運な事故による失敗だったが、不満は誠に集中していた。
「早く登ってよ」
「ズボン脱げたじゃないか」
「登りにくいんだもん、仕方ないじゃないか。それとズボンに関してはベルトしてないほうが悪いよね?」
醜い論争は何も生み出さず、ただ険悪な雰囲気だけを漂わせていた。
では脱出を諦めるか、そうはならないのである。諦めたら最後、誰にも見つかることなく干からびて白骨化する――前には助けられるだろうけれど、不確かなことは恐怖を煽る。
挫け諦めかけても、まだ悲観するには早い。誠は立ち上がり、臀部を擦りながら、
「もう一回、チャレンジしよう」
「いいけどよ……同じやり方じゃ失敗するぜ?」
「なら片手で押し上げてくれない? 登る時間が短ければそれだけ負担は軽くなるでしょ」
短時間、負担を強いることになるが、誠の短い手足ではどうしても時間がかかる。その提案に少年らはしぶしぶ頷いて、定位置についていた。
一番太った子の上に細長い子が乗り、その上に小柄なリーダーの子が乗る。すでに回数を重ねているだけあってその行動はスムーズだった。
「早くしてくれよ」
上から降る声に誠は「了解」と答え、また登頂を始める。
腕にぶら下がり、腿を踏み。肩に足を乗っければ、先ほどとは違いお尻を押すアシストがあった。さほど力が入っていなくとも、後押しは効果的で、するすると誠はふたり目の肩まで到達していた。
肩を足場に一番上の子の腕を掴む。順調である、時間もかからず、ここを越えれば窓枠まで手が届く距離だった。
「あっ!?」
そして誠は足を踏み外した。
誰かのせいではない。単純に誠のミスである。ふわりと身体が浮き、そのまま落下――するはずが、途中で止まった。
「おい! ふざけんな!」
「ごめん!」
驚いて全身に冷や汗を浮かべる誠の腕を、リーダーの少年が掴んでいた。そしてどこにそんな力が眠っていたのか、そのまま誠を引き上げて、
「行け!」
「うん!」
誠は少年の肩を蹴り、飛び上がる。そしてようやく窓枠に手をかけた。




