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第1話 アンニュイ大学受験

 教室の窓いっぱいに、さっきの美術の授業でみんなが作ったステンドグラスもどきが貼られているせいで、制服の白いシャツの上に色とりどりの光の欠片が落ちて、まるでお祭りの衣装のようだ。

 一番後の席に座っている私は頬杖をついて、どこか現実感のない昼下がりの教室をぼんやりとながめていた。

 ステンドグラスもどき、つまり透明なプラスチックの板にセロハンを貼って図柄を描いたもの。私は手先が器用でないので欠けた所がいくつもできてしまったけれど、デザインには自信がある。とは言え、この出来じゃ成績は悪そうなので、三年生になったら強制的に音楽のクラスに入れられる気がする。私は音痴だが音楽の筆記テストはいつも満点だ。

 明日から、高校最後の春休み。国公立大学理系・医学部進学クラスであるうちの組では、長期休暇中に大手予備校の合宿に参加する生徒も少なくない。私の家にも、いくつか合宿の招待状が届いていたけれど、どれが良いのか分からなくて迷っているうちに申し込み期間が終わってしまった。三つ上の兄は予備校や塾に全く通わず東大に合格したので、親

が予備校の必要性に懐疑的で、お金を出すのをしぶっていたこともある。

 私の成績では東大なんて、とてもじゃないけれど合格しない。でも、自分に合った志望校もよく分からない。正直な所、大学に行って勉強したいことも何にもないのだ。勉強は嫌いだ。上から押しつけられて、しぶしぶやっているだけにすぎない。

 授業の終了を知らせるチャイムが、まるで音に重さがあるように、私たちの上に落ちてくる。生徒たちが立ち上がって移動し始め、パッチワークの衣装な柄がくるくると変化する。大きな雲が日光を遮って、みんなの衣装はありふれた白いシャツに戻った。視界に灰色のベールがかかる。体が重くて、机に寄りかかりながら立ち上がった。次の授業は、校庭での飛行訓練だ。


 飛行訓練で使う「支え」は、伝統的なほうきでなくても良い。棒状ならなんでも支えになる。

 学生用に作られた安全性の高いプラスチック製の棒を、ほとんどの生徒は使っている。シールでデコったり、先端にキーホルダーをぶら下げたりしている子もいる。

 私はちょっとしたこだわりがあって、折りたたんだ傘を支えにして飛ぶ。空中から降りるときは、傘がパラシュート代わりになるし、一石二鳥だ。

「いちについて!」

 体育教師のかけ声で、私たち5人は白線に片足をかける。

「よーい、どん!」

 五メートル、全速力で助走をし、その勢いのまま棒にまたがって斜め上へと飛び上がる。ここで勢いが足りなかったらすぐに落ちてしまうし、角度が足りなければ低空飛行になってしまう。

 上がれ、大気を貫くように!

 進め、風を切り裂くように!

 さあっと灰色の雨雲が裂け、透き通るような青空が広がる。太陽。雨粒がきらめきながら後に流れてゆく。

 気持ちいい。桜の咲き始めた田舎町が、ぐいぐい遠くなってゆく。

「そろそろ戻りなさい」

 左耳につけたイアホンから、体育教師の声がした。私はイアホンの電源をオフにし、ため息をついてから、またオンにした。

「出席番号十五番、依咲よりさき、戻ります」

 体を斜めにして回旋し、小さな正方形の運動場を目指して降りていった。


「今学期の通知表だ。みんな、春休みも気を引き締めて勉強に励むように」

 教壇に立った担任教師が、私の方を睨んだ気がした。

 一年生の頃から右肩下がりの成績グラフ。それでもまだA判定は多いが、教師も親も私が手を抜いているのだと思っている。

 飛行訓練の開放感ですっきりしていた心が、どんどんしぼんでいく。

 昔から、どんくさくて不器用だけれどペーパーテストの点数だけは良かった。天才だ秀才だともてはやされ、将来は東大だ医者だと期待され、でも、兄のような才能はないということが私にはよく分かっていた。

 大学受験をしたことのない人にはピンと来ないかもしれないけれど。

 私にできるのは、センター試験の全科目で九割の点数を取ることであって、東大京大の二次試験はさっぱり解くことができない。

 私はどこまでも凡人で――

 ――天才では、ない。

 苦い感情を噛みつぶしていたら、ポケットの中のポケベルが小さく揺れた。担任から見えないように、こっそりとポケットの中に光を入れる。

『よりちゃん、今日の二十時、空いてる? マックでお話ししたい』

 ぱっと、胸の中で大輪の花がはじけた。


「よりちゃーん!」

 すっかり日が落ちた街。スポットライトのような白い街頭の下で、この街随一の進学校の制服であるセーラーワンピースを着た長髪の少女が手を振っている。俳優かと思ってしまうほどの、整った顔立ちと真っ直ぐ伸びた姿勢。

「なのはなー! 久しぶりー!」

 なのはなが街頭の光から抜け出して、体全体に灰色のセロハンを貼ったように一段、暗くなる。私は彼女の隣に回り込んで、その白く冷たい手を取った。

 マックの赤い看板が、てろてろ光っている。私たちは手を繋いだまま、なんだか無機質に明るい店内に入った。

「ホントに、久しぶりだねー」

「なのはなと一緒に受けた夏の模試以来かな?」

 私はポテトとジュース、なのはなはアップルパイとシェイクを頼む。

 窓に向かったカウンター席に並んで座る。帰宅ラッシュの、忙しない駅前通り。いつも通りの、どこか切ない風景。

「単刀直入に言うんだけど……」

 なのはなが、通学鞄から分厚いパンフレットを取り出す。

「この春休み、私と一緒に、セントウォーホール大学の入試を受けない?」

「は……?」

 なのはなが私の目を真っ直ぐに見ている。

 私は二度、まばたきした。

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