始まりの日
「ようやくたどり着いたか…」
広大な草原の真ん中、ざっと30名ほどが成す行列を眺めて、和装の男が安堵の息を吐く。東国ではメジャーな軽装の具足に、腰に差した刀と脇差。中年、とまではいかないがそれなりに場数を積んだであろう風格を纏い、何より頬に刻まれた十字の傷の目立つ男は、一週間の旅を終えてようやくこの場に辿り着いた。東国と帝国の国境から馬車で3日、徒歩で一週間かかる帝国の大都市『アルビア』の西側外接門。そこで入国を待つ列に、男はようやく辿り着いたのであった。
「しかし、人が多いな…」
隊商や一般人、あるいは自分と同じ目的で此処を訪れたと思しき者まで、数多の人が並んで、先頭にある関門で審査を受けている。
先に並ぶ人達が関門を潜り抜けるのを眺めていると、すぐに己の番は来た。
槍を背負った三人の騎士が並ぶカウンターに立つと、カウンターに座った女性が興味深そうに眉を吊り上げた
「へぇ、東国の方ですか。珍しい。商人…でもなさそうですね。お名前は?」
「あぁ、冒険者を目指している、リュウジだ。アズマヤ・リュウジ…いや、帝国ではリュウジ・アズマヤだったか」
「あぁなるほど、東国の方は珍しいですが腕自慢が多いですからね。たまに貴方のような冒険者志望の方もいらっしゃいます。頑張ってください!
さて、入国料ですが…帝国通貨はありますか?なければ両替もできますし、奥に買取額は安いですが質屋もありますよ」
「あぁ、いや、通貨は多少用意してある。銀貨3枚だったな?」
奥にある“公的質屋”と書かれた看板を指差した女性に首を横に振って、カウンターに帝国の通貨…銀貨3枚を載せる
「はい、確認しました。リュウジ・アズマヤ様、冒険者志望で入国…っと。はい、登録できました。もう入国できますよ。
冒険者になるのでしたら、此処を出てまっすぐ道なりに進んだところにある大きな建物が冒険者ギルドです。最初はそこで冒険者登録をするのがおすすめですね。冒険者になれば今のような入国料もありませんし。あぁ、煙突が3本生えている、これまた大きな建物がありますが、こちらは鍛治ギルドですのでお間違えないよう」
「感謝する。」
左手に見える街並みを指して、女性が述べる。ここからは見えないが、この大通りを進んでいけば冒険者ギルドがあるそうだ。案内に礼を述べて、早速カウンターを後にした。
「おぉ、わかっていたことだが街並みが故郷とは大違いだな…」
石畳の床を踏んで、あらためて異国の雰囲気を噛み締める。
東国では、侍として多くの街を渡り歩いたが、この街は東の国のどの街とも違う雰囲気を持っていた。床は整備され、木と石、そして煉瓦なる異国の建材で作られた街並み…子供の頃に故郷を訪れた、帝国出身の旅商人が見せてくれた街並みを目の前にして、少し感動を覚えながら足を進める。程なくして、大きな建物が視界に入った。
煉瓦仕立ての四角い建物と、その横に立つ木製の建物が並んでいる。さて、どちらに入ろうかと迷う俺の後ろから、声がかかった
「や、冒険者希望かい?それなら右の木製の方だ。まぁ中で繋がってるからどっちでもいいんだが、左はギルド職員の事務所だからね、冒険者は右の酒場に集まるよ。ほら、ついといで」
振り返ると、恰幅の良い中年の男が立っていた。見慣れない異国の服ながら、如何にも高そうな仕立ての背広をまとい、指10本全てに金の指環をはめ、小綺麗に整えられた髭を生やした男が、ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべている。成金らしい見た目に反した人懐こそうなその男に促されるままに後ろをついていくと、酒場の中には多くの人が集っていた。
「…驚いた、人が多いな」
「そりゃあそうよ、ここ、アルビア支部は、帝国の中の冒険者ギルドだと5本の指に入る規模だからね。ほら、登録はここのカウンターだ。今後もクエストの受領とか、相談とかはここでやるからね、馴染みの職員を作っておくといいよ。あぁそれと、この中であらごとは御法度だからね。
さて、今日はとりあえず僕が適当に職員を見繕って…っと、エルダちゃんが良いかな。まだ人数には余裕があるはず…お〜い、エルダちゃんいる?」
男がカウンターの奥に呼びかけると、しゃんと立ち上がった青髪の女が歩いてくる。
「ギルドマスター、どうしましたか?」
「…な、ギルドマスター!?」
驚いて後ずさる。名前からして明らかにギルドの長だろう。やけにいい身なりをしていると思ったら、まさかそういうことだったのか。
「あぁ、ごめんね、驚かすつもりはなかったんだ。僕はマルス。ここでギルド長やらせてもらってます。…といっても、別に偉ぶるつもりもないからさ、まぁ何か困ったら声をかけてよ。あ、君、名前は?」
「は、はぁ…リュウジです、リュウジ・アズマヤと言います」
かしこまって頭を下げる。ニコニコとした笑みを返しながら、男…マルスが頷いた。
「リュウジ君ね、覚えておくよ。君が活躍するのが楽しみだ。
エルダ君、彼に新規冒険者登録してあげて」
「はい、わかりました。
……それと、サブマスターがお呼びです、ギルドマスター。未納書類の件だとか」
「あぁ、忘れてた!ひぃ、怒られちゃう…!じゃあ、リュウジ君、頑張って!エルダちゃんあとはよろしくね!!」
のすのすと腹を揺らして走っていくマルスを2人で見送ってから、青い髪の女…エルダがこちらを向いた
「…さて、新規冒険者手続きですね。まずはこの書類に必要事項を記入してください」
「わかった」
2枚ほどの紙を受け取って、スラスラと記入を始める。
住所…未定、戦闘経験…あり、使用可能魔術…なし、前衛or後衛…前衛、などなど、そこそこの量を記入してからエルダに渡す。受け取った書類に一通り目を通してから、こくりと頷いて台帳のようなものに紙を綴じた。
「さて、リュウジさんは戦闘経験がおありとのことですが、それは帝国領内ですか?」
「いや、東の国だ。妖魔退治や護衛をやっていた。それがどうかしたのか?」
まさか、国外で活動していると冒険者になれない、などというのではあるまいな、と少し危惧しながら大雑把な経歴を述べると、無表情だったエルダの顔が少し申し訳なさそうになった
「帝国領内での戦闘経験…例えば元々騎士や傭兵のような仕事をしていたり、アーデン魔法学院を卒業していたりと、一定以上の実力を持っているとすでに公的に保証されている方は、冒険者登録の時点でその実績に応じたランクが付与されるのですが…」
「なるほど、異国での経験しかない俺は最初の段階から、というわけだ」
俺の言葉にエルダが頷く。確かに筋は通っている話だ。無論調べれば故郷での俺の経歴も出てくるだろうが、いちいち異国の事情を調べるのは手間だし高価だ。あるいはここで大金を出せば調査はしてくれるかもしれないが、時間がかかるだろう。
「…まぁ、慣れない異国だ。俺としても一から学べるのはありがたい。最初の段階からで頼む」
「ご理解感謝します。では、冒険者について説明をさせていただきます。冒険者には1〜10までのランク制度があり、実績に応じてランクは変動します。リュウジさんは今はランク10です。このランクは初心者期間と考えてください。この期間は、ギルドの設備を利用するのに手数料がかかります。ランク9以降は、段階的に利用できる設備や制度が増えていきます。」
「なるほど、ギルドからの信用度合いのようなものか」
頷く。ランク1や2の者がどの程度の実力かはわからないが、相当な猛者なのであろう。今のシステムではランクに戦闘力がどの程度付随するかわからないが、なるべく早くランクと実力を見極められるようになろう、そう決心しながら眼下の書類に目を通す。
施設利用の諸注意や、クエストの際の注意事項などを確認し、冒険者の手引きとかいう本を一冊受け取って、その日は帰るように言われた。
ギルド側の都合で登録した翌日からしか任務をこなせないらしい。
が、都合が良いので今日は寝ることにした。なので宿を探して宿場を訪れてみると、銀貨1枚で5日間泊まれる安宿があったので、早速手続きをして部屋に向かう
「はい、こちらの部屋になります。どうぞ、ごゆっくり…」
何か含みのありそうな笑みを浮かべて一礼した後去っていった主人を見送ってから部屋に入ると、まぁ質素な部屋ではあった。
二人での宿泊を想定したのか二段になっているベッドと、小さな書き物机くらいしか置かれていない様子を一瞥してから、小さな声で呟いた。
「…しかし、驚く程安いな。」
他の宿を軽く眺めてみても、銀貨1枚で五日というのは破格の値段らしい。それこそ、夕食や朝食が付けば3枚は超えそうなものだが、この宿は何故……
考え込みながら、ベッドに腰掛ける。まぁ、かなり硬いがそこは気にしない。ここに来るまでの旅はもちろん、故郷でもさして良い暮らしはしていなかったから、寝具の出来に文句を言うほど贅沢ではない。むしろ、安定した収入ができるまでは如何に節約するかなのだ。だから、安く泊まれるならそれに越したことはない……
「あっ!ここですか?はい!ありがとうございます!!」
突然、ドアの向こうから大きな声が聞こえた。大きな声の陽気な女と、先ほどの主人が話しているようだ。恐らく宿泊客が自分の部屋を探しているのだろう。うるさいから早く自分の部屋に行ってくれ、というか黙ってくれ…そんな念を込めた俺の願いもむなしく、勢いよく扉が開け放たれた。
「よろしくお願いしまーーー…え?」
「…どういう事だ」
扉からずかずかと入ってきた少女が、俺を見て固まる。そんな俺達二人に一礼をしてから、主人はさっさと階下に降りていってしまった。
「あ、当宿は相席宿ですよ〜」
そんな言葉だけを残して
「…なるほど、安かったのはそういうワケだ」
「うわーーん!騙されたーー!」
ち、舌を鳴らす俺と、頭を抱えて地面に崩れ落ちる少女。その後頭部を見ながら軽くため息をついて、手を差し出した
「…冒険者、といってもランク10だが…まぁ、新米でいいか。新米冒険者のリュウジだ。リュウジ・アズマヤと言う。ひとまず、よろしく頼む。」
「…うぇっ!?新入り冒険者!?それはありがたい!私もなんです!!」
地面で丸くなっていた女が顔を上げる。若々しい元気な顔と、目を惹く綺麗な白髪、腰に差した細長い棒。泣いていたはずの顔をすぐに笑顔に変えて、少女…これから長きを共にする事になる相棒が、名前を告げた
「私はエルマ!エルマ・ガーヴェンダー!よろしくね!」
名前の出てきた各キャラに関しては、エルマとリュウジはもちろん、他の人達も今後しっかり深掘りしていきたいなと思います
あと貨幣に関しては今度価値を色々調整して書き直すかもしれません。




