3-4 対峙
奈津、メジロ、莉多、カラスの四人が公園で睨み合う。メジロとカラスは鳥の姿でそれぞれの遣いの肩に留まり、今は遣いどうしの話し合いの場であることを示していた。
奈津と莉多は、一歩も動かずに対峙する。
重い沈黙の中、莉多が奈津に微笑みかけた。
「私が犯人だって、どうして言わなかったのかしら?」
莉多の言葉に、奈津は眉をひそめた。
なぜ分かりきった質問をするのか、奈津には理解できなかった。莉多の表情からは、奈津を疑っているようにも、面白がっているようにも読み取れる。自分が有利だと知っているからこそ、莉多はそのような顔をすることができるのだろう。
奈津は弱気な声で莉多の問いかけに答える。
「あの人たちを納得させられるような証拠がないからです」
「そう。賢明ね」
奈津が自身の不利を認めても、莉多は顔色一つ変えなかった。
莉多が言葉を発するたびに、空気が重くなっていく。奈津にとって、目の前の少女は頼れるリーダーから得体の知れない何かに変わっている。下手なことを言えば、その場で噛み殺されてしまいそうな雰囲気があった。
奈津は己を奮い立たせて、声を絞り出す。
「莉多さんこそ、どうしてわたしを消さないんですか?」
「それは、私が奈津に期待しているからよ」
奈津の疑問を、莉多は昨夜と同じような答えで受け流す。
期待? いったい何を期待しているというのだろうか。自分は莉多にとって野望を阻む敵であるはず。邪魔者に対して何を望むというのだろうか。奈津は困惑するしかなかった。
「意味がわかりません」
「今はわからなくて結構よ」
奈津が敵意をむき出しにしても、莉多は眉一つ動かさなかった。
再び沈黙が訪れる。
奈津は本題を切り出すのを躊躇っていた。莉多は自分が犯人であると宣言しておきながら、他の遣いたちの前では堂々とリーダーを演じきった。奈津自身も騙されていた。そんな強者が相手なのだ。怖気づくなと言うほうが無理だ。
だが、莉多は黙ったまま。これでは話が進まない。
奈津は覚悟を決めた。
「莉多さん。あなた、もしかして、この社会が憎いと思ってますか?」
その言葉を聞いた直後、莉多の笑みが消えた。
もう後戻りはできない。それに、この質問は莉多も望んでいたはずだ。そうでなければ、わざわざ第一の人生を振り返ってみるといいなどとは言ってこない。
莉多は鋭い目つきで奈津を見つめた。
「それは、あなたが社会を恨んでいるから、私もそうだと思ったのかしら?」
「わたしの場合は特定の人物だけです。それが、莉多さんは社会全体が対象なのではないかと考えました」
怯える心を隠すように、奈津は声を低くした。
奈津の考えを聞き、莉多は腕組みをして目を閉じた。
「ふむ……半分正解ってところかしらね」
莉多は目を開け、不敵な笑みを浮かべた。
「確かに、私はこの社会が憎い。九年前に死んだあの日からずっとね。でも、社会全体が憎いというわけではないわ。私が恨んでいるのは、支配者層と呼ばれる者たちよ」
「だから、その復讐として社会を変えようとしてるんですか。不幸因子を使って、支配者層を殺そうとしてるんですか」
奈津は歯を食いしばり、両拳を握りしめた。
できれば殴りたかった。だが、そうしたところで何かが変わるわけではない。むしろ悪化してしまう。奈津とメジロの命は、莉多の機嫌次第なのだ。莉多の言う期待が無くなってしまえば、二人はすぐに殺されてしまうだろう。
莉多は奈津の言葉に対し、首を横に振った。
「別に、復讐と言うわけではないわ。支配者たちについても、いたずらに殺すわけではないから。この事は、もう少し後で教えてあげるわね」
彼女はそう言って、奈津に歩み寄った。
奈津は身構えるが、莉多には危害を与えようとする気が無いようだった。
「ところで、奈津。私たちは、似た者同士だとは思わない?」
「わたしたちが似てる? どういう意味ですか?」
「難しく考える必要はないわ。ただ単に、私も奈津もこの社会を恨んでいるということだけよ」
「ふざけんな!」
奈津は嫌悪感を抱き、一歩下がって莉多を睨み付けた。
「わたしの恨みは過去の話です! 莉多さんとは違う!」
「本当にそう言い切れるかしらね」
莉多は腰を前に傾け、顔だけを奈津に近づける。
邪悪な笑みとともに、その黒い瞳が奈津の双眸を覗き込む。すべてを見透かされているような気がして、奈津の心が激しく揺れる。そこから動くこともできず、目を離すことすらできない。息が震え、ただ怯える。何も考えられなくなる。
「まあ、いいわ」
莉多は表情を緩め、奈津から離れた。
恐怖は和らいだが、生きた心地はしなかった。肉食獣に追い詰められた獲物のような気分だった。
「奈津のために、少しだけヒントをあげるわね。私は複数箇所に不幸因子の爆弾を仕掛けていて、それを一気に爆発させるつもりでいるわ。そうすることで、この世は不幸因子に満たされる。爆弾がどういうモノかは言わないけど」
莉多はおどけたように話した。
その様子が、奈津にとっては無性に腹立たしかった。
「訊いてもいないのに自分から話すとか、何を考えてるんですかあなたは。そんなの、その爆弾とやらを見つけて阻止するに決まってるじゃないですか」
「何があっても、この街を守るつもりでいられる?」
「当たり前です」
奈津は言い切った。莉多とカラスが自分たちより圧倒的に強くても、黙って見過ごすわけにはいかない。
奈津の意思に満ち溢れた顔を見て、莉多は大げさに両手を広げた。
「その使命感、素晴らしい! やってみるといいわ!」
それは明らかな挑発だった。
だが、奈津はそれに乗ったりはしなかった。このような状況で自分を見失っては、それこそ相手の思う壺。感情を抑え、莉多を注視した。
莉多はつまらなそうに息を吐き、両手を下ろした。
そして、どこか含みのある笑みで奈津を見つめた。
「では、私はこれで失礼しますわ。奈津、メジロ様」
彼女はそう言って、黒いマントを翻しながら奈津とメジロに背を向けた。マントの揺れが収まると同時に、莉多は顔を奈津に向けて口を開く。
「今夜が楽しみね。くれぐれも、あなたが死神の遣いであるということを忘れないように」
その言葉を置いて、莉多はカラスとともに飛び去っていった。
彼女の姿が見えなくなり、緊張が解ける。
その直後、奈津は膝から崩れ落ちてしまった。
コンクリートの地面に両手を付け、激しい呼吸を繰り返す。化け物との会話が頭の中で渦巻き、痛みが生じてくる。相手が何を考えているのかわからない。対峙しているときの恐怖で息が詰まっていた分、その感情を吐き出すかの如く息を荒げる。
「奈津、大丈夫か」
肩に留まっていたメジロが、声をかけてきた。
それが引き金となり、奈津の呼吸が少しずつ落ち着いていった。
「うん、もう平気。ちょっと怖かっただけだから」
奈津は手の甲で口を拭い、ゆっくりと立ち上がった。
莉多が飛んでいった方向を見ながら、表情を険しくする。
「今は止めるしかない。爆弾とかなんとか知らないけど、出てきた不幸因子は片っ端から吸い取ってやる。それで、他の三組にも証拠を掴ませて莉多さんを追い詰めてやる」
奈津の決意は固まった。
だが、少し気がかりなことがあった。莉多が去り際に言った言葉。あれがどういう意味なのか、奈津には理解できなかった。




