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不幸少女と死神メジロ  作者: 武池 柾斗
第三章 遣いの使命
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3-5 雨

 奈津とメジロは西区の拠点に戻り、四時間の休憩をとった。


 昼の巡回では不幸因子の存在は確認できなかった。不安を煽るかのように、空は鉛色の雲に覆われている。電光掲示板に映し出されていた気象予報によると、今夜から明日朝にかけて雨か雪とのことだった。


 そして夜になり、雨が静かに降り出した。

 奈津は高層ビルの屋上で街を眺めていた。


 無数の雨粒が奈津の体を叩き、弾かれていく。彼女の服や髪は濡れず、乾いた状態を保っている。奈津は霊体なので、少し注意を向ければ干渉するものを選べる。不幸因子の感知に集中するのであれば、雨に濡れるのを我慢すればよかった。だが、今はそのような気分ではなかった。


「メジロ、不幸因子の爆弾って何だと思う?」


 奈津は肩に留まっているメジロに尋ねた。


「今ある情報で考えれば、おそらく人間だろう。昨夜のように、不幸因子を人の体内で増大させて放出するつもりなのかもしれない」


「なるほどねぇ……あれってさ、どうやって不幸因子を呼び寄せてるの?」


「莉多が持っている不幸因子を人間にとりつかせ、人間の負の感情を増幅させているのだろう。そして、一定以上の漏出があるまでは体の中に閉じ込める。まったく、残酷な方法だ」


 奈津はメジロの考えを聞いて腹立たしさを感じ、自らの太ももを拳で叩いた。


「なんてひどいことを……人の道から外れてる!」

「ああ、許されるものではない」


 奈津とメジロは莉多に対して怒りを感じていた。カラスに対しても同様だ。なぜそのようなことをするのか理解できなかった。


 だが、怒ってばかりでは先に進まない。

 奈津は別の話題を切り出した。


「黒塊の出現場所は、なにか関係があるのかな。巨大な魔法陣とか」

「死神の世界にそんなものはない」

「じゃあ、関係ないのかな」


 奈津は口に手を当てて唸り始めた。


 考えるための材料はないが、とにかく考えなければならない。莉多が次の行動に出るまでに対策を練っておく必要がある。だが、いくら考えても何一つ浮かんでこなかった。


 気分転換のために、奈津は周りを見渡した。


「今日は、不幸因子が薄いね。出てないんじゃないのってくらいだよ」

「とりあえず、もう一度調査に出かけてみたらどうだ」


 メジロの助言を受け、奈津は口から手を離す。


「そうだね。ここに居ても暇だし、黒塊が出たところでも見てみようか。やっぱり何か関係があると思うんだよね」

「そうするといい」

「じゃ、いっきまーす」


 メジロの許可が下りるや否や、奈津は調査のために屋上から跳び上がった。


 空中で一回転半してから降下を始め、標準的なビルの高さまで下りる。それからその高度で飛行し、西区の黒塊発生ポイントまで移動した。


 拠点から最も近い箇所に降り立ち、周辺を探る。街の栄えている場所だった。


 不幸因子は見つからなかったが、奈津には少し引っかかる感覚があった。人目の付かない物陰で、奈津は立ち止まった。


「ねえ、メジロ。ここ、なにか変だよ」

「そうか? 俺は何も感じないが」


「人の姿になってみてよ。何か違うかも」

「わかった」


 奈津に言われ、メジロは人の姿に戻った。


 メジロは目を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。最初は奈津を疑っていた彼女だが、すぐに何かを感じて眉をひそませた。


「確かに、なにか変だ。ほんのわずかだけど、不幸因子の気配がする。なのに、全然見当たらない。どうなっているんだ?」


「でしょ? それに、なんだかどこかに繋がってる感じもするんだよね。気配が小さすぎて具体的にはわからないけど。でも、たぶん中央区だと思う」


 奈津は視線をメジロの目に移す。


「他の場所も確かめてみよう」


 二人は頷き合う。


 メジロは鳥の姿になり、奈津の肩に乗る。奈津は飛び上がり、人型黒塊の出現ポイントを回った。西区の残り四か所、北区との境界、南区との境界の計六か所を見る。 


 南区との境界にある路地裏で、奈津はメジロに話しかけた。


「やっぱり、どの場所も不幸因子の気配がしたね。どこかに繋がってる感じも同じだった。小夜さんに聞いてみよう」


 メジロは鳥の姿のまま応える。


「テレパシーを使うとカラスさんに聞かれる可能性がある。直接伝えに行くべきだ。幸い、俺たちの意思で担当区域外に出ることは許可されている」


「わかった。中央区に行こう!」


 奈津は意気揚々と飛び上がり、路地裏を抜け出す。


 高度を上げ、周囲を見渡す。不幸因子は出ているものの、その量は少ない。今すぐ吸い取る必要はなく、奈津はそのまま中央区へ向かうことに決めた。


 小夜の居るビルに向け、飛び始める。


 その瞬間、周囲の不幸因子が集まりだした。


 広範囲に薄く広がっていた黒い霧が、奈津の遥か先で凝縮していく。場所は中央区の南西。不幸因子の濃度が増し、危険度が跳ね上がる。小夜への相談は後回しだ。


 奈津はすぐに不幸因子のもとへ急いだ。


「黒塊?」


 彼女は来るべき戦闘に備え、両拳を握る。


 周囲の不幸因子が集まるのは、黒塊が形成される前触れ。莉多が意図的に生み出した人型のモノとは違い、今回は自然なものだろう。どのような形の黒塊が出来るのか、奈津は心を踊らせていた。


 しかし、彼女の予想とは裏腹に、不幸因子が動き出した。


「クソ! そっちか!」


 奈津は飛行速度を最高にまで上げ、不幸因子を追い始めた。


 凝縮された不幸因子は細長いものに変容し、街中へ下っていく。その速度は奈津と同じ程度。先回りして吸引するどころか、突き放されないようにするのが精一杯だった。


 街に下りた不幸因子が一直線に突き進む。

 その先には、二人の男女がいた。


 雨の中、傘を差してスーツ姿で歩道を歩いている。後ろ姿しか見えないが、そのようなことはどうでもいい。不幸因子にとりつかれてしまったのなら、誰であろうと救うだけ。遣いの使命を果たすことが、奈津の幸福に繋がるのだから。


 奈津は救助対象の周囲に目を配る。


 事故が起こるとすれば、何が原因となるのか。自動車か、雨か、歩行者か、それとも落下物か。奈津の目についたのは、老朽化したビルの青い看板だった。


 不幸因子が二人の体に入っていく。

 それと同時に奈津は街に降り立った。


 男女の歩みは止まらない。彼らの頭上には、今にも落ちそうになっている二メートルほどの看板があった。二人は意識を保ったまま、不幸因子によって死へと吸い寄せられている。


 奈津が翔け出す。


 その直後、看板が支えを無くし、宙に放り投げられた。


 金属の塊が二人の男女に向かって真っすぐに落ちていく。彼らがそれに気づく様子はない。人を動かすべきか物を動かすべきか。その答えは考えずとも出ていた。


 奈津は落下する看板に向けて突き進む。


 何が起こっているのかを意識する時間すらない。一心不乱に跳ぶ。気づいたときには看板に体当たりしていた。男女の頭上すれすれで奈津の体が一瞬止まり、看板とともに前方へ投げ出された。


 男女の目の前で、看板が歩道のアスファルトを砕く。甲高い金属音が爆発するように鳴り響き、周囲の空気が一瞬で張り詰めた。


 二人は腰を抜かした。


 尻が歩道に当たり、そこから雨水が衣服に染み込んでいく。傘は手放され、広がったままむなしく雨を弾いている。男女は目の前で起こった出来事に衝撃を受け、目を見開いたまま落ちてきた看板を見続けることしかできない。


 奈津は着地と同時に前転し、衝撃を殺した。

 すぐに方向転換し、男女のもとへ向かった。


 二人は危機一髪で助かったが、原因の不幸因子は体内に留まったまま。これを放置すれば、またすぐに別の不幸が襲ってくるだろう。自動車が突っ込んでくるかもしれないし、割れたガラスが降り注いでくるかもしれない。それだけは避けなければならない。


 奈津は救助対象にたどり着き、その正面で片膝をついた。

 両手を二人にかざし、不幸因子の吸引を始めようとする。


 そのとき、奈津に衝撃が走った。


 奈津の目が見開き、手が震える。信じられないものを見ているかのように、奈津はその場で硬直してしまう。


 二人の顔に見覚えがあった。


 あれから長い年月を経たが、その顔ははっきりと覚えている。歳を重ねて容姿が少し変わっていても、見間違うことはない。


 奈津は両手を下ろし、二人を睨み付ける。


 同時に、奈津の体に変化が訪れた。雨が彼女の髪や衣服に染み込み、肌に張り付く。感情の変動が、彼女の意識を雨から遠ざけてしまった。


 綺麗な鼻先から雨水を垂らしながら、奈津は口を開く。


「神崎健太郎と、神崎麗華……」


 その声は憎悪に満ちていた。






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