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不幸少女と死神メジロ  作者: 武池 柾斗
第四章 歪んだ世界
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4-3 支配者

 奈津は歩み寄ってくる二人を睨みつける。


「それはこっちのセリフです。わざわざこんなところまで何しに来たんですか?」


 その声は低く、抑揚がなかった。

 莉多とカラスは奈津の目の前で立ち止まる。莉多は奈津を見下ろし、微笑みかけた。


「あら怖い顔。いったいどうしたのかしら?」

「わかってるくせに」


 奈津は莉多を見上げ、眉間にしわを寄せる。

 莉多は満足そうに口元を上げた。


「そうね。あなたは真実を知ってしまった。遣いは、死神に殺されたものだというね」


 奈津は莉多の言葉を聞き、両拳を握りしめた。


 確かにそうだ。奈津は死神の遣いについて隠された真実を知ってしまった。だが、死神側の事情も理解は出来ていたため、怒りはすでに収まりかけている。


「それもあります。ただ、わたしが莉多さんに怒っているのはそのことじゃありません」

「では、何に対して怒っているの?」


 莉多は眉をひそめた。


 彼女は奈津の動向を観察していた。先ほどの事故現場で、奈津はメジロに対して怒りを抱いているように思えた。だが、そうではないらしい。予想に反して、彼女の怒りは莉多に向いているようだった。


 奈津は表情をさらに険しくし、声を張り上げる。


「わたしが憎んでた神崎親子に、不幸因子を注ぎ込んだのはあなたたちでしょ! いくらなんでもタイミングが良すぎる!」


 そう言い切った後、奈津は莉多の目を見据えた。


 今朝の集会後の言い合いで、莉多が「今夜が楽しみね」だの「死神の遣いであることを忘れないように」だの言っていたのが、なによりの証拠だった。


 莉多は口元をまっすぐにし、目をきつく細めた。


「とぼけても無駄だから言うわ。その通りよ。」


 あっさりと認められ、奈津は胸の中が沸き立つのを感じた。

 彼女はそれを必死に抑え、疑問を投げかける。


「どうやって神崎のことを知ったんですか?」


「今日、あなたの目を覗き込んだときに記憶を探らせてもらったわ。神崎親子も中央区で見かけたことがあったから幸運だった。それで今夜、二人を探し出して利用させてもらったのよ。メジロ様が奈津を完全支配するように仕向けるためにね」


 莉多の答えを聞き、奈津は歯ぎしりをした。


 今朝の莉多に対して得体の知れない恐怖を感じたのは、記憶を探られたからだったのだ。接近を許したのが愚かだった。そのせいで、あの短時間で作戦を練られ、それにまんまと引っかかってしまった。


 奈津は感情的な行動をとってしまった自分を恨んだ。


 しかし、悔やんでも仕方がない。今は莉多との話を進めるべきだろう。それ以外にできることは一切ない。


「あんなことをして、いったい何が目的なんですか?」


 奈津にそう尋ねられ、莉多は再び微笑んだ。

 敵意など微塵も感じさせない眼差しだった。


「あなたをこちら側に引き込むためよ」

「こんなことで、わたしが協力するとでも?」


 奈津は声に抑揚を強く付け、莉多を威嚇する。


 もはや自分には死神の遣いとしての資格は無いと、奈津は思っていた。だが、莉多の企みに加担する気もない。誘ってくること自体が理解できなかった。


 奈津に拒否されたが、莉多は微笑んだままだった。


「まあまあ、話は最後まで聴いて頂戴。かなり長い話になるけど」

「ご自由にどうぞ」


 奈津は鼻で笑い、莉多から顔を逸らした。


「ありがとう、奈津」


 莉多は上機嫌で声をかけ、奈津から一度離れた。近くに転がっていた黄色のビールケースを拾い、莉多は奈津の前に戻ってきた。


 莉多はビールケースを裏返し、椅子代わりとしてそれに座った。


「それでは始めましょうか。奈津には、特別に全部教えてあげる。私たちの、本当の目的をね」

「話してくれるんですね。ご丁寧にどうも」


 奈津は嫌味ったらしく言ってみせたが、莉多の話を聞く体勢に入っていた。

 カラスは莉多の後ろに立ち、二人の遣いを黙って見守っている。


 莉多は深く呼吸をしてから話し始めた。


「私が死んだのは九年前、高校三年生の冬。大学受験を控えていた頃ね。私の出自だけれど、私は平藤グループを経営する家系に生まれたわ。いわゆるお嬢様。でも、私自身はグループの頂点に立つつもりでいたけれどね」


 そこまで話したところで、奈津が口を挟んだ。


「平藤グループ? 聞いたことありませんね」

「それはそうよ。私が死んだ二年後に解体されたもの」


 莉多の返答は淡々としていた。


 自分が深く関係していた組織の崩壊に対し、莉多は何の感情も抱いていないように見えた。上流の出身であることを茶化してやろうという気持ちが奈津にはあったが、莉多の様子を見てそれは消え失せた。


「どうぞ、続けてください」


 奈津に促され、莉多は話を再開した。


「平藤グループは祖父が興した機械関係の会社が元になっていたわ。祖父のもとでは立派な組織だったのだけれど、父の代になってから変わってしまった。従業員に過酷な労働を強いて使い潰し、上層部は豪勢な生活を送る、愚かな会社にね」


 そう話す莉多の目は伏せ気味になっていた。

 憎しみよりも哀れみのほうが強く感じられた。


「私は、会社を変える立場になるために努力をした。勉学、習い事、社交性や品格の身に付け方、その他いろいろとね。私は女だったけど、無能で品格の無い父や兄、そして重役たちを押しのけるつもりでいたわ。個人を大切にしない組織は長く続かないもの。祖父から受け継いだものを、くだらない原因で潰したくなかった」


 莉多はそこで力なく笑った。

 それは奈津が死に際に浮かべた、諦めの表情と同じだった。


「でも、私は死んでしまった。恨みを持った従業員が、復讐のために経営者親族を刺したの。そのとき不幸にも選ばれてしまったのが私。最も憎悪を向けやすく、そして最も狙いやすかったのでしょうね。帰り道でいきなり後ろから刺され、そのまま倒れて動けなくなったわ」


 莉多の表情が険しくなり、拳に力が入る。

 やりきれない怒りが奈津にも感じ取れた。


「犯人には恨み言を浴びせられた。痛みが激しすぎてよく聞こえなかったけれど。でも、私は刺すなら薄汚いオヤジどもを刺せと恨んだわ。意識が薄れていくなかで、私は世の中を憎んだ。人間のクズが支配者となり、善良な民衆を追い詰め、凶悪な存在に変えてしまう社会をね」


 莉多は口元を緩め、後ろのカラスを一瞥した。


「そんなことを思っていたら、このカラスがやってきた。カラスは言ったわ。クズな支配者を排除できる力を与えてやる、と。私は迷うことなくその手を取り、死神の遣いになって、不幸因子を集めたわ。そして、不幸因子を自在に操る力も手に入れた」


 莉多は真剣なまなざしで奈津を見る。


「私の目的は、この世界の裏の支配者になること。上に立つ資格のない人間を排除し、善良な人間だけが物事を動かす社会を作り上げる。不幸因子は、それを可能にするわ」


 莉多の真の目的が明らかになる。

 奈津は目の前の少女を睨み付けた。


「悪人全員を殺すつもりですか」


「いいえ、そんなことをしてもキリがないわ。殺すのは、上の悪人だけよ。人を人と思わないような人間が上層部にいるのは不利益でしかない。私はそれを間引くだけ。それ以上のことはしないわ」


 莉多は穏やかな声で否定した。





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