5-11 最後
奈津の体に激痛が走る。
だが、彼女は決して声を上げたりはしなかった。体内の不幸因子を必死に抑えつけ、エネルギーが漏れ出さないように気を強く持った。
「奈津!」
背後からメジロの悲痛な声が聞こえた。
莉多の右腕は奈津の胸の中心を突き破り、二の腕まで深く刺さっている。奈津の霊体としての核が破壊され、彼女の体が揺らぎ始めた。この状態では奈津は姿を保てず、不幸因子を爆散させながら消滅してしまうだろう。
奈津は強靭な精神力で自我を掴んでいたが、いつ離れてしまうかわからない。
核を上手く修復できれば延命できるが、可能性は限りなく薄い。再生できたとしても、莉多ほうが強いのは変わらない。莉多を止めることは出来ないだろう。
「勝負あったわね、奈津。諦めてエネルギーを渡しなさい」
莉多は耳元でささやいた。
確かに奈津は負けてしまった。メジロと組んでも莉多には勝てなかった。今の奈津では、どうしようもなかった。
だが、このままでは終われない。
姿を保てているうちに、あの世へ逃げるのも一つの手段だろう。そうすれば、莉多に不幸因子を渡さなくて済む。しかし、奈津がいなくなれば、莉多の支配を許してしまうことになる。
そんなのは許されない。
最後の手段に出るしかなかった。
「メジロ! 限界突破して!」
奈津は声を振り絞った。
莉多に貫かれる前から、奈津の覚悟は決まっていた。即日あの世行きになることと引き換えに不幸因子吸引限界量が二倍になるという、最後の手段に出る。莉多以上の不幸因子を体内に吸収すれば、莉多とカラスを圧倒できる。それが最後の希望だった。
メジロは奈津の決意を受け取った。
返事はしなかった。その言葉の直後には動いていた。
メジロと奈津の精神が結合する。メジロは奈津の体に眠るリミッターを外し、不幸因子が入り込む空間を強引に押し広げた。
限界突破した奈津の体が黄緑色に光り出す。
奈津は両手にエネルギーを溜め、莉多の腹部に押し付けた。
それが何を意味するのか、莉多は瞬時に理解した。彼女は奈津の胸から右腕を引き抜くと同時に、大きく後ろに飛ぶ。その直後、奈津の両手から黒い槍が突き出された。
その攻撃は、紙一重で届かなかった。
莉多と奈津の間に距離が開く。
限界突破の力のよって奈津の胸部が修復され、破壊された核も元に戻った。再び戦闘可能になった彼女は、凛とした表情で莉多に視線を向けていた。
莉多はうろたえてしまったが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「限界突破したところで、奈津が吸い取れる不幸因子なんてどこにもないわよ。五区の外にでも集めに行くつもりかしら。そんなことをしたところで、その間に小夜と結衣が私に殺されるだけよ。あの二人の不幸因子があれば、奈津が消えるまで耐え抜くことなんて造作もないわ」
彼女の言う通りだった。
今までの奈津であれば、限界突破したところで無駄死にするだけだっただろう。しかし、彼女の覚悟はそんな生半可なものではなかった。
奈津の目つきが鋭くなり、顔に邪悪さが満ちていく。
「不幸因子なら、すぐそばにありますよ。それも、莉多さんを一瞬で倒せるほどの量が」
「あなた……まさか!」
莉多が彼女の真意に気付くと同時に、奈津は最高速で翔け出した。
彼女の行く先には、抵抗勢力の六人とカラスがいた。彼女たちは奈津の姿を目にし、カラスを倒しに来たものだと思った。
しかし、奈津が向かったのは抵抗勢力のほうだった。
彼女は鬼の形相で結衣と小夜の前に降り立つ。
そして、間髪入れずに二人の腹部を片手で貫いた。
右手に結衣、左手に小夜。二人の表情が驚愕で歪む。奈津の行動が理解不能だった。その裏切りともとれる行為に、カラスでさえも自分の目を疑った。
「ごめんなさい。不幸因子、もらいます」
奈津は結衣と小夜に小声で断りを入れる。二人が何かを言おうとする前に、奈津は彼女たちの体内にある不幸因子を吸引し始めた。
奈津の体に強大なエネルギーが注ぎ込まれる。ベテランの二人が溜め込んだ不幸因子のほとんどを、奈津はわずか数秒で吸い尽くした。
微量の不幸因子を残し、奈津は吸引を止める。
彼女は二人の腹部から手を引き抜き、すぐに破損個所を修復した。結衣と小夜は手で腹部を抑えながら、怪訝な顔で奈津を見ていた。
奈津は振り返り、莉多に視線を向ける。
「これで、十四年分の不幸因子が集まりましたよ、莉多さん」
「あ、あなたが……そんなことをするなんて……」
奈津の行動に、莉多は恐怖を覚えた。
殺さなかったとはいえ、目的のために仲間に危害を加えたのだ。結衣と小夜が感じた恐ろしさは尋常ではなかっただろう。それを、奈津は迷いなく実行した。
「もう、手段なんて選べないですから。莉多さんのような悪人を倒すためには、わたしも同じ悪人になるしかなかったんです」
奈津はそう言い切り、ゆっくりと莉多に向かっていく。
莉多の口から笑いが漏れ出る。
不幸因子の総量は莉多のほうが多い。だが、直接エネルギーとして使えるのは奈津も莉多も同程度だろう。これではどちらが勝つかわからない。
いや、体内保有量は奈津のほうが四年分多いため、戦闘においては奈津が優位だろう。
負けるかもしれない。
それでも、莉多は笑いを抑えきれなかった。
「いいでしょう! 命と誇りを引き換えに手に入れたその力! あなたを倒してこそ意味があるわ! 全力でお相手しましょう!」
莉多はそう宣言して空高く飛び上がった。
奈津も彼女を追う。
燃える大都市の遥か上空で、奈津と莉多が向き合った。
奈津は体内の不幸因子をすべて活性化させ、重心を低く構える。莉多は支配下の不幸因子をすべて身の回りに凝縮させ、自らの力に変えていく。
対峙する二人の少女に、静寂が訪れる。
そして、彼女たちは同時に動き出した。




