誕生日
六甲山全山縦走から2週間。
その日は少し肌寒いが天気は良くこの時期にしては暖かい日であった。
影一がいる場所は中古車販売店。
すでに諸々の手続きを終えてあとは車を引き取るだけの状態である。
影一は考えていた山岳会に入る前にするべき準備はないかと。
考えた末色々とこなさなければならないことがあったがその一つに車の購入があった。
いつまでも親の車を借りている訳にもいかず場合によっては自分の車を出す場面も出てくるかも知れない。
という訳で六甲山全山縦走を終えてからすぐに車を選んで購入手続きに入った。
「キーです。」
「ありがとうございます。」
店員からキーを受け取り運転席に入った。
キーを回すとスターターが始動してエンジンが動き出す。
その車の名はスバル、フォレスター
ボクサーエンジンの鼓動が心地いい。
フォレスターは最大五人乗りで荷物もたくさん積めて四駆なので悪路にも強く山に行くのには向いている車である。
色はシルバーで年式は二世代前なので少し古いが格安で状態もよかった。
早速猿投山までドライブしてみることにした。
運転してみた感じとしては比較的運転しやすいと感じた。
少し車体が大きな気はしたが慣れればなんとかなりそうだと思った。
駐車場に着くと支度をしてあるきだしたが身体が嘘の様に軽かった。
てきぱきと歩いて山頂往復してコースタイム約4時間に対して3時間を切るハイペースで歩ききった。
六甲山での経験が活きているのを感じた。
あまりにも長い時間、長い距離を歩いたので歩くという感覚が六甲山全山縦走する前と後ではあきらかに変わっていた。
今度は早いペースをいかに維持して長い距離を歩けるかということが課題になる様に思えた。
そして家に帰ると葉子が待っていた。
「お兄ちゃん、誕生日おめでとう。」
「あっ、ありがとう。」
影一は今日が自分の誕生日であることなどすっかり忘れていた。
「これあげるね。」
そう言って小綺麗にラッピングされた小さな袋を影一に渡す。
「開けてもいい?」
「いいよ。」
渡された袋を丁寧に開けて中身を出してみる。
中身は片手に収まるほどの小さなメモ帳だった。
「このメモ帳防水加工がしてあるの。山で使えると思って。」
「ありがとう。大事に使うよ。」
影一にとっては嬉しいプレゼントだった。
普段はコースタイムなどを記録するメモ帳をチャット付きビニール袋に入れていたがいざ雨に濡れることを考えると少し不安はあった。
そんな不安もこれで解消されたと言える。
目の付け所がいいというか非常に実用的で良く考えられたプレゼントだった。
メモ帳だけ渡すと葉子は自分の部屋に戻っていった。
これは葉子の誕生日には何か考えなくてはならないなと思うのであった。
誕生日プレゼントなど何年も渡したことなどなかったが。
部屋に戻るとベッドに仰向けになり天井を眺めていた。
「誕生日か。」
これで二十歳になる。
その事について色々と考えを巡らせていた。
二十歳ということは成人するということで大人になったということである。
当然そうなれば様々なところで責任が発生したりする。
だが責任の持てる範囲では自由ということでもあり例えば山岳会に入るのも自由だろう。
そうなると影一の夢が少しだけ現実味が出てくる。
すでに入る山岳会は決めていた。
だが山岳会のホームページには入会が4月からとあるのでそれまで少しの間期間がある。
その期間で影一は色々と登りたい山があった。
「次に登る山はここだ。」
影一の頭の中にはたくさんのアイデアが渦巻いていた。