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「勘、違い……?」


 優美に微笑みながら、月城が言葉を続ける。


「ちょっと本題とは話が遠いのだけれど、西島君は『カンブリア爆発』という言葉を知っているかしら?」


 『勘違い』という言葉が頭を巡る西島、まさか「もしかしたら」という淡い期待を見透かされたのかと心配したが、そうではないらしい。


「え、ええっと、あれだろ昔やってた火サスの俳優が出てるテレビ番組……」


「それはカンブリア宮殿――私が言っているのは約五億五千年前、古生代カンブリア紀に起こったとされる生物種が爆発的に発生したとされる現象『カンブリア爆発』のことよ」


 クスリとも笑わずボケを訂正する月城。


「突如として発生した各種サンゴや貝類、腕足類、三葉虫など、多細胞動物として高度に分化した動物種により当時の海はそうとう賑やかになったそうよ。生きた化石と言われるカブトガニの先祖もこの頃に生まれたのね」


「んー、まあ話には聞いたことはあるけど俺、生物学はあんまり」


「頭足類は現在のタコやイカの祖先、節足動物の祖もここから始まったの。――ねぇ、これって何かに似てると思わない?」


 少年の言葉を遮り、少女の問いかける。輝く漆黒の髪に黒曜の瞳、映る姿は彼しかいない。


「に、似てるって、何が……?」


「この世界に」


 気がつけば、月島からは普段から浮かべていた柔和さが消えていた。表層が取れた、彼女の本質が表れたような錯覚が西島を苛む。


「この世界にあまりにも似ているじゃない。人類種変革現象(リスタート)はまさに生物種爆発現象そのものよ。百分の一で産まれてくる能力者は新たな生物種じゃない」


 世界には、確実な変化が起こっていた。このちっぽけな教室からは想像もつかぬほど、遠いどこかでも何かが変わっている。


「そりゃ能力者は、新しい人類種の可能性の芽だって俺も教えられたけど……なんていうか、あくまでも人間の一種で全く新しいわけじゃ」


「そう、でもね、能力者の極一部が人類の新種になるだろうとは言われているけれど、能力者全体が新種(・・・・・・・・)ではないの。カンブリア爆発では多くの新生物種が現れたけれど絶滅した種もまた多いのよ」


 絶滅という言葉が妙に耳に残る。それはやがて全ての種に到来する未来だ。


「生物進化のメカニズムはまだ完全には解明されてないけれど、基本は突然変異と適者適存にあるわ。

『突然変異で現れた個体が、環境の変化に適応して繁栄する』、つまり環境が生物の形と機能を決めているの。

能力者が新たな種の試金石としての突然変異なら、やはり相当数の能力者が環境に淘汰されていくのかしら?」


「淘汰って、みんな普通に生きてるだろ。能力者の能力なんて大したものじゃないし、人間は社会の中で生きているんだから」


 何故か、彼女の言葉に過敏に反応してしまう。淘汰という言葉に、少年の胸がざわつく。絡みつくような焦燥の理由が、わからない。


「そうね。私達は人間だものね……でもね西島君、もし本当に主流となる人類の新種が現れたら、それは人間かしら? 人ではないから新種なら、人のルールでは縛れないわよ。

能力者の誰かが新種となるなら、今は一体誰が(・・・・・)人ではないのかしら? 傍流と本流の入り混じる今の世界は、人と人ではない者が共存する最後の時代なのかもね」


 彼女の瞳は、既に西島ではなく遠いどこかを見ている。恐らくは、今この場所よりも過酷などこか。


「人間は、人間だろ。人から産まれたんだから、人なんだろ。それでもういいじゃないか……」


「鼠と人だって進化の系統樹で繋がっているわ。かけ離れた生き物も、進化の行程で結ばれている。『違う種』へなった最初の一体は絶対にどこかにいるの。

その可能性が能力者一人一人にあるということよ」

 彼女の言葉は正しいと少年は理解している。嘘や勝手な持論ならば、こんなにも胸がざわつくことはない。


「だ、だからそれは自然界だったらの話で、人間は社会を築いてその中で生きている生き物だから……」


「そう、そこで勘違いの話なのよ西島君」



 ようやく本題が出た。


「確かに私達は人間の社会で生きている、ならば自然環境の淘汰はまず起こらないわ。ルールを守れば、安全に生きられる――はずよね?」



 頷くしかない。少なくとも自分の生きてきた世界はそうであるはずだ。


「そう、でもね。例えばその安全――安全とは誰が決めていることなの?

ナイフや銃は簡単に人を殺傷出来るから取り締まる、でもこのペン一つでも喉に深く突き刺せば確実に人は殺せるわ。使い方次第で凶器にならないものだなんてどこにもないのよ?

安全を産むのも危険を作るのも、結局は人間なのだから」


 またしても彼女の言葉は正しい。安全という言葉の欺瞞を突いている。されどそれだけでは説得力に足りないことは西島でも解る。


「そんなことを行ったらキリがないよ、どこかで『これは安全だ』と決めなきゃ何も出来なくなる」


「そう、だから私達は『これは安全だ』というルールに従っている。それが普通だから、それが良識だからという教育によってね。でも真に安全な物なんてどこにも無いのよ。全ての何かには危険とリスクがある、私達はそれから目を逸らされているだけ」


 教室が紅い。西日が満ちる空間は、それでも彼女の持つ黒が際立つ。この闇のような黒が、彼女の内面から滲む色。


「安全とは本来誰かに確かめてもらう事ではなく自らが確かめなくてはいけないの。例に出すなら『能力者は安全』という社会常識。それも誰かの作り事よ。冷静に考えて御覧なさい、百分の一、三十人クラス三組にほぼ能力者が一人の割合なんて、トータルならそれなりの結構な人数よ? しかも産まれる原因がまず不明なら、もし能力者を危険と判断した場合、相当なパニックが社会を襲うわよ。それこそマトモな社会の維持が困難な程にね」


 能力者は人間から産まれる。ならば能力者を絶対に根絶することは出来ない。

 今この世界の形態は、けして理想の結果などではない。内包する歪みを、見えなくしているだけだ。


「だから、能力者っていったって、危険な能力なんか俺は見たことがないし……」


「あなたは全ての能力者の第六肢を知ってそんなことを言ってる? こうは考えないのかしら、――見たことがないということは、それが見えないように隠されているから、とか」


 見たことがない物を補うのが想像力だ。「見たことがないから有り得ない」という思考は、想像力が制御を受けている証。少年は、初めて自らに科せられた枷を自覚する。

 鎖に気づかねば、奴隷は奴隷であることにさえ気づけない。


「これが勘違い、正確には勘違いをさせられてるという話……じゃあ危険とされた能力者はどうなると思う、西島君?」


 急に声色が変わる、いつもの明るい月城カエデに戻った。今までの事は全てただの冗談だとでも言うように。

 彼女の変化に、西島の内心が緩む。やはりただのイタズラかと、月城の会話に乗ってみたいという気分が湧いてきた。


「そ、そりゃアレだよ。もしいたら政府から秘密裏にスカウトされたりとか」


「それもあるかもね。でもほとんどはね、『組織』に消されるのよ。秘密裏に暗殺されちゃうわけね。そうやって『能力者は安全』というイメージを保ってるの」


 明るく笑いながら、まるで世間話をするように口走る。


「へ、へぇ、じゃあさしずめ月城さんはその組織のメンバーとか?」


「あらよくわかったわね? 組織の名前は『グリム』っていうの。汚れ仕事ばかりで疲れて困るわ――っていうラノベでも書いて出版社に送ったら賞取れるかしら」


「学園異能物は出尽くしてるからねぇ、難しいんじゃない?」


 笑いながら、話を合わせる。月城もラノベぐらいは読むのかと内心驚きながら、時計を確認。

 時刻はもうじき午後五時半、下校を告げるチャイムが鳴るまでには学校を出ないとコンビニのバイトに間に合わなくなる。


「あ、俺さ、そろそろバイトだから帰るよ、じゃあな、月城さんに星薙さん」


立ち上がる、見下ろす月城の姿は、幾分か小さく見えた。


「あらもうこんな時間ね、ケイ、そろそろやりましょ」


「……やる? 何を?」


 月城の言葉に引っかかる、胸中に疑問符。

 振り向いた先には憂鬱な少女、星薙ケイの姿。

 白い指先が、少年の眼前へ伸びる。


「あ、……」


 指が、右目へ深く突き刺さった。

 高らかに、校内放送のチャイムが鳴り響く。


あと一回続きます

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