53・デーモンVSナイト、そして
聖ローラン騎士団からの追放者、『完全なる』オーバザイルは死んだ。
いや、まだ生きているかもしれない。
が、あれじゃもうどっちみち駄目そうだ。あそこまでやられたら戦士として死んだに等しい。
右腕の肘から下を失い、
鎧越しとはいえ全身を滅多打ちにされ、
しかも、普通にぶちのめされずにあんな皮肉めいた締めくくりをかまされた。
心も体もズタボロのゴミクズ。
よほどの名医と名カウンセラーにかからないと、現役復帰どころか社会復帰すらできそうにない。
ひどいことをするものだ。
一度やるとなったらとことんやる人なんだな、天原さんって。
天原さんみたいな人は敵に回したくないなと、敵に回したせいであんな風になっちゃうのはやだなと、広間の上方にいる敗者を見上げていると、
「──おっ、消えてく」
使い手であるオーバザイルが失神したか、あの世に魂が逝ったのか。
全身鎧の形状をしていた式神が、かすんできた。
薄れていく。
異界広間の天井にめり込まされていた銀のオブジェが、肉のオブジェへと変貌していく。
「……わかっちゃいたけど、やっぱ人間の男だな。細部はわからんが」
鎧の下から出てきたのは、元はどんな顔だったかわからないくらいボコボコフェイスになってる、大柄な軽装の男性だった。
筋肉質であっただろう肉体は殴られまくってむごい有様だ。
何もかもが潰れ凹み曲がって血まみれになっている。
生気は……感じられない。
死んだふりではないだろう。
あのミンチになりかけ状態でそんな器用すぎる真似ができるとは思えないし、万が一それができたとしても、やる意味がない。
だから死んでる。
ソナー能力も使って調べてみたが、伝わってくる揺れは…………なし。
どれだけ瀕死でも、生きていれば微細な揺れがあるものだ。それがこれっぽっちもないのだから……これは、やはり死んでいる。
あーあ、また死人が出たよ。
……まあ俺がやったんじゃないから、いいか。
それにあっちも天原さんをガチで殺そうとしてたし、おあいこだろ。
その理屈が通じるかどうかは微妙だが、騎士団を追い出された、はぐれ者の一人くらい殺しても……別に、なぁ?
「『完全なる』──とか言われてたが、意外と柔らかい完全だったみたいだな。クク……」
騎士アンジェリカが、口元に軽く握った手をそえて笑う。
俺を倒すため集った同志の死を悼むどころか、馬鹿にしておちょくっている。仲間意識や哀れみなんて高尚なものは、そこの聖女さまくらいしか持ち合わせていないようだ。
ま、チンピラの集まりだからね、仕方ないね。
「……さて、あちらもこれで完膚なきまで決着ついたし……騎士のお姉さん、こっちもいよいよやるべきかな」
「やるも何も、クク、やりたいならさっさとブチ込んでこいよ。いちいち聞くなって。こっちはもう出来上がってんだからさ。だいたい、仲良く観戦してたとはいえ勝負自体はもう始まってんだぜ? クックク……」
「気が変わってやめるって選択は?」
「それは絶対にないってことくらい、これまでの経緯でわかってるよな?」
「わかってることはわかってるけど……」
「そうか、じゃあそこからさらに一歩進んで考えでみようか。……考えたか? なら、聞くだけ無駄だってこともわかるよな? だったら、そんなくだらないこと言うな。興ざめするからよ」
「やれやれだ」
決意は揺らがないらしい。
こっちはあんたの身を案じてやったというのにな。
俺をもし仮になんとか倒しても、身体があったまって本気モードの天原さんがまだ控えてるんだ。
ただですむはずがない。
聖女と鎌使いの少女に手伝ってもらおうとでも思ってるのか? だとしても、天原さんだけならまだともかく、さらに増援が来たりしたら、お前らの状況はもっと厳しくなるぞ?
「そんなに俺の首が欲しいかね」
「私はどうでもいいよ。戦って、楽しんで、勝てればそれでよしだ。お前の首はそこの聖女さまにくれてやるさ」
「そうかよ」
その聖女さまのそばにいる、片腕になった槍使いのことは何も言及しないんだな。
あんたの前でいいとこ見せようと踏ん張ってそうなったんだから「あいつの腕の仇も討ってやらないとな」くらい言ってやればいいものを。
そのくらいのリップサービスしてもいいのにと思うんだがね。本当に討てるかどうかは別として。
その報われない槍使いカイトは、聖女のそばでへたりこみ、無くなった腕の辺りを残りの腕で押さえながら、こちらをじっと見ている。
これから起きることを一瞬たりとも見逃さない──そんな決意を感じる目つきだ。
決意だけでなく憎しみも感じるが。
同じく、聖女と鎌使いの少女も視線を向けてきている。
ただ、この二人の場合は別の理由がありそうだ。
槍使いのようにこちらの一戦の結末を見届ようとしてるのではなく、できるだけ俺の手の内やクセを見極めておきたいんじゃないかな。
「どうしても、そっちからは仕掛けてこないのか?」
騎士アンジェリカが言う。
「半人前との一戦終えて少しは疲れてるだろうし、だからハンデで先手を打たせてやろうとしたのによぉ。待つだけ損したわ」
「どうだか。怪しいもんだね。そんな情け深いタイプには思えないよ。ハンデだのなんだの言ってるけど、カウンターでも狙ってたんじゃないの?」
「猜疑心の塊みたいなボクちゃんだな。いいからかかってこいよ」
「そう言われたら余計──」
俺の言葉を最後まで待たない、鋭い踏み込み。
速い。
何も術も能力も使っていなかったはずなのに、槍使い並に速い。
唐突に猛烈に斬り込んできた騎士アンジェリカの、でかくて肉厚な邪剣が俺の首へ──
「──そうくると思ったよ」
とっくの昔に溜めは済んでいた。
右の手首から宝剣を発生させて、斬首の一撃を防ぐ。
金属質な衝突音が鳴り響く。
「おおっ!?」
驚く騎士アンジェリカ。
ガードされても、そのガードごと斬り抜いてやろうと目論んでいたのかもしれないが、計算が狂ったな。
華奢ではないが、筋肉ムキムキとまではいかない体格から繰り出されたわりには、重い一撃。
天原さんほどではないにしても、霊的なパワーめいたもので身体能力を向上させているのだろう。
でないとこの速さや重さはおかしい。
まあ、そのくらいのおかしさでは俺のおかしさには及ばないんだが。
我ながらおかしいからな俺。
何がどうおかしいのかいまだに具体的なことがわからないくらい激しくおかしいんだぞ。正直怖い。
「何がかかってこいだよ。汚い真似しやがる」
「クッククッ、敵の言うことを真に受けるほうがどうかしてるのさ」
「人を信じることは大事だと教わったんでね。あんただってバチカンの騎士団にいるんだから、信心深くあれって言われてきたんじゃないか? 信用と信心じゃ性質が違うかもしれんけど」
「それは確かにな。でもそれも時と場合によるんだよ」
つばぜり合いしながら言葉をぶつけ合う。
おもしろいことに、形勢はどちらの側にも傾いていない。
まだ俺は本気でやってないが、それでも人外である俺の力だ。とっくに押し切れてないとおかしい。
いくら、この女が両手持ち大剣で、俺が右手首の剣一丁だとしても、だ。
「やけに力持ちだね」
「こっちのセリフだそれは……まあ、よく言われるが……」
「ドーピング?」
「違うな、そんな下らないものじゃない。何を隠そう──聖人の加護ってやつによるものさ。実のところ、私がやりたい放題やってお偉いさん達から許されてるのも、それが所以でもある」
聖人の加護。
聖人。
聖なる人間。
……言うに事欠いて、そんなありがたい存在の加護ときたか。また大層なことをおっしゃられるものだ。
「…………」
「なんだその顔」
うさんくせえなあという心境が、俺の顔に出ていたらしい。
騎士アンジェリカの、笑みを浮かべながら挑戦的に俺を睨んでいた表情が、きょとんとしたものに変わった。
──そんなアンジェリカの背後から、
宙にカーブを描きながら、
俺の頭部めがけ──光の矢が飛来したのだった!




