4-4 資格
彼女の目的にはある程度の理性があるようだった。奈津はそれについて考えるのを後に回し、話を別の方向に持っていくことにした。
「そうですか……莉多さんの目的はわかりました。でも、カラスさんの目的がわかりません」
奈津は視線を上げ、カラスに目を向ける。
カラスは意外そうに見つめ返した。彼女は莉多の後ろに立ったまま、少し考えるようなそぶりを見せてから質問に答えた。
「俺はただ、この遣いのシステムが気に入らないだけさ。少数を犠牲にして多数を救うようなやり方がな。俺の目的は、莉多に暴動を起こさせて遣いのシステムを変えることだ。一つの魂に不幸因子を凝縮させるのは危険だと、他の死神どもに知らせるのさ」
落ち着いた女性の声だった。
カラスから威厳を感じたが、奈津はそれに臆することなく質問を重ねる。
「あなたが作り出したシステムを、あなたが変えるんですか?」
「結果的にそうなる。遣いのシステムは、当初は不幸にも死んでしまった人間に、ささやかな充足感を与えるという救済の面が大きかったのだ。働いてもらうのは、基本的に三日間だけで、長くても十日間だった。それが、効率を求めるあまり期間が長くなり、やがて素質のある人間を殺して長期間こき使うようになってしまった。死神の都合だけで未来ある人間を殺すなど、許されるわけがない」
カラスの目が険しくなる。
奈津にとって、カラスが感情を露わにするのを見るのは初めてだった。
だが、それでも訊くべきことは訊く。
「そのために、莉多さんを利用するんですか? 莉多さんを殺して」
「いいや。莉多は殺していない。こいつは本当に不幸だっただけだ。不幸因子と憎悪の強いニオイがする場所に行ったら、死にかけの莉多がいた。この少女は偶然にも最高の素質を持っていたから、使わせてもらっただけのこと」
カラスは憐れみの目を莉多に向ける。
人間に殺されてしまったことも不幸であれば、死神に目を付けられてしまったことも不幸だと、その目は言っていた。
奈津は頷きつつも、眉をひそめて疑問をぶつける。
「そうですか。でも、遣いの暴走は、莉多さんが失敗したときの話じゃないですか? 莉多さんが成功して裏の支配者になったら、この世はあなたたちが操る不幸因子に満たされるんですよね? そうなったら、不幸因子の回収も意味がなくなります。遣いのシステムを変えるどころか、システムそのものを消すことになりませんか?」
カラスは奈津の質問に黙って耳を傾けていた。
一呼吸置いて、カラスが答える。
「俺と莉多にも操れる不幸因子の量には限りがある。不幸因子は無限に湧いてくるから、余分な不幸因子も当然発生する。それを回収する者たちが必要不可欠だ。莉多が成功したら、死神に社会の調整という特別な役職が出来るだけ。愚かな指導者が減ることは、不幸因子の発生の減少に繋がる。死神にとっても、この世に人間たちにとっても、得なのだ」
奈津はこめかみに人差し指を当て、数秒考える。
カラスの言葉を整理した奈津は、ゆっくりと口を開いた。
「莉多さんの企みが成功しても失敗しても、遣いのシステムを変えるチャンスになる。失敗すれば、遣いに不幸因子を集中させる危険性を広めることができる。成功すれば、支配者になって不幸因子の漏出を抑えることができ、やがては遣いの重要性が薄れる。どっちに転んでもカラスさんの思い通り。でも、成功した方が総合的に得。そういうわけですか」
「そうだ」
カラスは凛々しい表情で頷く。
奈津は莉多とカラスの目的を頭の中で反芻する。莉多は人間社会の癌を取り除き、カラスは遣い制度を変えるきっかけを作る。それぞれの目的は違うが、二人ともシステムを変えるという点では同じ。
奈津は迷った。彼女は人間社会によって幸福を奪われ、遣いの制度によって未来を潰された。莉多とカラスは、その二つを変えるというのだ。そうなれば、自分のような不幸な人間がいなくなるかもしれない。
この二人を止める理由が、どこにある?
奈津はドス黒い感情がせり上がってくるのを感じ、下を向いて歯を食いしばった。何も考えられなくなる。その感情を抑えるので精一杯だった。
カラスは口を閉ざし、これ以上話す気配はない。
それを確認した莉多は立ち上がり、奈津を優しく見下ろした。
「私は奈津が欲しい。あなたは私に似ている。そして、私とは正反対の人間でもある。だからこそ、理想の社会を作り上げるために、私の隣にいて欲しい。誰を間引けば皆の幸せになるのか、一緒に考えて欲しい」
莉多は穏やかな声で奈津に語りかける。
その言葉を聞きながら、奈津は目を固く閉じた。
自分はどうするべきなのか。自分の信念とは何なのか。死者である自分が、誰かを殺し続けることがそうなのか。誰かを殺して、人々を幸せにすることなのか。自分たちの判断だけで命を奪うことが、自分のやるべきことなのか。
奈津は自らに問い続ける。
そんな彼女に、莉多はもう一度声をかける。
「奈津は不幸因子を操る力を手に入れた。私たちとともに支配者になる資格がある。腐った上層部を憎む者どうし、共にこの歪んだ世界を正しましょう」
芯の通った優しい声で、莉多は奈津に右手を差し伸べる。
奈津は顔を上げ、莉多の手と顔を交互に見る。
清らかで美しい手と、見とれてしまうほどに整った顔。その顔つきは逞しく見える。何かを強く信じているからこそ、莉多はここまで人間を惹きつけることができるのだろう。彼女に惹きつけられるのは、奈津も例外ではなかった。
奈津は目を閉じ、小さく笑った。




