六甲山全山縦走3-夢-
それは中学一年生の夏。
二学期が始まってすぐのことだった。
「あのさ、次の授業なんだっけ?」
影一がクラスの友達に話しかけると。
「・・・。」
返事はない。
「あのさ!」
さっきよりもっと大きな声でもう一度話しかけるが返事は返ってこなかった。
教科書に目線を落とした状態から微動だにしない。
具合でも悪いのかと思った矢先キャイムがなり放課が終わり先生が教室に入ってきて授業が始まった。
授業が終わりノートをまとめ終わると仲のいい3人組が話しているところに合流しようとするが。
3人組は影一のことなど全く見えていないような風に話しを続けていた。
察しのいい影一はハッとなる。
その後も何人かクラスの人間に話しかけるが無視され続けた。
さっきまで友達だったと思っていた人たちはもう友達ではなくなっていた。
無視される理由は特に思い当らなかった。
もともと明るい性格で友達も多かった影一は周囲から無視され続けることに絶望感を感じていた。
心配させることに耐え切れなくて親や先生には相談できなかった。
学校を休むことも同じ理由からできずに次第に精神的に追い込まれていく影一。
毎日がものすごく長く感じられ授業には集中できない、心は摩耗してついには声が出せなくなった。
2学期が終わり冬休みに入る。
3学期が始まる前、部屋のカーテンのレールに紐を括り付け首を吊ろうかとも思ったが家族に心配をかけたくない一心で思いとどまった。
そして3学期が始まり影一は再び無視され続けたがそれでも耐え続けて学年が変わったところで影一へのいじめは終わった。
だが半年以上周囲から無視されつづけた精神的ダメージは大きく影一は昔のように明るい影一ではなくなっていた。
長い間こえを出せない状態が続いたため話しかけられてもコミュニケーションがとれる状態ではなくなっていた。
それに影一は人を信じることが出来なくもなっていた。
そうして2年間誰とも深い関わりをもたずに中学を卒業した影一は地元の工業高校に進学した。
それでも進学を機に心機一転頑張りたいと思っていた影一はチームプレーは苦手になっていたが個人技の陸上部なら頑張れるかもしれないと思い陸上部へ入部して中・長距離を専攻した。
だがここは地元の工業高校、同じ部活内に中学1年生の時のクラスメイトが2人もいた。
2年間のリハビリで精神状態はいくらかマシになっていたがクラスメイトの顔を見ると緊張したし悪い汗が出るのを感じた。
クラスメイト自体は別に何もしては来なかったのでこちらもただの他人と割り切って過ごすことにした。
だがやはりそんな緊張感があると精神衛生上よくなく高校生活の3年間で誰にも心を開くことが出来なかったし練習も打ち込めず大した結果を残すことはできなかった。
そんな影一だったが勉強の方の成績はよく大手自動車部品メーカーに就職できた。
しかし肝心の仕事の方は雑用の様な事ばかりやらされていた。
5年先自分が何をやっているか想像できてしまう。
そんな自分の人生を悲観していた影一だったが黒味岳の山頂で登山を通じて人生を変えようと誓った。
そして今暗闇の道を一人歩く影一は六甲山最高峰にたどり着こうとしているのであった。